怒りの夜鷹
◇
俺は花町へとたどり着き、華羽孔成と対峙していた。
この身から色がついて滲みでそうになるほどの怒りを滾らせ、ヤツを精いっぱいににらみつけてやりながら。
まわりにはアカデミー同期のみんなも傷つき、倒れていたけれど……みんなは顔をクシャクシャにして、泣いていた。
「うっ、うっ、うっ……夜鷹くん……」
「夜鷹ぁ、猿鳶先生が……」
「大丈夫、分かってる。あいつが何をしたかは、ここに来る途中、遠くから見てた」
……俺はアシュナさんからの手紙を見て、将軍の居城へと向かっていたところだった。
暴動に巻きこまれぬよう家屋の屋根を伝って移動していたところ、突然『魂珀の腕輪』から画面が現れ、ひづきが顔を覗かせた。
『夜鷹。慈猿鳶と前『八百万の漆』宗方啄木が、現『八百万の漆』華羽孔成と交戦中よ。近くにはあなたのアカデミーの同期の子たちもいるわ』
「猿鳶先生が? 華羽孔成と!?」
『ええ。実力的には慈猿鳶たちが勝つでしょうけど……。嫌な予感がするわ。華羽孔成という男からは、とても邪悪な気配が感じられる』
「分かった! 猿鳶先生たちはどこに!?」
『その地点から東。花町よ』
「花町だな、了解!!」
そこから俺は、全速力で花町へと向かった。遠くからでも激しい戦いの気配は感じられ、何が起こってるかはだいたい分かった。
あと一歩でたどり着けるというところで……。猿鳶先生は、殺された。
俺の足元には、先生が愛用していた小刀が落ちていた。先生は、亡骸さえ残すことなく消されてしまった。
俺たち生徒のことを誰よりも大切に想ってくれていた、いい先生だった……。
それに比べて、俺の目の前にいるこの男。外見はたしかに目玉が飛び出るほど美しいが、その禍々しい気配には品性の欠片も感じられなかった。
とてつもない怪物であることも伝わってきたけど、今は怒りが上回った。
「猿鳶先生の仇は俺が取ってやる! 覚悟しろ、華羽孔成!!」
「クフフフ! どこの誰かは知らぬが、『八百万』であるこの私に勝てるとでも? 身のほどを知るがいい!」
相手が言い終わるやいなや、俺は印を組み、術を発動させた!
得意中の得意忍術、『蒼炎白虎』!!
蒼白の炎をまとった虎が地を駆けぬけ、孔成へと襲いかかる。もちろん、『炎熱ブースト』で強化することも抜かりない。
しかし、俺の蒼炎白虎はヤツの飾り羽根に当たるとなんなくうち消されてしまった。
『艶孔雀』ッ!!!
激しい火炎の塊であるはずの蒼炎白虎が、まるで油面に弾かれた水滴のようにヌルンッと表面を滑り、分散されて消えていってしまった。
どうやらあの『艶孔雀』という固有武器はとてつもない防御性能を持っているらしい。
「ならば、これはどうだ!!」
中等氷遁忍術、『氷輪路駆座』!!
空気中の水分が凍りついてできた路線の上を、無数の氷輪が転がっていく中等氷遁忍術。
命中率・連射性・威力のバランスがよく、『氷結』の状態異常をもたらすこともある使い勝手のよい術だ。
氷遁系の忍術はあまり得意ではないのだが、『氷結ブースト・改』があるので威力は5倍となる。術が多少ヘタでも、威力としては氷遁系が一番強いのだ。
しかし、この術も飾り羽根でアッサリと弾かれてしまった。
『艶孔雀』ッ!!!
あれ~? おっかしいな、一生懸命攻撃してるのに当たらないぞ?
きっと、攻撃にかける熱意が足りないのに違いない。
ならば、手持ちの攻撃手段を全て試す。あの憎っくき猿鳶先生の仇を、意地でも倒すのだ!
他の系統の忍術、体術、剣術、手裏剣、クナイ、まきびし、吹き矢、バクダン矢、呪符。
俺はありとあらゆる攻撃手段を講じてみたのだが……。
かってえええええええぇっ!!!
『不壊城』で戦った陸雲のようにホントに硬いわけではないのだが、とにかく守りが固い。
スキル『横這い蛇』と『身体伸縮』を組み合わせた奇襲攻撃も狙ってみたが、これもダメだった。
『艶孔雀』の基本スペックが高すぎるうえ、孔成の戦闘技術も高すぎるので、攻撃も全て見切られ、弾かれてしまうのだ。
……恐ろしいほどまでの防御能力。
啄木さんの攻撃である程度のダメージは受けていたようだが、俺の攻撃力ではヤツの美しい容貌に傷をつけることはかなわぬようであった。
外見に傷がつくことを極端に嫌う、ヤツらしいパラメータの振りかただ。
「クフフフ、気は済みましたか? 醜くあがくアナタを、私の羽根で美しく飾りつけてさしあげましょう!」
孔成は空を見あげるように大きく上体を反らすと、背中から無数の飾り羽根を撃ちはなった!!
飾り羽根は1本1本が全く違う軌道を描くうえ、標的を自動追尾する機能を持っている。
しかも、羽根は宙を舞いながらさまざまな色合いに変わり、ギラギラと妖しく光り輝いているのだ。
……見る者を惑わす妖しい光。嗅ぐだけでクラクラとする甘い香り。風を切って羽毛がそよぐことで発生する微細音。思わず手で触れてしまいたくなるような羽根の質感。
これらの羽根の特性はそれぞれ五感に働きかけ、『魅了』『幻惑』『混乱』の状態異常を発生させる効果を持っている。
鉄壁の防御はあくまで基本性能であり、この精神攻撃ともいえる撹乱効果こそが、孔成がもつ『艶孔雀』の特性。
つまりヤツは、幻惑攻撃のスペシャリストなのだ!!
羽根を躱そうと凝視しているうちに、なんだか孔成が外見だけじゃなくて尊くて、崇拝すべき存在であるかのように思えてきた。
いやいや操られてなるものかと必死に意識を取りつないだ瞬間。余計なことに集中力を使いすぎたためか、バランス感覚を失い、足がもつれてしまった。
よろけて羽根を躱しきれず、左手の甲に羽根が突き刺さった。
その瞬間、耐えがたいほどの激痛が腕に走った!!
「ぐっ……あっ……!!」
軽い羽根が1本突き刺さっただけなのに、なんて威力だ!
恐らく、1本1本に信じられないほどの量の『導』が濃縮されているのだ。
俺の腕も『導』のコントロールで強化されているのだが、生身だったら手の甲を突き破られているか、肩の付け根からもぎ取られていたところだろう。
こんなの何本も突き刺されたらたまったもんじゃない!
ダメージは大きかったが、痛みが俺の意識を取り戻してくれた。必死に飛んでくる羽根を躱しつづける。
「おや? 幻術がかかりにくいですねぇ。どうやらアナタは精神構造が他の方とは異なるようだ。じつに目障りですね、クフフフ……」
『魂珀の腕輪』からひづきの声が聞こえてきて、補足の説明をしてくれた。
『夜鷹。あなたは異世界からの転生者だから、魂の構造がこの世界の人間とは違うわ。幻惑術には耐性があるけど、気を抜いたら操られるから気をつけなさい!』
「なるほどね。大丈夫だ、アイツには腹が立って仕方ないから、絶対に操られなんかしないぜ!」
幻惑術への耐性がなかったら、俺は今ごろとっくに殺されていたことだろう。さすがは『八百万』、恐ろしい相手だ。
だが、ナチュラルに耐性があるというのならば、臆面もなく利用させてもらうぜ!
俺は意識をたしかに保ちながら、必死に羽根を躱しつづけ、反撃の隙を狙いつづけた。
「クフフフ! 私の美しさが理解できぬとは、哀れな存在だ。心を奪われていれば、死をくだされる恐怖さえも悦びに変わったというのに。よかろう、苦しみのなかで消え去るがいい!!」
『極彩艶美殺』!!!
「ッ!!」
孔成は体を大きく震わせると、背中からよりいっそう多くの羽根を撃ちはなった!
隙間がなくて向こう側が見通せぬほどの羽根の量。その姿はまさしく、羽根を大きく広げる孔雀のようであった。
ーー避けて躱せるような物量の攻撃じゃねぇ……!!
「うあああああああああっ!!!」
羽根が津波のように押し寄せてきて、圧し潰された。結界忍術も展開して必死に抗ったが、とうてい抗えるような威力ではなかった。
痛い。苦しい。俺はなすすべなくうち倒され、その場に倒れこんでしまった。
ダメだ、強すぎる。これが『八百万の漆』の実力……!
「クフフフ。よく粘ったほうですが、ここまでのようですね」
「くそぉ……! お前、いったい何が狙いなんだ。お前は絵心有ちゃんをアイドルに育てあげてくれたんだろ!?」
「……あぁ、あの少女ですか。彼女も私の野望の実現に都合がいいので利用していたにすぎませんよ、クフフフ……」
「なんだと!?」
「私の『艶孔雀』は心に追い求めるもの、強い欲望を秘めている者ほど強力に支配することができる。私は彼女を偶像に仕立てあげ、国民の美意識を掻き立てていただけですよ。この国の民は将軍家のスキル『天下泰平』による精神支配を受けていましたしねぇ」
ーーコイツが彼女に人を魅了する術を叩きこんだのは、全て自分のためだったのか。
彼女はただただ懸命に、この男を信じて血のにじむような努力を続けてきたのだというのに……!!
「クフフフ、ようやく時が満ちましたよ。絵心有は国民を魅了し、今回の暴動で将軍家の威信は地に落ちました。今こそこの国を乗っ取り、醜い者・老いた者を斬り捨て、美しき者だけが幸福に暮らす国へと造りかえるのです!!」
「なんてひどい国だ。そんな横暴が許されるとでも思っているのか!!」
「クフフフ、なんとでもおっしゃいなさい。事実、ここにもひとり、美しさに魅了された者がいるようですよ?」
「ッ!! ヒナ!?」
ヒナはヤツに操られており、合図があるまで身を潜めていたようだ。彼女は突如として姿を現し、襲いかかってきた。
……だが、ヒナが襲いかかったのは華羽成のほうであった!
『柔産毛』
「! なにっ……!?」
しかし、『艶孔雀』の鉄壁の防御によってヒナの攻撃は弾かれ、奇襲は失敗に終わった。
彼女は両手首を片手で掴まれ、吊しあげられる形となった。
「フム、おかしいですねぇ。この者は今も深く私の術にかかっている。心に強い欲求があるという証拠であり、私に刃向かってくるはずがないのですが。……あぁ、なるほど。そういうことですか」
「うううぅ!!」
ヒナは心を操られていながらも、とても悔しそうな表情を浮かべ、涙を流していた。
彼女のそんな表情を見るのは、初めてだった。
「この少女が心に秘める欲求は恋慕! 追い求めているのは、そこにいるアナタというわけですね! クフフフ、美しい!! 私に支配されていながら、命令に背いた者はこの少女が初めてですよ!」
「うっ……うっ……うっ……!!」
ヒナは、悲しそうに涙を流しつづけていた。
……ヒナに想ってもらえていたことは、うすうす気づいていた。
だが、こんな形で想いを暴かれることは、彼女の望むところではなかったはずだ。
あのような歪んだ男が言葉にしたことで、彼女の想いが穢されたような気がした。
「クフフフ。じつに美しく、興味深い現象です! しかし、私に魅了されていながら他の者に想いを向けるとは許されざる行為です。少しお仕置きをしなければなりませんね」
「うううぅ!」
「やめろ、孔成ッ!!」
孔成は背中から1本の飾り羽根を抜き取ると、ヒナの両手首を斬りつけた!
彼女の手首の腱は切れ、鮮血が血飛沫となって吹きだした。血潮を浴びて、孔成は恍惚とした笑顔を浮かべていた。
「あぁっ!!」
「クフフフ、やはり血の華は美しい! それが異性に醜悪な劣情を抱く乙女のものともなれば、なおさらのこと。クフハハハハハ!!!」
……そのとき、俺のなかで何かがプツン、と切れた。
いまだかつて感じたことのない激情。同情する余地すらない、純然たる悪。
真なる悪に破滅をもたらすことに、今はなんの躊躇いも感じなかった。
「華 羽 孔 成 オオオオオオオオォッ!!!」
次の瞬間、俺は何もない真っ白な空間にいるかのような錯覚を覚えた。そして、目の前にいたのは……ひづきだった。
「このときを待ってたわよ、夜鷹」




