各国の『英雄』たち
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『日輪の巨像』の背後に浮かぶ輪環が再び光り、新たな攻撃が行われるかに見えた、そのときのことだった。
どこからか縄が飛んできて、輪環に巻きついた!
縄に巻きつかれた輪環は光を失い、力を奪いとられてしまったように見える。
数本の縄。……いや、縄じゃない。蔓?
棘のついた、茨の蔓のように見える。茨の蔓はプラチナのように、白味を帯びた銀色だった。
そして、輪環の光が失われていくのにつれて、茨の蔓には蕾が実り、この世のものとも思えぬほど美しい薔薇の花を咲かせた。
背後に浮かぶ輪環を絡めとられてしまった『日輪の巨像』。それでも前に進もうと、片足を前に振りあげた。
しかし、そこで突然ひざまずき、地に手をついてしまった!
『巨像』の膝はそのまま床にめりこんでおり、あたかも急に重量が増してしまったかのようだ。
さらによく目を凝らすと、足元にはいつの間にか黒い方陣が形成されている。もしや、重力場が操作されているとでも言うのだろうか?
それにしても、あれほど強大な力を持っていた『日輪の巨像』が、こうも容易く身動きを封じられてしまうなんて……!
そのとき、御堂の東西の出入り口から現れた者たちがいた。それぞれの出入り口から、ひとりずつ。
『ドルジェオン』と『創』の兵士たちは道を開け、ひざまずいている。その者たちに敬服するように、頭を垂れながら。
交戦中であった西園寺ツグミも、異常に気がつき、出入り口のほうへと目を向けていた。
そのとき彼女が受けた衝撃は、振りまわしている『金華棒』を掴みそこね、思わず落としてしまいそうになるほどであった。
戦闘中はいっさい精神が乱れることがない一流の武人であるはずの彼女が、である。それほどの衝撃と、絶望。
「嘘でしょう……!? なんであんなやつらがこんなところに……!!?」
同じく交戦中であった明神生駒もまた、出入り口のほうを見やり、ただちに状況を把握していた。
ーー合点がいった。どうりで敵兵のレベルが異様に高いわけだ。
率いてきたのがあいつらであることを考えれば、むしろ兵力を温存していると言ってもよいくらいだろう……!
「くそっ、お師匠さまさえいれば! ……いや、たとえお師匠さまがいたとしても、あのふたりが同時に相手では……!!」
「あっ、あっ、あああぁぁぁ……!!」
「そっ、そんな……。どうしてこんなことに……」
『日輪の巨像』が見せた殺戮の衝撃から立ちなおりかけていた加茂吉と天音は、ふたたび腰が抜け、その場にへたりこんでしまった。ふたりとも恐怖のあまり、ガクガクと身を震わせている。
「うあああぁっ!! もうオシマイだぁ! こんなのって、アリかよおぉっ!!」
「落ちつけ、加茂吉! 新手が来たからって、なんだってんだよ! あのふたりのことを知ってるのか!?」
「あっ、あぁ!! あいつらのことなら俺でも知ってるよ! なにせあっ、あっ、あいつらははは……!!」
動揺して舌がまわらなくなっている加茂吉の言葉を、天音が引き継いだ。
「国際標準危険度比較(ISRR)、Sランク。世界に数えるほどしかいない。世界の歴史をつくりだす、伝説級の『英雄』たちよ」
「なんだって……!?」
戦っていた兵士たちも道を開けるのにつれて、出入り口から進んできた者たちの姿が、俺の位置からも見えるようになった。
……姿を見るまでもない。この場を支配する気配だけで、そいつらが伝説級のバケモノたちであることはビンビン伝わってきていた。
国際標準危険度比較(ISRR)、Sランク。その正体は、世界の二大軍事大国『ドルジェオン』と『創』が保有する最高戦力とされている者たちであった。
西側の出入り口から姿を現した者。
流れる白金髪。男性でありながらにして、匂いたつほどの美貌。その男がひとたび微笑みを見せれば世界が傾くだろう。
だが、その美しき薔薇には何者をも近づかせぬ棘がある。彼を敵にまわしてしまった者は、自らが死んだことにすら気づかぬうちに楽園を追放されてしまうことだろう。
ドルジェオン最強の魔導騎士、『楽園の薔薇』ファスマ=エルローズ!!
次に、東の出入り口から姿を現した者。
成人の男性の二倍はあろうというほどの巨躯。さらに、その背丈の三倍はあろうという石柱を抱えている姿は異様とも言える。
『創』は世界最大の国土をもつ国であることが知られているが、その広大な陸地と、空にたなびく雲。まさしく大陸の覇者としてふさわしき風格を、その男は持ち合わせていた!!
創最強の武将、『天地の柱』陸雲!!
世界最強とも言われるふたりが、今この場に居揃ったのだ!!
……『日輪の巨像』を拘束しているのは、間違いなくこのふたりだ。だが、それだけ強大なちからを発動していることを露ほども顔にださずに、彼らは近づき、会話を始めた。
その言葉を交わすさまは悠然と、超然と、泰然と。だが、決して交わらぬ歴然とした壁が、このふたりのあいだにはあった。
「陸雲殿。我々の任務は『日輪の巨像』を壊さずに奪取すること。力余って、『巨像』を壊してしまわれぬよう」
「グワッハッハ! 世界に名だたる猛者であるそなたと並び立ったとなれば、力も入ろうというもの! 多少のことは大目に見てくれぃ!!」
「……我々は味方ではなく、あくまで協定による一時的な協力関係。祖国に帰ればまた敵に戻る。あまり馴れ馴れしくするのは、いかがなものか」
「んん? それは言ってくれるな! グワッハッハ!!」
なんでも豪快に笑い飛ばす陸雲と、冷静に突きはなすファスマ。まるで対照的なふたりだが、互いに最強であるからこそのじゃれあいに見えなくもない。
「……さて、戯れはここまでとしよう。目的の『日輪の巨像』は目の前、もはや我々の手中にある」
「そうだのぉ! 迷宮のようなこの城の構造に手を焼かされたが、たどり着いてしまえばこちらのものだ!!」
ファスマと陸雲は『日輪の巨像』へと向きなおった。いよいよ標的を捉え、城の外へ運びだそうというのである。
と、そこで雑兵どうしの戦いを部下たちに任せ、明神生駒と西園寺ツグミの2名が駆けつけ、ファスマと陸雲の前へと立ちはだかった!
「ファスマ=エルローズ殿、陸雲殿! 貴公らの高名は遠く海を越え、我らのもとにまで届いている! こうしてお姿を拝見していること自体が、幸栄に思えるほどだ。だが、明神家の名誉にかけ、俺は一歩たりともここを退くつもりはない!!」
「私の名は西園寺ツグミ! 我が主、明神生駒とともにお相手いたす!!」
それぞれの得物を構え、勇猛に名乗りをあげた生駒とツグミ。だが、それが虚勢であることは誰が見ても明らかであった。
生駒たちには、万にひとつも勝ち目はなかった。それほどまでに絶対的かつ絶望的な力の差が、あった。
「グワッハッハ! 見あげた根性だ!! 部下として出会っていたならば、義理の息子と娘として迎えいれたいほどだ!!」
「無益な殺生は好まぬ。今すぐ兵を引き上げ、国の元首に降伏を勧告せよ。さすれば、多くの民の命を救えることになるぞ」
「抜かせ、侵略者ども! 俺たちは一歩も退かぬと述べたはずだ!!」
……生駒は必死に声をあげながら、自身が掲げている刀の刃先が震えていることを自覚していた。
刃先とともに、折れそうになる心。だが今は、心の手綱をぎゅっと握りしめて。
ーーお師匠さまの教えを、思い出せ。命を燃やした痕跡は必ず残り、新たな芽が息吹く。命を懸けるは、誰がためか。
「ツグミ。この戦いで俺とお前は死ぬだろう。だが俺は、この国のために命をささげて散ろうと思う。黄泉路の果てまで、付いてきてくれるか?」
「あなたとともなら、どこまでも」
そうして、生駒とツグミはともに最後まで戦いぬくことを誓いあった。己が命を、戦場に懸けるため。
俺と加茂吉、天音はどうすればよいのか分からず、生駒さんとツグミさんが敵に立ちむかっていくのを見届けていた。
ーーどうする? 俺らはいったいどうすればいいんだ?
必死に考えをめぐらせるが、答えが出ない、足が動かない。
しかしそのとき、『魂珀の腕輪』から声が聞こえてーー。
『何やってんのよ、夜鷹。あんたが行かなきゃ、生駒とツグミは死ぬわよ』
俺はその声に突き動かされて、駆けだした。何ができるかなんて分からない。でも、その声はただのきっかけに過ぎなかったんだ。
ーー命を懸けて戦おうとしているヤツらが目の前にいんのに、指をくわえて見てんのかよッ!!
「夜鷹っ!? お前、どうする気だよ!?」
「……ッ!! 加茂吉くん、私たちも行こうっ!!」
「天音!? ……クソッ!!!」
俺につられて、後ろで天音と加茂吉も走りだす気配を感じた。
……悪い。俺がカッコつけたばかりに、みんなまで巻きこんじまって。それでももう、行くしかないよな?
俺らは走りだしちまった。死ぬならみんな、いっしょだぜ。
俺たちは『最強』に挑むべく、戦場を駆けぬけていったーー。