慶鶯の乱
◇
ーー翌日の朝、俺と絵心有ちゃんはテントを出た。
正直、無防備に彼女が隣で寝ているのはあまりに刺激的すぎてほとんど眠れなかったが、俺はなんとか鉄の自制心で耐えぬき、何事もなく朝を迎えたのであった。
俺と絵心有ちゃんはそろりそろりと都へと戻ると、街を囲う城壁を登り、街のなかの様子を伺ってみた。
朝の霞にくすむ街。都の朝は早いが、さすがにこの時間はまだ寝静まっているはず、であったが……。
「てぇへんだ、てぇへんだ! 市場通りで暴動が起こってる!」
「商人組合が反乱を起こしたらしいぞ、『商人一揆』だ!!」
え? 暴動? イッキ??
何やらドエライ事件が起こっているようだ。まだ早朝だというのに、都の人々は大声をあげて逃げまわったり、逆に騒ぎを見に行ったりしている。
だが、騒ぎに紛れてコッソリ移動するのには好都合。一般市民の人々も騒ぎに夢中で、俺たちのことを気にする余裕などなさそうである。
俺は逃げまわる人々のフリをして、絵心有ちゃんをてれび局に連れていくこととした。
「絵心有ちゃん、行こう!」
「うん、なの!」
俺と絵心有ちゃんは城壁から飛びおり、荒れる都の内部へと潜入していった。
◆
市場通りでは、商人組合に所属する商人たちが列を成し、大声で幕府への抗議を訴えながら行進していた。
「幕府の横暴を断じて許すな! 我が国の威厳と信用を失墜させる暴挙である!!」
「この国は沈みゆく泥舟だ! 呆としてたら、皆ともに沈むだけだぞ! 今こそ泥舟を乗り捨て、新たな舟へと乗り換える時だ!」
「そうだ、そうだ!!」
粗悪品である『桜導鉱』を振りかざし、練り歩く商人たち。
商人たちの訴えに呼応するように、一般市民のなかにも幕府へ抗議する者たちが続々と加わっていった。
……重税に、度重なる失政。そして、此度の『桜導鉱』の粗悪品の製造。
そもそもにして、潜在的に国民の幕府に対する不信感は高まっていたのだ。
今までは将軍家の人心掌握スキル『天下泰平』でむりやり人心を抑えつけてきたが、絵心有の『絶対無敵偶像』による干渉、そして商人たちが起こす大規模なデモ活動によって、ついに国民たちの怒りに火が付いたのだ!
「貴様ら! 幕府に立てつくとは何たる狼藉! これは将軍様に対する謀反と同義であるぞ!!」
「ギャアッ!!」
市場通りから、都中央の将軍の居城へと迫っていく市民たち。
たまらず幕府直属の官軍が出動し、デモ行進に参加していた市民のひとりを斬りつけた。
「!! 罪なき市民を斬ったぞ!!」
「なんという暴虐! 力に屈服してなるものか!!」
「うわ、貴様らッ……!!」
市民らは一斉に押し寄せ、官軍の武士へと襲いかかった。
それを皮切りとして、武力衝突の波は瞬く間に都全域へ波及していったのであった。
市場通りの中央部、反乱軍の最後尾では、首謀者である時田慶兆と助力者である栄鶯囀が馬に乗って並んでいた。
ふたりの大人物が並ぶさまは威風堂々、まさしく国を動かす英雄としてふさわしき風貌であった。
「ついに始まったな、鶯囀。お前のおかげだぜ」
「ええ。ですが、慶兆殿。組合所属の商家と癒着している武家や、抱えこんでいる忍集団をかき集めても、官軍と対等か、やや劣るほどの戦力ですぞ。本当に勝算はあるのですかな?」
「ああ、構いやしねぇよ。結局この戦の勝敗は、あいつらの戦いに懸かってるんだからな」
「……『八百万』、ですな」
鶯囀の指摘に、慶兆はうなずいた。
「俺らに必要なのは、国民が納得するだけの戦いの理由だけだ。そして、官軍の戦力がこちらに向けられれば、あとはあいつらが城を攻め落としてくれる。今の俺らは、囮にすぎねぇってわけだ」
「首謀者であるこの私たちを殺そうと、幕府軍が総力をあげて押し寄せてくるわけですか。考えるだけで震えあがってしまいますね」
「ああ、地獄を見ることになるぜ。覚悟はいいか? 鶯囀!」
「フッ。あなたにこの国の命運を捧げることを決めた時点で、覚悟は決まっておりますよ。慶兆殿!」
こうして、慶兆と鶯囀の乗る馬は駆けだした。最前線で陣頭指揮を取り、反乱軍を勝利へと導くために。
市場通りを爆心地として戦線が広がり、都全体が戦場と化しつつあるなか、ギルド本部でも緊急招集が行われていた。
集ったギルド登録者の視線が集まるなか、本部長である相福籠喜と、副本部長の御陰ミミズクが皆の前に立った。
皆が本部長の指示を待つなか、御陰ミミズクは隣に立つ籠喜へと耳打ちした。
これほどの緊急事態にあっても、好好爺たるこの老人はニコニコとした相貌を崩さない。
「相福さま。ギルドは幕府の管轄下にある組織です。官軍に加勢し、暴動を制圧しますか?」
「ホゥホゥ。いいや、それはならん。このギルドは幕府の所有物である前に、忍が市民の皆を助けるために作られた組織じゃ。事実関係が確認できるまでは、武装者を無力化して仲裁することに注力し、ひとりでも死傷者を減らすのじゃ!」
「…………ハッ。仰せのとおりに」
ミミズクは一歩前に出ると手を振りかざし、忍たちに号令を出した!
「皆の者! 都は今、未曾有の内乱に陥らんとしている! ギルドとしての姿勢が固まるまでは武装者を無力化することに専念し、罪なき一般市民をひとりでも多く護るのだ!!」
「「応っ!!」」
ミミズクの発した号令を受け、ギルド登録者たちは次々と本部の建物から出ていき、戦場へと身を投じていく。
それらの者たちのなかにはもちろん、夜鷹のアカデミーの同期たちの姿もあった。
「うわうわうわー! とんでもないことになっちゃったねぇ! 私、大丈夫かな~!?」
「フッ、大丈夫だ美鈴! 怖くなったらこのセンパイの背に隠れていろ!」
「センパイじゃ、頼りにならんわ!」
「うおおおお!! 俺は襲われてる市民がいたら、囮になって逃げてやるぞー!!!」
「加茂吉くんの得意分野だね! 私も耳がいいから、喧騒のなかでも助けを呼ぶ声を聞き分けられるわ!」
「私も、怪我してる人を見かけたらすぐに手当てするのです!」
「…………」
皆が張りきっているなか、不安げにあたりを見回しているヒナ。不思議に思った美鈴が、彼女に声をかけた。
「んんっ? どうしたの、ヒナ。何か心配事?」
「え、あ、うん。夜鷹くんの姿が見えないから……どうしちゃったのかなって……」
ーー夜鷹くん、もしかしてもう戦いに巻きこまれちゃってるんじゃ……。
「心配はいらねぇよ。今のあいつは強ぇ。……それに、この俺もいる」
「あぁ~! あんたは!」
「咲紀仁!!」
黒い羽毛の羽織をなびかせ、ヒナたちの脇を颯爽と通りすぎていくのはもうひとりの同期にしてエース、嘴黒咲紀仁であった。
「てめぇら雑魚は自分の心配だけして、影隅にひっこんでろ。この暴動は俺と……鳴瀬で鎮圧する」
「キーッ! 相変わらずムカつく!!」
「センパイに向かって生意気だぞ、このカラス野郎!!」
美鈴たちの文句を無視して、立ち去っていく咲紀仁。
残された美鈴たちは怒りでますますボルテージ・マックスとなった!!
「この戦いで、あのカラスキザ野郎を見返してやる~!!」
「センパイの威厳を、見せてくれちゃるわっ!!」
「うおおお!! めちゃくちゃ囮になるぞっ!!!」
「でも咲紀仁くん、夜鷹くんのこと買ってくれてるんだね。……フフッ」
みんな思い思いに気合いを入れながら、元気な若鳥たちも、戦場へと飛びだしていったのであった。
◆
都が戦乱の渦に飲みこまれようとするさまを、将軍・阿比留元徳とその側近たちは城の高見台から見おろしていた。
一般市民と侍に加え、忍までが入り雑じり、戦いは混沌とした様相を呈してきている。戦いの喧騒は、高見台にまで届いてきていた。
「将軍! 反乱軍は市場通りを中心に布陣し、この城に攻め寄せてきております。すでに官軍が出撃し、激しい戦線を形成しておりまする!」
「時田慶兆殿と商人組合の栄鶯囀が反乱軍を率いており、このふたりが反乱の首謀者と見て間違いありませぬ!」
「おのれ慶兆め。我が将軍家の系譜でありながら、ムムム謀反を企むとは。ゼゼゼ絶対に許さぬ……!」
側近たちの報告を聞き、怒りに身を震わせる元徳。青白い顔はますます血の気がひいて、真っ青になっていた。
「将軍、いかがしましょう。城内の警備の兵たちも出撃させますか?」
「いや、いらぬ。スススすでに、手は打ってある。ハハハ反乱軍を壊滅させるのに、じゅうぶんなだけの戦力をな」
「おぉ! それでは、あの者たちが……!」
側近たちは、期待に満ちたまなざしで、再び都の戦場を見おろした。
反乱軍の勢いは凄まじく、軍勢は市場通りを抜け、将軍の居城に近い工業区域へと入り込んでいた。
このエリアには手工業職人らの工場が並び、がっしりとした建物が多い。
「機運は我らにあり! このまま一気に将軍の居城へと攻め込むぞ!!」
「!? ちょっと、待て! 何者かがいるぞ!!」
勢いに任せて進撃していた反乱軍の者たちが、一斉にその足を止めた。
……彼らの行く先に、圧倒的な『個』の力を持つ者が立ちはだかっていたからだ。
「頭が高いぞ、愚民ども。この俺を誰だと思っている?」
全身を黒鉄の装甲で覆っている男。しかも、その黒鉄はまるで意思を持っているかのように動き、彼の周囲で浮かんでいる。
その瞳に秘められているのは鋼の意思、そして自身が王であるかのような尊大さ。鉄を自在に操る、土遁系の忍たちの王。
『八百万の肆』、鉄國王鵡!!
「焼き尽くさねばならぬ……。民衆の心に湧きあがった、反乱の意志を……」
燃えあがるような朱い髪に、紅蓮の瞳。全身を炎の衣に包む彼は、まさしく燃える闘神。その姿は、炎の翼を広げる不死鳥のようにも見える。
静かな物言いとは裏腹に、胸中にはその姿に違わぬ闘志をたぎらせている。炎系最強の忍。
『八百万の参』、炎豪スザク!!
「そ、そんな……。『八百万』が、ふたりも……!」
「オイ、お前先に行けよ。一気に攻め込むって言ってただろ……」
「ムチャを言うなよ!!」
『八百万』2名の出現により、先ほどまで勢いづいていた反乱軍の勢いは、一気に萎んでしまうこととなる。
実際に戦ってみるまでもなく、存在感だけで力の差をまざまざと見せつけられていた。
なかにはその場にひれ伏し、気絶してしまう者すらいた。
……だが、そのとき。反乱軍の先頭に立ち、鉄國王鵡と炎豪スザクに相対する者たちがいた!!
「イライライライラ……。なんでこの私があんたたちの相手なんかしなきゃなんないのよ、ムカつくわね!!」
「呼ばれて駆けつけてみれば、この者たちが放つ闘気は溢れる濁流のよう。骨の折れる仕事になりそうですね」
「「玖ノ宮アリサ様! 白戸湖水殿!!」 」
王鵡とスザクの前に立ちはだかったのは、『八百万の捌』アリサと、『八百万の陸』湖水であった!!
このふたりが戦場に姿を現したことにより、王鵡とスザクはますますその闘志を滾らせることとなる。
それは『八百万』きっての戦闘狂であるこのふたりにとって、喜劇以外の何事でもなかったのだから。
「フハハハハ! 有事の際を除いて、俺たち『八百万』どうしが殺し合うことは禁じられている。嬉しいぜ、お前たちがわざわざ幕府に反乱する側に立ってくれてよォ!!」
「これほどまでに心が沸きたつのを覚えるのはいつぶりか……。戦いの相手として、申し分はない」
「トゲトゲトゲ! こっちはあんたたちと戦って嬉しくなんてねぇっつーの! 串刺しにしてやんわよッ!!」
「私たちは与えられた役割を全うするまで。行きましょう、アリサ殿!」
こうして、ついに『八百万』どうしの激戦が幕を開けた。
これはかつて『八百万の壱』であった大鷲狂乱の反乱を超える、未曾有の戦いの始まりにすぎなかったのであったーー。




