『暗部』襲来
前回の場面の続きです!
◆
夜鷹と絵心有が通りへと出たとき、その遥か遠方から歩いてくるふたりの男がいた。
そのうちのひとりは、クタクタにくたびれたハットを目深にかぶった不精ヒゲの男。
なぜか草を口にくわえており、眠そうにフラフラと歩いている。
隣にいるもうひとりは黒と白のウェットスーツを着た青年で、眠そうにしているヒゲの男に話しかけた。
こちらの青年もヨタヨタと歩いており、どことなく陸を歩くペンギンの姿を想像させた。
「屋島隊長! 骨鶏さんが標的を見つけたみたいっスね。ド派手に攻撃してるっス!!」
「ったく、あのキチガイめ。市街地で暴れるなっていつも言ってんだっつーのに。仕方ねぇな、ここは隊長である俺が……くかーー……」
「隊長、歩きながら寝ないでください! いつも言ってるじゃないスか!」
青年に揺さぶられ、眠るヒゲは目を覚ます。
彼は眠気のあまり前方に倒れるかと思われたが、ぎりぎりのところで一歩足を踏みだし、地を這うような低い姿勢となった。
「仕方ねぇな。隊長であるこの俺が直々に、この場を納めてやるよ」
ーーこのヒゲの名は、屋島眠悟。
彼こそは幕府直属軍特殊部隊『暗部』の隊長。一見してただの眠れるヒゲだが、『瞬神』と称されるほどの速力をもつ実力者である。
ちなみにあだ名は『眠りヒゲ』。
……そうして、眠悟は駆けだした。
一瞬にして最高速度に到達し、地を吹きぬける一陣の風となる。
「ッ!!」
俺は後ろを振りかえった。
広い通りのはるか後方にふたり、怪しい男たちが歩いているのには気がついていた。
それで反対側に逃げていたわけなのだが、かなり距離が離れていたので、余裕で逃げきれると踏んでいたのだ。
だが、男は信じられぬほどの速力で地を駆けぬけ、俺たちへと迫ってきた!
『微睡み混』!!
「うぁっ!!」
男は黒い光沢を放つ棍棒で殴りかかってきた! メチャクチャ疾ぇっ!!
俺はなんとか紙一重で躱すことができたが、棍棒の先っちょが絵心有ちゃんの足を掠めてしまった。
彼女の足に付いたのはかすり傷程度であったが……。
「はふんっ……」
「絵心有ちゃん? 絵心有ちゃんっ!」
絵心有ちゃんはいきなり深く眠りこんでしまった。強く体を揺さぶっても、まるで目が覚める様子がない。
もしかして、これがこの男のスキルの効果……?
絵心有ちゃんは意識を失い、その体から力が失われる。
彼女が俺の体幹にしがみついてくれると幾分楽なのだが、首や手足がぶらんぶらんに垂れさがると、とたんに動きづらくなる!
男は棍棒を思いきり振りきった直後であったが、すでに次の攻撃への予備動作に入っていた。
「ほう、よく今の一撃を躱したな。だが、眠った女を抱えた状態でどれだけ動けるかな? 次は逃がさねぇぜ」
くそっ! マジでなんなんだ、こいつらは。てか、動き速すぎるだろ……!
俺が訳が分からず混乱していると、『魂珀の腕輪』から画面が映しだされ、ひづきの顔が現れた。
『夜鷹。その男たちは幕府直属軍特殊部隊『暗部』の幹部よ。絵心有ちゃんを抱えながら戦える相手じゃないわ。逃げることだけに専念しなさい』
『暗部』だって……? いかにもヤバそうな組織だぜ!
だが、ひづきのアドバイスで頭から「応戦する」という選択肢が完全に消え、迷いがなくなった。
逃げるための方法を考えることに頭がフル回転し、何か使えるものがないか周囲を見渡すだけの余裕ができた。
そのとき俺の目に入ったのは、すぐ近くを流れる川。
これは俺が特訓に使った『悠良川』の支流であり、都内部を流れる最大の川だ。
……見えた、脱出のための道筋。
俺は覚悟を決めるやいなや、眠っている絵心有ちゃんを抱えたまま、川へと飛びこんだ!
「ゴメン、絵心有ちゃん!」
「! なんだと……!?」
ドッボーン!!
「ゴボゴボゴボっ!!」
大きな水飛沫をあげ、俺と絵心有ちゃんは川の水のなかへと潜りこんだ。
支流と行っても、『悠良川』の底は深く、流れは速い。おまけにまだ春先で、水はかなり冷たかった。
こんな状況下でも絵心有ちゃんは目を覚まさず、水をそのまま飲みこんでいるようだった。
ヤバい、早く逃げきらないと……!
屋島眠悟は欄干の前に駆け寄り、夜鷹たちが飛びこんだ川を見おろした。
川の水量は多く、滔々と流れつづけている。夜鷹たちの姿は、すでに見えなくなっていた。
だが、眠悟は冷静さを保っており、相変わらず眠たそうな表情である。
「チッ、判断が早いねぇ。だが、俺たち『暗部』が、びしょ濡れになってまで追いかけてこねぇ上品な輩だとでも思ってんのかい?」
眠悟は自分がやってきた方向を振りかえると、自身の部下に向けて叫んだ。
「銀太!」
「はいっス!!」
眠悟が呼びかけたのは、先ほどまで彼と並んで歩いていた青年。
ヨタヨタと忍にしてはかなり遅い走りだったが、眠悟に呼ばれると、彼はすぐさま川へと飛びこんだ。
ーー彼の名前は『千篇銀太』。
忍としては凡庸だが、水遁術と泳ぎが得意。特に泳ぎに関しては、単純な泳力のみであれば全ての忍の頂点に立つほどに優れている。
「水中に入って、俺から逃げられる人はいないっスよ!!」
『爆裂水かき』!!
銀太がバタ足を始めるやいなや、水中に爆発が起こったかのような衝撃が伝わる。その推進力はあたかも水中を進むジェット機のようである。
銀太はとてつもない速度で泳ぎ進み、夜鷹たちが飛び込んだ地点にまでたどり着いた!
さらに、彼は水中でも陸上と同じようにクリアな視界を保つことができ(視力はどちらも5.0程度)、声を出してしゃべることもできる。
彼は水中を見まわし、標的を見つけたら欄干からこちらを見おろしている眠悟に声をかけて、報告するつもりであった。だが……。
「!? いないっス!!」
いくら見まわしても、夜鷹たちはいない。気配すらしないのだ。
ひととおりあたりを探したのち、銀太は水面から飛びだして、眠悟の隣へと降りたった。
どこをどう通ってきたのか、骨鶏も上空から降ってきて、眠悟の反対隣に着地した。
着地の際に、全身にまとった骨の甲冑が震えて音を鳴らした。
「ケタケタケタ! おい、俺の絵心有ちゃん! てめぇら逃がしちまったのかぁ!?」
「スミマセン。川のなかをよく探したんですが、影も形も見当たらなくて……。あいつらいったいどうやって逃げたんスかね、隊長?」
「ぐぅ……」
「「寝るな!!」」
欄干に寄っかかったまま寝ている眠悟。ふたりのツッコミで目を覚まし、鼻ちょうちんが割れた。
「ケタケタケタ! てめぇ、隊長のくせにこんなときに寝てんじゃねぇよ! この、眠りヒゲ!!」
「まあまあ、俺たち特殊部隊『暗部』の捜索網から逃れられると思ったら大間違いなのよ。ほかの連中からの報告を待ちましょ、ふあぁ……」
「特殊部隊といっても、クセが強すぎて他の部隊でなじめなかった連中の寄せ集め、イロモノ集団っスけどね……」
滔々と流れる川を見おろしながら、3人のコントのようなやり取りは続いたーー。




