絵心有ちゃんの過去
《前回までのあらすじ》
たまたま助けた女性は、俺が今、推しに推してるアイドル宮野絵心有ちゃんだった!!
◇
『推し』とは。
とてもとても好きで、愛おしくて、どれだけ私財をつぎ込もうと惜しく感じないほどに応援したくなる対象のこと。
一方で、自分のものとして独占しなくとも、いっしょに応援する仲間たちとともに見ているだけで幸せだと思える。
そんな愛情と敬虔さを同時に抱かせる尊き存在こそが、『推し』なのである。
そしてそんな尊き存在が、今まさしく、俺の目の前に……!
「私の名前は宮野絵心有。この都で、アイドルをやってるの」
……ツインテールにまとめられた、清楚で艶やかな黒髪。散りばめられた星屑のような瞳。
完全に美形なのに、子猫のような愛らしさもあわせもつ顔つき。
かっ、かっ、かわええええぇっ!!
てれびで見ても可愛いが、画面越しに見るより万倍可愛い。なんだこの生き物は。
すっかりのぼせあがってしまって喋れなくなってしまっている俺を見て、彼女は不思議そうに首をかしげた。 首をかしげて上目遣いなの可愛い。
「最近ようやく人気が出てきたんだけど……。知ってる?」
えええええぇ、知ってますとも!
推しですから!!
しかし、いきなりそんなに食いぎみで行ったら引かれてしまうだろう。
俺は必死に体裁を保ち、冷静な風を装ってみた。
「ゲフゲフン! ええ、もちろん知ってますとも。とても有名ですからね。しかし、そのようなお方が、どうしてあのような輩に?」
イカン、動揺を隠そうとしてめっちゃ知的な路線で行ってしまった。
しかし、絵心有ちゃんは内心焦りまくってる俺に、極めて自然体で接してくれた。
「うん、私もあまりに突然で、何がなんだか分からないんだけど……」
てれびの収録を終えて控え室に戻った彼女のもとに、来訪者があった。
てれび局にいるのが不自然に見える、侍の格好をした男たちが数人。彼らは、幕府からの使いであるという。
「宮野絵心有殿、突然であるが、今後いっさいのアイドル活動をやめていただきたい」
「え……!?」
「もちろん、ただでとは言わぬ。貴殿が今後アイドル活動で得ていたであろう報酬を上回るだけの依頼金を出しましょう」
「そんな、どうしてなの……!?」
「理由は申す訳にはいきませぬ。だが、これは幕府からの命令。拒否することはできませぬぞ」
「イヤ……! 私はアイドルの活動が好き。それに、ファンのみんなが待ってるの!!」
そう言って、彼女は控え室を飛びだしていった。
男たちはこれ見よがしに追いかけてくることはなかったが、走りさる彼女の後ろ姿を、どこまでも視線で追いかけつづけていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
頭巾型の外套だけを目深に被り、家へと走る絵心有。
……でも、家に帰ってどうするの? 明日もあの男たちは来る?
そうだ、事務所の所長に相談しよう。私はアイドルをやめる気なんてないって伝えよう。
でもでも、あの男たちは『幕府からの命令』だって言ってた。
それに、逃げる私のことを恐ろしい形相で見つめていた。まるで人殺しみたいな目……!
彼女が借りてる宿舎は人目を避けるため、閑静な住宅街のほうに建てられたものを選んでいる。
てれび局から離れるにつれて、周囲の人通りも減っていくのだが……。
ーー誰かに、尾けられてるの……!?
アイドルとして人気が出て以来、プライベートでは人目を偲んで過ごすようになっていた彼女。
自分に向けられている視線には、一般人とは比較にならないほどに敏感になっていた。
絵心有は、走る足をさらに速めた。
アイドルとしてキレのあるパフォーマンスを披露するために日々訓練を積んでいるので、体力には自信がある。
それでも、自身を追う気配は増えていき、どんどん距離を詰められていく。
ーーもう、逃げられないの……!
そう思ったところで彼女が偶然にぶつかったのが、鳴瀬夜鷹であったーー
「なるほど。そんなことがあったんですね。でも、どうしてアイドルをやめろなんて言われたんですかね……?」
「それはたぶん、私が持ってるスキルのせいだと思うの」
「スキルですって……!?」
「うん。私が持ってるスキルは『絶対無敵偶像』。人の心を奪うスキルなの」
ーー『絶対無敵偶像』。
絵心有ちゃんがもつ、唯一無二の固有スキル。
それは少しでも彼女に好意を抱いた場合、その好意は脳内で何倍にも増幅されていき、彼女のことしか考えられなくなるという支配的なスキルである。
しかもその効果はてれびの画面越しにでも効果が及ぶというのだ。
……なんと、彼女の爆発的な人気の背後には、スキルの効果が隠されていたのか!
どおりで、元いた世界ではアイドルなんて振り向きもしなかった硬派な俺(を演じていた)が、彼女にメロメロ夢中になってしまったわけである。
「……ズルいと思うよね? でも、スキルの効果が発動されるには、まず私のことを好きになってもらわなくてはならないの。だから私は、ファンのみんなに喜んでもらうための努力を怠ってきたつもりはないの」
……たしかに、見ず知らずの人に喜んでもらったり、好きになってもらったりすることはとても大変なことだと思う。
有名になって、人気を維持しつづけることもとてつもない重圧であるに違いない。
いくらスキルの助けを借りていたとはいえ、彼女がこれまで歩んできたのは苦難の道のりであっただろう。そんな彼女の努力を、否定できるはずもない。
そう、俺のこの心のトキメキは嘘偽りなんかではないのだ。
「でも、そんなスゴいスキル、いったいどうやって身に付けたんですか……?」
「うん。それはね……」
絵心有ちゃんは実はみなし児であったが、とある人物が拾い、育てた。彼女に人が喜ぶための歌と踊りを教え、徹底的に訓練させた。
そうした血の滲む訓練のすえに発現したスキルが、『絶対無敵偶像』であったのだ。
その、彼女を育てたあげた人物とは……。
「私を育ててくれたのは、『華羽孔成』。みんなからは『八百万の漆』と呼ばれてるの」
「華羽、孔成……!」
その名前は、俺も聞いたことがある。
アシュナさんのもとで修行しているときに、こう教えてくれたことがあったのだ。
『夜鷹。お前もあたしと関わってる限り、必ず他の『八百万』とも遭遇することになるだろう。なかでも、華羽孔成ってヤツにだけは絶対に気をつけろ』
……アシュナさんは詳しいことまでは教えてくれなかったが、彼女が警告するほどだから、いったいどのような男なのだと思ったものだ。
そんな男が、絵心有ちゃんの育ての親だなんて……!
「華羽孔成さんには、今回の事件のことを相談しないんですか?」
「孔成さんは私がアイドルとしてデビューして以来、姿を消してしまったの。連絡すらも取れず終いで……。だから私、アイドルとしてもっと活躍すれば戻ってきてくれると思ってたの……」
「そうだったんですね……」
……しかし、分からない。
彼女がスキルを使っていたからと言って、なぜ幕府はアイドル活動をやめさせなければいけなかったのか。
なぜ華羽孔成は姿をくらましてしまったのか……。
「分かりました。今はとにかく、ここから離れましょう。このままでは追手に見つかってしまう…………ハッ! 危ない、絵心有ちゃんっ!!」
「きゃあっ!!」
そのとき、上空から絵心有ちゃんを狙って、何かが地に突き刺さった!!
俺はとっさに絵心有ちゃんを抱えて地に転がり、なんとか事なきを得た。
……地に突き刺さっていたのは、背骨のような節のある骨。骨と骨のあいだには、靭帯でつながっている。
それは、長く伸びた骨の尾。骨の尾をたどって上を見あげてみると……。
そこにいたのは、ひとりの男だった。
建物の屋根に這いつくばるようにしがみつく男。ボサボサの黒い長髪、血の気のない顔、獣のように鋭い目の下には深いクマが刻まれている。
全身に骨の甲冑を身にまとっており、骨の尾はそこから伸びていた。
男はガジガジと何かの骨をかじっており、全身にまとう骨を震わせるようにしながら話した。
「ケタケタケタ……。あああああ、絵心有ちゃん、なんて可愛いんだ。てれびを見ながら、何度も何度も君の腹を尾で貫き、生き血を啜りたいと思っていた。この日が来るのを、待ち焦がれていた……」
げえええ、なんだこの変態は。絵心有ちゃんの、ストーカー?
……だが、かなりの実力者であることは間違いない。先ほどのモブたちとは比較にならないほどの力を秘めているのを感じる。
「キサマ、いったい何者だ! なぜ絵心有ちゃんを狙うんだ!!」
「ケタケタケタ。俺の名は『尾長骨鶏』。お前は今ウワサの鳴瀬夜鷹だな。これは幕府の命令だぞ、邪魔をするな。そして絵心有ちゃんの亡骸は俺のものだ!」
「なんだと! たとえ幕府の命令だとはいえ、お前みたいな変態に思いどおりにさせるものか!」
「ケタケタケタ! ならばまずはお前からだ、死ねィ!!」
『髄節混』!!
「くっ!!」
「きゃあああっ!!」
尾長骨鶏は骨の尾をブンブンと振りまわした!!
骨の尾は伸縮自在であるうえ、目にも止まらぬ速さで振りまわされている。
しかも、骨の節には鋭い刃が取りつけられている。まるで、剣の舞いのように激しい攻撃だ。
俺は絵心有ちゃんを抱えているうえ、狭い路地裏では逃げ場が限られている。
……今は絵心有ちゃんを守るのが最優先。まずはこの路地裏から脱出しなければ!
「絵心有ちゃん、ゴメン! このまま逃げます!!」
「う、うん!!」
俺は絵心有ちゃんを抱えながら走りだした。
可哀想に、絵心有ちゃんも恐怖と不安で心拍数が上昇しているのだろう。彼女の顔はどことなく赤みが差して見えた。
激しい骨の尾の攻撃をかろうじて躱しながら、俺と絵心有ちゃんは広い通りへと走り出た。
どちらに逃げればよいかも分からないが、とにかく尾長骨鶏の攻撃の射程範囲から離れなければ……!
こうして、絵心有ちゃんを庇いながらの逃避行が始まったのであったーー。
今回の場面は次回に続きます!




