花はあいどる 推しは尊し
◇
猿鳶先生に会いにアカデミーを訪問してから、数日後。
この日、俺は玖ノ宮アリサさん……もとい、アリサと買い物に出かけていた。
定期的に遊びに行くように約束を取りつけられて以来、こうしてちょくちょく呼びだされては、いっしょに出かけていた。
さすがはお金持ち、買い物は豪快そのもの。ただし、彼女自身『八百万』として働き、莫大な報酬を得ているので、親のスネかじりとは言わせない。
稼いでいる額を考えれば、むしろ堅実なお買い物をしているとすら言えるだろう。
可愛くて女の子らしい着物に水着、高品質な忍具など。
着物などは、試着するたびに俺に見せては、意見を求めてくる。
「夜鷹、これはどう?」
「うん、すごく似合ってるよ」
「さっきと同じ答え。あんた、テキトーでしょ(ギロッ!!)」
「!! 上品な造りがアリサの雰囲気にピッタリで、とてもよく似合ってるよ!!」
「ふーん、やっぱり?」
実際のところ、アリサはなんでも見事に着こなしていて、どれもよく似合っていた。
彼女のいろんな格好を見れるのは楽しいのだが、コメントを誤れば命に関わる。
ちょっとした発言にも慎重さが求められるのだ。(ちなみに下着の試着は見せてもらえなかった)
忍具選びは素直に俺も楽しかった。
手裏剣専門店など、1個1個職人手作りの高級手裏剣があり、『ギザギザ2倍、威力50%アップ』『自動追尾補正付き、命中率80%アップ』『即死注意、猛毒付き』などなど、さまざまな付加効果をもつ品を取り扱っていた。
忍なら1度は手に取ってみたい忍具がたくさんあり、自分が使ってるところを想像するだけで楽しかった。
両手に抱えるほどの買い物袋(全部アリサの)を抱えながら、俺と彼女は帰宅の途についていた。
道中、エレキテル店の店頭で『導式てれびじょん』から流れてくる画像が目についた。
画面のなかではアイドルの宮野絵心有ちゃんが今日も腰をフリフリ、彼女の代表曲である『恋の無銭飲食』を歌って踊っている。
「絵心有ちゃん、今日もてれびに出てるわ。ものすごい人気ね」
「てれびで彼女の姿を見ない日はないからね。いやぁ、これだけ毎日見てたら、誰でも好きになっちゃうよ」
「……あんた、もしかして絵心有ちゃんのお尻ばっかり見てるんじゃないでしょうね(ギロッ!!)」
「!! い、いや、そんなとこばかり見てるわけないじゃないか。キレイな歌声だよね、アハハハ……」
正直なところ、俺はすっかり絵心有ちゃんのファンになってしまっていた。
外見、歌声、ダンス全てパーフェクト。それでいてどこか儚げで、推さずにはいられないのだ。
『塒国』でも導式てれびじょんは急速に普及しはじめており、それに伴って彼女の知名度も爆上がりしている。
今や彼女の人気は都内に留まらず、国民的なアイドルへと成長しようとしていたのであった。
「……夜鷹、荷物はここまででいいわ。あとはうちの使用人が運んでくれるから。アリガト」
「え? あ、ハイ!」
玖ノ宮家の近くまで来たところで、いつの間にかアリサの使用人さんたちがお迎えに来ていた。
俺は使用人さんたちにアリサの荷物を手渡すと、彼女に別れを告げた。
「夜鷹、今日もアリガト。楽しかったわ。またね♪」
「あ、うん。こちらこそありがとう、ではまた」
俺は手を振ってアリサたち一向を見送ったあと、踵を返してアシュナさんのお屋敷へと向かった。
「ふぅっ……」
トボトボと帰りながら、思わずため息が出てしまった。
最近ではこうしてアリサと定期的にデート(?)をしているけれど。
思い出すのは氷渡からの帰り道、ヒナとの別れ際の出来事。
自身の唇の感触を確かめるように、俺は口元に手をやった。
……あれ、やっぱりキスされたんだよな? 「責任取って」って言われたし。
責任取らなきゃいけない身であるのに、こうしてアリサとデートしてていいんだろうか。
いやでも、ヒナと付き合ってるわけではないから、悪いことをしてるわけではないんだろうけど……。
訳が分からなくなって、俺は自分の頭をかきむしった。
「ああああ、分からん!! ……よし、今度ちゃんとヒナと話してみよう! 彼女が俺のことを、どう思っているのか!」
そうだそうだ、自分ひとりで悩んでても仕方がない。
こういうことはうやむやにせず、ちゃんと話し合ったほうがいい。
……でも、ヒナが俺のことを想ってくれているとして、俺自身はどうしたいんだ?
元いた世界では俺は花緒沙耶のことが好きだったはずだ。でも、沙耶とはもう会うことができないだろうし。
空は夕焼け。茜色に染まる道を、考えごとをしながら歩いていたら……。
どぉーーーんっ!!!
「きゃあっ!!」
「うぁ、すみません! 大丈夫ですか!?」
思いきり誰かとぶつかってしまった!
頭巾型の外套を目深に被った人物が、全力で走ってきたのだ。
ぶつかったときの体の軽さから察するに、細身の女性だと思う。どこかで聞き覚えがあるような、高い声。
彼女は後ろに転んで尻餅を付いたが、すぐに起きあがり、俺にすがりついてきた。
「そこのお方! 追手に追われていますの! お助けくださいませ!!」
「! 追手!?」
俺は女性に言われて、周囲の気配を探った。
……いる。3人、4人……5人。姿を隠して気配を潜めているが、こちらの隙を伺っている。
と、茜色の道の上を、ひとつの影が滑るように近づいてきた。
影はじゅうぶんに俺たちとの距離を詰めると、なかから何者かが飛びだしてきた!
「きしゃあっ!!」
「!!」
全身黒ずくめの装束を身にまとった男。男は、奇声を発しながら襲いかかってきた!
ーー『影潜り』。
幕府直属の『隠密衆』の忍たちが好んで使う術。
湖水さんの使う『潜湖』のように気配を消すことはできないし、『苛戯裏』のように実際に地面に潜りこんでいるわけでもない。
体を平面的に圧縮して、影のように見せているだけなのだ。
だが、人目を偲んで隠密活動を行うのにはじゅうぶん。走るのと同じ速度で移動できるし、消費する『導』も少ない。
暗殺にも戦闘にも使える、優秀な忍術なのだ。
驚きはしたが、体はじゅうぶんに反応できていた。
俺は黒ずくめの忍の腕をとっさに掴んでひねり、地面へと叩きつけた!
「はっ!!」
「ぐほぉっ!!」
肩関節を破壊し、敵のひとりを無力化することに成功。だが、残された他の連中も次々と襲いかかってくる!
この男たちがなぜ襲いかかってくるのか分からないから、殺しはしない。
しかし、それぞれかなりの手練れで、なんとか気絶させるのがやっとだった。
5人倒したところで、周囲からも新手が迫ってくる気配が感じられた。
「標的はこちらに逃げたぞ!」
「囲いこめ!!」
クソ! 急にいったい、なんなんだよコイツらは……!
俺は女性の手を掴むと、敵の気配がしない方向へと走りだした。
「お嬢さん、こちらへ!!」
「! はい!」
俺は女性の手を引っ張りながら、懸命に走りつづけた。
敵の気配を振りきったことを確認すると、人目のつかない路地裏へと飛びこむ。
女性は身を潜めるなりへたれ込み、地面に手をついて荒く呼吸していた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「…………」
俺は用心深くあたりの様子を伺ったが、追手の気配はない。どうやらうまく振りきることができたようだ。
……さて、問題はこの女性はいったい何者なのか? なぜ怪しい忍たちに追われていたのか?
気になることは山ほどある。
俺は女性が呼吸を整えるまで待ってから、問いかけた。
また追手が迫ってくるかもしれないから、ゆっくりしている時間はない。俺は単刀直入に質問をした。
「お嬢さん、あなたはいったい何者なのですか? なぜあのような輩に追われていたのですか?」
「…………!」
女性は躊躇うような素振りを見せたが、やがて何かを決心したように、おもむろに頭巾を脱ぎさった。
……そして彼女の素顔を見たとき、俺は全身に鳥肌が立ち、震えあがってしまった。
なぜ、あのお方がこんなところに……!?
言葉を出せないままでいる俺に、彼女は自身の名を名乗った。
「私の名前は宮野絵心有。この都でアイドルをやってるの」
え? え? えええええぇっ!?
推しが、おるーーーーーっ!!!!!
(つづく)




