人心掌握
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その夜、都・『あめつちのみくら』の景色を一望できる高台で。
時田慶兆は寝静まる街を見おろしていた。
そんな彼のもとに、アシュナが訪れ、声をかけた。
もちろん、周囲には彼らの会話が漏れないように結界を張ってある。
「よお~ぉ、慶兆。事の成り行きはどうだい?」
「こちらの動きは順調だ。そろそろ目に見える形として表れてくることだろう。……それよりもアシュナ、そちらのほうこそ大丈夫なのか?」
「んん~? 何が?」
アシュナは、本当になんのことか分からないといった調子で首をかしげている。
「今回の革命、戦争に発展すれば確実に『八百万』どうしの戦いになる。『八百万』どうしの勝ち負けが、戦いの行く末を決めるとさえ言いきってもいい。そう考えたとき、不利なのはこちらなんじゃないかと言ってるんだよ」
……『八百万』の人数は、8人。その8人のうち、誰が味方となるかで勝敗は大きく左右されるのだ。
まずは『八百万の捌』、玖ノ宮アリサ。彼女は慶兆派だった。
アシュナとは親戚であるし、同じ玖ノ宮家の系譜だけあって考えかたも近い。
幕府の崩壊はともすれば、公家の凋落にもつながりかねない。
そんな一族の浮き沈みをすらも楽しみ、乗り越えてやろうという豪快さが、玖ノ宮家と雲雀家に共通する精神なのだ。
次に『八百万の参』炎豪スザクと、『八百万の肆』鉄國王鵡。
彼らは純然たる戦闘狂で、戦いの場にのみ自身の存在意義を見いだす者たち。彼らが求めるのは戦いの相手のみで、戦う理由などはどうでもよかった。
「奴らはどっちの味方でも構わないのだろうがな。戦えればそれでよくて、この国の行く末など欠片も気にしちゃいない」
「アハハ♪ それならあいつらは幕府側に付くだろうな。戦力のバランス的に、そちらのほうが面白くなるだろうからねぇ」
続いて『八百万の漆』、華羽孔成。彼は幕府側につくであろうことが予測された。
「あいつにゃあたしも声をかけてない。情報を漏らしたら迷わず幕府にあたしらを売って、自分の地位を上げようとするだろうからね」
「『八百万』は良くも悪くも実力任せな奴が多いからな。華羽孔成は頭を使おうとしてくる分、実戦では何を仕出かしてくるか分からない怖さがあるな」
「……あたしらのこと、脳筋だって言いたいわけ?」
「アハハハ、言葉の綾だよ……」
『八百万の伍』真白鶴姫と、『八百万の陸』白戸湖水。このふたりは、必ず組になって動く。
「湖水たちはあたしらの味方をするって約束してくれたぞ。ずっと中立の立場を取ると言ってたが、こないだの氷渡での戦いを手伝ったことに、いたく感謝してるらしい」
「ああ。だが、鶴姫はしばらく休職することは聞いただろう? こちらの味方はアリサと湖水のふたりに対して、敵はスザク・王鵡・孔成の3人だ」
……そして、『八百万の弐』。
「あいつは幕府側に着くだろう。アシュナ、お前に勝つことに並々ならぬ情熱を燃やしているからな」
「あたしゃ恨みを買った覚えはないんだけどねぇ。まったく、コマッタもんだ」
「まぁ、それだけお前の実力が皆から認められているということだ」
『八百万の弐』はその地位にふさわしいだけの力を持つ実力者。
彼が幕府側、アシュナが慶兆側に付くことで『八百万』の人数比は4対3。人数的には、不利であるということとなる。
「アシュナ、お前がいるから戦力的には心配していない。だが、人数が増えればそれだけ多彩な戦略を取ることができる。いくらお前でも、油断をしていたら……食われるぞ」
「んん~? そうかなぁ、大丈夫だと思うケド」
「……ほぉ? 随分と余裕だな、アシュナ。お前らしいと言えばお前らしいが」
高台の手すりへと歩み、寄りかかったアシュナ。寝静まった都を見おろす彼女の横顔は……笑っていた。
「実際に育ててみて分かったが、ヒナ鳥ってのは意外と早く育つもんだ。見てなよ、今に面白いことになるかもしれないぜ?」
「……フッ、なるほど。お前が掴んだのは金の卵かもしれないな。それでは俺も楽しみに待つこととしよう。夜の鷹が、大空に舞いあがるのを」
都の中心に立つ巨大な風車はガラガラと回り、夜の闇に沈む都に風をめぐらせ続けている。
まるで、新たなる翼が飛びたつのを、待ちわびているかのように。
◆
一方そのころ、幕府の中枢でも動きがあった。
都の中心に立つ風車の根元には、巨大な城が立っている。
この城こそが『塒国』を治め、栄華を極める将軍家の居城なのである。
今、将軍はその臣下たちと自室で極秘の話し合いを行っていた。
「都内で、バババ幕府を批判する世風が広まっているだと?」
臣下たちに問いかけたのは、立派な武士の装束を身にまとい、烏帽子を被った男。
しかしその顔色は病人のように青白く、神経質そうな顔つきをしている。
彼こそが、『阿比留 元徳』。この国に住む人民の頂点に立つ存在である、現・将軍である。
態度は尊大そのものであるが、心の奥底に秘める不安を隠しきれぬように、口ごもって話す。
彼は絶対的な権力者でありながら、常に見えない何かに怯えているのだ。
「ハッ! 各地で小規模の暴動が起こり、幕府への不平を訴えているとのことです。暴動はただちに官軍を派遣し、鎮圧されましたが」
「我が絶対なる権勢に歯向かう者がいるなど、ダダダ断じて許すことはならん。暴動に参加した者は全員、ウウウ打ち首獄門の刑に処せ」
「ハッ! しかし、幕府が開闢して百余年。これまで民衆が反旗を翻すことなどなかったのに、何故このような自体に……」
……幕府の支配力の低下。阿比留元徳は、その理由に思い当たるところがあった。
かつて、阿比留家は優れた人格と知略によって幕府を立ちあげた、紛れもなく優れた統治者であった。
しかし、彼らは幕府が所有する『夢見の巨像』の力を借りて人心掌握スキル・『天下泰平』を発現した。
このスキルによって人民の心を支配し、かつてない長期政権を実現したのである。
何代にもわたってスキルに依存して自身を磨く努力を怠っていたうえ、『夢見の巨像』から精神干渉を受けていたため、阿比留家の子孫はすでに俗物と化していた。
一見、国家としての安泰は保たれているように見えるが内情はそうではなく、諸外国から見れば『塒国』が弱体化しているのは明らかだったのである。
統治者の政治的手腕の至らなさが、国家の弱体化を招いている。
愚かにも、阿比留元徳はいまだにその事実に気がついていない。
だが、彼は自身の立場を揺るがす要因には敏かった。彼の脳内にあるのは、自身の保身に関わることのみ。
「……他にもだれか、ジジジ人心掌握スキルを使っている者がいるな。支配している人民どもの心が、テテテ手狭になっておる」
『夢見の巨像』の力を借りて発現されている『天下泰平』は、極めて強力なスキルであった。
およそ国土の全範囲において、阿比留元徳が理想の君主であるかのように人民を従わせることができる。その影響は、『巨像』が隠されている将軍の居城に近ければ近いほど、強い。
たしかに『天下泰平』は、強力なスキルである。だが、完全ではない。
ある特殊な条件下で、精神支配が及ばない者がいるのだ。
まずひとつは、精神干渉を受けていることに気づき、自身のスキルや精神力で抵抗している場合。
アシュナや慶兆たちがこれに該当し、彼女らが反乱の意志を保つことができている所以である。
そして、もうひとつ。
別の人心掌握スキルによって精神干渉を受けている場合である。
この場合、同系統のスキルどうしで競合し、支配可能な精神領域が狭くなるのである。
「なんと! 殿に拮抗できるほどの強力な人身掌握スキルの使用者とは、いったい何者の仕業なのでございましょうか」
「ソソソそれは……」
そのとき、将軍の居室の片隅で映しっぱなしにされていた『導式てれびじょん』に、とある人物の姿が映しだされたーー。




