アカデミー訪問
◇
大鷲狂乱との戦いを終えたあと、しばらくは平和な日々が続いた。
俺は相変わらずアシュナさんの修行に明け暮れ、時間があるときはギルドの依頼に取り組んだ。
Bランクの任務ともなると、かなり手応えのあるものが多い。
危険度の高い魔物の討伐や、貴重な素材の採取など。
得られる経験値は高く、それぞれ印象深い思い出があるのだが、それらの出来事に関してはいつかまた追加エピソードとして語らせていただくこととしよう。
あっという間に日々は過ぎていき、いつの間にか年を越え、もう少しで桜の開花を迎えようかという頃になった。
そんなある日のこと、俺はとある場所を訪れていた。
午前のルーティンの修行を終えてから行ったら、少し遅れてしまった。待ち合わせ場所にはすでに、他のみんなが集まっていた。
「お~い。みんな、久しぶり。お待たせ!」
「うおおおん! 友よ! 会いたかったぞおぉっ!!」
「遅いぞ、夜鷹! このセンパイを待たせるとは何事かっ!!」
「おはよー! おはよおはよおはよ、もひとつおまけにおっはよー!!」
暑苦しいのは団賀羅加茂吉、偉そうにセンパイ面してるのは鶉橋京助センパイ、もひとりおまけに元気印の吉備川美鈴だ。
「夜鷹くん、おはよ。……元気だった?」
「お、おう。ヒナのほうこそ、元気か?」
「……ヒナ? 夜鷹くん?」
「夜鷹くん、お久しぶりなのです!」
早乙女ヒナとは、こないだ氷渡の遠征から帰ってきて以来だ。
……どうしても、別れ際の出来事が頭をよぎってしまう。つい意識してしまって、彼女を正視することができない。
そんな俺たちの微妙な空気感を敏感に感じとったのか、生地天音はけげんな顔で俺たちを見比べている。
いっぽう、エンジェル・志木原綾乃さんは人のことを疑うことなど知らぬように無邪気だ。綾乃ちゃん、マジ天使。
……今日は、忍術アカデミー同期の卒業生(+センパイ)とで、かつての恩師に挨拶しにきたのだ。
卒後もみんな各々がんばり、活躍しているので、報告がてらお礼を言いに行こうというということになった。
(ちなみに嘴黒クンにも声をかけたのだが、みんなが集まるところには来たくないのか、断られてしまった)
恩師のもとには、直接アカデミーを訪問して会うこととしている。
久々にアカデミーの敷地に足を踏み入れて、みんなから学生時代を懐かしむ声があがった。
「うんわ~、なっつかしいねぇ! 卒業してからまだ1年くらいしか経ってないのに。ねぇ、夜鷹くん?」
「あ、ああ。ホントだよな」
「ふっ。入学してきたころのお前たちが懐かしいな。まるでひよっこのようだったぜ!」
美鈴に振られて、俺はテキトーにはぐらかした。
俺はアカデミー時代の記憶があやふやだから、あまり懐かしい感じはないんだけどね。あと、いちいちウザいなセンパイは。
アシュナさんの邸宅のお庭のように、アカデミーの敷地には訓練のためのさまざまな地形が模造されている。
エリアによって火山があったり、海を模した浜があったり、ディ○ニーシーのパーク内を歩いているみたいで楽しい。
今日は平日の日中なので、授業中の一団も見られる。
講師の厳しい指導のもと、忍者のたまごである「忍たま」たちが懸命に訓練に励んでいるのが見て取れた。
……そして、立派な木造の建物が、アカデミーの校舎だ。
校舎の前まで歩いてきたところで、俺たちは目的の人物に出会うことができた。
「「猿鳶先生!!」」
「おお、お前たち。元気であったか?」
白髪混じりの、初老の男性。
顔に深く刻まれた皴は頑固一徹な印象を与えるが、かつての生徒たちに向けるまなざしは仏のように優しい。
……慈 猿鳶先生。
アカデミーを代表する、名講師中の名講師。最古の忍の家系であり、代々将軍家に仕えた名門中の名門の出身でもある。
その強さは基本忍術を徹底的に極めたことにあり、まさしく『忍術マスター』と呼ぶにふさわしい。
忍の教育・指南に生涯を捧げており、アカデミーの生徒たちからは神のように崇められている。
俺もうっすらとではあるが、彼に厳しくも優しく、的確な指導を受けてきた記憶がある。
俺たちが猿鳶先生のもとに駆け寄ると、彼はひとりひとりの両肩に手を添えて、語りかけてくれた。
骨太の、大きな手。
「加茂吉。お前の固有スキルは特殊だが、それを活かすように頑張ってるようだな。必ず、お前にはお前にしかできない役割がある」
「天音。優等生のお前は何も心配していない。個人戦闘にもサポートにもまわれる万能さを、存分に活かすんだ」
「綾乃。たくさんの人々の命を救っているそうだな。医療班は存在自体が貴重だ。仲間を救うためにも、絶対に死ぬな」
「京助。卒後も後輩たちの面倒を一生懸命見てくれているらしいな。その面倒見のよさがお前の一番いいところだ、大切にするんだぞ」
「美鈴。お前の元気さはまわりを明るくする。士気を高く維持するためには、心の明るさが大事だ。どうしても困ったら、『宙砲』で敵をぶっ飛ばすんだ」
「ヒナ。おしとやかなお前に、敵はみんな油断してしまうことだろう。表面的な評価以上の活躍ができる実力があることを、みんな分かっている。期待しているぞ」
「うおおおん! ありがとうございますっ!!」
「えぐっ、ひぐっ。ふええぇ……」
「わーん、先生゛ぇぇぇ!」
かつての恩師の暖かくも力強い言葉に、泣きだす者続出。アカデミーの仕事は忙しいはずなのに、卒業生ひとりひとりの活躍までチェックしてるなんて。
……そして猿鳶先生は最後に、俺の両肩をがっしりと掴んだ。
「夜鷹。万年ビリの成績だった君が、卒後めざましい活躍を見せていることに驚いている。在学中に才能を引きだすことができなくてすまなかった。だが、こんな生徒は私の長い教師生活でも初めてだ。最高の喜びを、ありがとう」
……イカン、俺まで泣きそうだ。
恩師にこんなことを言われて、感動しない奴がいるだろうか。必死に涙をこらえて、鼻を啜る。
猿鳶先生は俺たちひとりひとりにメッセージを伝え終えると、いっしょに敷地内を散歩することを提案してくれた。
「さぁ、いっしょに校内を見てまわろう。卒業生として、在校生たちの頑張りを見てやってくれ」
そうして、俺たちは猿鳶先生に近況を報告したり、任務上での今の悩みを相談しながら、校内を見てまわった。
ーーひととおり校内を見てまわり、解散の時刻となる。
「「猿鳶先生、ありがとうございました!!」」
「今日はありがとう。また折を見て、遊びにきてくれ」
「「はい!!」」
校舎のほうへと戻っていく猿鳶先生の後ろ姿を見送りながら、俺たちはいつまでも手を振っていた。
「いや~、猿鳶先生とお話しできてホントによかったなぁ」
「俺は、感動したっ!!!」
「フッ。面倒見のよさを活かして、俺もアカデミーの講師を目指してみようかな!」
「センパイはまず自分の能力を高めることを目指しましょうねぇ♪」
「うっさいぞ、美鈴!」
センパイと美鈴のやり取りに、周囲から笑いが起こる。
……今日は猿鳶先生にお礼を言いにきたはずなのに、逆に俺たちが元気づけられてしまったな。
帰りに、みんなで新しくできた茶屋に寄っていくこととした。
俺たちは心機一転、ホクホク顔で帰路に着くこととなったのであった。
◆
慈猿鳶はアカデミーの仕事を終えたあとの夜、とある屋敷へと足を運んだ。
使用人に案内され、屋敷の主の居室へと向かう。
そして、居室の前にまでたどり着くと、障子越しに主へと声をかけた。
月の明かりが、猿鳶の影を障子に浮かびあがらせていた。
「啄木よ、入るぞ」
「コホ、コホ……。先生、どうぞお入りください」
猿鳶が障子を開けて部屋のなかに入ると、そこにいたのはひとりの男性であった。
彼は病床に伏せっていたが、猿鳶が入ると起きあがった。
銀髪で、色白の美青年。生命力の弱さを反映しているかのように、すべての色素がうすい。
まるでこの世をさまよう幽鬼であるかのように、存在感が希薄なのだ。
……彼の名は『宗方 啄木』。かつて『八百万の漆』として名を馳せた、極めて才能にあふれた忍である。
しかし、彼の血筋はみんな病弱で短命であり、彼自身も肺を冒され、医師からは余命幾ばくもないと宣告されていた。
「コホ、コホ。すみません、猿鳶先生。毎日のように足を運んでいただいて……」
「よいのだ。手塩にかけて育てた弟子なのだから、面倒を見たいと思うのは当然のことであろう」
啄木はアカデミー出身の忍であり、猿鳶の直接的な弟子であった。
一子相伝の要素が強い忍の世界において、忍者は必ずしもアカデミーの卒業生とは限らない。
その家の流派に従って、独自の稽古を付けられることも多いのだ。
特に『八百万』は名家の出身である者が多く、アカデミー出身でないことのほうが多い。
(玖ノ宮家に育てられたアシュナやアリサ、真白家に育てられた鶴姫や湖水など)
そんななか、生粋のアカデミー出身者でありながら『八百万』にまで登りつめた啄木は、猿鳶にとっても自慢の弟子であったのだ。
「コホ、コホ。これからこの国で大激動が起ころうとしているのに、1日じゅう床に臥せっているだなんて……。病とは悔しいものですね、猿鳶先生」
「大丈夫だ、啄木。病が治れば必ずお前は『八百万』として復帰し、今まで以上の活躍を見せられるようになるはずだ」
……自身が冒されているのは不治の病であり、猿鳶の言葉が気休めにすぎないことを、啄木は知っている。
だが、そんな恩師の優しさが、彼には嬉しくて仕方がなかった。
「コホ、コホ。ですが、慶兆殿とアシュナさんは既に作戦開始の準備を整えたそうですね。間もなく、この国を覆す戦いが始まる……」
「ああ。そしてそれほどの大騒動がまき起こったとき、あいつは必ず動きだすだろう。お前から『八百万』の座を奪った男、『華羽孔成』……!」
現・『八百万の漆』、華羽孔成。
実は孔成は啄木の同期であり、同じく猿鳶の直弟子でもある。
通常で考えれば、同期のなかから『八百万』の座に登りつめるほどの実力者をふたりも輩出したのだ。大変に名誉なことである。しかし……。
「アカデミーにいた頃から、あいつのまなざしには野心が満ち満ちていた。いったい何を企んでいるのか、最後まで奴は明かさなかったが……」
「ええ。それに、彼は常に僕の座を奪うことを狙っていました。アカデミー時代の成績はわずかに僕のほうが上でしたが、隙あらば僕のことを蹴落とそうとしているのを感じていました。コホ、コホ……」
「お前が病を抱えていることを知っていながら、孔成よりもお前を『八百万』に選出するように幕府に進言したのは私だ。結局は、奴の思いどおりとなってしまったが……」
啄木が『八百万の漆』に選出されたのち、彼の病が悪化してすぐに、孔成は「入れ替わりの決戦」を申し込んだのだ。
すでに病魔に蝕まれていた啄木は孔成に敗れ、病が進行していることも明るみとなり、『八百万』の座を奪われることとなってしまった。
「すみません、僕がこんな病弱な体でさえなければ……。うっ、ゴホゴホゴホ!!」
「!! 啄木、もういい。無理をするな、横になれ……」
猿鳶は啄木を横に寝かせると、いったん部屋を出ようと立ちあがった。
「今、水を持ってきてもらうように言ってくる。そのまま休んでいてくれ」
「ハァ、ハァ……! 待ってください、猿鳶先生」
部屋を出ようと障子を開けた猿鳶。啄木に呼び止められて、彼は振りかえった。
啄木は息を荒げ、苦しそうにしながらも、強いまなざしで猿鳶のことを見つめていた。
「先生。華羽孔成を止めること、それが僕の最後の仕事になるかもしれません。アカデミーの同期として、かつての『八百万の漆』として。最後の役割を果たそうとする僕のことを、どうか止めないでください」
「……分かった。約束しよう」
そううなずくと、猿鳶は部屋を出て、後ろ手で障子を閉めた。彼の目からは涙があふれ、零れ落ちていた。




