恋の寄生呪術
◇
戦いを終えたあと、俺たちは1週間ほど寝こんでいた。
医療忍術で肉体の傷を治すことはできても、気力や、体内に蓄えている『導』を回復させるのには時間がかかるのだ。
元気に動けるようになるまで、城下町の宿場でのんびり過ごしたのだが、そのあいだにもドラマがあった。
「「え え え え ぇ っ !!!」」
俺たちが氷渡城にいる湖水さんたちのもとへ遊びに行ったときのことだ(現在、城の大部分は修復作業中である)。
鶴姫さんから、とんでもない報告があったのだ。
「私の腹には、新たな命が宿っている。湖水、お前との子じゃ」
そう言う鶴姫さんは、愛おしそうに自分のお腹をさすっている。
言われてよぉ~く見てみれば、彼女のお腹は少し膨れているようだ。
……今回の戦い、鶴姫さんは体調が悪く、万全とはいえない調子だったそうだ。それは他でもない、つわりが始まっていたからなのだ。
彼女が全力を出しきれていれば、大鷲狂乱とももっといい勝負ができていたかもしれない。
「わ、私は他の男を知らぬからな。言い逃れはできぬぞ、湖水。これは間違いなくお前との子じゃ」
「…………!!」
鶴姫さんは頬を赤らめ、少し恥ずかしそうにしている。
対して、湖水さんは呆然としたまま何も言葉を出せずにいる。いつも冷静沈着な彼が動揺しまくってるのが、ちょっとおかしい。
「さすがの父上も、私たちの結婚を認めざるを得なくなったようじゃ。まさかこの期に及んで、血筋がどうのと言うつもりではあるまいな、湖水? これで、晴れて私たちは夫婦じゃ」
「……うっ……うっ……ううぅ……!」
愛する人と結ばれた喜びと、愛する人との子を授かった喜びと、湖水さんも感極まったようだ。
碧く澄んだ湖のような瞳から、雫が零れ落ちる。
「うぐっ、ひぐっ。よがったでずな、湖水殿。なぁ゛、ヒナ?」
「ホンドでずよね、ツグミざん。ふえええぇ……!」
女性陣、感動して大号泣。俺も思わずつられて、泣きそうになる。
……本当によかった。こんなにお似合いなふたりって他にいないと思う。ふたりの想いが叶って、俺も心の底から嬉しいよ。
「私は当面、『八百万』としての任を降りるつもりじゃ。皆の者、私が不在のあいだ、この国のことを頼むぞ」
「「はいっ!!」」
鶴姫さんはしばらく産休に入るというわけだ。安心して出産と育児に専念できるように、戦場に出てる俺たちが頑張らなきゃな。
俺たちは晴れやかな気持ちで、氷渡城を後にしたのであった。
都に戻るために南下する道の途中、生駒さんたちとも別れた。また別の任務が控えているので、自分たちが指揮している部隊と合流するとのことだ。
去り際、海燕さんが俺に話しかけてきた。
「長年修行に明け暮れても、大鷲狂乱には足元にも及ばなかったでゴザル。だが、仮にアシュナ殿が奴にとどめを刺していたとして、こんな体たらくではただ悔いが残るのみ。奴が生き残っていることで、また修行に励む甲斐があるというものでゴザル!」
アシュナさんに、よく礼を言っておいてほしいとのこと。
そう言う彼の表情に、後悔や悲嘆はいっさい見られなかった。
宿怨の敵に全力でぶつかって、清々しいほどまでに完敗した。
それでアシュナさんが奴を倒してしまっていたら後悔にもなっていたかもしれないけれど、奴が生き残ったことでかえって新たな生き甲斐となったようだ。
剣を極める道は厳しく、終わりの見えぬものだろうけれど、どうか前を向いて歩み続けてほしい。
「今回も君には助けられたよ、夜鷹くん。次にまた共に戦うときには、俺たちももっともっと強くなっているつもりだ! ……なぁ、小太郎?」
「応! ボクもがんばるよ、生駒さん!!」
生駒さんと小太郎は互いの顔を見合わせると、ニッコリとほほえみあった。
小太郎は今回の戦いで、正式に生駒さんの弟子として認められたそうだ。
……俺は剣の専門家ではないけれど、小太郎の剣の筋はいいと思う。恐らく同年代の少年たちと比べれば、かなり強い部類に入るんじゃないだろうか。
次に会うときには、強い剣客に成長しているかもしれない。今後の成長が、じつに楽しみである。
こうして、俺は生駒さんたちとも別れた。
都に戻ってすぐ、俺はBランクに昇格となった(!)。どうやら湖水さんからの口添えがあったらしく、強く推してくれたものらしい。
Dランクから続けざまの昇格で、1ランクだけのスピード昇格ならざらにあることだが、2ランク続けてだとさすがに異例の事態らしい。
都を歩いていると、通りすがりの人々がチラチラとこちらを見て何かウワサしているのが聞こえてくる。
う~ん、いつの間にかちょっとした有名人になってしまったな。なんだかむずがゆい気もするが、悪くない気分である。
そして……。
早乙女ヒナと別れる時がきた。これで、今回の旅の一行は解散となる。
(アシュナさんは戦いを終えたあと、すぐに都に帰っている)
生駒さんたちと別れたあとは彼女とふたりで行動していたが、道中の彼女は言葉少なだった。
最後、ヒナの家への分かれ道に立ち、彼女に別れを告げようとしたところでーー
「夜鷹くん、ちょっと待って。渡したい物があるの」
彼女に呼びとめられた。
近くに憩いの広場があったので、そこに設置されているベンチに腰かけた。背後には立派な噴水もあり、跳ねる水がきらめいている。
俺の隣には少し間隔をあけてヒナが座っているが、何か思い詰めたような表情でうつむいている。
「ヒナ、渡したい物って……?」
「うん。私、夜鷹くんが氷天魔王が落とした武器を回収するのを見てたの。だから、敵が持ってる武器を集めてるのかなって。それで……」
ヒナは懐から包みを取りだすと、俺の目の前で包みをほどいた。大切な物に触れるかのように、繊細な手つきで。
……包みから出てきたのは、1本の小振りな刀。だが、ひと目で分かる。これは極めて優秀な、『固有武器』だ。
「ヒナ、これは……?」
「氷渡城で私とツグミさんが戦った、大鷲狂乱の部下が持ってた武器だよ。夜鷹くんが欲しがるかなと思って、ツグミさんに頼んでもらってきたんだよ」
俺はヒナから刀を受け取ると、おもむろに『宵食みの翼』と重ねあわせてみた。
すると、ひづきの粋な計らいか、何も言わずとも武器の合成が始まった。
ゲット・プライズ!
『横這い蛇』、『毒攻撃』、『身体伸縮』、『打撃耐性(伸縮)』ゲット!!
『横這い蛇』……刀の刀身がひねり、横に曲がり、敵を刺突する。通常攻撃より威力は低いが、予測外の攻撃で敵の意表を突くことができる。
『毒攻撃』……その名のとおり、攻撃に『毒』の状態異常効果を付与。『横這い蛇』と組み合わせることで、ダメージの低さをカバーすることができる。
『身体伸縮』……肉体を思いどおりに伸び縮みさせることができる。ただし、あくまで伸び縮みさせているだけなので、某ゴム人間のように弾性力による攻撃力アップは期待できない。
『打撃耐性(伸縮)』……打撃属性を持つ攻撃に対する耐性。ただし、『身体伸縮』発動時のみの限定スキルであるようだ。
……すごい。恐らくこれも、Bランク上位以上だった者のスキルだろう。
大鷲狂乱との戦いで、Sランクとの力の差をまざまざと見せつけられた。奴に一矢報いることができたのは、湖水さんの力を借りることができたおかげだ。
もっと、強くなりたい。今はどんなわずかな力でも欲しい。そう思っていたところだから、このプレゼントはものすごく嬉しかった。
「夜鷹くん……。私、余計なことしちゃったかな?」
「いやいやいや! こんなすごい武器をくれてメチャクチャ嬉しいよ、ヒナ! ありがとう!!」
「~~……ッ!!」
無邪気に喜ぶ夜鷹に見つめ返されて、ヒナは自身の顔が燃えるように熱くなるのを感じていた。
自分の胸が脈打つ音がうるさくて、何も聞こえなくなってしまった。
ーーせっかく鶺鴒さんにいろいろ教わったのに、帰りの道では結局夜鷹くんに何も伝えられなかったな……。
そのときヒナの脳裏に、鶺鴒からの教えが思い浮かぶ。氷渡に滞在中、ツグミとともに恋愛指導を受けていたときの一場面。
「コツ、コツ、コツ……」
鶺鴒は自身の弟子たちーツグミとヒナーの顔を見比べながら、考えあぐねていた。
ーーこやつらの恋愛センスは壊滅的だ。こんな女子たちは初めて見た。
会話、表情、仕草、駆け引き。全部、ダメ。
逆にどんな育ちかたをしたらこんな女子に育つのか、見てみたいくらいだ。
……だが、それでこそ指導のしがいがある。腕が鳴るというものだ!
「コツッ! 仕方があるまい。其方らに、禁断の恋愛術を教えよう。その名も……『既成事実』」
「「『寄生呪術』!!?」」
「コツン。そう、『既成事実』だ」
恋愛における『既成事実』とは。
交際前あるいは婚前の男女が行為に及んだという『事実』を示すことで、関係性を公式に認めさせるという驚異の秘術である。
この『事実』を突きつけられておいて、責任逃れする男性はクズであると断言してよい。
「す、すごい。そんな恐ろしい術があるなんて……」
「ああ、恐ろしい術だ。だが、人を呪わば穴ふたつ。その呪法を行ったとして、私たちは本当に人であり続けることができるのか……!?」
「コツン……(なんか話が噛みあわぬな……?)」
今回の話で言えば、鶴姫も『既成事実』を作ることに成功したと言えるだろう。
ちなみに、鶴姫の体調が落ち着いたところで湖水との婚礼式が行われる予定であり、そのときにはまた鶺鴒が呼ばれることとなっているそうだ。
ーーそうだ。あの鶴姫さんだって、『既成事実』を作って湖水さんやお父さんを納得させたんだ(お父さんはそもそも、反対する気はなかったらしいけど)。
私だって……!
「あ、そうそう。さっき街のお店で面白いもの見つけてさ。ヒナにも見てもらいたくてーー」
夜鷹が自身の荷物をまさぐって品物を取りだし、振りかえったとき。
ヒナは彼の顔に……口づけをした。
「えっ……?」
何が起こったのか分からず、ベンチに座ったまま固まる夜鷹。
対して、ヒナは既に立ちあがり、駆けだしていた。
広場の出口まで走ったところで振りかえり、手を振るヒナ。頬を真っ赤に染め、はにかみながらも、輝くような笑顔で。
「じゃあまたね、夜鷹くん。私の初めてなんだから、この責任、ちゃんと取ってよね!」
そう言って、ヒナは走り去っていった。
俺は呆然としたまま、いつまでもヒナの後ろ姿を見送っていた。
今起こったことが信じられずに、自身の口元に手を触れてみる。
口唇に残る、柔らかな感触。ほんの一瞬だったけど……。
え? え? もしかして俺、ははは、初キ……? えええぇ!?
頭がぽーっとして何も考えられない。心が暴れだして、今にも噴火してしまいそうだ!
俺はその場から動けぬまま、いつまでもベンチに座っていたのであった。
◆
夜鷹がヒナと別れ、旅の一行が解散した、そのころ。
昼の都。この市場になっている大通りでは、買い物をしにきた人々で賑わい、混雑している。
そんな混雑した大通りでも、よく通る客呼びの声が。
「へい、らっしゃいらっしゃい!! 都イチバンの栄商店の出店だよ! 品よし、値段よし、人情よし! 一見さんもいらっしゃい!!」
都の三大商家、『栄商店』の若頭取・栄鶯囀である。
彼は普段どおり、ハツラツとした声で客を呼び寄せていた。
だが、そんな彼の前に、深く笠帽子をかぶった男がひとり。
彼が栄鶯囀の目の前を通ったとき、ふたりは小声で会話を交わした。その会話は雑踏の賑わいに隠され、誰の耳にも入らなかったことだろう。
「……鶯囀、例の準備はどうだ?」
「ええ、準備は万端。いつでも始められますよ」
笠帽子をかぶった男はかすかにうなずくと、その場を通りすぎていった。
笠帽子をかぶった男は人目のつかぬ細い通りに入ると、帽子を脱ぎ、不敵な笑みを浮かべた。
……まさか国家の要人が護衛もつかずに昼の大通りを歩いていたとは、道行く人々は誰も思わなかったことだろう。
将軍家の系譜ではあるが、将軍としての継承順位ははるか下方にある。
だが、清濁を併せ呑む器の大きさをもち、物事のよき徴候を見抜く審眼をもつ。革命を起こし、この国に新たな風を吹きこもうとしている若き英雄。
「さぁ、国をくつがえす時がきたぜ。新たなる時代の始まりだ!」
その男の名は、時田慶兆!!
そして、『塒国』の歴史に残る大戦が、ついに始まろうとしていたのであったーー。
次回から、いよいよ第一部の最終章が始まります!
どうぞ最後までお付き合いください!




