決着
◇
「ぐああぁっ……!!」
俺は狂乱の腕を斬りつけたのち、その場から離脱した。
狂乱は『騒乱鳴子』の能力で『白水面』の攻撃は相殺しきったものの、腕を深く斬りつけられて苦しんでいる。
しかし、そんなヤツの様子を見て、俺は舌打ちをした。
「チッ……。くそっ……!」
本当はもっと深く斬りこみ、狂乱を仕留めるつもりだった。
だが、狂乱と湖水さんの激しい力のぶつかり合いに押されてしまい、剣の振りが浅くなってしまったのだ。
狂乱は深傷を負いはしたものの、致命傷ではなく、戦闘不能にもおちいってはいない。
俺は攻撃を仕切り直すべく、湖水さんの隣へと戻った。
「ハァッ、ハァッ……。湖水さん、すみません。仕留め損ねました……!」
「素晴らしい働きですよ、夜鷹くん。ですが確かに、今の攻撃で我々は全ての力を出しきってしまいました。次は如何なる手を打ったものか……」
俺と湖水さんが疲弊しきって立っているのもやっとな状態であるのに対して、大鷲狂乱は怒りでますます闘志を燃えあがらせていた。
「おのれキサマら、このワシに手傷を負わせおって……。全力の『狂夜騒祭』で、次こそは跡形もなく消し飛ばしてくれるわ!!」
そう言うと、狂乱は傷ついていないほうの腕を振りあげ、再び自身の周囲の空間を震わせはじめた。
くそっ! この期におよんで、まだあんな大技が使えるのかよ。こっちは満身創痍だっていうのに……。
しかも、さっきのは全力じゃなかったってことか? ふざけんな!!
「阿伽伽伽!! さらばだ、小童ども!! 『狂夜騒祭』!!!」
そうして、狂乱は技を撃ちはなった。空間の歪みとともに、極大の破壊エネルギーが押し寄せてくる。
今の俺と湖水さんに、それを防ぐ手立てが残されているはずもなかった。俺たちはここで、死ぬーー。
……だが、俺たちは死ななかった。
むしろ、ここで戦いなど行われていなかったかのような静けさが、あたりを包みこんでいた。
いったい、何が……?
「アカカカ♪ オヌシの技は、ワシがぜんぶ打ち消してやったワイ! ……ってか?」
「!!」
「なんだとッ!?」
「アシュナさん!!」
俺と湖水さんの前に立っていたのは、なんとアシュナさんだった!
……そうだ、アシュナさんはあとから来てくれるという話になっていたことをすっかり忘れていた。
それにしても、こんなにギリギリに来るなんて……。ホントに殺されてたらどうするつもりなんだ。
ああ、でもこんなに駆けつけてきてくれて嬉しい人はいないな。涙が出そうになる。
そしてこの人ときたら、こちらが死ぬ思いで戦っていたというのに憎たらしいほどに陽気だ。
「いよぉ~、夜鷹。大変だったな、よく頑張ったぞ♪」
「アシュナさん、遅いっスよ……」
「悪い悪い、思ってたより溜まってた公務の量が多くてな。でも、おかげでいい修行になっただろ?」
「修行って。マジで死ぬとこだったんですけど……」
俺の愚痴を聞くのに飽きたのか、アシュナさんはもう湖水さんのほうを振りむいて話しかけていた。
「よっ、湖水♪ あんたも『不壊城』の戦い以来だな。元気にしてたか?」
「アシュナ殿、かたじけませぬ。しかし、どうしてあなたがここに……」
「なんだ、夜鷹からあたしが来るって聞いてなかったのか? ……それにしてもあんたら、すげーボロボロ! ギャハハハ!!」
湖水さんがボロボロになっているのが珍しかったらしく、アシュナさんは腹を抱えて笑っている。あのねぇ……。
アシュナが気ままに夜鷹たちと談笑しているとき、大鷲狂乱は自身が振りあげた『騒乱鳴子』と、傷ついたほうの腕を見おろしていた。
ーー続くAランクとの連戦、予想外の反撃を受けて負った深手。消耗がなかったわけではない。
だが、全力で撃ちはなった『狂夜騒祭』を、何事もなかったかのように打ち消すとは……。
「娘よ。オヌシ、名をなんと申す」
「ん~? あたしゃアシュナだよ。雲雀アシュナ」
「雲雀アシュナ、じゃと……!」
アシュナさんの名を聞いた狂乱は、一瞬驚いたような表情を見せた。
自身の必殺技を、いとも容易く打ち消されたのだ。さぞかし怒っているのだろうと思ったのだが……。
「阿ーっ伽っ伽っ伽っ伽!」
「アーっカっカっカっカ♪」
狂乱は上を見あげて、高笑いをあげた。実に愉快そうである。アシュナさんに会えたのが、そんなに嬉しいのかな?
ついでにアシュナさんもマネして笑っているのはご愛嬌だ。
「なるほどのぅ。オヌシがまたたく間に『八百万の壱』まで駆けあがっていったという話は聞いておった。かつてワシと戦ったときも、幼少でありながらにして才の輝きを見せておったわ。しかし、これほどまでの成長を見せているとは……実に天晴れ!」
「へぇ~? そんなに気にかけてもらってて光栄だねぇ。あたしもあんたのこと、ちっとは尊敬してるんだよ。ガキンチョの頃のこととは言え、このあたしに苦渋を味わわせた数少ない野郎だからね」
「阿伽伽。天賦の才をもって生まれ、極みに到達した者どうしにしか分かりあえぬこともあるじゃろう。どうじゃ、雲雀アシュナよ。ワシと手を組んではみぬか?」
「手を組む……だって?」
「そうだ!!」
狂乱は芝居がかった様子で両腕を広げ、語りはじめた!
まるで、民衆に自身の理想を語る遊説家であるかのように。
「ワシはこの国の未来を憂いておる! この弱き国を一から造りなおし、強き国へと生まれ変わらせるのだ。雲雀アシュナよ、ワシとオヌシとならできる! どうだ、ワシに力を貸してみぬか!?」
「なるほどねぇ。この国を一から造りなおす必要があるという点に関しちゃ、同感だ。だが悪いね、先約がある。あたしゃ既に時田慶兆という男と手を組んでいる」
「ほぅ……。オヌシらも国を造りなおすつもりであるとな?」
「ああ。あたしらが、必ずこの国を強い国に造りなおす。そして、その準備はもうすぐで整うんだ。隠居の身であるあんたはおとなしく引っこんで、この国の成り行きを見守ってなよ」
「ふむぅ……」
狂乱は腕を組み、しばらく考えこんでいる素振りを見せていたが、やがて納得したようにうなずいた。
「よかろう。今暫し、オヌシらの国造りというものを模様眺めすることとしよう。だが、情けない状況が続くようであれば、今一度ワシは姿を現し、お前を殺しに行くぞ! 雲雀アシュナ!」
「いつでもかかってきなよ、お祭りオヤジ! ま、あたしらは失敗しね~けどな」
と、そこで、アシュナさんは何かを思いだしたかのように手を打った。
「あ、そうそう。鶴姫と海燕は回収させてもらったよ。あいつらはこれからのこの国に必要な人間だからね。あと、『魚鱗の巨像』もな」
アシュナさんの言葉を聞いて、俺は見世物小屋のほうを見やった。たしかに、檻のなかからふたりの姿は消えていた。
いったいいつの間に、どうやって回収したのだろう。もしかしてアシュナさんが使ってるのって……忍術じゃなくて手品?
「フン、好きにするがいい。ところで……。雲雀アシュナよ、そこの小童は、オヌシの知り合いか?」
「んん~? 夜鷹のことかい? こいつぁ、あたしの弟子だよ。なかなか面白いヤツだっただろ?」
気が付けば、狂乱は俺のことをじっと見つめていた。俺に何か文句でもあるというのだろうか。
俺は拳をシュッシュッ! と威嚇のポーズを示した。
「小童よ。最後の攻撃はなかなかに見事であった。『八百万』に比べればまだまだ錬度が足りぬが、度胸はあるようだ。せいぜい励むことだ」
「……あんたに言われなくたって、やってやるよ。そして、いつかあんたにも勝てるようになってみせる!」
「フン、口だけは一丁前だな。阿伽伽伽!」
狂乱は最後に俺にそう言い残すと、あたりを見まわすように首を振り、大音声で叫びをあげた。
「全船員に告ぐ!! 船を出すぞ、退却じゃ!!」
この指令には思念伝播の術がほどこされているらしく、船のあちこちから慌ただしく出航の準備に走る船員たちの声が聞こえてきた。
異空間として隔絶されていたこの部屋の結界も、解除されているようであった。
「さぁ。夜鷹、湖水、あたしらも帰るよ」
「あ、はい!」
これまたいつの間にか、俺たちの足元には転移輸送の術印がほどこされていた。やはりアシュナさんは手品の使い手だとしか思えない。
アシュナさんに促されて転移輸送陣のなかに入ると、その先は船の外へとつながっていた。氷渡城の外で、その場の戦いは既に鶺鴒さんと氷渡軍が制圧したあとであった。
こうして、此度の大鷲狂乱との戦いは、幕を閉じることとなったのであったーー。




