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『日輪の巨像』

「ぃよいしょっ、と」


 ガコン、という感じで床板を押しあげて、俺たちは地下水路側から『巨像』が安置されている御堂へと浸入した。

 まずは俺が顔だけ出して、周囲の安全を確認する。あたりに敵がいないことを確認してから、天音・加茂吉とともに穴から這いでた。


「うおおお。すっげぇな、こりゃ……!」


 思わずため息が漏れてしまった。

 御堂はとても広い。子どものころに一度だけ野球観戦に連れてってもらったことがあるが、東京ドームよりも広いんじゃないだろうか。


 天井も複雑に木材が組まれており、現代建築のように高度な技術で建築されているようだ。ドーム状の広がりが実際以上に天井を高く感じさせており、上を見あげていると頭がクラクラしてくる。


 内部に流れる空気も清らかだ。まるで、神社の境内にいるように神聖な空気を感じさせるのだ。

 だが、圧倒的な存在感を放ち、俺たちの目を釘付けにさせていたのは……。


「おいおい、こんなんマジで人がつくったってのかよ……!?」

「うおおおぉ!! 俺は感動だーっ!!!」

「私も初めて見たけど、本当にすごい。これが『日輪(にちりん)の巨像』……!!」


 俺たちはその巨像の雄大なる姿に声を失った。感動のあまり天音は涙ぐんでいるし、加茂吉にいたっては鼻水を垂れ流して全力で号泣している。

 ……だが、そのようなリアクションになってしまうのも仕方ないことだろう。まだこの世界に馴染みのうすい俺ですら胸が震え、懸命に涙をこらえているのだから。


『巨像』は御堂の中央の台座にそびえ立っていた。

 人間の形を模した、巨大な建造物。観音像のような、アメリカの『自由の女神』像のような……。

 どの宗教の神とも違う。それでも、思わずのその場にひれ伏したくなるような神性を醸しだしているのだ。

 おまけにどんな不思議なちからが働いているのか、背後には巨大な輪環が浮かんでいる。だから『日輪の巨像』、というわけか。


 ーー『生きている』。


 ただの石の塊のはずなのだが、なぜだかそのように感じさせる気配があるのだ。

 肌の質感というか、息づかいというか……。とにかく、ただの石像ではないことが直感的に伝わってくるのだ。

 だがそこで、俺は自然に湧いてきたとある疑問を加茂吉と天音にぶつけた。


「たしかにただならぬ石像であることは分かったけど……。他国が手を組んで奪いにくるほどの価値があるものなのか?」


 この俺の問いかけに対し、加茂吉と天音は迷うことなくうなずいた。


「あの『巨像』は自然に五穀豊穣の恵みを与え、人々に力を与えると言われてる。この国が国土面積・人口ともに少ない小国でありながら大国と肩を並べられているのは、『巨像』を4体も保有してるからなんだぜっ!!」

「ええ。それに8体全ての『巨像』を揃えた者は、世界を手中に収める力を手に入れると言われているわ……!」


 世界を手中に収める力って……。世界の支配者になれちまうってことかよ!?

 どうやら、この『巨像』は想像以上にとんでもない代物のようだ。他国が形振り構わず略奪しにくるわけである。

 それにしても、この国にはこんな『巨像』が4体もあるのか……。他の『巨像』がどんなものなのか、じつに気になるものである。


 とは言え、いつまでも感慨にひたっているわけにはいかない。血の匂い、戦いの喧騒……この御堂にも、すでに戦いの気配が紛れこんでいるからだ。

 俺たちは地下水路から『巨像』の真横にでたのだが、正面には3つほどの出入り口がある。そのうちのふたつの出入り口ではすでに『ドルジェオン』と『創』の合同軍が浸入し、『巨像』を防衛する自国軍との戦いが始まっていた。


『日輪の巨像』の防衛部隊の隊長である明神生駒(みょうじんいこま)は、窮地に立たされようとしていた。

 ふたつの出入り口から迫る『ドルジェオン』と『創』の合同軍に、防衛線を突破されつつあることをいち早く察知していたからであった。


 防衛部隊の隊長と言っても、『不壊城(ふえじょう)』に常駐している専属の部隊というわけではない。たまたま近隣で部隊の演習をしていたところで、緊急の召集がかかったから駆けつけたまでのこと。


 キリッとしたまなざしに、精悍な顔つきの青年。短く切り揃えられた鮮やかな橙色の髪。正義感の強い正統派イケメン。

 武家の名家の嫡男である彼は、若くして優秀な指揮官であった。侍としての実力もBランク上位であり、これ幸いと防衛部隊の隊長を委任されたのである。

 とは言え、所詮は急造の部隊の寄せ集め。各部隊の侍や忍の特性も分からず、指揮をするのにも限界があった。


「生駒隊長、最東側の防衛線が突破されそうです!!」

「! そちらは任せろ、俺が支援しに行く!!」


 部下の報告を受け、生駒は鞘に納めていた刀の柄に手をかけた。彼の固有武器は『照天原(てらあまはら)』という国内でも指折りの業物である。

 彼は刀の柄に手をかけたまま(こうべ)を垂れた。戦いをあきらめたのではない。目をつむり、精神を統一させているのだ。深く大きく、呼吸を整えながら。


「コオオオォォォ……!!」


 そうして彼は、いっさい淀みのない所作で、自身の刀を抜きはなった。

 武芸の心得がないものには、その所作はひどくゆっくりなものに見えたかもしれない。生駒の刀を振りぬく姿が、自身が見る最期の光景になるとも知らずに。


「武藤開心流抜刀術 第弐式、『(じん)』!!」


 次の瞬間、生駒は敵の一部隊の中央に突入していた。一瞬の出来事であったが、彼の通過線上にいた敵兵たちはすべて塵となって消滅した。

 それだけの手数と、剣圧をともなう連撃を繰りだしながらの突進。生駒が見せた驚異の抜刀術に敵兵たちは尻込みし、勢いは挫けたかに見えた。だが、しかし……!


「さすが生駒隊長! 圧倒的だ!!」

「いや、待て! あれを見ろ……!!」


 完璧に見えた生駒の抜刀術。

 しかし、彼の脇腹には傷がつき、袴には赤い血が染みだしていた。敵兵のひとりから、命を引き換えにひと太刀を浴びていたのだ。


 ……やろうと思ってできる技ではない。並みの人間では、生駒の駆けぬけていく姿を目で捉えることすらかなわないだろう。

 たとえ命を投げ捨てる覚悟があるとしても、少なくともBランクに食いこむほどの実力がなければ、とうてい実現できる所業ではないのだ。


 生駒は自身の脇腹から吹きでる血飛沫を見おろしながら、事態の異様さを悟っていた。


 ーーなんだ、この敵の部隊の錬度の高さは?

 選りすぐりの少数精鋭であることは間違いないのだろうが、それにしても個々の兵士のレベルが高すぎる。

 ……まさか、()()()()のか? 『英雄』級のバケモノどもが……!!


「くそっ、ちょうどお師匠さまが不在のときに。お師匠さまがいれば……!」

「生駒さま! お怪我はだいじょうぶですか!?」

「! ツグミ、俺は大丈夫だ。それより西側の防衛線も押しこまれはじめている。お前はそちらの手助けに行ってくれ!」

「かしこまりました、生駒さま!!」


 生駒からの指令を受け、ひとりの女性が西側の出口へと駆けていく。

 彼女の名は西園寺ツグミ。深い藍色の髪を後ろでひとつにまとめ、まっすぐな瞳をもつ麗人。


 ツグミは固有武器『金華棒(きんかぼう)』を所持していた。

 純金の金箔を惜しみなく使用し、表面を被覆された棒。先端は錫杖(しゃくじょう)のような形状をしており、使用者の筋力と速力を倍加する法印がほどこされている。


 長くしなやかな肢体が躍動し、華麗に舞い踊る。ツグミは『金華棒』を振りまわしながら、敵の部隊へと襲いかかった!

 

「西園寺流打混術、『乱れ蓮華』!!」


 棒を高速で回転させながら敵を次々と撃ちすえていくさまはまるで、野に咲き乱れる蓮華のよう。敵兵たちはなすすべなく頭蓋を撃ちくだかれていく!


 ……西園寺家は明神家に仕える武家の家系であり、ツグミもまた、武芸の達人である。

『金華棒』も西園寺家の功を労して、かつて明神家から授けられたもの。それをツグミに託されているのは、彼女が一族を代表する武人であることを意味する。


 戦闘力のみに関して言えば、彼女の力は仕え主である生駒にも決して引けを取らぬものなのである!

 (ちなみにツグミは彼にひそかに想いを寄せているのだが、生駒が鈍感すぎるしお互いウプなのでいっこうにくっつく気配がない)


 生駒とツグミの活躍で、防衛線はかろうじて保たれている。しかし、その均衡はいつ崩れてもおかしくないものなのであったーー。 


 俺と加茂吉、天音は地下水路から出た位置に留まったまま、戦いを見守っていた。

 サボろうとしていたわけではない。戦いのレベルが高すぎて気圧されてしまい、どこから参加すればよいのか分からずにいたからだ。

 だが、味方である『巨像』の防衛部隊は確実に押されはじめており、いつ防衛線を突破されても不思議ではない。

 そして、ついにーー!


「おいおい! 防衛線が突破されて、敵がなだれ込んできちまってるぞ!!」

「ぎょえええぇぇっ!! どうすりゃいいんだあああぁぁ!!」

「仕方ないわ、私たちが行くしかないでしょ!!」


 ……天音の言うとおりだ。敵兵たちの行く手をさえぎることができるのは今や俺たちしかいない。

 しかし、敵の最前線の実力は異様に高く、あれほど苦戦した河繆氷(がびゅうひょう)レベルのヤツらがゴロゴロいるように見える。俺たちが向かったとして、足止めにすらなるのかどうか……!?

 だが……。だが、しかし。()()は、動きだしたのであった。


「よし、これでもう『巨像』と我々とのあいだに邪魔する者はいない! 『巨像』の足元に転移輸送の魔導陣を描くのだ。対象が大きいから骨が折れるぞ。急ぐのだ!」

「はっ! 了解です、ウィステリア隊長……え?」


 洋風の騎士たちが道を押しひらき、こちらに駆けだしてきたのは三角帽子をかぶった魔女のような格好をした女性たちの部隊だ。

 マントの下は露出度の高い軽装であることからも、魔法で遠隔攻撃を行うのが主な役割の部隊なのだろう。どの女性も妖精のように顔立ちが整っており、見るも麗しい。


 ……いや、見惚れている場合じゃない! 魔女の部隊は隊長と思われる背の高い女性の号令のもと、『日輪の巨像』のもとへ駆けていく。

 だが、隊員の女性たちはすぐに異常に気がつく。彼女らの目の前には、巨大な石像の()()()が浮かんでいたからだ。


「なっ、動きだした……!? ギャアッ!!!」


『日輪の石像』は、数人の魔女たちを踏みつぶしていた。

 なんのためらいも、慈悲の心を見せることもなく。『巨像』の足裏と床との隙間から、滔々と血があふれてきている。


 続いて、『巨像』は誤って踏んでしまったことを詫びるかのように、屈みこんで魔女たちに手を差しのべた。

 しかし、魔女たちは差しだされた手に恐れおののき、後ずさりしている。


「『巨像』が動いて攻撃してくるなんて聞いてないぞ……!? ああ゛ッ!!」


『巨像』は差しだした手でそのまま何人かの魔女たちを掌打した!!

 ぶっ飛ばされた魔女たちは遠くの壁へと打ちつけられ、水風船のように弾けた。


「くそっ! 全員、ただちに詠唱に入れ!! 共同詠唱による極大封印魔法で『巨像』の動きをとめるぞ!!」


 生き残っていた隊長が、隊員たちに命じた。

 隊長の命令に魔女たちは従い、皆でいっさいに詠唱を始めた。彼女たちの目の前に、色とりどりに輝く巨大な魔方陣が形成されていく。

 だが……!


『日輪の巨像』の背後に浮かんでいた輪環が、ピカッとひとたび光を放つ。

 すると、魔女たちの足元にも日輪のような光の輪が描きだされた!


 光の輪には菩提樹の葉を模した極めて緻密な紋様が描きこまれており、とうてい人間には真似してデザインすることは不可能だろう。

 さらに、彼女らの足元で光の輪が輝くのとともに、宙に形成されていた魔方陣は消滅してしまった!


「なっ!? これだけの人数で共同詠唱した魔法陣が、一瞬で強制破棄されるだと!?」

「隊長! 光の輪から抜けだすことができませんっ!!」


 ……そして、光の輪から天へと向けて、光の筋が放出された。

 光の輪環上に閉じこめられていた魔女たちは、声すらあげることなく消滅してしまった。それこそ影も形も、魂すら残さずに消されてしまったのではないかと思うほどに。


 その光景は俺たちにトラウマを植えつけるのにじゅうぶんなほどに凄惨なものであり、周囲で戦っていた者たちも戦いの手をとめてしまった。なかには嫌悪感のあまり、嘔吐している者もいる。


「うっ、うぅ……。えぐっ、ひぐっ。ふえぇ~ん……」

「う゛お゛えええぇぇぇ……」


 天音は泣きだしてしまい、案の定、加茂吉はえづいていた。

 俺もその場にひざまずいて泣きだしたかったが、懸命にこらえた。でも、ふたりの心が挫けてしまった今、俺がしっかりしなきゃ!


「たしかにヤベーことになっちまったな……。でも、見ろよ! やられてるのは全部敵の兵士だぜ! 『巨像』にあれだけの自衛力があるのなら、ハナから俺たちが戦う理由なんかなかったじゃねーか!!」

「おえっ! はぁ、はぁ……え?」

「ぐすっ。……うん、たしかにそうだよね。私たちにとっては、いいことなんだよね!」


 加茂吉はまだ青白い顔をしていたが、なんとか吐き気が治まったようで、こちらを見上げている。天音も涙をぬぐって、必死に笑顔を作っている。かわいい。


 ……そうだ、この戦いは『日輪の巨像』を護るための戦い。敵は『巨像』を運びだす方法がないことが分かれば、じきに撤退していくはず。そうすれば、俺たちの勝利だ。

 だが、これはあまりにも甘い認識であったことを、俺たちはすぐに思い知ることとなったのであったーー。




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