湖水の実力
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ーー『鳴子』。
木の板に竹の管や木片を付けて音が出るようにした音具。
本来は防鳥用の農具であるが、後世に継がれるなかで、踊りのための音具となった。
……それはたしかに打楽器の一種ではあるけれども、打撃武器としてはおよそ適した道具であるとはいえないだろう。
だが、時として、熟練した商人にとってソロバンが最強クラスの武器になることがあるように。手になじんだ道具が、使用者の実力を最大限に引きだすということもあるのだ。
大鷲狂乱がそれぞれ両手に持つ『騒乱鳴子』は通常の鳴子の数倍もの大きさがあり、ド派手な装飾がほどこされた異様な見た目のものであった。
「うっ……ゴフッ!!」
俺は突っ込んだ屋台の瓦礫に埋もれて、まだ動けずにいた。
ヤツが俺の腹に撃ちこんだ一撃。とてつもない破壊力だった。
俺の体に触れた瞬間、鳴子が激しく振動し、威力を何百倍にも何千倍にも増幅させていた。
ただでさえ強力な狂乱の打撃を、攻撃力数千倍にするのである。
湖水さんがとっさに粘性のある水のクッション(水遁系の防衛忍術だ)をあいだに挟みこんでくれなければ、俺の上半身は跡形もなく吹っ飛ばされていたはずだ。
カカカンカカカンカカカンカンッ!!
カカカンカカカンカカカンカンッ!!
阿! 騒乱!! 騒乱!!
騒乱!!! 騒乱!!!
阿! 狂乱!! 狂乱!!
狂乱!!! 狂乱!!!
俺が吹っ飛ばされて戦線を離脱していたあいだも、湖水さんは狂乱との戦闘を続けていた。
とても苦しそうだが、なんとか狂乱の動きに付いていっているようだ。
どうやら先ほど一撃を食らっただけで、狂乱の動きに順応したものらしい。さすがは湖水さんだ。
だが、やはり狂乱のほうが数枚上手。早く、俺も加勢しなければ……!
『八百万の陸』、白戸湖水。彼もまた、激しく狂乱と交戦しながら、必死に大鷲狂乱の能力を分析していた。
ーーやはり、間違いない。大鷲狂乱、この男の力の根源は『微振動』……!
物質、分子、原子……。
この世のあらゆる物質は、原子レベルで振動している。
大鷲狂乱はこの原子の不規則な微振動を増幅・乱転させ、思いのままに振りまわすことができるのだ。
原子の振動は分子へと伝わり、分子の振動は物体へと伝わる。
そうして根源から生みだされた振動のエネルギーは無限に増幅していき、局所的に原子爆発とも言えるほどの破壊力を発揮する。
時には微振動の向きをあえて揃え、自身の身体能力を飛躍的に向上させることもできる。
原子レベルの微振動で、自身の動きをサポートしているのだ。
それとは逆に、他者に働きかけて攻撃することも可能。物質は内部での衝突により騒音を起こし、自己破壊が進んでいく。
空間内で鳴りひびく鳴子のような音は、宙を舞う物品が、微振動によって内部から鳴らされている音なのだ。
……奇しくも、鶴姫さまの固有スキルと真逆の能力。だが、鶴姫さまの力に拮抗し、押しきったのは紛れもなくこの男の実力。
まさしく『混沌』と『狂乱』の忍。これが、大鷲狂乱。これが『騒乱鳴子』……!
「阿伽伽伽伽……。前情報によれば、先ほどの娘が『八百万の伍』。この実力の高さから察するに、オヌシが『八百万の陸』、白戸湖水だな? だが、『伍』ですら歯が立たなかったワシに、下位のオヌシが敵うとでも言うのか?」
「…………」
ーー鶴姫さまは今回の婚姻騒動とのかかずらいによる心身の不調もあってか、全力を出しきれていたとは言いがたい。
とは言え、あの鶴姫さまが手も足も出なかったほどの相手。ならば……!
「申し訳ございませぬ、鶴姫さま。私はここで、全ての力を包み隠さず出しきります……!」
……白戸湖水は、徒手空拳で戦う忍。すべての水遁系忍術を自在に使いこなす。
だが、彼はすでに『固有武器』および『固有スキル』を発動させていた。
水遁忍術で弾けちる水の一滴一滴に、彼の『固有武器』である水が紛れこませてある。
彼の固有武器、『白水面』。
一見してただの水と区別がつかないが、『白水面』はおよそ水があるところであれば、どこでも『湖面』を形成することができるのだ。
宙に浮いている状態であればどんな向きにでも開くことができるので、『湖面』というよりも『窓』と表現したほうが想像しやすいかもしれない。
白戸湖水は、その『湖面』から水を噴出させて攻撃することができるのだ。
現実世界において、ダイヤモンドをも撃ち砕くウォータージェット。
だが、白戸湖水の『白水面』は、操る水量と圧力がえげつない。
『白水面』が形成する『湖面』の奥に広がる亜空間に貯蔵されている水量は、世界最大容量の湖、カスピ海の78000立方キロメートルに匹敵する。
それだけの水量を窓ほどの面積から一瞬で噴出させるのだから、その威力と圧力が天文学的な規模となることは想像に難くない。
(用が済んだ水は瞬時に『白水面』で回収することができるので、白戸湖水はあたりを一切濡らすことなく、繰り返し攻撃することが可能)
湖上をただよう霧のように淡く儚い雰囲気をもつ湖水だが、何が起こったかすらも分からぬうちに敵を消滅させていくさまは、見る者に恐怖を与えることであろう。
「撃砕せよ、『白水面』! 『伍ノ口』!!」
「ッ!!」
湖水は五つの『湖面』から、同時に水を噴出させた!!
同時に噴出する『湖面』の個数が多いほど、広範囲に多角的に攻撃することができる。
一方で、『湖面』の個数が多いほど1個あたりから噴出される水の量が減るので、威力も分散されることとなる。
『湖面』の個数を減らすほどに威力・破壊力は高まるが、水を押しだすのに必要な圧力が格段に強くなるので、消費するエネルギー『導』の量も大きくなる。
「小癪な!! ぬぅんっ!!!」
狂乱が『騒乱鳴子』を振りまわすと、彼の周囲の空間が激烈に微振動を起こし、湖水の攻撃を相殺した!
「阿伽伽伽。この攻撃力の高さ。しかも、まだまだ底が見えぬときておる。さてはオヌシ、『八百万の伍』以上の実力をもっているな? 主に忠義立てして力を隠しておったか、阿伽伽伽!」
「鶴姫さまを連れ去られるのを指を咥えて見ているのと、どちらがマシかという話なのですよ!」
白戸湖水は今まで人前では、『白水面』に貯蔵されている水の量を半分ほどまで使って戦ったことしかなかった。
それは狂乱の指摘どおり、鶴姫の力を上回っていることを公衆に示すことは、臣下として慎むべき行為であると踏んだからであった。
だが、今はそんなことを言っていられる状況などではなく、彼は愛する鶴姫を護るために全ての力を出しきることを決意したのであった!
※お祭りの音具としての『鳴子』は実際には『なるこ』と読むのが正しいのでご注意ください。
『騒乱鳴子』のほうが語呂がよい気がしたので、本作では『なりこ』とさせていただきました。




