『騒乱鳴子』
◇
俺と湖水さんは水に潜りこんだまま階下へと染みわたっていき、さらに下層へと進んでいった。そしてーー。
ポタタタッ。
俺と湖水さんは、ある広い空間のなかへと滴り落ちた。
周囲に敵の気配は感じられないので、亜空間から脱出して水の外へと顔を出した。
「ここは……?」
「なにやら妙な空間にたどり着いたようですね。『導』によって断絶された、異空間と言ってもいい。どうやら我々は、誘いこまれたようです」
船のなかとはとうてい思えぬ、広大な空間。
足元は石畳の通りがどこまでも続いており、上を見上げれば夕焼け空のように赤く、うす暗い。まるで夕暮れの神社の参道のようだ。
そして、石畳の参道の両脇には無人の屋台が延々と並んでいる。
作りかけの料理からは湯気があがっており、つい今しがたまで人がいたかのような気配がある。
お祭りの最中に突然人々が全員消えていなくなってしまったかのような、なんとも言えぬ不気味さがあった。
誰かいないか、参道のはるか先へと目を凝らすと……。
「海燕さん!」
「鶴姫さまッ!!」
見世物小屋のような奇抜な掛け布をかけられた小屋のなか。檻のなかに、鶴姫さんと海燕さんが捕らわれていた。
大鷲狂乱に倒されたあと、奴の部下たちに幾重にもかけられた封印呪法によって縛りつけられていた。
俺と湖水さんが彼女らのもとへ駆けつけようとしたところ……。
どこからか遠く、祭りの囃子のような音楽が聞こえてきた。
「阿咖咖咖咖……。そんなに急いでどこへ行く? もしやワシの大事な見世物を奪おうという腹づもりかのう?」
「「ッ!!」」
大鷲狂乱が、無人の屋台から悠々と姿を現した。俺と湖水さんは足を止め、とっさに身構えた。
物静かな湖水さんに代わり、俺は狂乱に叫んだ。隣では湖水さんも、静かに殺気を滾らせているけれど。
「大鷲狂乱、キサマ! 鶴姫さんと海燕さんを返せ!!」
「阿咖咖咖咖……。せっかく手に入れた貴重な見世物を、そう易々と手放すとでも? こやつらはこの国の重要戦力。諸国列強と交渉を進めるうえで、上等の品となるのだ」
「見世物だと……! 外国と交渉などして、いったい何をする気だ!!」
「ワシはこの国を憂いているのじゃ、小童よ。斯様に弱小な国のままでは、じきに滅びるのは目に見えておる。『破天の儀』は、もうじきやってくる」
「『破天の儀』だと……!? なんだ、それは。それとこの国とが、なんの関係があるって言うんだ!」
「この国はおろか、世界そのものの再編だ。その荒波にひとたび飲みこまれれば、この弱国など一瞬で消え去ることであろう。だからこそワシは、老体に鞭打って再び立ちあがることとしたのだ!」
『破天の儀』……? 世界の再編成……!?
いったいこの男は何を言っているのだろうか。理解がまるで追いつかない。もしかしてこのオヤジ、電波系……?
「ワシはかつて幕府に属していたころから、その危機に備えることを訴えつづけておったのだ。だが、久々に舞い戻ってきてみたが、この国はまるで変わってはおらんかったわ! ならば今一度立ちあがり、ワシがこの国を造り変えるべきであると悟ったのだ!!」
……大鷲狂乱、コイツが戦うのには何か大義があるっていうことか?
だけど……!
俺は『宵食みの翼』を鞘から抜いて構えを取り、戦闘態勢へと入った。
「さっきから訳の分からねーことを好き放題しゃべりやがって。だから氷渡城を奇襲して、罪のない人々を巻きこんでいいっていうのかよ!」
隣にいた湖水さんもすでに構えを取り、戦闘態勢へと入っていた。今はその静かな怒りを隠すこともなく露わとし、身に滲ませている。
「如何なる理由があろうと、鶴姫さまに危害を加える者を許すわけにはいきませぬ……!」
「フン。許しを請うつもりなど、ハナからない! せいぜいオヌシらは、ワシが起こす祭りの神輿を担いでいるがよいわ!」
……そうして大鷲狂乱は両腕を大きく広げた。術の発動とともに空間が大きくひずみ、無人の屋台に置かれた物品が宙に浮かびはじめる。
屋台の品物はきしみ、互いにぶつかり合い、けたたましく音を鳴らしはじめた。
まるでラップ音のような、奇怪な音。
しかし、その奇怪な音はやがて節を持って揃いはじめ、鳴子のように拍子を取りはじめた!!
カカカンカカカンカカカンカンッ!!
カカカンカカカンカカカンカンッ!!
と、同時に、体が勝手にねじれて激しく痛みはじめた!
一刻も早く、この空間から抜けだしたいと思ってしまう。
頭痛がして、めまいがして、まっすぐ立っていられない。吐き気がして、ボーッとして、気を抜いたらただちに意識が飛んでしまいそうだ!
「『導』を整えてください、夜鷹くん! 敵の攻撃はすでに始まっていますよ!!」
「!! ハイ、湖水さん!!」
湖水さんの呼びかけにハッとし、飛びそうになっていた意識をギュッとひき締めた。
自身の体内をめぐる『導』の流れを整え、狂乱の術に抵抗する。
この空間にいるだけで自動ダメージ(大)を受けるうえ、『混乱』の状態異常をきたすのだ。
一瞬たりとも気を抜くことはできない。
俺と湖水さんが空間のなかにいるだけで苦しんでいるのに対し、狂乱はいよいよ恍惚として、高揚するばかり。
まるで、祭りの最高潮に達したかのような境地!
「さぁさ、狂乱の宴の始まりじゃ!! 歌えや踊れ、舞いあがれ!! 塵芥と化すまではじけ散れぇい!!!」
カカカンカカカンカカカンカンッ!!
カカカンカカカンカカカンカンッ!!
阿! 騒乱!! 騒乱!!
騒乱!!! 騒乱!!!
阿! 狂乱!! 狂乱!!
狂乱!!! 狂乱!!!
誰もいないはずの空間に、まるで祭り囃子のような合いの手が聞こえてきた、気がする。
それは果たして実際の音声なのか、はたまた混乱状態に陥ってもたらされた幻聴なのか。
とにかく、祭り囃子に煽られて、自身も祭りの狂乱に飲みこまれてしまったかのような意識の変容を感じる。
自我の喪失、トランス状態……!
そうして苦しみなのか恍惚なのか自身でも判別のつかない状態に陥っていたとき。
眼前にいたはずの大鷲狂乱は一瞬で姿を消し、俺の背後へとまわりこんでいた。途中までの動きを、まったく目で捉えることができなかった。
「疾……ッ!!」
「狂乱の最中で死ねぇいッ!!」
狂乱が繰りだした打撃は、もろに俺の腹へと入った。
信じられぬほどの爆発力。人間が繰りだしたパワーだとはとうてい思えない、一撃で意識がぶっ飛びそうだ!!
「ごっ……ぱぁッ!!!」
「夜鷹くん!!」
俺はなすすべなく吹っ飛ばされ、宙に浮かぶ屋台へと激突した。
ひとつの屋台を壊したくらいで収まるわけがない、宙に浮かぶ物が次々と体に突き刺さり、無駄にダメージを増幅させていく。
……大鷲狂乱が俺をぶっ叩いたのは、通常の何倍もの大きさがある、巨大でド派手な鳴子。それは大鷲狂乱の固有武器にして、固有スキル。
『騒乱鳴子』!!
かつて『八百万の壱』として、この国最強を誇った男の力である。




