VS.信楽ヒクイ丸② ー時のつながりを斬る刀ー
◆
すべての熱量を放出したヒクイ丸は、元の黒髪へと戻っていた。だが、瀕死の生駒はもはや身動きを取ることすらかなわぬ状態。
ヒクイ丸は悠々と刀をかざし、生駒にとどめを刺そうとした、そのときであった。
「待てぇーーッ!!!」
「……あぁん? なんだ、このクソガキ。どっから紛れこみやがった?」
ヒクイ丸が振りかえると、そこに立っていたのは弥勒院小太郎だった。
彼は戦いの備えに運搬された荷物のなかに紛れて、城内に潜入していたのだ。
そして師匠である生駒のピンチを目の当たりにし、とうとう我慢できずに姿を現してしまった。
小太郎はヒクイ丸を相手に剣を構えて気丈に振るまっているが、その剣先はプルプルと震えている。
「それ以上、ボクのお師匠さまに近づくな!! 近づいたら、斬るぞ!!」
「ハッ! うるせぇガキだな。おびえた子犬みたいにプルプル震えてんじゃねーか。とっとと帰ってお袋の乳でも吸ってな!」
「ボクを子ども扱いするな! ホントに斬るんだぞ!!」
「カハハハ……。んじゃ~、とっととやってみろ……よッ!!」
「ッ!? ギャンッ!!」
ヒクイ丸は一瞬で小太郎との距離を詰めると、その腹を思いきり蹴りあげた!
……実はヒクイ丸は、蹴りの威力にも定評がある。蹴られた人は思わず「世界で1番危険」と唸ってしまうほどの威力なのだ。
小太郎は体重が軽く、吹っ飛ばされてしまったのが逆に幸いした。蹴りの威力が自然に受け流されて分散されたのだ。
しかしそれでも、小太郎のアバラ骨は一撃で数本砕かれてしまった!
小太郎は激痛のあまりに、腹を抱えてその場にうずくまってしまった。
「ゲボゲホゲホ! うぅっ……!」
「カハハハハ、ざまぁねぇな。だからガキは引っこんでろっつったんだよ」
うずくまったまま動けずにいる小太郎をヒクイ丸は蔑み、嘲った。小太郎に、ヒクイ丸に抵抗するだけの力があるはずもない。
……だが、小太郎は再び立ちあがった。
「ハァ、ハァ……。お師匠さまに、近づくなっ!!」
「てめぇ、このクソガキが……! 二度と生意気なことを言えなくなるように、徹底的にお仕置きしてやるよ!!」
意地でも食ってかかる小太郎のことを、ヒクイ丸は容赦なく痛めつけた。
まだ十を過ぎるか過ぎないかという子どもを、手加減することなく蹴りまくったのである。
「オラオラオラ! どうした、俺のことを斬るんじゃなかったのか? カハハハハ!!」
「グェッ!! ゲボッ!!」
「ククク……。ヒクイ丸さま、子ども相手にお戯れも、ほどほどになさりまますよつ……」
周囲で見守っているヒクイ丸の部下たちも、彼が子どもをいたぶるのを止めることはせず、ニヤニヤ笑いながら見物している。
そんな風にヒクイ丸が、小太郎を痛めつけていたなか、生駒はうっすらと目を開けた。ヒクイ丸の必殺技を受けて、彼は一時的に意識を失っていたのだ。
「…………ハッ! 小太郎? なぜここに……!?」
生駒が気づいたとき、小太郎はすでにズタボロとなるまで痛めつけられていた。意識は朦朧としており、瀕死となっているが、かろうじて彼は立っていた。
「大丈夫か、小太郎! 今助けに……うぐっ!!」
生駒は小太郎を助けるために動きだそうとしたが、全身に負ったやけどの痛みが走る。
まだ動けるほどまでにダメージが抜けていないのだ。動けるようになったとして、全力で攻撃できるのはもってあと1回のみ。
「ウググ……。お師匠さまに……近づくな……!」
「ッ……! このクソガキ、マジでしつけぇ!!」
「小太郎! もういい! あとは俺がやるから、お前はさがってるんだ!!」
最初は楽しんで小太郎をいたぶっていたヒクイ丸も、彼のあまりのしつこさに苛立ちへと変わった。
そしてとうとう、納めていた刀を再び鞘から抜き、小太郎を斬り捨てるべく構えた。
「心優しい俺サマも、さすがに我慢の限界だ。ぶった斬って、あの世に送りだしてやるよ!」
刀を握り、凄むヒクイ丸。
だが、小太郎に怯む気配はいっさい見られなかった。その瞳に宿るのは、強き闘志と決意。
「ボクだって士族の子だ。絶対に生駒さんや海燕さんのような、強いお侍になるんだ……!」
「小太郎……!!」
はじめて生駒たちと出会って、人攫いから救ってもらったときから心に決めていた。生まれ育った居心地のいいお屋敷、生半可な覚悟で飛びだしたわけじゃない。
今はもう、剣を握る手だって震えない。
「上等だ! 夢想に耽りながら死ねぇいッ!!」
「小太郎ォーッ!!」
ヒクイ丸が、小太郎へと斬りかかった!
斜め上段からの大振り。豪快なひと振りだが、その一撃は迅く、鋭い。
その場にいた誰しもが、小太郎が無惨に斬り捨てられる姿を思い浮かべた。
……だが!
「……なにっ!?」
武藤開心流の極意。心を開き、心に思い浮かべたままの自由な太刀筋を描く。
小太郎は斜め上段から振りおろされた一撃を躱しつつ、逆にヒクイ丸へと斬りかかった!
「……ごふっ!」
小太郎はヒクイ丸の一撃を躱しきれず、胴を深く斬られてしまった。斬られた内蔵から出血し、口から血があふれだす。
……だが、自身の身を斬られながらも振りきった小太郎のひと振りが、ヒクイ丸の小手先を掠めた。
そしてその瞬間、小太郎の固有武器が効果を発動した。
『弥勒刀』!!
小太郎の固有スキル、『現状維持』。
現在と未来との連続性を断ち、バフ・デバフによるステータス上昇あるいは低下の効果を永久的に受けられないようにする。
小太郎の『弥勒刀』は、『時のつながりを斬る刀』なのだ。
ヒクイ丸は生駒を相手に必殺技を放った際に熱量を出しきっており、ほぼ完全に元通りの状態で固定されてしまった!
ーー封印系のなかでも特に稀少な『時間介入』型だと!?
コイツ……! 刃先で掠めるだけで、俺のスキルを殺しやがった!!
「てめぇっ、この野郎!! なんてことをしやがるんだッ!!!」
逆上し、小太郎に追撃を加えようとするヒクイ丸。小太郎は深手を負って戦闘不能に陥っており、もはや攻撃を躱すことはかなわない。
……だが、生駒はすでに立ちあがっており、刀を納めて技を放つ構えを取っていた。
ーーよくやったぞ、小太郎……!
お前の志、しかと受けとめた!!
そうして生駒は、剣を抜きはなった。弟子から受けとった熱き魂を、その刃先に乗せて。
「武藤開心流抜刀術 第拾式、『磊』!!!」
「ぎゃあああああっ!!!」
「「ヒクイ丸さまぁーーッ!!!」」
崖崩れのように荒々しく激しい、怒涛の連撃。破壊力重視の攻撃特化型の抜刀術。
その技が発動されたあとには、分断された敵の肉片が、ごろごろと積みあげられた石のように落ちているだけだという。
『火喰い』による強化効果を失った今のヒクイ丸に、その強烈な技に抗うだけの力はなかったのだ。
戦いに勝利した生駒は、倒れている小太郎のもとへと駆けよった。
「小太郎、大丈夫か! 小太郎!!」
「ハッ、ハッ、ハッ……」
小太郎は意識を失い、呼吸も浅く速い。だが、ただちに医療忍術で治療を始めれば命に別状はなさそうである。
生駒は小太郎を抱きかかえる腕に力を込め、彼にほほえみかけた。
「本当によくやった、小太郎。お前は必ず強い武士になれる。絶対にだ……!」
弟子として、ついに小太郎のことを認めた生駒。
しかし、彼らの周囲では、ヒクイ丸の部下たちが激昂していた。目の前で主を討ちとられた怒りにとらわれ、その場で報復を行おうとしていたのだ。
生駒にはもう、幾ばくたりとも力は残されていないというのに。
「キサマらぁっ!! よくもヒクイ丸さまを!!」
「全員でコイツらを取り囲め! 断じて逃がすな!!」
「くっ……!」
ーー小太郎は絶対に俺が護る。たとえこの命が尽き、刺し違えてでも、こいつら全員を斬り伏せてみせる!
生駒は死を覚悟し、最後の戦いへと臨むことを決意した。
……だがそのとき、思わぬ助けが入り、彼らの命を救うこととなる。
「風遁雷遁合成忍術、『覆天轟雷』ッ!!!」
「「ぐああああああっ!!」」
天を覆さんとするほどに激しい風雷の嵐!
その場に飛びこんできた鳴瀬夜鷹が、術を発動したのだ。
生駒たちを殺害しようといきり立っていたヒクイ丸の部下たちは、激しい風雷に巻きこまれて一網打尽にされてしまった。
術耐性が高いはずの法術師たちですら、なす術なく消滅してしまったのだ。
そのあまりの術の高威力に、生駒は驚嘆していた。
ーーこれは、中級の風遁・雷遁忍術の合成のはず。それで、これだけの威力……。
鳴瀬夜鷹、この短期間でどれだけ強くなっているというのだ……!
敵を一掃したのち、夜鷹も生駒と小太郎のもとへと駆けよってきた。
「すみません、遅れました。生駒さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、俺はなんとか大丈夫だ。小太郎もすぐに治療を開始すれば助かる。それより夜鷹くん、大鷲狂乱を追ってくれ!」
「分かりました! 大鷲狂乱はどこに?」
「奴は自分が乗ってきた船に乗りこんだようだ。鶴姫さまと、お師匠さまも連れてかれてしまった」
「鶴姫さんと、海燕さんも!?」
「ああ。せめて鶴姫さまとお師匠さまだけでも、連れ戻してほしい。俺は小太郎を治療に連れていかなければならないし、もう戦うだけの力も残していない。これはあまりにも危険な任務だ。だが……」
ーー今の君なら、もしかしたら……!
「すまない。頼む……!」
「もちろんです。俺に任せてください」
それだけ言うと、鳴瀬夜鷹はもう振りかえることなく、駆けだした。壊された城の隙間から、外へと飛びだしていく。
今の彼の心を占めるのは、いまだかつて感じたことがないほどの怒り。
ーー無茶な戦いに臨もうとしていることは分かってる。
目の前で湖水さんは吹っ飛ばされたし、鶴姫さんと海燕さんたちですらも大鷲狂乱に負けてしまった。
俺なんかに、何かができるとはとうてい思えなかった。
……でも、小太郎も、生駒さんもあんなにボロボロになるまで傷つけられていた。
この祝宴場にたどり着くまでにも、たくさんの氷渡の人々が殺され、傷つけられていた。
俺は今、最高に頭にきてるんだ。
大鷲狂乱! 俺はお前を、絶対にただでは帰さないぜ!!




