氷渡城での戦い
大鷲狂乱が『魚鱗の巨像』を獲得するまでのあいだ、その裏で行われていた戦い。
時を少し、遡るーー。
◇
湖水さんがやられてしまい、城の最上層、鶴姫さんがいたあたりではとてつもない戦いが繰りひろげられているのを感じる。
城に突入するべきか? ここで待機しているべきか?
俺と同じく、氷渡城の防衛部隊の人々も湖水さんという指揮官を失って、どうすればいいのか迷っているように見える。
と、迷っているうちに城の入り口から敵兵たちがワンサカ溢れでてきたではないか!
奴らはこの氷渡の城下町を侵略し、罪のない人々を殺戮しようとするつもりだ。
俺たちは、有無を言わさず激しい戦闘へと突入することとなってしまった!
敵は武膳高山藩の軍と思われる兵士たちと、元いた世界のアイヌみたいな民族衣裳を着た兵士たちが入り交じっている。
強烈なパワーでゴリ押ししてくる高山軍と、独特で柔軟な動きで攻めてくる民族衣裳の人々。
それぞれの軍に連携は見られないが、まったく異なるタイプの敵を同時に相手にするのは厄介だ。
それぞれのタイプの敵への対応策は学んできているが、目の前の敵に応じて次々切り替えていかなければならないので、頭の切り替えが追っつかない。
これじゃまるで脳トレみたいだ!
……先ほどのとてつもない戦いの気配。大鷲狂乱と、鶴姫さんや海燕さんとが戦っているのだろうか。
俺も早く駆けつけて、狂乱との戦いに加勢したい。
だが、城の外へと出ようとする敵兵たちを食い止めなければ、街の人々にまで犠牲者が出てしまう。
この場を離れるわけにはいかない……!
俺がそんな風に困りはてていたところ……。
何者かが、城の上層から飛びおりてきた!
「ジャリッ! なんたる屈辱、我が司る婚姻の儀がこんなことになるとは……」
「鶺鴒さん!」
飛びおりてきたのは婚姻の祭司、石鼓鶺鴒さんだ。今は、宮司のような白装束を身にまとっている。
「鶺鴒さん、上はいったいどうなってるんですか!?」
「コツッ……。そなたはたしか、明神生駒殿の連れ添いの者……」
鶺鴒さんは俺の姿を認めると、苛立ったように指先の石を打ち鳴らしはじめた。
イライラしてる感じが、とってもよく伝わってくる。
「ゴツッ! ゴツッ! ゴツッ! そなたらが言っていた大鷲狂乱という男が現れ、式典をめちゃくちゃにした。いや、そもそも新婦が結婚しないなどと言いだして……。とにかく、神聖な婚姻の儀がこれほど破綻するのは、我が人生において最大の不名誉だ!」
「鶺鴒さん、スミマセン。俺たちもこの数日間、ずっと調査しつづけてたんですが、大鷲狂乱の尻尾をつかむことはできませんでした」
「コツンッ……。いや、いかなる不測の事態が起ころうと、式典の成否は祭司である私の責任だ。それが、栄えある石鼓家としての矜持。……だが、祝宴場での戦いは異次元のものであった。いくら私でも、手出しすることすらかなわぬ」
……やはり、上で行われていたのは大鷲狂乱と、鶴姫さん・海燕さんとの戦いであったのだ。
そんなレベルの戦いに手出しできる者は、国内に数えるほどしかいないだろう。
彼が落ち込むことはないように思えるけれど……。
国内随一の婚姻の祭司としてのプライドが、許さないのだろうな。大名家どうしの結婚だったしね。
「コツッ! コツッ! 式典失敗の責任を取り、私はあの野蛮な輩を鎮める。罪のない民衆にまで被害を出すわけにはいかないからな。そなたらはあの大鷲狂乱を仕留めるのが狙いなのだろう? ここは任せて、好きに向かうがいい。もっとも、まともに戦って勝てる相手にはとうてい見えなかったがな」
そう言って、鶺鴒さんは戦闘態勢へと入った。
鶺鴒さんが指先の石を擦りあわせると、彼の周囲に無数の石が浮かびあがった。『導』の操作によって精製・具現化された擬似鉱物だ。
鶺鴒さんが腕を振りはらうのと同時に、無数の石は礫となって敵の部隊へと撃ちこまれていった!
「『石礫破弾』、シッ!!」
「ッ!? なんだ!!?」
「うわあああぁぁっ!!」
石はものすごい勢いで敵を撃ちぬいていき、またたく間に敵の1部隊を壊滅させてしまった!
しかも、これらの石にはその種類によって特殊効果が付加されているようだ。
『蛍石』……蛍のように明滅し、自由自在な軌道を描く石。自動追尾機能があり、狙った敵をどこまでも追いまわす。光属性を付与、30%の確率で『盲目』の状態異常。
『楔石』……空中で割れて、鋭い刃先のような形状の石となる斬撃特性を付与。さらに封印効果もあり、刺さっているあいだは移動不可・スキル発動不可。
『血玉髄』……敵の体の表面に取りつき、血液を吸いつづける。血液を吸うほどに、石の色は赤く染まっていく。敵から奪った体力は鶺鴒へと転送され、自身の回復に用いることができる。
ほかにも、石の種類の数だけ特殊効果があるようだ。
素直に面白いし、勉強になるな。今度ゆっくり話す機会があったら、どんな石があるのか聞いてみよっと。
……この戦闘力の高さ。鶺鴒さんも、間違いなくBランク以上の実力者だ。
対・複数の戦いにも向いてる能力だし、ほかの氷渡兵もいる。この場は彼に任せて大丈夫そうだ。
「すみません、鶺鴒さん……お願いします!」
俺は城内の祝宴場を目指して、駆けだしていった。
◆
夜鷹が氷渡城内に突入したころ。城の中層でも、激戦が繰りひろげられていた。
明神生駒と西園寺ツグミもそれぞれ部隊を率いて戦っていたが、彼らが自ら戦線に立って隊員たちをひっぱり、めざましい活躍を見せていた。
「ツグミ、ここは兵たちに任せてよさそうだ! 俺たちは祝宴場のほうを目指そう! 俺は東側の階段から登る、お前は西側の階段へ!」
「承知しました、生駒さま!」
生駒の指示に従い、ツグミは西側の階段のほうへと走りだした。
そして、そのあとを追いかける者がひとり。
「ツグミさん、私も付いていきます!」
「! ヒナ……!」
ツグミは前を走りながら、後ろを顧みた。付いてきたのは、同盟の仲間である早乙女ヒナだ。
ーー早乙女ヒナはISRR・Dランク。今となってはかわいい妹分だが、これから待っているであろう過酷な戦いを考えると、彼女の実力では……。
「上にあがろうとする者たちを見つけたぞ! ここで食いとめろ!!」
「ッ!」
城の上層から降りてきた敵の小隊が襲いかかってきた!
それぞれ手練れの兵士たちで、数十人程度はいる。
先を走っていたツグミが得意の棒術で敵を蹴散らすが、討ち漏らした何人かはヒナへと襲いかかった。
「そこの野蛮なゴリラ棒オンナは手強いが、このガリ細娘は雑魚だ! コイツから狙え!!」
高山藩の兵士が、剣で大振りの一撃を繰りだす!
あわやヒナの胴体は分断されるかと思われた。……だが!
「なにっ!?」
ヒナは前後開脚したうえ、ペタリと前屈してしまった!
驚異的な柔軟性。地を這うような低さと、予想外の動き。瞬間、敵兵は思わずヒナの姿を見失ってしまった。
敵兵が彼女の姿を見失っているうちに、ヒナは滑らかな動きで立ちあがり、敵の背後へとまわりこむ。
『柔産毛』
「かっ……!!」
ヒナが敵兵の首を小刀でかき切ると、敵兵はわずかなうめき声のみ残して絶命してしまった。
ーー早乙女ヒナの固有武器、『柔産毛』。柔らかくしなやかな刀身で、敵は斬られたことに気づくことなく絶命する暗殺向きの武器。
早乙女家は代々、その細くしなやかな体躯を活かし、暗殺任務を得意としてきた家系である。
関節も非常に柔らかく、細長い隙間にも潜りこんで潜入することができる。
ヒナの公式評価はDランクだが、こと対人戦においては、状況次第で遥か格上の相手を仕留めるポテンシャルを秘めているのだ!
「ツグミさんがゴリラオンナなわけないじゃないですか! ツグミさんは強くてキレイで優しくて……あと細いです!」
ヒナは同様の柔軟な動きで敵を翻弄し、襲いかかってくる敵兵を次々と仕留めていった。
そんな彼女の動きを、ツグミは自身も敵をなぎ倒しながら、横目で見ていた。
敵兵は皆Cランク相当、なかにはBランクに近い者も混じっていたはずだ。
ーーこのコ、対人戦ならランク以上の実力を発揮する……!
今はひとりでも戦力が欲しいところ。助けてもらう状況もあるかもしれない。
「ヒナ、行くわよ!」
「はいっ、ツグミさん!」
ふたりは連れ添って進み、向かってくる敵を打ち倒しながら、上層へ、上層へと進んでいく。
ふたりは城の貯蔵庫のなかを抜けていくこととした。
ここは食糧などの消耗品を始め、普段はあまり使わない大型家財などがしまってある。
室内は狭いので大人数での通過は無理だが、少人数なら上層への階段へ大幅なショートカットとなる。
ツグミとヒナが貯蔵庫のなかを走り抜けていた、そのときであった。
物陰から突如として刃が飛びだし、ツグミの首をかき切ろうとした!
「!? くっ!」
ツグミは持ち前の反射神経で刃をかわし、棒で弾きかえした。危うく、首を跳ねとばされるところであった。
彼女は気配を探り、攻撃してきた人物の位置を特定しようとする。
……するとなんと、攻撃の主がいたのは遥か遠く、いくつもの大型家財を挟んだ向こうであった。
見慣れぬ民族衣裳に身を包んだ、危険な気配を孕んだ男。
「ジャラララ……。なんダ、達人の気配がしたから降りてきてみれば、小娘ふたりだけとはな。だが、ここから先には通さん!」
大鷲狂乱の懐刀、蛇腹婉駝!
ツグミとヒナの行く手を遮ろうと、彼は立ちはだかった。
一方そのころ、明神生駒も東側の階段をのぼり、城の最上層にある祝宴場を目指していた。
こちらは幸いにして、特に強敵に遭遇することもなく祝宴場へとたどり着く。
だが、祝宴場へとたどり着いたとき、彼は言葉を失った。
「これは……!」
祝宴場はめちゃくちゃで、壁や天井は穴だらけ。警備の下見のときに見た氷の蟷螂は全て粉々に砕けてしまっていた。
それに、ここで戦っていたはずの真白鶴姫や、師である武藤海燕の姿がない。大鷲狂乱との戦いは、いったいどうなってしまったのだろうか。
……そのときはすでに、鶴姫と海燕が狂乱に敗れ、潜水艇へと運びこまれたあとであった。
代わりにそこに残っていたのは……。
「あぁん、てめぇは何だ? 氷渡側のヤロウか?」
武膳高山藩次期藩主、信楽ヒクイ丸!
彼は大鷲狂乱が城の外に出ていったあとも祝宴場に残り、兵士たちに侵略を命じていた。
「貴殿は信楽ヒクイ丸殿……! 真白鶴姫殿と我が師、武藤海燕をどこへやった……!?」
「はぁ? そいつらは狂乱がとっくにぶっ潰して、船に連れていっちまったよ。雑魚どもが、ざまぁねぇな。カハハハ!」
「おのれ、貴様……!」
生駒は自身が腰に差す刀に手を掛けた。刀を鞘からわずかに抜いて鍔を鳴らすのは、武士の宣戦布告の合図だ。
「此度の襲撃は氷渡藩への、明らかなる侵略行為。我は幕府直属軍所属の明神生駒。信楽ヒクイ丸、貴様を国賊として成敗する!」
「ハッ! 幕府の犬か。犬コロ風情が、この俺サマを裁けるとでも思ってんのか?」
ヒクイ丸もまた、赤い光がくすぶる黒刀を鞘から抜きはなった。
火がくすぶる薪のような黒髪が、よりいっそう赤みを帯びたように見えた。
「こちとら女にフラれたばかりで気が立ってんだよ。骨の髄まで焼きつくしてやらぁ!!」




