深く愛すほどに
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信楽家の一同が氷渡城に入城して、さらに3日。ついに真白家と信楽家の婚姻の儀が執り行われる日を迎えた。
街はこの3日間、ずっとお祭りのような賑わいであったが、今日でここ一番の盛りあがりを見せている。
朝から雪が降っているにも関わらず、領民たちは酒を片手に外に出て、鶴姫さんの婚姻を祝福しているのであった。
さて、当日の俺たちの配置について整理しよう。
もっとも実力のある海燕さんは城の上層、祝宴会場の1階下のフロアに配置されることとなった。
敵が下層からのぼってきた場合には最後の砦となり、万一会場のなかで何か事件が発生したとしても、ただちに駆けつけることができる。
真白家の親衛隊とともにVIPを守る、まさしく最終防衛線となるわけだ。
次に、生駒さんとツグミさんだ。
生駒さんは幕府直属軍の部隊長として部隊の指揮を任されることも多い。その経験を買われ、城の中層で1部隊の指揮を任されることとなった。
常に人手不足の氷渡藩としても、思わぬ助っ人になったというわけだ。
ヒナも生駒さんたちと一緒に、城の中層にいてもらうこととなった。
これは戦力の補強というより、城のなかで生駒さんたちのそばにいるのが一番安全であると判断されたためだ。
(……あれ? そういえばヒナの北方での任務って、どうなったんだろう? まぁ、いっか)
ちなみに小太郎は任務に出るにはまだ早いので、宿で待機しておくようによぉ~く言い聞かせておいた。
でも、アイツが素直にじっとしてるとはとうてい思えないんだよな。今朝は妙に聞きわけがよかったのもなんだか心配……。
そして俺は、城外の警備にまわった。
敵が来るとしたら外部からなので、人員の数としては当然、ここに一番多く割かれている。
人数が多いこと自体には、納得なのだが……。
意外な人物が、俺の隣にいた。
『八百万の陸』、白戸湖水さんその人だ。
彼は城外の防衛隊の指揮を一任されている。それは真白家からもっとも信頼を置かれている人物として、最適の配置であるようにも思われたが……。
鶴姫さんの最側近として、彼女のそばにいなくていいのだろうか?
俺は寒さに身をブルブル震わせながらも、隣に立つ湖水さんに話しかけてみた。
城の背後には巨大な湖が広がっているのだが、風を遮るものがないので、直接ビュウビュウ吹きさらされてサンム~イのだ。
でも、風に髪をなびかせながらも正面を見据えている湖水さん、カッコいいなぁ。
「湖水さん、鶴姫さんのそばにいなくてよかったんですか?」
「……祝宴会場にいる信楽家の者たちが全員束になってかかろうとも、鶴姫さまには傷ひとつ付けることはできません。となると、警戒すべきは外部からの来訪者のみ。私がここで見張ることこそが、最善の防衛策なのです」
なるほど、湖水さんの言っていることは実に理にかなっている。
『八百万の伍』である鶴姫さんは、目の前にいるこの湖水さんよりも、さらに強いのだ。
湖水さんは外部の警戒に徹するだけでよく、正直、護衛そのものがいるのかどうか疑問に思えるレベルだ。
……でも、俺にはなんだかその理屈は、彼が鶴姫さんの結婚式を見たくないがために自分に理由を付けているだけのように見えた。
切ない……あと寒い……。
「夜鷹くん……でしたね。寒いでしょう。体内をめぐる『導』の流れを操作することで、体温を調節することが可能です。外気温に左右されずに戦うことができるようになりますよ」
「……えっ!? あっ、はい!」
「この技術を応用すれば、身体感覚を一時的に麻痺させることも可能です。味覚・嗅覚・痛覚など、不快な身体情報を遮断して戦いに集中することができます。もっとも、戦闘中は五感を全活用するべきですから、無計画な使用は禁物です」
「……はい、分かりました」
優しい人だな、この人。
生駒さんのツレであるとはいえ、見ず知らずの俺にこんなに詳しく教えてくれて。
きっと鶴姫さんとの結婚をあきらめたのも、本当に彼女のことを考えた結果なんだろうなぁ。
「湖水さんはやっぱり鶴姫さんのこと、大切に想ってるんですよね?」
「……ええ、私は彼女のことを心の底から愛しています。初めて出会った、そのときから」
ーー湖水さんは幼いころに人攫いにさらわれ、奴隷商人に売り飛ばされたらしい。
市場に出回るまでに散々ひどい仕打ちを受け、もはやそのころの記憶はないそうだ。
湖水さんはその美しい顔立ちと、異邦人のような碧い瞳で、奴隷としてはかなり高値で売りに出されていた。
ある日、幼い美少年を好む豪族の男が、彼を買い取ろうとした。
一生、陵辱され、虐げられ、人ならざるものとして扱われつづける。湖水さんは、深い絶望に包まれていた。
……しかし、そんな彼に思わぬ転機が訪れる。
社会勉強として父親と極秘裏に視察に来ていた鶴姫がひと目で湖水さんのことを気に入り、その場で倍額以上で買い取ることを申し出たのだ!
豪族の男も食いさがったが、すでに忍としての才覚に目覚めていた鶴姫さんに、ガツンと一発お見舞いされて。
晴れて湖水さんは、真白家が引き取ることとなったのだ。
訳が分からず呆然としている湖水さんの頬を両手で包みこみ、鶴姫さんは言った。
その顔に浮かぶのは、愛しさと慈しみの満ちたほほえみ。
「なんと綺麗な瞳。まるで澄んだ湖の水みたい。そなたはこれからずっと、私のそばで仕えるのじゃ」
それから湖水さんの人生は一変した。鶴姫さんに寵愛され、奴隷出身としては異例の待遇を受けた。
忍としての並みはずれた才能を秘めていることもすぐに見抜かれ、鶴姫さんとともに励み、『八百万』への道を歩んでいく。
『八百万』として国に力を認められてからも、いつもふたりで行動した。
城にいるときも、旅に出るときも、戦場に赴くときも。
過ぎゆく時とともに、ふたりの絆は強くなり、切っても切り離せぬものとなっていったーー。
「深く愛すれば愛するほどに、鶴姫さまには幸せになってもらいたいと思うのです。奴隷出身で、異人の血が混じる私となど一緒にならずに、高貴な血筋を護っていってほしい……。それが、私の願いなのです」
「湖水さん……」
そんな風に言う湖水さんの横顔は、とっても寂しく、悲しそうに見えた。
鶴姫さんのことを誰よりも大事に想っているからこその決断なのだろうけど……。
でも、本当にそれでふたりは幸せなのかなぁ。
「あ……!」
そうこうしているうちに、城の周囲でたなびくオーロラが消えた。オーロラが消えるのとともに、わずかに寒さも和らぐ。
遠くからは、各地の大名たちからの祝い状を結わえつけた伝書鳥たちが飛んできているのが見えた。
いよいよ始まるのだ。真白家と信楽家による、歴史的な婚姻の儀がーー。
花瓶に変身していたアシュナさんも、『導』の操作によって嗅覚を麻痺させることはもちろん可能でした。
ただし、すぐ目の前に実力者のアリサがいて、さすがに『導』の操作を行ってはバレてしまうことが危惧されました。
そういうわけで、アシュナさんはクサさに苦しむことを余儀なくされたのでした。




