道すがら② ー乙女同盟ー
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旅の道中では、さまざまな飲食店や旅籠に寄って、食事を取りながら進んだ。
お店のなかに多少の当たりはずれはあるものの、この国の食べ物は基本的においしいし、いろんなお店があって楽しかった。
そんな風に俺は旅を楽しんでいたのだが、旅をしているのは俺だけじゃない。
旅のメンバーそれぞれに、事情や思惑があるようで……。
ーー夜鷹たち一向がとある旅籠に宿泊した日の、翌朝のこと。
従業員たちですらまだ寝静まっているほどに早い時間。旅籠の厨房に忍びこむ不審な影が……。
「よし、まだ厨房は空いてるわね……」
その影の正体は、早乙女ヒナであった。
この旅籠を出発してしまうと次の街までは距離が離れているので、お弁当を作りにきたのだ。
早朝であれば厨房を借りてよいとのことで、従業員から許可は得ている。
せっかくなので腕によりをかけて弁当を作り、夜鷹の気を引こうという作戦なのだ!
「エヘヘ、昨日は市場ですっごく美味しそうなお魚見つけちゃった。ちょっと高かったけど、夜鷹くんに食べてもらうためだから、いいよね……!」
高級怪魚、『ウマスギンメダイ』。
極上の脂が適度に乗った、激ウマ白身魚である。
だが、人間を襲うくらい凶暴な怪魚であり、強い個体だとCランク相当の実力を持つ者でも命を奪われることがある、恐ろしい魚だ。
市場に出回ることは珍しく、見かけたらとてもラッキーである。生でヨシ、焼いてヨシ、煮てヨシの素晴らしい食材。
魚の切り身は、事前に厨房の貯蔵庫に置かせてもらっている。ヒナはウキウキでやってきた、のだが……。
「あ!? ……おはようございます」
「ん……? ああ、早乙女殿か。おはよう」
ヒナより先に厨房に立っていたのは、西園寺ツグミであった。
「ツグミさんも、お弁当作りですか?」
「ああ。昨日、貴重な食材を見つけて、つい購入してしまったものでな。次の街までは距離があるしな」
ツグミは洗っていた野菜をつまみあげて、ヒナに見せた。金色に輝く、人のような形状をした野菜だ。
高級人参、 『サイヤニンジン』。
栄養豊富で滋養強壮によい、幻の人参である。味もよく、食べると大猿や戦闘民族のように強くなれるという言い伝えがある。
ただし強い毒があり、調理法を少しでも間違えると、死ぬ。
話し合いの末、ヒナは夜鷹と小太郎の分、ツグミは生駒と海燕の分の弁当を作ることとした。
ふたりは厨房に並び立ち、調理を始めた。
トントントントン……。
「…………」
「…………」
厨房に並び立つ美女ふたり。
しかし、互いに話しかけることもなく、気まずい沈黙が続いている。
(ああぁ~、どうしよう。ツグミさん美人だけど硬派でちょっと話しかけづらい感じだし……。私、そもそも人見知りだし……。ええい、全ては夜鷹くんのため、調理に没頭してしまおう。あぁ、でもここから逃げだしたい……)
「早乙女殿」
「ひゃいっ!?」
ツグミに急に話しかけられて、ヒナは思わず跳ねあがる。危うく包丁で、自分の指を切り落とすところであった。
「早乙女殿は……鳴瀬殿を好いておるのか?」
「え、え、え!? ななな、なんでッ……!?」
「見てれば分かる。頬を真っ赤に染めてポーッと彼のことを見つめ続けてるからな。鳴瀬殿はまったく気付いていないが。……私と、一緒だな」
「え!? じゃあ、ツグミさんももしかして、生駒さんのこと……」
「ああ、私も生駒さまのことをお慕い申しあげている。それこそ、幼少のころにお仕えしはじめたときからな」
……ヒナもうすうす、感づいていた。強く想いを寄せている異性がいる者どうし、通じあうところがあったのだ。
ツグミが密かに生駒に想いを寄せていること。何かにつけて、さりげなぁ~く好意をアピールしてること。
そして、そんなささやかなアピールを生駒がまっっったく気付いていないこと。
恋い焦がれてるのに、想いをうまく伝えられないもどかしさ。そして、当の相手が鈍感でまったく伝わらない歯がゆさ。
互いに想いを寄せる人がいるからこそ、その辛さはよく分かった。
しかも、西園寺家は明神家に仕える武家の家系。
ツグミは幼少時から生駒に仕えるように任じられ、そばに居続けているのだ。
ーー私なんて、アカデミー時代からの数年間だけでもツラいのに、小さいころからずっとだなんて。
まさしく、想い人の超ベテラン……!
「私は何度も、何度も、何度も! 生駒さまに想いを伝えようとアピールしてきた。しかし、あの激ニブ男には、欠片たりとも伝わらんのだ。これまでの人生、いかほどツラかったことか……!」
「分かる……。分かります、ツグミさんっ!」
「信じられるか? なんなら私は今まで100枚以上恋文をしたためて渡してるんだぞ? それをあの男は全部、日々の感謝を伝える手紙だと思い込んでいるんだ。こんなバカなことがあっていいと思うか……!?」
「……ッ! ツグミさん、その手紙、今持ってますか!?」
「ン……持ってるぞ。手紙は毎日書いてるし、いつでも渡せるように懐に忍ばせてあるからな。今書いてるのは、まだ校正作業中なのだが……」
「ちょっと、見せてください!!」
ヒナはツグミから恋文を受け取った。
ツグミが頬をほんのり赤らめて見守るなか、ヒナは手紙をカサカサと開けていく。
手紙は達筆の筆で長々ぁ~と書いてあるが、例として末尾の一文に目を留めてみた。
『皆既日食で候。空を見上げんとすば、そぞろに耽て眺むれん。隙見る時に、飛び入り給へば(次の太陽と月が重なりあうとき、空に見惚れてあなたの心に隙ができたなら、私はその隙間に飛びこんでしまうのになぁ)』
ーー文章が硬苦しい。表現が遠回しすぎて、ぜんぜん伝わってこない。
知ってて読めば、ツグミさんが生駒さんのことを熱烈に好きなことが分かるけど。
ああ、そうか。
この人は私と一緒で、不器用で想いを伝えるのが下手なんだな。そして、相手も鈍感でぜんぜん伝わらないんだ。
その辛さは、よく分かる。私たちは、一緒だ……。
「早乙女殿こそ、どうして鳴瀬殿に想いを伝えられぬのだ? 端麗な容姿をしているようにお見受けするが……」
「いいえ、ぜんぜんです。……私、自分に自信をもてないんです」
「ほぅ、それはどうしてだ?」
「だって、私、『ヒナ』なんて名前なのにこんなに大きく育っちゃってるし……。男の人って、自分より背が高い子イヤですよね? あと、胸ないし……」
ヒナは悲しげに長く伸びた自分の手足(と胸)を見おろした。
手足がスラリと長く、細い手足。太りにくい体質なので、食べてもぜんぜん肉がつかない。
それは他人から見ればスレンダーなモデル体型で、大変うらやましい話なのだが、当人からすればただのガリガリにしか見えない。
男性並みに身長があるのもネックで、『ヒナ』という可愛らしい名前とのギャップも相まって、強いコンプレックスになってしまっていたのだ。
「私も初めて出会ったときからずっと夜鷹くんのこと好きなんですけど、自分に自信がないから、いざ告白しようと思うと震えちゃって、何も言えなくなっちゃうんです」
「ふむ。私からすれば、早乙女殿はとても魅力的な女子に見えるが……。自分からしたら、そういう風に思えぬことは多々あるものよな」
「それに、さりげなくアピールしても全然気がつく素振りがないから、余計自信なくなっちゃうんですよね。『この人、私のことなんて眼中にないのかな?』って……」
「それな! まったく、想いつづけるコッチの身にもなってみろと言いたい。我々のような素敵女子に想われてることがどれだけ幸せなことか、教えてやりたいものだ!」
「いっそ、他の男の人と仲良くしてみせようかとか思っちゃいますよね」
「私も2回ほど試したことがあるが、平然と『応援している!』と言われたときの怒りときたら!」
「ツグミさん、分かってくれます!?」
「もちろんだ! 分かるぞ、早乙女殿!!」
「でも、それでもどうしても、あきらめきれないんですよね……」
「うむ……」
いつしか手と手を取りあって熱く語りあっていたふたり。
ようやく共感しあえる仲間を見つけて意気投合していたのだが、急にシンミリしてきてしまった。ふたりとも、涙目でウルウルになっている。
「早乙女殿……。今回の旅で想いを成就できるよう、ふたりで頑張ろう! 私はそなたを応援する!!」
「ハイッ! 私も、ツグミさんのお手伝いをさせてください!」
「うむ! ともに頑張ろう、早乙女殿……いや、ヒナ!!」
「一生ついてきますっ、ツグミさん♥️♥️♥️」
謎の共通点から、思わぬ形で結びついたふたり。
こうして今ここに、『ツグヒナ同盟』が結成されたのであった!! なんのこっちゃ。
硬派な武人のツグミさんですが、趣味は『恋文作り』です。




