かつての『八百万の壱』
前回の場面の続きです。
◇
「『大鷲狂乱』……国際標準危険度比較(ISRR)Sランクの超危険人物。かつての『八百万の壱』です」
「ッ!!!」
『八百万の壱』……!? ってことは、かつて国内最強の忍だった男ってことか……!?
しかも、今なおISRR・Sランク。たしかSランクって、アシュナさんと同じ……!
「いいか、夜鷹。今『塒国』にはSランクは3人しかいない。そのうちのふたりがこのあたしと、『大鷲狂乱』だ。これがどれだけのことか、分かるか?」
なんということだ。つまり大鷲狂乱はアシュナさんとほぼ同格、国内3本の指に入る実力者ということじゃないか!
……俺は『不壊城』の戦いで国外のSランク、『ドルジェオン』のファスマ=エルローズと、『創』の陸雲と出会ったことがある。
彼らの戦いの一端を見ただけだが、いずれもとてつもないほどの強者だった。
特に、陸雲とは実際に手合わせをしている。
ヤツは欠片も実力を出していなかったが、とうてい越えられぬほどの実力の差を実感した。Sランクの者たちの恐ろしさがうかがい知れるというものである。
「生駒ぁ。あんたがあたしに頼りたくなる理由は分かったよ。だが、それなら通常どおり幕府を通して正式に依頼すればよかっただろ? なんでこんなコソコソ家に押しかけるようなことしたんだ?」
「ええ。『大鷲狂乱』が動くという情報は俺たちが極秘裏に入手した情報で、確実なものではありませんし、それに……」
「ここからは、拙者が話すでゴザル」
生駒さんがちょっと話しづらそうにしているのを見てか、そこでついに海燕さんが話しはじめた。
重く、ものものしい語り口。年齢相応に嗄れているが、強い生命力を感じさせる声だった。
「『大鷲狂乱』は拙者の宿敵でゴザル。幕府を介さずに依頼したのは、我が手でヤツを葬るため。弟子たちを巻きこんだのも、すべて拙者の我儘故でゴザル」
ーー狂乱と海燕さんはかつて、とある南方の藩主に仕えていたそうだ。
侍と忍と立場は違えど、藩の最高戦力として互いに互いを認めあい、無二の親友でもあったそうだ。
しかし、狂乱の実力と功績が認められ、幕府から『八百万の壱』として認定されたころ、事件は起こった。
「彼奴は突然に裏切った。謀反を起こして主を殺害したうえ、軍を率いて革命を起こそうとしたのでゴザル……!」
大鷲狂乱は危険思想の持ち主だった。「この弱き国を強く造りかえられるのは、自分しかいない」と。
海燕さんは主君を殺されたうえ、謀反が起こった藩内では暴動が起こり、妻と子供をも失ってしまった。
誰よりも信頼していた、親友の暴挙によって……!
当然、海燕さんは自らの手で狂乱を討ちに向かった。当時の『八百万』も総動員され、狂乱を討伐しようとしたのだ。
その戦いにはなんと、アシュナさんも加わっていた(!)。
当時まだ10の齢にも及ばずして、『八百万の捌』にランクインしていた彼女も、戦いに召集されていたのだ。だが……。
「ああ、あたしもあのクソオヤジと戦ったよ。共に戦った他の『八百万』7人のうち、4人が殺られた。アイツひとりの手によって、な」
「!! ホントですか!?」
アシュナさんが、悔しさをにじませた顔を見せる。彼女がこんな顔を見せるのは、本当にめずらしい。
演技で悔しいフリをすることはあっても、本当に悔しそうにしてるのは初めてかもしれない。
それにしても、たったひとりで当時の『八百万』の半分がやられてしまうとは……。なんと恐ろしい男なのだろう!
「あんときゃあたしも青かったけどな。あとにも先にも、あれほど屈辱的な目に遭わされたことはないねぇ……!」
「いいえ。アシュナ殿という新たな才能の出現がなければ我らは全滅、狂乱を止めることはできなかったかもしれませぬ。ですが、彼奴にとどめを刺すことまでは叶わず、逃げられてしまったでゴザル……」
逃亡し、姿をくらました大鷲狂乱
行方はようとして知れず、海を越え、北方の島々の原住民のもとへと隠れ住んだのではないかという説はあったものの、この十数年間はおとなしくしていたのだ。
隠居先で死亡したという噂もまことしやかに流れていたが、近年になってその動きが活発化し、今回、その尻尾をつかんだというわけなのである。
「拙者は狂乱に全てを奪われ、拙者に残されたのはこの剣のみ。彼奴と決別して幾星霜、彼奴に仇を討つためだけに剣を磨きつづけた……」
海燕さんは平静を装っているが、その声には底知れぬ憤怒をにじませていた。
きっとこの十数年間、彼は怒りと憎しみに心を焦がしつづけてきたのだろう。だが……。
「拙者の剣は復讐の剣。仇討ちのため、私怨を晴らすため……。剣をそんなくだらぬことの道具にしてしまっている自分を、拙者は許すことができぬのでゴザル」
「お師匠さま……」
海燕さんの顔は、なんだかもの悲しそうに見えた。
大切なものを全て奪われ、復讐に人生を費やすことになったことの虚しさを、誰よりも彼自身が理解していたのかもしれない。
そこまで話を聞いたところで、アシュナさんは自身の膝をポン! と打った。
ヤクザの親分のような居ずまいだが、妙にサマになっている。さすがアネゴ、カッコいいぜ!
「よぉっし! あんたらの願いは聞き受けたぜ。狂乱を殺らなきゃ前に進めないんだろ、海燕。あたしにとっても借りがある相手だ。力を貸してやるよ」
「おお! それでは……!」
「アシュナ殿、かたじけのうゴザル」
「ただし、これは非公式の依頼だ。幕府を通さなかったのは、あんたらも自分たちが主体になって狂乱を殺るという覚悟の表れなんだろう? あたしはまずは、溜まってる公務を片付けることにする。その代わりと言っちゃなんだが……」
そこでアシュナさんはポン、と俺の背中を叩いた。
「代わりにコイツを連れていっていいぞ。あたしの直弟子だ、なんかの役には立つだろ」
「……ええっ!?」
またそんな無茶苦茶な……!
俺で役立つなら喜んで行くが、相手はSランクのとんでもないバケモノである。
足手まといにならないか、とっても心配。
「コイツはあたしが約束を守るための人質……じゃなかった、保証人だと思ってくれ。あとでちゃんと駆けつけるからさ。あ、代わりと言っちゃなんだが、道中コイツにも稽古つけてやってくれな?」
「今、人質って……」
「かわいい弟子が死なないように、早く駆けつけようと思うだろ? ワハハハ」
「…………」
……もしかしてこの人、俺の指導がめんどくさくなったから海燕さんたちに押しつけてるわけじゃないよな?
なんだかそんな風に疑いたくなるような提案であった。
「承知しました。それでは夜鷹くんには我々に同行していただき、先に北方へと向かいましょう。アシュナ殿、応援に来ていただけることを心よりお待ちしております」
こうして、俺は生駒さんたちとともに北方へ旅立つこととなったのであった!




