婚姻騒動
◇
俺がアシュナさんの屋敷にたどり着くと、彼女が客人を連れて客間へと移動してるところにバッタリ出くわした。
「あ、アシュナさん。ただ今戻りました……って、メチャクチャ顔色悪くないですか!? どうしたんスか!?」
「あぁ、夜鷹か……。あたしゃ今、悪夢を見たあとのような最悪の気分でな。風呂には入ったが、まだ鼻のなかに匂いが……ウプッ」
アシュナさんは本当に具合が悪そうだ。こんな姿を見るのは初めてだったので、よほどのことがあったのだろうか。
でもまぁ、アシュナさんも妙齢の女性だし、調子が悪い時期もあるのだろう。今朝までは普通だったんだけどなぁ。
そして、俺は客人のひとりとも目が合った。
「……あ! 生駒さん!」
「……おぉ! 君は鳴瀬夜鷹くん!! 息災だったか?」
キリッとしたまなざしに、精悍な顔つきの青年。短く切り揃えられた鮮やかな橙色の髪。正義感の強い正統派イケメン。
『日輪の巨像』の防衛部隊の隊長、明神生駒さんだ! あいかわらずキリリとしてカッコいいなぁ。
「1回ご一緒しただけなのに、覚えていただいてて光栄です!」
「当然だ。あのとき君が手助けをしてくれていなかったら、危なかった。それに、その後も君のめざましい活躍は耳に入ってきている。最速でCランクに昇格したらしいじゃないか。さすがはアシュナ殿に弟子入りしただけはあるな!」
「へへへ。いえ、それほどでも……」
こうも褒められるとさすがに照れくさい。だが、こうして実力者に面と向かって褒められるというのは大変に光栄なことだ。
「んん~? あぁ、そういえばお前ら『不壊城』の戦いでいっしょに戦ってたっけな。丁度いい、夜鷹もコイツらの話を聞いてくか?」
「えっ。アシュナさん、いいんスか?」
「ん~、あたしゃあな。構わんだろ? 生駒」
「ええ、秘密を口外せぬことを約束いただけるのならば。ですよね? お師匠さま」
生駒さんは「お師匠さま」と呼んだ男性のほうをうかがい見た。
……見た瞬間から気がついていた。そこに、とてつもないほどの猛者が並び立っていることに。
「君は会うのは初めてだったな、夜鷹くん。ご紹介するよ。この御方は武藤海燕さま。武藤開心流の開祖で、俺のお師匠さまだ」
「お初にお目にかかりまする、鳴瀬夜鷹殿」
そこにいたのは、長い黒髪を後ろでまとめた長身の男。青い甲冑を身にまとい、腰には長い1本の刀を差している。
齢は50代と言ったところだろうか。顔に深く刻みこまれた皺からは、歴戦の強者が重ねた時の重みが感じられる。
……間違いなく、強い。
生駒さんの師匠なのだから強いのはあたりまえなのだが、Aランクのなかでも上位に食いこむのではないだろうか。
もしかしたら、『八百万』にも匹敵する強さの持ち主なのかもしれない。
とにかくそう思ってしまうほどの、凄みを持っているのだ。ダンディー!
生駒さんと海燕さんの後ろには女性もいた。深い藍色の髪を後ろでひとつにまとめ、まっすぐな瞳をもつ麗人。
生駒さんの部下の、西園寺ツグミさんだ。彼女も、『不壊城』でともに戦った武人のひとりだ。
生駒さんに、海燕さんに、ツグミさん。
う~ん。お客人はこの3人だけだが、武人3人組という感じで、なんともシブい。忍とはまたひと味違った魅力にあふれた人たちであったのだ。
でも、武人の人たちが、アシュナさんにいったいどんな用があって訪れたというのだろう?
俺はアシュナさんと武人3人組に付いていき、客間へとたどり着いた。
さすがは豪華なアシュナさんのお屋敷のなかでも、もっとも高級な丁度品が置かれている客間。内装の美しさたるや、ハンパなものではない。
漆塗りされた木製のテーブルには金箔が市松模様に貼りつけてあり、和風だがシックでモダンで、ぜんぜん古くさくないのだ。
くぅ~。俺も早く一流の忍になって、こんな部屋のある家に住んでみたいものである。
いや、今も住んでるんだけど、あくまで居候だからね。
さて。テーブルを挟んで、俺とアシュナさん、生駒さんと海燕さんとツグミさんが向かいあって座る形となった。
さっそく、アシュナさんのほうから話を切りだした。
「よぉよぉ、生駒くん♪ あたしん家をわざわざ訪れてくるたぁ、よほどのことと見たね。いったいどんな用件だい? あたしに頼みごとたぁ、高くつくぜ!」
久しぶりの客人が来て嬉しいのか、顔色もすっかり良くなり、心なしか初めて『不壊城』で出会ったときのようなノリになっている気がする。
恐らく気分が高揚すると、彼女はこういう感じのノリになるのだろう。
……ちなみにアシュナさんをはじめ、『八百万』には幕府やギルドから直接任務の依頼が届く。
その依頼にかけられる報酬額はギルドで仲介されるクエストとは比較にならないほどに高額だ。
彼女らに個人で任務の依頼を行うというのは極めて異例のことなのだ。
というより、本来は幕府を経由せずに依頼することは許されていないので、バレたら御法度である。
「ええ、アシュナ殿。先の『不壊城』の戦いであなたの戦いぶりを目の当たりにして、確信いたしました。此度の戦いの助力、あなたにお願いするよりほかないと」
「ふぅん? つったって、今回は隣のお師匠サマもいるんだろ? 海燕がいりゃ、たいていのことは事足りるだろーが。あんたとツグミと海燕が揃って、解決できない事件があるとは言わせねぇぞ?」
「いいえ。それが、大いにあるのです。なぜなら……」
ここで生駒さんはひと呼吸、間を置いた。
「此度の事件には、『大鷲狂乱』が絡んでいる可能性があるからです」
「!」
アシュナさんの顔つきが変わった!
あのアシュナさんが、名前を聞いただけでこんな反応を見せるなんて。『大鷲狂乱』とは、いったい……!?
「ほぉ? キョーミが湧いてきたよ。詳しく聞かせてみな」
「ハッ! それではお話しいたしますーー」
ーーそもそもの事の発端は、大名家どうしの婚姻騒動だ。
それも、北の二雄と呼ばれる『越津氷渡』と『武膳高山』の、二大藩主による婚姻である(『塒国』は藩制度を取っている)。
氷渡藩と高山藩は長年にわたって勢力を争っていたが、この度ついに藩主どうしが結婚し、藩として統合しようというのだ。
しかも、その氷渡藩の藩主の娘というのが、あの『八百万の伍』真白鶴姫さんなのである!
「えっ! 『八百万』の方が結婚するんですか!? 藩主の娘!?」
「ほほぉ~。あの鶴姫がねぇ」
真白鶴姫さんは『不壊城』の戦いに駆けつけてくれた『八百万』のひとりだから、俺もお会いしたことがある。
『八百万の伍』ということは、あの玖ノ宮さん……じゃなかったアリサよりも数段強いということか。
しかも、とてつもない麗人。アシュナさんやアリサとはまたひと味違った和風美人である。
アシュナさんたちが「え、外国人?」と疑ってしまうような邦人ばなれした顔つきだとしたら、真白さんは「これぞ『塒国』美人!」と唸ってしまうような和の極致なのだ。奥ゆかしき美しさというべきか。
それにしても、『八百万』の人たちって美人が多いなぁ。。
でも、真白さんが結婚するというのなら、めでたい出来事のように思える。いったい、何が問題なのだというのだろう。
生駒さんは、さらに話を続けてくれた。
「今回の真白鶴姫殿の婚姻は恋愛婚ではなく、政略結婚だと言われています。しかもその裏では、あの『大鷲狂乱』が動いているという情報を得たのです……!」
ーー武膳高山藩は武に傾倒し、手荒な者たちが多く住む藩だ。藩土も豊かで、人口も多い。
政略などはむしろ苦手で、いつだって武力で氷渡藩を支配しようとしてきた。
一方、越津氷渡藩は兵力は乏しいものの、『八百万の伍』真白鶴姫さん、そしてその家臣『八百万の陸』白戸湖水さんの2名がいるだけで、無数の軍隊を保有するのと同等な戦略的価値をもつのだ。
そして、氷渡藩が強大であるもうひとつの理由。強さの源にして、侵略者を惹きつける理由にもなっているもの。
国内に4体あるうちの1体、氷渡藩は『巨像』を隠蔽している藩なのだ!
藩土が貧しくとも、高山藩が積極的に氷渡藩に攻め入る理由である。
そんな武と武で互いに争いあっていた両藩が、藩主である大名家どうしの婚姻でもって結びつこうとしているーー。
そこで、アシュナさんが口を挟んだ。
「ふうぅん? だが、『大鷲狂乱』は鶴姫を結婚なんかさせてどうするつもりなんだい? 結婚仲介人にでも転職したのかな?」
「裏でどんな計略を練っているかは分かりませんが、氷渡藩が隠匿している『巨像』が、ヤツの狙いのひとつであることは間違いないでしょう」
「なっるほどねぇ♪ あいかわらず欲深いオヤジだ。あのオヤジの顔を思い出すだけで、腸が煮えくりかえりそうだぜ」
「ちょ、ちょ、待ってください! さっきからたびたび名前が出てくる『大鷲狂乱』って、どんな人なんですか!?」
俺の質問に対し、生駒さんはそのキリリとしたまなざしを向けて、答えてくれた。
「『大鷲狂乱』……国際標準危険度比較(ISRR)Sランクの超危険人物。かつての『八百万の壱』です」
「ッ!!!」
かつての『八百万の壱』、大鷲狂乱。
果たして大鷲狂乱とはいったい、どのような人物であるのかーー。
今回の場面は次回に続きます。




