地下水路での戦い ~いわゆるチートスキルってヤツ~①
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『不壊城』の城内で、三国の軍が激しい戦いを繰りひろげられていたころ。
そのはるか下方、地下水路のなかを高速で駆けぬけていく少数部隊があった。
はるか遠方の湖沼から水を引かれている地下水路から潜入を図る者がいるなど、誰が予想できたことだろう。
当然、地下を見張る者など誰もいるわけがなく、部隊は悠々と進むことができたのだ。
水路の深さは膝より少し高いくらい。足元を清らかに、静かに流れる水路のなかを、気兼ねなく飛沫をあげながら進んでいく。
部隊の先頭を駆けぬける武将が、高らかに笑った。その耳障りな笑い声は窓ひとつない地下の空間のなかに響きわたる。
「ガキャキャキャキャ! 思ったとおり、見張りなど、誰もいやしないぞ!」
「河繆氷様! お声が大きいですぞ、我々は少数部隊なのですから、見つかったらせっかくの作戦が台無しになりますぞ!」
大声で笑う将を、側近が諌めた。
「誰もいないんだから、構わないではないか。作戦がうまく行きすぎて、笑いがとまらんのだよ、ガキャキャキャ!」
「まったく、このあいだもそうやって調子に乗って、部下の兵士たちが全滅しかけたのをお忘れですか?」
「んん? そんなことあったっけか? ガキャキャキャ!!」
「まったく、この方は自分に都合が悪いことはすぐにお忘れになってしまうのだから……。腕は立つから、文句は言えませんがね」
ため息をつき、首を横に振りながら嘆く側近の兵士。
ちなみにこの河繆氷という男、自分に都合が悪いことは水に流したようにすぐ忘れ、都合がいいことは凍りついたかのように忘れないことで有名である。
「ガキャキャ! さぁ、この真上はもう、『巨像』がある御堂のすぐそばだ! この戦いの第一功は我々のものだぞ!!」
「「おおー!!」」
成功を確信し、鬨の声をあげる河繆氷の部隊。しかし、彼らの前に立ちはだかる者たちがいて……。
「火遁、『炎狸狐』!!」
水路の上をいくつかの炎の塊が駆けぬける! 炎の塊は燃えさかり、河繆氷の部下の数人を巻きこみ、消滅させた。
だが、肝心の河繆氷とその側近たちは、彼がつくりだした水氷の壁に護られ、無傷であった。
「ガキャキャキャキャ……。こんな場所で張っていたとは……。貴様ら、何者だぁ?」
河繆氷が見た水路の先にいたのは、術を発動してたたずむ鳴瀬夜鷹。そして、彼とともにやってきた生地天音、団賀羅加茂吉との三人であった。
◇
俺が放った術を見事に防がれたのを見て、隣にいる加茂吉の嘆く声が聞こえてきた。
足元では水路の水に細かい波紋が広がっている。それに気づいて震源を見あげてみると、彼は可哀想になるほどガクガクプルプル震えていた。
「えええぇぇぇ……!! 夜鷹の今の術があんな簡単に防がれちまうのかよぉぉ……! あいつらいったい、何者なんだああぁ!?」
「こんな最深奥まで、これだけの少人数で侵入してくるなんて。相当の手練れに違いないわ、心してかかりましょう!!」
……天音の言うとおりだ。
そもそもこの地下水路の道の防衛がおろそかになってしまっているのは、はるか遠方から敵が侵入することが予想されていなかったからだが、侵入したとしてもせいぜい十数人程度しか通れない狭き道であったことが大きい。
たとえ侵入されたとしても、脅威にはならないと判断されたのだ。
実際、やってきた敵は十数人程度。さっきの俺の攻撃でさらに人数が減り、今は十人いるかどうかだ。
敵は東洋風の甲冑を着た『創』の兵士たちのようだが、氷の兜を装着し、氷の槍を装備している。
いずれも魔法のような、異能のちからで構築された武具のようだ。底知れぬ冷気が、この狭い地下水路の空間を通ってこちらまで伝わってくる。
そして特に、先頭に立つひときわ背の高い、「ガキャキャキャ」と笑う男。
ヤツからはとてつもない威圧感が発せられており、ただならぬ実力を秘めていることが伝わってくる。間違いなく、この部隊のボスだ。
と、そのとき。『魂珀の腕輪』から再び映像が映しだされ、画面の向こう側からひづきから話しかけてきた。相変わらず無愛想だが、今は先ほどにはない緊迫感がただよっている。
『夜鷹、気をつけて。その河繆氷という男は国際標準危険度比較(ISRR)Bランク。今のあなたたちにとってははるかに格上の強敵よ。死なないように足止めに徹することね』
「国際標準危険度比較(ISRR)……?」
『ええ。戦闘力・経済力・影響力……。無駄な争いをすることなく各国のちからの均衡を保つために、個人の危険度を評価したものよ。その男は純粋な戦闘力のみでBランクの評価を得ているわ』
「Bランクって、そんなにすごいのか?」
『ええ。Cランク以下が百人集まっても勝てるか勝てないか、というところね。ランクがひとつ異なるとそれだけのちからの隔たりがある。まぁ、もちろん同じランク内でもピンキリだけどね』
「ええぇ、そんなに違うのかよ……!」
『そうよ。でも、その男はBランクのなかでは下位のほうだから、あきらめなければなんとかなるかもよ? がんばってね、じゃ』
「おっ、おい……!」
俺がとめるのも聞かず、ひづきは再びブツン、と画像を切る。ホント言いたいことだけ言って去っていくな、この美少女は。
「おっ、おっ、おい! こんなときに、なにブツブツひとりごとを言ってるんだよ? 目の前の相手に集中しろよぉ!」
隣では、再び加茂吉がわめいている。耳がよいはずの天音も、不思議そうに俺の顔を覗きこんでいる。
どうやら『魂珀の腕輪』から映しだされる映像と声は俺にしか聞こえないものらしい(!)。
どういう仕組みになっているのかサッパリだが、俺はあの河繆氷という男が、国際標準危険度比較のBランクに位置する男であることを伝えた。
その情報を伝えたときのふたりの顔は、忘れられない。特に加茂吉のほうは青ざめてて、そのままあの世に召されてしまいそうな顔をしていた。
「なんだとおおおぉっ!! こんなとこでBランクの敵に遭遇してしまったああぁ! 俺たちはもう、オシマイだあああぁっ!!!」
「くっ……! 私でもCランクの下位、加茂吉くんと夜鷹くんはEランク。かなり厳しいわね……!」
天音は自身の唇を噛みながら、こう思考をめぐらせていた。
ーー想像以上の強敵。どう考えても、足止めをすることすら無理。というより、今すぐ逃げなければ命の危機だわ。
でも、今の夜鷹くんとなら、もしかして……!
尻込みする俺たちのことなど恐るるに足らぬと言った様子で、河繆氷は冷気を練りはじめた。
槍を構えたヤツのもとに、水と氷が集まっていく。足元の水路の水も吸いよせられていき、ヤツのちからを強化していく。どうやらこの場所は、河繆氷にとって有利な場所のようだった。
「ガキャキャキャ! 喰らえ、雑魚ども!! 水陰陽、『流河氷』!!!」
河繆氷が技を放つのと同時に、圧倒的な水量をともなって、水路のなかを大量の水が流れ、押しよせてきた!
ほとんど津波、しかも、水のなかには巨大な流氷がいくつも混じって威力を飛躍的に高めている!!
このままではなすすべなく流氷混じりの津波に飲みこまれて、死んでしまう!
俺は手持ちの術のなかで何か対抗する方法はないかと、『鳴瀬 夜鷹』としての記憶を探った。
……今はまず、敵の攻撃を耐えしのぐしかない。それには、この術だ!
俺は急ぎ、複雑な印を組んで術を発動した!
「結界忍術、『羅亀沙』!!」
正面に、亀の甲羅のような六角形の紋様が描かれた結界を発生させた! 天音と加茂吉も、あわてて俺の後ろへと逃げこむ。
そして、押しよせてきた津波が、俺の結界に真正面からぶつかってきた!
「うお゛ああああぁぁぁ……っ!!」
結界で抑えているが、ぶつかりあった瞬間ものすごい衝撃と、重みが伝わってきた!
河繆氷が繰りだす無尽蔵とも言える津波の水量、流氷の重量は凄まじく、結界がなかったら一瞬で命を奪われていたことだろう。
結局、100メートルほど後方に押し戻されてしまったが、俺たちはなんとかヤツの攻撃をしのぐことができたのである。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
「夜鷹くん、だいじょうぶ!?」
だが、さすがに体力を消耗しすぎた。俺が疲労してその場に這いつくばっていると、天音が心配して背中をさすってくれた。
俺が疲弊しているのを敵が見逃すわけがなく、河繆氷の部下たちが襲いかかってきた。しかしここで、加茂吉が刀を構えて一歩前にでてくれた。
「よし、ここは俺に任せろぉっ!!!」
『かもねぎ刀』!!
加茂吉が刀を持つと、不思議と敵の目がそちらに向いてしまうものらしい。
加茂吉が手前にあった脇道のなかに入っていくと、河繆氷の部下たちも彼を追いかけて脇道に入っていった。加茂吉は大丈夫だろうか。
「よし、そうだ! この加茂吉さまに付いてこい!! ……のあ゛あああぁぁっ!!!」
加茂吉の泣き叫ぶ声が反響して聞こえたが、忍者だけあって逃げ足はとっても速い。
あれならしばらくのあいだは保ちそうである。さすが忍者、足が速い。
……とは言え、加茂吉がいつ力尽きるとも分からないのだ。彼がモブ敵を引きつけてくれているあいだに、こちらはなる早で決着を付けなくちゃならないのだ!
先ほどの『流河氷』をもう2、3発喰らったら、恐らく耐えきれないだろう。ならば、こちらから果敢に攻めて、決着を付けにいってやる!
俺は水路を全力で駆けだし、河繆氷のもとへと向かった!
「! 待って! ひとりで攻めるのは危険よ、夜鷹くん!!」
後ろで天音の俺をとめる声が聞こえたが、俺は構わず走りぬけた。
「河繆氷! お前の首をもらいに行くぜ!!」
「ガキャキャ!! 身の程知らずが、返り討ちにしてくれるわ!!」
途中、ヤツが放った氷の槍が高速で何本も飛んできた!
しかしそこは今の俺も忍者、軽やかな身のこなしで華麗にかわしていく!
そして俺は河繆氷の手前まで来たところで踏みきり、飛びかかった。俺とヤツとのあいだには、ヤツが操るうすい水の壁が立ちあがっているのみ。
……こんなうすい水の壁、強引に突きやぶってやるぜ!
「河繆氷! 覚悟ッ!!」
俺は持っていたクナイで、水の壁を斬りつけた!
……だが、刃が当たった瞬間、水はたちまち凍りつき、氷の壁と化してしまった!!
「なにっ!?」
「ガキャキャキャ! 小僧、『過冷却水』って知ってるかぁ? 俺の水は衝撃を受けた瞬間凍りつき、鉄壁の防御と化すんだよ。……喰らえ、『流河氷』!!」
「くっ! 『羅亀沙』!!」
俺は手ごと凍りついてしまいそうだったので、とっさにクナイから手を放した。
そして、再び真正面から『流河氷』を受けとめることとなってしまった!
「くおおおおおぉぉぉ……っ!!」
再び津波と流氷の重みが全身にのしかかる! ギリギリ潰されないように堪えられているが、圧力に抗えず、どんどん後ろに押し流されていく。
結局、天音が待機していたところまで押しもどされてしまった。
『羅亀沙』の盾型結界にはヒビが入ってしまっている。次に『流河氷』を受けたら、耐えきることはできないだろう。盾型結界が復活するのには、一定時間の休息が必要なようなのだ。
……それにしても『過冷却水』だなんて、ファンタジーな世界観に妙に科学的なものを持ちこみやがって。とは言え、発想としてはけっこう面白いと思ってしまうのが悔しい。
さて、あの凍りつく水の壁をなんとかしなければ、河繆氷に近づくことはできなさそうだ。さすがはBランクの相手、ひと筋縄ではいかない。
何かよい手はないものか……。そう考えていたところ、隣で心配そうにこちらを見つめている天音が目についた。
そうだ! 彼女の能力なら……。
「天音、君の忍術は音を操るものだったよな?」
「うん。生地家に代々伝わる、固有忍術なの。でも、それがどうかしたの?」
「よし! じゃあ、ちょっと耳を貸してくれ」
「えぇ!? う、うん……」
俺はなぜか頬を赤く染める天音に、考えた作戦を耳打ちした。耳元で囁かれるのがこそばゆいのか、くすぐったそうにしている表情がなんかこう……色っぽい。
「作戦は以上だ。できそうか? 天音」
「……うん、わかった。やってみる!」
「よし、そうとなれば決まりだ! 行こうぜ、天音!!」
「はいっ!」
俺と天音はうなずきあうと、河繆氷めがけて、ともに走りだしていったーー。
今回の場面は次回に続きます!