アリサ・デート① ー血文字の果たし状ー
◇
俺は緊急クエストを無事にクリアしたことをアシュナさんに報告するべく、嬉々として彼女のお屋敷へと向かう。
数日間離れてみて、自分が自覚していた以上に、彼女を師として慕っていたことに気がつく。
お屋敷にたどり着くと、使用人さんにアシュナさんのもとまで案内してもらった。
どうやら彼女は自室でくつろいでいるらしく、さっそく彼女の私室を訪ねたのであった。
「アシュナさん、ただ今戻りました!」
「お~ぅ。お帰りィ、夜鷹。ウワサで聞いたぞ? あの地獄の十二柱をやっつけるのに、大活躍だったそうじゃないか」
「いえいえ、そんな……。アシュナさんの、日々の指導の賜物です!」
「わっはっは、愛いヤツじゃ。やはり、可愛い弟子には旅をさせるもんだな♪ 顔つきも、男になってきたんじゃないか?」
「へへへ……」
今回のクエストは学びがたくさんあって、いい経験になったな。
Dランクの身でありながら難クエストに参加することを許してくれたアシュナさんには、本当に感謝だ。
あ、そうだ。感謝と言えば、アシュナさんには他にもお礼を言わなきゃならないことがあったのを忘れていた。
「アシュナさん、『八百万の捌』玖ノ宮アリサさんを派遣してくれてありがとうございました。あの人が来てくれなかったら、俺たちはマジで全滅してました」
「んん~? はて、なんのことやら。心当たりがないねぇ」
「またまたぁ。そーゆーところがニクいニクい!」
「知らんもんは知らん。わはは♪」
アシュナさんはあくまでシラを切るつもりのようだけど、まぁ、いっか。実際に助け舟を出してくれたその事実が、俺には嬉しいんだ。
そんなこんなで、俺とアシュナさんは今回の実戦での反省や教訓について、夜が更けるまで話しあった。
ついついカッコいい攻撃忍術や、便利な補助系忍術の習得に励みがちだが、今回みたいに重症を負って動けなくなっているようではお話にならない。
自分の応急処置くらいはできるように、優先的に回復忍術を使えるようにならないといけないことを実感した。
また、アシュナさんから邪属性の不定形な魔物は人間に取り憑くことが多いことを教えてもらった。
そのことを心得ていれば、こまめに身近な仲間を調べたり、いざというときも警戒して奇襲を躱すことができたはずだ。次回からは気をつけよう。
やっぱりアシュナさんと話すのは学びが多い。普段はのらくらしている人だけど、ちゃんと質問すると、その実力は深い知識に裏付けされていることが分かる。
たしかな満足感を得て、その夜は眠りについたのであった。
さて、次の日は早朝から目覚めた。よく眠り、気持ちのよい目覚めだ。
「よし、今日も1日気合いを入れて修行すっか!」と気合いもじゅうぶん。
まずは腹ごしらえと朝食の会場へと向かったのだが……。
「鳴瀬さま、お手紙が届いております」
朝食の会場に着くなり、使用人のおじいさんが手紙を渡してくれた。
白い便箋。宛名もなにも書いてない。誰から、なんの手紙だろう?
「そのお手紙は、『八百万』の玖ノ宮アリサ様からいただいたものです。鳴瀬夜鷹殿へ、と」
「え? あの、玖ノ宮さんから……!?」
玖ノ宮さんから、いったいなんの手紙だろう。
俺は慌ててその場で便箋を開け、なかに入っていた手紙を取りだした。
『果たし状』
手書きの文字。血のように赤いインクで、字面だけで憎しみがまざまざと伝わってくるほどに禍々しい字体だ。
ほかには待ち合わせ場所と思しき日時と場所しか書いていない。日時は今日の日付だ。
え。俺、今日殺されるの……?
「おやおやぁ? 麗しき女子からお手紙かい? あんたも隅に置けないねぇ」
「……ハッ!」
先に起きて朝食を食べていたアシュナさんに、手紙を受け取っているところを見つかってしまった! モグモグ食べてるの美人かわいい。
「夜鷹、今日の訓練は休んでいいぞ。天下の『八百万』の一員ともなれば、あたしらにとっても重要なお客人だからねぇ。丁重におもてなしするんだぞ?」
ニヤニヤ。ニヤニヤニヤニヤ。
「くっ……!」
この人、面白がってやがる……!
しまった、忘れてた。命がけの任務から生還して再会した喜びで、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
この人は基本的にいい人だが、剽軽にして捉えどころがなく、自分が面白いと思ったことにはとことん悪ノリする。
そんなトンデモ師匠であることを、俺は不覚にもすっかり忘れていたのだ。昨晩はやたらいい人だったから、油断した……!
そういえば玖ノ宮さんにも俺は名乗らなかったはずだ。所在までバレてるってことは、やっぱりこの人が一枚噛んでるんじゃ……?
だがまぁ、問いただしてもアシュナさんは絶対にシラを切りとおすことだろう。
行くしかないのだ。この、死への待合所へと……!
俺は朝食をかっこむと、急いで支度をして、待ち合わせ場所へと向かった。
そういえば、こうして修行や任務以外の用事で出かけるのは初めてだな。
俺は使用人さんから借りた街の地図を見ながら、目的の場所へと向かった。
「えっと……。もうひとつ向こうの通りかな?」
地図に従ってもう少し先に進んでみると……。
おや、ここは繁華街の中心地だ。若者たちがデート・スポットとして訪れるような、この都で最も華やかで、活気に満ちたエリアだ。
人通りは多く、道行く人々は皆オシャレさん。いわゆるブランドにあたる高級老舗店が軒を並べている。
『果たし状』というから、武闘会場か荒野で待つことになるかと予想していたのだが……。どうやら、思っていたのとは違うようだ。
『 チュー犬 パッチン公 』
チューするように口唇を突きだした犬が、おてて(前足)をパッチンコしている犬の石像だ。
この都で一番有名な待ち合わせ場所で、ここで待ち合わせをするとデートがうまくいくという逸話があることから、パッチン公前は待ち人たちで常にごったがえしている。
ウワサでは聞いていたが、こんなところにあったのか。
さて、まずは玖ノ宮さんと合流しようにも人が多すぎて、彼女はいったいどこにいるのやら。
キョロキョロと人混みのなかを探しまわっていると……。
「オイ、鳴瀬夜鷹」
「ハッ!」
後ろから声をかけられ、振りかえると玖ノ宮さんがいた。
ミニ丈の着物はいっそう華やか。目元には大粒のラメ。長くおろしていた髪を、今日はお団子にして頭のてっぺんのところで盛っている。
あいかわらずギャルっぽいが、控えめに言って死ぬほどかわいい。
「…………」
「なにマジマジと見てんのよ」
「あ、スミマセン! つい……」
「行くわよ」
「えっ、どこへ!? 決闘は……」
「黙って付いてこい(ギロッ!!)」
「ハイ」
やっぱ超こえぇ……。
でも、このあいだ会ったときより少しトゲトゲしさはなくなったかな?
話しかけたらまた怒られそうだったので、言われたとおり黙って付いていく。
ハイヒール型の下駄をカツカツ鳴らして先行く彼女。いったい、どこへ行くのだろう。
ーーそのとき、夜鷹はまだ気づいていなかった。アリサと彼の後をつけている、不審な人物がいることに。
(クックック。愛いねぇ愛いねぇ。アリサをけしかけた甲斐があったワイ。全てはあたしの狙いどおり!)
それは、一般人男性に扮したアシュナだった。彼女は面白がって、夜鷹を尾行してきていたのだ。
(ククク、あたしゃ変装術だってカンペキさ。このままコッソリついていってやるから、もっと面白いことになれ……!)
そのとき、夜鷹がクルリと後ろを振りむいた。
「あ、アシュナさんは付いてこないでくださいね?」
「!? !!? !?!??」
「なんスか、その鼻メガネ。アシュナさん、変装術だけヘタクソすぎですよ。顔つきも体型もオーラも人並みはずれてるから、変装が浮いてるんです。100メートル先からでもアシュナさんだって分かりますよ?」
「…………」
アシュナはヅラと鼻メガネをはずした。平静を装って不敵な笑みを浮かべているが、まったく格好ついていない。
「フッ。また腕をあげたな、我が弟子よ。変装見破り術の修行はこれで合格としてやろう。だが、忍は常に誰かから命を狙われていると言っても過言ではない。決して気を抜くなよ? では、サラバ!」
「あ、アシュナさんーー」
「ちょっと待ちなさいよ、アシュナ!」
そう言って、アシュナは一瞬で姿を消した。ポツンと取り残された、夜鷹とアリサのふたり。
「なんだったんだ、あの人……」
気を取り直して、俺は玖ノ宮さんのあとを付いていった。
道行く人々はみんな振りかえり、なにやらヒソヒソと話している。
「オイ、あれ『八百万』の玖ノ宮さんじゃないか……!?」
「すごぉ~い、初めて見た! 話しかけちゃおうかな……」
「後ろに付いていってるヤツは誰だ? お付きの人??」
俺は異世界からの転生人だから知らなかったけど、どうやら玖ノ宮さんは有名人であるようだ。
後ろに付いていってる俺まで注目されてて、なんとも居心地が悪い。
これで堂々と隣でも歩いていれば誇らしい気持ちにでもなるのだろうが、後ろを肩身狭そうに歩いているので、誰も恋人だとか勘ぐったりしない。
まぁ、変な誤解されなくていいケド。お付きの人と思われるくらいで丁度いいのだ。
歩いているうちに、また大きな通りに差しかかった。
ここは市場になってる大通りで、食品や日用品も売ってたりする。待ち合わせ場所のエリアほどのオシャレ感はないが、にぎやかさはこちらが上だ。
道端には露店も並んでいて、全国から集まった風物が売りに出されている。
この国随一の市場でもあり、非常に興味深い。また時間があるときに、覗きに来てみようかな。
通行人を呼びこみ、商品を競りにかける声もあちこちから聞こえてきて、騒々しいくらいなのだが……。
ひときわ通る声が、耳に留まった。広い大通りの反対端を歩いている人も、ビックリして振りむいてしまうほどだ。
「へい、らっしゃいらっしゃい!! 都イチバンの栄商店の出店だよ! 品よし、値段よし、人情よし! 一見さんもいらっしゃい!!」
声の主はハツラツとしてエネルギッシュなイケメンの男。明らかに最高級の羽織を着ているが、本人も着ている物にまったく見劣りしない風格がある。
清潔でいやらしくなく、華麗に着こなしているのだ。
成功の匂いがプンプンするので、こんな男に商談を持ちかけられたら、立ちどころに成立してしまうことだろう。まさしく、商人の鏡。
男は通りすがりの玖ノ宮さんに目を留めると、声をかけてきた。
「おお! これはこれは『八百万の捌』、玖ノ宮アリサ様! 本日はお出かけですか?」
「! あなたはたしか、『栄商店』の若頭取……」
「ハッ! ご存知いただいていたようで光栄です。私めは栄 鶯囀と申します。今後とも、ご愛顧くださいませ」
栄 鶯囀さん。あとから聞いた話だが、都の三大商家のひとつ、栄家の長男だそうだ。
名家の名に恥じぬだけの商才をもち、若くして頭取の座についたという。つまり名門財閥の御曹司、生まれついての超勝ち組なのである。超うらやましい。
財界の雄。さすがの玖ノ宮さんも、彼には敬意を表しているようであった。
「玖ノ宮家も、『栄商店』にはよくお世話になってるわ。また今度、本店にお邪魔するわね」
「玖ノ宮家のご一族様には代々にわたりご愛顧いただいております。いかがです、本日も商品を見ていかれませんか? 自慢の品を取りそろえてございますよ」
「いえ、今日はこのあと行くところがあるから……。次の機会にするわ」
「左様でございましたか。それではまたのご来店を、心よりお待ちしております」
鶯囀さんは玖ノ宮さんに深々とお辞儀をしたのち、今度は俺のほうを伺い見た。 憎々しいほどに爽やかな笑顔だ。
「玖ノ宮様のお連れの方ですか? こんな麗しきご令嬢のお付き添いとは、うらやましいですね」
「え!? あ、いや、彼女と不釣り合いなもんで、付いて歩いてて肩身が狭い思いですけどね。アハハハ……」
「いえいえ、あなたもじゅうぶん素敵な殿方ですよ。当店の品で着飾れば、ますます男前になるというものです!」
「ホントですか? お世辞と分かっててもうれしいなぁ」
「ねぇ、そろそろ行くわよ」
「あっ、ハイ! それじゃ、また……」
先に歩きはじめた玖ノ宮さんのあとを慌てて追いかけようと、鶯囀さんに別れを告げる。
去り際、彼はにこやかに手を振ってくれた。
「ええ、またお会いしましょう! ……鳴瀬夜鷹殿」
「!?」
俺が振りかえると、すでに鶯囀さんはほかのお客さんの接客を始めていた。
にこやかに対応している彼からは、邪気はいっさい感じられない。
……先日の緊急クエストでの功績によって、ギルド関係者からは少しは名が知れるようになったようだった。
だが、一般人からの知名度はまだまだだ。ほぼ無名であると言ってもいいだろう。
あの、栄鶯囀という男。彼は俺の顔と名前を知っていた。商家の若頭取がなぜ、俺の名前を……。
一抹の疑念を抱きながらも、俺は玖ノ宮さんのあとを追ったのであった。
しばらく歩いていたが、ようやく玖ノ宮さんはその足を止めた。
「ここよ」
「こ、ここは……!」
血文字の果たし状から始まった謎のお出掛け。彼女が俺を連れていった、その先にあるものとは……!!
(つづく)




