『絶鬼』顕現
◇
俺は渾身の拳の一撃を、煙の顔に叩きこんでやったぜ!
『殻割り棒』×『小鬼人拳』のクリティカルヒットで25倍の威力となった全力の一撃。
拳は骨の兜を叩き割り、その勢いのままに本体へと大打撃を与えた。
顔を肉付けしていた血肉はふっ飛び、原型を成していない。これは勝負あったかーー。
「鳴瀬、気を抜くな! 敵の様子が変だぞ!!」
「!?」
嘴黒クンの声で、俺の警戒心が呼び起こされた。
煙の顔は崩れ、敵は消滅しようとしていたはず。
だが、斜め後方から何かが迫ってきていることを察知。
巨大な、血肉の塊でできた手のひら。バカな、敵は顔しかなかったのに……!
「ぐっ!!!」
巨大な手のひらを叩きつけられ、ふっ飛ばされてしまった!!
かろうじてガードしたが、大ダメージだ。椋居さんのヤドリギで塞がってた脇腹の傷もひらき、再び血がにじみでてきてしまった……!
煙の顔は再び修復され、元の形を取り戻していく。
今は首から下が形づくられはじめ、右腕が生えていた。俺はどうやら、あの右腕ではたかれたようであった。
ヤツは怨嗟のこもった、くぐもった声でなにやらつぶやきはじめた。
『完全なる復活には、まだ血肉が足らぬ……。だが、キサマらの強き肉体を手に入れれば、結果的に事は足りる。今ここで、顕現してくれようぞ!』
俺が倒れているところに、椋居さんが駆けつけてくれた。
彼は俺のそばにひざまずき、はずれかけていたヤドリギを補強してくれた。
「鳴瀬くん、大丈夫か?」
「ええ、俺はなんとか大丈夫です。でも、敵にさらに新たな変化が起こってるようです。いったい何が起こってるって言うんですかね……?」
「どうやら危惧していた事態が起こってしまったみたいだね。樹々が言っていたことは、正しかったようだ」
「危惧していた事態……?」
煙の顔のもとに急速に呪力が高まっていくのを見やりながら、椋居さんは教えてくれた。
「あの煙の顔の正体は、地獄の十二柱である『絶鬼』。かつて太古の昔、この世界の『英霊』によって滅ぼされた鬼の王たちのひとり。『苛戯裏』は、自身が復活するための血肉を自律的に集める、ヤツの分体だったんだ」
「『絶鬼』? 『英霊』……!?」
急に話が壮大になってきた。
どうやらあの煙の顔はかつての鬼の王の成れの果てで、人間の血肉を集めて復活しようとしていたようだ。
『英霊』というのは、この世界の守り神みたいなものだろうか?
とにかく、俺たちは実はとんでもないヤツを相手にしていたみたいだ。
椋居さんの話を聞いていた嘴黒クンの表情にも、動揺が走る。
「地獄の十二柱、だと……!?」
ーーそれが本当だとしたら、コイツは『災厄級』の魔物だということになる。
完全復活させちまったら、下手すりゃ国家滅亡の危機じゃねぇか……!
嘴黒クンは術を発動したままだ。
煙の顔の動きを封じてくれていたはずなのに、敵は動き、俺に攻撃を加えてきた。
『オア゛アアアアアアァッ!!!』
絶鬼は身の毛もよだつような恐ろしい咆哮をあげながら、左腕も生やした。
生えたての腕は表面がぬらぬらと血で湿っており、吐き気を催すほどの気色悪さだ……!
『我に本気をださせたことを後悔するんだな! 喰らえ、『無間剛手』!!!』
「うっ……!」
「ぐあっ!!」
目で捉えられぬほどの速度で振りまわされる両腕。
しかも、そのひと振りひと振りは、金剛石を豆腐のように砕いてしまうほどの威力!
俺はアシュナさんに課せられた『スズメ捕り』で鍛えた身体感覚によって、紙一重ですべて躱していく。
だが、嘴黒クンと椋居さんはすべての攻撃をかわしきることができず、腕で打ちすえられてしまった!
彼らはとっさに防御用の術を発動し、かろうじて致命傷は免れたが、そのまま戦闘不能におちいってしまう。
同時に、絶鬼を縛りつけていた影の術と、地下の『腸』を刺し貫いていた樹の術も解除されてしまった。
自身を抑制する枷がはずれ、絶鬼の力はいよいよ強大なものとなっていた。
絶鬼の胸から下も形づくられていく。
『腸』の機能が回復したことで、地下から続々と血肉が汲みあげられているのだ。
そしてとうとう両足も完成し、ヤツは人型となった。村の中央にそびえ立つ、巨大な人型の血肉の塊。
「クァックァックァッ! 感じるぞ、我が力の高まりを。数千年ぶりに受肉し、この世に降りたつ悦び。人間の身を切り裂き、むしゃぶる未来に胸踊る。あとはここにいる者どもの肉体を取りこみ、完全なる復活を遂げるだけだ! 我はキサマの肉体を所望するぞ、鳴瀬夜鷹!!」
俺は目の前に立つ巨人を見あげ、その場にへたりこんだ。
そんな……。こんなのってアリかよ。
飛蜂さんも、嘴黒クンも、椋居さんも、ランク上位者たちはみんな倒れちまった。
俺だって、さっきの一撃でもうスッカラカンだ。正真正銘、全力を出しきったんだ。
なのに、なんでコイツは復活して、むしろパワーアップしてんだよ!
もう、隠している手札は残ってない。
俺たちは全員、ここで死ぬのか。いや、絶鬼に取りこまれてヤツの血肉となり、国ごと滅んでしまうのか……。
俺が絶望にうちひしがれ、死を覚悟したとき。
……聞いた覚えのない、女の人の声が聞こえた。
トゲトゲした、若い女の人の声。こんなところで、どうして女の人の声?
「ちょっとぉ。なんなのよ、あの汚ならしいデカブツ」
……え、ギャル?
澄んだ紫色の長い髪。ミニ丈の、華やかな花柄の着物。
ハイヒールのような形状をした下駄が、スラリと長いナマ足を際立たせている。
年齢は俺と同じくらいだろうか? コスプレした女子高生にしか見えない。
華のある顔つきをした、とてつもないほどの美人だが、いかにも性格がキツそうだ。そして彼女は今、とてもイラだっているように見える。
でも、どうしてこんなところにギャルが……?
「イライライライラ……。くそ、アシュナに言われて来てみたら、なんであんなキモいのがいんのよ。ますます不愉快だわ」
「えっ? もしかして、アシュナさんのお知り合いなんですか?」
「ハァ!? 気安く話しかけんじゃないわよ! てか、てめぇ誰だっつーの!!」
「は、はいぃ! 話しかけてスミマセン!!」
「ったく、マジですべてが不快だわ。トゲトゲトゲトゲ……」
……あれ。俺、今、なにか悪いことした?
どうして話しかけただけで怒られたんだろう。ものすごい剣幕だった。殺されるかと思った。
たしかに初対面の女性に対して馴れ馴れしかったかもしれないが、そんなに悪いことしたかなぁ?
でも、アシュナさんに言われて来たってことは、もしかして応援に来てくれた……?
「ムカムカムカムカ……。あーもー、早く帰りたい。あのデカブツを消せばいいんでしょ? さっさと殺って、帰って寝よ」
「あ、はい! あ、でも、アイツは絶鬼という、かつて地獄の十二柱だった鬼で……」
「あぁっ!!?」
「ゴメンナサイ!!!」
なんだこのコ、鬼より怖ぇ……。
しかし、絶鬼には人間の女性の怖さが理解できないのか、高らかに笑っている。
『クァックァックァッ! なんだこの小娘は、増援のつもりか? キサマも我が顕現を祝するための、馳走としてくれるわ!!』
「イライライライラ……。あぁ~? 地獄の十二柱がなんだってんのよ。偉そうに見おろしてんじゃねぇっつーの」
いつの間にか、女のコのすぐ後ろには何者かが寄り添うように立っていることに気がつく。
俺はその異形の姿に目を奪われ、思わず唾を飲んだ。
全身を白い包帯でグルグル巻きにされた人。身長は高く、2メートルをゆうに越えているが、体のラインから中身は女性であることがわかる。
とは言え、気配から察するに生きた人間ではなく、彼女の術で具現化したものなのだろう。
包帯巻きの人型はトゲ付きの首輪と鎖でつながれており、女のコが片手で鎖をにぎっていた。
そのとき、かろうじて意識をつなぎとめていた嘴黒クンがうっすらと瞼をひらいた。
彼女の姿を認めると、彼は驚きで目を見ひらき、叫び声をあげた。
「どうしてあなたがここにッ……!! 『八百万の捌』、玖ノ宮アリサ!!!」
「えっ!!?」
『八百万』だって? それじゃあまさか、このコが……!!
「トゲトゲトゲトゲ!! こっちは生理痛でイラついてんだっつーの! 地獄の鬼だか知んねぇけど、真の地獄を見せてやるわっ!! ぶち抜け、『磔殺針先地獄』ッ!!!」
こうして俺たちは、『八百万』の一員の驚愕の実力を目の当たりにすることとなるのであったーー




