伽具綿(かぐわた)
◇
睦綿村、3日目。
3日にわたって続いた『幡綿祭り』の、大トリとなる日でもある。
昨晩、いつの間にか帰ってきていた美鈴と鶉橋センパイと朝食を摂る。
美鈴はけっこうノンビリ温泉に入っていたようで、俺は先に寝てしまっていたのだ。
まひわさんとは、どんな顔で接すればいいのか分からずにいたのだが、今朝の彼女は普段とまったく変わらぬ様子でいた。
あまりにも普段どおりで何事もなかったかのようだったので、思わず感心して舌を巻いてしまったほどだ。女の人ってコワイ。
彼女はお膳に料理の皿を乗せながら、俺たちに話しかけてくれた。
「皆さん、今日は日が暮れたら、『伽具綿』が行われますよ。どうぞ最後まで、祭りをお楽しみくださいね」
「『伽具綿』……ですか?」
「ええ。この村に張りめぐらされた帯は、すべて中央の櫓へと繋がっています。祭りの最後には、はずした帯をすべて櫓へと巻きつけ、燃やします。その炎と煙こそが、来年の綿花の豊穣への祈りとなるのです」
「なるほど。それをもってして、この祭りの『締め』とするわけですね?」
「はい。櫓から燃えあがる炎はとても綺麗ですから、ぜひご覧になってみてくださいね」
「ハイハイハーイ! ぜひぜひ見に行きますー♪」
「コレ、美鈴! 任務中に浮かれるなと何度も言っとるだろーが」
「イテッ! だってー、楽しみなんだもん!」
無邪気にはしゃいで、センパイに小突かれる美鈴。両手で頭を押さえながら、ぶーたれていた。
朝食を終え、手早く身支度を終えると、俺たちは最終日の任務に出かけた。
屋敷を出るとき、まひわさんが玄関まで見送りにきてくれた。
彼女は深々と頭をさげて、俺たちを送りだしてくれた。
「いってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」
最終日も変わらず、村はお祭りでにぎわっていた。
村人たちも、外部から訪れたお客さんたちも皆、変わりない様子でお祭りを楽しんでいる。むしろ、お祭りの最終日ということで盛りあがっているほどだ。
……だが、なぜだろうか。不穏な空気というか、何か胸がざわつくような感じは、昨日までよりも強くなっているような気がする。
まるで、すべてが作り物の日常を覗かされているかのような……。ともかく、そんな胸騒ぎを覚えたのだった。
やがて日が暮れ、出店も店じまいを始めた。
お店が撤去されていくにつれて、村の女性たちが出歩きはじめた。彼女らは白い着物に緋袴を合わせた、巫女装束のような衣装を着ている。
村の男性たちも外に出て、笛や琴、鼓で雅楽のような音楽を奏ではじめていた。
村の女性たちは、木の枝や家の軒先に結ばれた帯をはずし、自分の腕のなかへと束ねていく。
そうしていくつかの帯を束ねて、音楽に合わせて時計まわりに歩いていくのだ。
全ての帯は村の中央に設営された巨大な櫓へとつながっている。
女性たちが帯を抱えて歩くにつれて、帯は櫓へと巻きついていく。それはさながら、カラフルな傘がクルクルまわりながら、閉じられていくかのようであった。
俺たちのような外部の客は、最初は傘の内側で帯を見上げ、途中で帯をもつ女性たちの隙間を抜け、傘の外側から閉じていくさまを眺めた。
村の女性たちの動きはじつにうまく統制が取れていて、見ていてとても綺麗で楽しい。
「これが朝、まひわさんが言ってた『伽具綿』って儀式みたいだな……」
「すっごぉ~い、キレイで楽しいねぇ♪」
「こんな儀式、初めて見たぜ!」
最終的に、すべての帯が櫓へと巻きつき、結わえつけられた。櫓は帯の塊となり、巨大な毬のようになってしまっていた。
そこまで作業が完了したところで、村の女性たちは颯爽と走り去り、代わりにひとりの美しい女性が櫓へと向かって歩いていった。
あまりの美しさに人ではなく神や精霊の類いかと思ったが、よくよく見るとそれは化粧をしたまひわさんであった。
今朝の彼女はそんな風に登場するなんてひと言も言ってなかったもんだから、俺たちは思わずびっくりしてしまった!
今の彼女は白粉と口紅を塗り、色彩豊かな綿織物を着ている。
静かに笑みを浮かべ、まるで神が乗り移ってしまったかのように超然としていた。
それは昨夜俺に見せた、儚げで、弱々しくて、人間らしい姿とは駆けはなれていて……。
すぐ目の前にいるはずなのに、どこか手の届かない遠くの場所にいるかのような隔たりを感じさせられたのであった。
まひわさんが巨大な毬と化した櫓の前にたどり着くと、村の男たちが櫓に火をつけた。
櫓はたちまち、激しく燃えあがる。
『幡綿染め』で染められた帯の色素が火と煙にも色をつけているのか、その炎も大変色彩豊かであった。まるで、金属の炎色反応のような色の鮮やかさ。
しかも、帯の色と同じく赤、黄、青、緑、黒、紫と、次々に色が移りかわってゆくのだ。
これには、見物客たちも大きな歓声をあげた。見ている俺たちの感動もひとしおである。
「すっげぇ……!」
「キャ~♥️ キレイキレイキレイ、キレイすぎ! ホントにこの村に来てよかった~!」
「帯の色が火にも色を付けるって、いったいどうなってるんだ???」
まひわさんは大きく燃えあげる炎に両手を差しむけ、来年の綿花の豊穣を願う祝詞を唱えた。
「かしこみかしこみ、かしこみ申す。還り給え祓い給え、天地に燻りし御霊よ。雫となりて濡らし悦び穣らせ給わん」
彼女が歌うように祝詞を唱えるにつれて、炎はいよいよ燃えさかり、暗くなった空へと煙がのぼっていく。
火と煙というのは、どうしてこうも人間の心を捉え、いつまでも魅入ってしまうのだろうか。
ああ、ホントに綺麗だな。
この村で事件が起こっているというのもまったくの誤解で、きっと何かの言いがかりだったのに違いない。
この村での3日間は、こうして何事もなく、美しい思い出として終わっていくんだーー。
だが!!
その異変は起こった。
天へとのぼっていく煙が、途中で留まっている。そして煙は集まって塊になっていき……巨大な人の顔となった!
上空から、この村の人々を見おろしている。恐ろしい男の顔……いや、『鬼』の顔と言うべきか。
真下から見あげていたまひわさんの顔はみるみるひきつり、強張っていく。彼女は怒りのにじんだ声をあげた。
「そんな……! 祭りの期間中は何もしないと約束したはずよ! どうして出てきたの……!?」
夜空に浮かぶ煙の顔は、クツクツと笑い、まひわさんの声に応じた。
『ひとり、ふたり、さんにん……。今この地には、秀でた肉体と魂の持ち主が多くいる。10年……いや、100年かけてもめぐりあえるかどうかという馳走だ。まひわよ、貴様との口約束など守る理由がどこにある?』
「勝手に湧いて出てきたくせに……! この村をいったい、どうする気!?」
ゴポ、ゴポポ……。
『どうする気か、だと? 決まっておろう、強く美しき肉体を搾取する。今ここにいる人間はすべて、我が器を醸成するための供物となれ!!』
ゴポ、ゴポポ……。
ゴボゴボゴボゴボ!!!
地面のいたる所から、大量の血液が湧きだしてきた!!
赤黒い血……いや、血だけじゃない。
髪、骨、肉、内蔵、人間の体を構成するあらゆる臓器が血液のなかに浮かんでいる。
臓器を含んだ血液は、巨大な人型となって立ち上がった!!
「これが、『苛戯裏』……!?」
「キャー! ヤダヤダなにコレ、気持ち悪いー!!」
「ぎょええええ!! よっ、よっ、夜鷹、美鈴! 魔物が出現した! ただちに戦闘態勢!!」
『苛戯裏』の数は1、2、3……。とてもじゃないが数えきれないほどいる!
無数の『苛戯裏』は、村人たちや訪問客たちを無差別に襲いはじめた!!
「うああああっ!」
「ぎゃあっ!!」
「おぼぼぼぼ……!」
襲われた人々はその身を千切られ、切り裂かれ、溺れさせられ……。平和だった村は一転、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
ギルド登録者の忍たちも一般人を救おうと戦闘を開始したが……。
「なんだ、この魔物たちの強さは……!」
「この戦闘力、Cランクは優に越えるぞ。しかも、数が多い!!」
『苛戯裏』たちは手強く、ギルド登録者たちは苦戦を強いられている。
そのとき、俺が腕につけていた『魂珀の腕輪』から画像が映しだされ、ひづきが顔を見せた。
『夜鷹、気をつけて。あいつらは普通の魔物じゃないわ』
どうやらヤツらは、体に含まれる臓器によって、異なる特殊能力を持っているようだ。
『血』。『苛戯裏』の体の根幹。相手の動きを封じる呪縛がほどこされており、並の忍では抵抗することは不可能。自在に形を変えて敵へと襲いかかる。
『胃』。口を通じて消化液を吐きだす。その消化液は金をも溶かすという王水よりも酸性度・腐食性が高く、溶かせぬ物はない。
『肺』。口を通じて猛風を吹きだす。しかも南極の風のように冷たく、万物が凍りつく。氷雪系高等忍術に相当するほどの冷気を孕んでいるのだ。
『筋肉』。筋に沿って割け、伸縮自在の無数の鞭となる。しかもその威力は、鋼の鎧をも容易に打ち砕く。
多彩な攻撃手段を持っており、個々の個体が高い攻撃力を持っている。さらに、守りの面でも隙はない。
『皮膚』。柔軟にして頑丈。生半可な刃では切り裂くことができないうえ、忍術による攻撃もほとんど通さない。斬撃系や術による攻撃に高い耐性を持っている。
『脂肪』。衝撃を吸収して、打撃系の攻撃に高い耐性を持っている。さらに、この脂肪には膨大な呪力が蓄えられており、『苛戯裏』に呪力を供給する源となっている。
『苛戯裏』は個々がCランクを優に越える戦闘力を持っており、何人もの忍が協力してようやく1体を倒せるかどうかという状況だ。
不意を突かれて負傷し、戦闘不能に陥る者も次々と現れている。
これほどのバケモノが、1度にこんなに大量に現れるとは……。正直、想定していた以上に最悪な事態であると言わざるを得ない。
どう考えても、絶望的な状況。忍たちは村人ともども屠られるよりほかないかと思われた。
だが、そんな危機的状況のなかで、まばゆいほどの輝きを見せる者たちがいた!
「ブブブブ……。屍臭の原因はキサマらか。地中深く潜って隠れてやがったな。姿を見せたからには、1体残らず駆逐してくれる」
国際標準危険度比較(ISRR)Bランク、漆谷飛蜂。
小柄だが、蜂のように素早く、機敏な動き。そして、『導』で強化した無数の蜂を自在に操り、広範囲にわたって緻密な攻撃を仕掛けることができる。
強化された蜂は、そのまま体当たりするだけで厚い鉄板を貫通するほどの攻撃力を持つ。
自由な軌道を描く弾丸を、無数に操れるようなものなのだ。
罪のない村人たちを避けて標的だけ射ぬくことも、彼にとっては容易い。
「一網打尽にしてやる。蜂操忍術、『八卦蜂迎図』!!」
複雑な軌道を描いて、1度に8方向に撃ちだされた蜂。
しかも、その軌道は呪印のほどこされた八卦図を描いており、蜂に込められた『導』がいっそう増幅されている。
強化された蜂の突撃は、彼の周囲の『苛戯裏』をたちどころに殲滅さしめた!
……だが、地面からは再び赤黒い血液が湧きだし、新たな『苛戯裏』が続々と発生していた。
飛蜂は舌打ちし、蜂のような警告音を発した。
「チッ。いくらでも湧いてきやがる。カチッ、カチッ」
ーーそして、ここにもまた、めざましい活躍を見せる者がひとり。
忍術アカデミー卒時からのBランク。新進気鋭の天才忍者、嘴黒咲紀仁!!
黒い羽毛の羽織をなびかせ、彼は華麗に印を結んだ!
「てめぇの影に縛られな! 陰影忍術『影縛殺』!!」
術の発動とともに、『苛戯裏』は自身の足元から伸びた影に縛られ、食いこみ、弾け飛んだ!
『苛戯裏』の体を構成していた肉が、血飛沫とともにぶちまけられていく。
的確かつ広範囲におよぶ、恐ろしき暗殺忍術。無数の強力な敵を一瞬で葬りさり、すばらしき戦果であると言える。
だが、術を発動した当の本人は不満そうな表情を浮かべていた。
「……ちっ!」
ーー夜にさしかかって辺りが暗いうえに、こいつらは闇・邪属性。
普段どおりの効果を発揮するのに、余計に『導』を消費しなきゃなんねぇ……!
「ぎゃあああぁっ!!」
「お願い、助けてぇっ……!」
敵の攻撃を躱しながら、戦場となった村を駆けぬける嘴黒。
『苛戯裏』に襲われた村人や、力負けした忍たちが彼に助けを求めるが……。
ーー全員は救えねぇ。敵は想定していた以上に数が多く、強大だった。
まともに戦えるのが俺と飛蜂さんだけじゃ、敵を殲滅する前に力尽きちまう。
バケモノ退治が最優先、救命は後まわしーー
嘴黒がそう決断しようとしたとき、蒼き炎と熱風が戦場を駆けめぐった!!
「哮ろ! 火遁、『蒼炎白虎』!!」
中等火遁忍術、『蒼炎白狐』。
蒼白の炎をまとった虎が戦場を駆けまわり、標的を超高熱で焼きつくす。
『苛戯裏』の体を構成している血肉も、すべて灰となって舞い散った。
夜鷹は雲雀アシュナとの術の訓練により、中等忍術が扱えるようになっていた。
しかし、その出力は中等忍術の域をはるかに超えている。
飛蜂と嘴黒の固有忍術と同等……いや、それ以上の威力による大破壊。
嘴黒はその圧倒的な術の完成度に、目を瞠っていた。思わず、術者の姿を見やる。
「この術……鳴瀬がやったのか……!?」
鳴瀬夜鷹は事もなげに自身が放った炎虎をコントロールしていた。
敵が密集した地帯を狙い、一般人に被害が及ばないようにしている。それでいて術の発動による消耗も見られず、平然と戦闘を継続している。
嘴黒はそんな夜鷹の姿を見て、思わず感嘆してしまったのであった。
「すっげぇ……!」
ーーよし、決まった!
俺は、実戦で術がうまく発動したことに大満足していた。
以前、『不壊城』で基礎忍術『炎狸狐』を発動したが、そのときより格段に術の威力と精度があがってる!
アシュナさんとの訓練の成果は、ちゃんと出ているのだ。
地獄のような訓練であったが、彼女のもとで修行して本当によかった。思わずホロリと涙が出そうになった。
「すごいすごいすごい! 夜鷹くん、いつの間にこんなに強くなったの~!?」
俺のすぐ後ろでは、美鈴が無邪気にはしゃいでいる。
転生したら強くなってたのとアシュナさんのところに弟子入りしたのはナイショだが、う~ん、なんとも言えずいい気持ち。
やはり女の子に喜んでもらえるのは、とてもよいことだ。
「ゼヒューッ、ゼヒューッ! 夜鷹よ、たゆまず励んでいたようだな! 努力と成長を認めよう! ブハッ!!」
センパイはブンブン闇雲に刀を振りまわして、息も絶え絶えな状態だ。
俺が倒して飛んできたバケモノの肉片をはたき落として自身の身を守るのがせいいっぱいのようだが、先輩として恥ずかしい振る舞いを見せぬという努力が伝わってくる。
俺と嘴黒クン、そして飛蜂さんとで、なんとか戦えている。
敵も無限に湧いてくるわけではあるまい。このまま戦いつづけていれば、『苛戯裏』を殲滅し、村人たちも救うことができるはずだ。
ようやく勝機が見えてきて、心に余裕が出てきたところで……。
上空から見おろしていた煙の顔が、地に降りてきた!
あたりは一気に煙で視界が悪くなり、焦げくさくなった。煙の顔は愉快げに笑っているのが、こちらとしてはじつに不気味であった。
さらに、煙の顔が降りたすぐそばにはまひわさんが跪いていたのだが、煙に囚われてしまった!
『クァックァックァッ……。強く、美しい肉体の数々。欲しい。この身に取り込みたい。特に、鳴瀬夜鷹。お前の肉体と魂は格別だ。今ある血肉をいくら失うことになっても惜しくはない。早く我が肉体の一部となれ』
「! 化け物キサマ、なぜ俺の名前を知っている! まひわさんを放せ!!」
『クァックァックァッ。この女を放せだと? お前をこの村に留まらせて我への生け贄に捧げようとしたのにか?』
「違うッ!! 鳴瀬さま、信じて……ゲホッ!!」
まひわさんは煙の顔の言葉を必死に否定しようとしたが、煙で口を覆われてしまった。
煙を大量に吸いこんでしまったようで、とても苦しそうに咳きこんでいる。
「まひわさんを放せと言っているだろう! 彼女が、この村の人たちが、いったい何をしたと言うんだ!!」
『何をした、だと? 我を呼び寄せたのは他でもない、こやつら自身だぞ!』
「ゲホゲホゲホ! やめてぇっ……!」
咳きこみながらも、必死に嘆願するまひわさん。
しかし、その願いもむなしく……。悪意によって、この村の真実が暴かれていったーー




