幡綿祭り
◇
俺と美鈴と鶉橋センパイは、村長である綿矢まひわさんのお屋敷に宿泊した。
まひわさんの言うとおり、その夜はじつに平和なもので、静かな夜だった。
1日じゅう走りつづけた疲れもあり、俺たちは床についてすぐ、泥のように眠った。
心地よい眠りから覚めると、ほら。
朝日が差しこむのと同時に、チュンチュンとスズメの鳴き声が……。
「ねぇねぇねぇ、ねぇっ!! 見て見て、お外キレイだよ~! 起っきろ~♪」
ドタドタと、忍らしからぬ足音とともに聞こえてきたのは美鈴の声。別室で寝ていた俺と鶉橋センパイを起こしにきたのだ。
俺は美鈴の声で起きあがった。隣ではセンパイが枕を抱きかかえ、頬をスリスリしながら寝言を言っている。よだれを垂らしながらエヘエヘ言っていてちょっと気持ち悪い。
美鈴は断りもなく障子をトーン! と開けると、満面の笑顔を弾けさせた。
「うぅん。まだ眠いよ母上ェん……」
「おはよう、美鈴。そんなにはしゃいで、どうかしたのか?」
「うん! お外ねぇ、とってもキレイだよ! 夜鷹くんとセンパイも早く見てみなよ!!」
「外?」
「……ハッ! あれ、夜鷹と美鈴がなぜここに? 母上は……!?」
俺は美鈴に言われるがままに部屋を出て、縁側から外の景色を見渡した。
「おぉ~! キレイなもんだね、こりゃ」
「でしょでしょ? 私こういうの好きだな~!!」
「ふぁ~あ。女子はこういうの好きそうだよな……。まぁ、キレイだけど」
お屋敷の生け垣越しに、村の景色が見渡せた。
一見して、山間に造られた農村。家々もなかには大きめのお屋敷はあるが、ごく平凡な和風家屋である。
だが、屋根と屋根のあいだ、木と木のあいだには色とりどりの帯が結ばれており、空を彩っている。まるでサーカス会場のような華やかさだ。
上方に何かかけられているな、とは思っていたが、昨夜は闇に沈んでいたので気づかなかったのだ。
赤、黄、青、緑、黒、紫……。それぞれの帯の色は、言葉では形容しがたいほどの深みがある。
同じ色のなかでも、1箇所として同じ色味の箇所はない。それは色の『ムラ』ということになるのだろうが、全体としては調和が取れていて、じつに美しいのだ。
帯の材質は、光沢のある絹……いや『睦綿村』だから、綿?
綿だとしたら、相当に質がよい繊維を使用しているのだろう。
縁側に立ち、三人で村じゅうにかけられた帯に見惚れていたら、横から声をかけられた。繊細にして、艶のある声。
「綺麗でしょう? これが年に3日だけ行われる『幡綿祭り』のあいだの、この村の風景なのです」
「まひわさん……」
「あっ、美人村長さん♪ おっはよ~ございます! ホントにキレイで、朝起きたらビックリしちゃいました!!」
「おはようございます、村長さん。今朝もお美しいですね」
俺たちに話しかけてきたのは、女村長のまひわさんだった。
センパイはなにやら柱に寄っかかってカッコつけてるが、ついさっきまで寝言で「母上ェん」って言ってるの見てたからな。
まひわさんは俺たちと並んで、ともに村の景色を見渡した。
「この村は綿花の栽培を生業にしています。『幡綿染め』は国内外を問わず評価が高く、綿の材質も絹と見紛うほどに高品質です。ほかにろくな産業がないこの村においては生命線、綿花はかけがえのない宝であり、何よりも大事に育てているのです」
「……なるほど。それで『睦綿村』、というわけですね?」
綿と睦まじくする村。まさしく、その名のとおりの村なのであった。
とくに、この年に1度、3日間続けられる『幡綿祭り』は対外へのアピールとなっており、開催期間中は綿製品の販売も盛んに行われる。
他に産業がない『睦綿村』にとっては重要な祭りであり、大量の綿織物が売買されるのだ。
村人たちがクエスト参加者たちの立ち入りを拒んだのも、ちょうどこの『幡綿祭り』の開催期間であり、村の大切な風習を守りたかったからであったのだ。
「ご朝食を準備いたしました。召し上がったら、どうぞ村を見てまわってみてください。お眼鏡にかなう織物がございましたら、どうぞご購入くださいませ(ニッコリ)」
誘われるがまま、俺たちは朝食をいたたでいくこととした。目立った産業はないとのことだが、鶏と山菜をふんだんに使った食事はじゅうぶんにウマイ!
朝食をいただいたあと、俺と美鈴とセンパイはさっそく3人で出かけた。
「うっわぁ~! ねぇねぇ見て見て夜鷹くん! 家のお庭から見るのもキレイだったけど、かけられた帯の下を歩くのも楽しいねぇ!!」
「ハハハ、美鈴はホントに楽しそうだなぁ。見てるこっちも楽しくなってくるよ」
「えっ!? ホントぉ~?」
「オイオイお前ら、今はクエスト遂行中だってこと忘れるなよ? 俺らの目的は村に異変が起きていないかの見回り、観光じゃないんだからな?」
「ねぇねぇ夜鷹くん、じゃあ私と手をつないでまわろ? きっともっと楽しくなるよ♪」
「えっ、ちょ……!」
「こっ、こっ、コラーッ! 俺のことも、混ぜんかー!!!」
「ハイ、いいよ♪」
結局、3人で手をつないで村をめぐることとなった。どーゆーこっちゃ。
鼻唄交じりで楽しげな美鈴に引っ張られながら、俺とセンパイは付いていく。
色とりどりの帯の下をくぐって歩くのは、どちらかと言えば洋風の庭園のような色づかいなので、とっても新鮮な気分。
帯の下には出店が出ていて、素敵な綿織物がたくさん並べられている。
クエスト参加者以外にも外部からの客が意外とたくさんいて、にぎわっている。
遠方から来ているお客さんも多く、メジャーというわけではないが、知る人ぞ知る奇祭であるようだった。
さて、お買い物。
俺たちもまひわさんからご馳走を振るまわれており、予定外の訪問者なのにいいのかな、などと考えていたのだが……。
結果として、村全体で見れば元を取るどころか、大儲けさせてしまったと言えるだろう!
それだけ売られている綿織物の品質がよいのだ。絹のような肌触りはもちろん、特にこの、色。
実際に手に取って近くで見てみると、いよいよ引き込まれてしまうほどの色味の奥深さなのである。
忍用品も充実していて、袴や頭巾、首巻きなど、どれもなんともオシャレである。
身に付ければ『かっこよさ』が大幅アップすることは間違いナシ!
ついついEランクのクエストで稼いだ報酬金をつぎ込んでしまった。
この首巻き、女性らしくて可愛らしいから、アシュナさんにお土産に買って帰ろうかな。柘榴の小枝の簪を差してるあたり、意外と可愛らしい小物とか好きそうだし。
どれも値段は高めではあるが、満足度の高いお買い物なのであった。
「お買い物も、たっのし~♪ ねぇねぇふたりとも、次はあっちのほうも行ってみようよ♪」
「ウハハ。見ろ、夜鷹、美鈴! どうだこの紫の袴は? 俺にふさわしい、奥ゆかしい色合いだろ~?」
「センパイ、それ女モノっすよ……」
こうして、俺たちはお買い物を満喫した。
結局、魔物の気配は感じられなかった。だが……。
どことなく、胸がざわつく感じがするのは気のせいだろうか?
何が原因かは分からないのだが、この村全体から、妙な気配が感じられる気がするのだ。
それは何かひとつのものが原因なのではなく、村全体にうすく、広く、普遍的に蔓延っているがために分かりづらくなっているような……。
とにかくそんな、不穏な予感がしたのだ。
日が暮れて、再びまひわさんのお屋敷で夕食をご馳走になった。
まひわさんのお屋敷には数人の使用人はいるようだが、彼女には家族はいない。親兄弟はおらず、独身のようだ。
お膳に、座布団。夕食時、真向かいに座った彼女から声をかけられた。
「鳴瀬さま。『幡綿祭り』の初日は、いかがでしたか?」
「ええ、帯をかけられた村はとても綺麗でしたし、買い物も楽しくて、ついつい買いすぎちゃいましたよ。それにしても、この村の綿織物はホントに綺麗な色合いですね。どうやって染めてるんですか?」
「ええ。この村の『幡綿染め』は、根に色素を吸わせて、綿花の段階から色を染めているんですよ。花に綿を染めさせることで、人の手では真似できない多彩な色合いを実現しています。だからこの村の綿花の畑は、さまざまな色合いの花を咲かせているんですよ」
「へぇ~! 面白いなぁ。どおりで、とても奥深い色合いをしていると思いました! 肌触りも絹みたいにキメ細やかですし」
「うふふ。この村自慢の、綿のすばらしさをご理解いただけて、とても嬉しいですわ。まだ2日ありますから、明日もゆっくり楽しんでいってくださいね」
そんなような会話をして、俺たちの『睦綿村』滞在の第1日目は終了した。
◇
『幡綿祭り』、2日目。
俺たちは昨日と同じように、見回りがてら村を散策していった。
村のなかは昨日と変わらず、特に事件が起こることもなく、平和な様子である。
ギルド登録者どうしの情報交換によると、拍子抜けしてしまって、初日で帰ってしまったクエスト参加者も何人かいるという話である。
ともに歩いていた鶉橋センパイがあくびをしながら、俺と美鈴に話しかけてきた。
「ふぁ~あ。どうやら今回のはガセネタだったようだな。魔物の気配など、まるでありゃしないぜ。ここにいても時間の無駄だし、帰るとするか、お前たち」
「えぇ~!? まだ2日目じゃん! 私もっとお祭り楽しみたいよ~! このクソセンパイ!!」
「楽しむってお前な……。センパイに向かってクソとはなんだ、クソとは!」
「待ってください、センパイ。なんだか、胸騒ぎというか……イヤな予感がするんです。もう少しだけ、調査を続けさせてくれませんか?」
そんな話をしていたところで、ばったりと。ひとりで歩いていた嘴黒クンと、出会ってしまった。
俺たちの同期のなかで、唯一のBランク認定者。頭上にかけられている帯が風ではためき、彼の表情に影を落とす。
「おいクソ雑魚ども……。てめぇら、まだこの村に残ってたのか」
「嘴黒クン……」
「あー、嘴黒! あんたのほうこそ、まだ残ってたのー!!」
「どいつこいつも俺のことクソクソ言いやがって……!」
一瞬で、場は険悪な雰囲気になってしまった! 嘴黒クンは舌打ちをし、吐き捨てるように俺らをなじる。
「何度も言うが、今回のクエストは俺だけいりゃじゅうぶんだ。雑魚が何人いようが足手まといなんだよ。報酬の取り分が減るだけだから、とっとと消えろや」
「キー!! コイツ、ほんっとムカつく! その舌ぶった切るわよ!!」
「嘴黒てめぇ、夜鷹たちはともかく、センパイに向かってなんたる言い草だー!!」
「待てよ嘴黒クン。そんな言いかたをするってことは、君も怪しいと思ってるんだろ? この村には怪異が隠れているんじゃないかって」
「! 鳴瀬……」
嘴黒クンが、「またお前か」と言わんばかりに俺のことをにらみつける。俺も負けじと、彼のことを見つめかえした。
「フン、鳴瀬。俺がどう考えようが、てめぇには関係ねぇだろうが。目障りだから、消えろっつってんだよ……!」
「ブブブブ……。いや、待て。今この状況で、仲間を邪険にすることは薦めんぞ、嘴黒」
「「!?」」
「! 飛蜂さん……」
いつの間にか、俺たちのそばに立つ木の枝に、ひとりの男が乗っていた。
男は音もなく木の枝から降りたつと、俺たちに警告を発した。
「ブブブブ……。この村はヤバイ匂いがプンプンしてやがる。嘴黒、たとえお前であってもひとりじゃ足元を掬われる可能性があるぞ。俺の蜂たちが調べたから間違いない」
目の前の男は、しゃべるときに蜂の羽音のような低い音が聞こえる。舌が細かく震えているのだろうか?
小柄だが、黄色と黒の警戒色の羽織。目付きが鋭いわけではないのだが、スズメバチのような、本能的に「危険」を感じさせる顔つきをしている。
俺は、隣にいた嘴黒クンに小声で訊ねた。
「嘴黒クン、この人は……?」
「ああ、お前ら低級ランクの奴らは知らねぇだろうな。この人は漆谷飛蜂さん、Bランクだ」
飛蜂さんは『隠密衆』に所属する忍で、さまざまな種類の蜂を自由に操ることができるらしい。
蜂は視覚と嗅覚に優れ、大きな音にも敏感な生き物だ。その機動力の高さと個体数の多さも相まって、自在に操ることができればかなりの情報収集力を得ることができる。
続いて飛蜂さんは、「カチカチ」とスズメバチが顎を鳴らしたときのような音を発した。スズメバチが威嚇のために、顎を鳴らして発する音。
「カチッ、カチッ。いいか、巧妙に隠されているが、この村にただようのは死臭だ。それも、かなり多くの数の人間のな。戦の跡地にも死臭が残ることがあるが、ここの死臭の濃密さはその比じゃない」
「死臭……!?」
「死臭って、人間の遺体があったってことだよな……?」
「キャーやだやだ! 私怖いのニガテー!!」
「ブブブブ……。俺の経験上、死臭が濃い場所ではロクなことが起こらない。それだけ、多くの魔物が集まりやすい環境になっているということだからな。Dランクの雑魚がいても壁にしかならんだろうが、いないよりかはマシだ。帰さないほうがいいぞ。カチッ、カチッ……」
なにげにチクリと毒のあることを言われた気がするが、こちらが弱いのが悪いので文句は言えない。
彼なりの言いかたで、この事件を解決しようとアドバイスしてくれているのだと解釈しよう。
觜黒クンも、同じBランクの先輩の言葉には黙って耳を傾けているようであった。
「……分かりました。先輩からの助言として、ここは引き下がります。だが、そう遠くないうち、必ずやアンタも俺の影に隠れる存在にしてやりますよ」
「カチッ、カチッ。楽しみにしているぞ、期待の新人とやら……」
そう言い残すと、飛蜂さんは一瞬で姿を消した。蜂のように、本人もかなり高い機動力を誇っているようだ。
飛蜂さんがいなくなるのとともに、嘴黒クンも身を翻した。
「飛蜂さんに免じて、もうてめぇらに帰れとは言わねぇ。だが、命が惜しければ好きに帰るんだな」
そう言って、彼もまた立ち去っていったのであったーー。




