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初めての戦場

 鳴瀬夜鷹は、才能に乏しいごく平凡な忍だった。忍術はろくに習得できず、身体能力も決して高いほうではなかった。


 だが、戦に巻きこまれて家族を失い、天涯孤独になった彼は戦場にその身を置いた。

 せめて自分の命がこの国の平和のために役立つように。自分のような悲しみを味わう者が、増えぬようにと。

 そんな使命感のために、戦場を駆けぬけた彼であったが……。


 今日、ついに彼はその生涯を終えることとなる。突如として勃発した戦のなかで、異国の騎士に身を斬りさかれ……。

 今となっては明確な人生の目的があったわけではないが、もし、自分にも戦いの才能があったなら。そんな想いを胸に抱えながら、彼は目を閉じた。


 ーー結局、何も変えることができなかったな。戦乱を終えることも、平和な世のなかを作ることも……。


 だがそのとき、彼の胸に、新たな魂が注ぎこまれた!


「ッ!?」


 こうして彼は再び立ちあがることとなる。小鳥遊恵介との魂と融合し、新たな人格を得てーー。


「夜鷹! 夜鷹!! 死ぬなよおおぉ」

「夜鷹くん、お願い! 目を覚ましてよ!!」


 ……なんだ? 体をガクガクと揺さぶられ、誰かが必死に俺に呼びかけているようだった。

 でも、『よだか』って? 俺のこと?

 俺は自分に呼びかけている者の顔を見ようと、目を開いた。


「! 夜鷹! 目を覚ましたのか!?」

「ウソ、信じられない……!」


 目をひらくとそこには、心配そうに俺の顔を覗きこむ人間がふたり。年齢は俺と同じくらいだと思うが、どちらも見たことのない格好をしている。


「うわ゛ああああぁぁぁっ!! よがったよおおおぉぉぉっ!! 夜鷹あ゛あああぁぁぁっ!!!」

「あのっ、ちょっ……」


 うるっさ! とにかくうるさい!!

 明るめの茶髪を、男のくせに髪どめで留めている。着ている羽織の柄もとにかく派手だ。

 顔立ちは整っていてそこそこイケメンなのだが、わんわん泣きわめいているので台無しだ。ブンブン俺の体を揺さぶるもんだから、しゃべる余裕もありゃしねぇ。

 ……って、羽織? 和装? 和装の世界なのか? 


「夢なんかじゃない。間違いなく、夜鷹くんの心音(おと)だ……!」


 もうひとり。さめざめと泣いているのは水色の髪を肩くらいに切りそろえた女の子。手に持っているのは……笛?

 彼女はいわゆる、くのいちのような格好をしていて、俺から見たらコスプレみたいに見える。すっげぇ可愛いけど!


「あのっ……君たちは?」

「!? 夜鷹、俺たちのことが、わっかんねぇのか!!? いったい、どうしたってんだ!!?」

「もうっ、いちいちうるっさいわね。私は耳がいいんだから、もう少し声を抑えてよね。……命の危機に瀕するほどの大怪我を負ったんですもの、記憶が混濁してもおかしくないわ」


「なるほど!」と男のほうがうなずくと、彼らはただちに自己紹介を始めてくれた。


「俺の名前は団賀羅(どんがら)加茂吉(かもきち)! この国をひっぱる忍に成長する男だ!! よろしくな!!!」

「私は生地(いきじ)天音(あまね)、音に関することなら私に任せて。私たちはあなたの同期なのよ。あらためてよろしくね、鳴瀬夜鷹くん!!」


『なくせ よだか』……。どうやらそれが今の俺の名前らしい。

 自分の体を見おろしてみると、鎖帷子(くさりかたびら)を着用しており、腰のベルトにはクナイが備えられてある。胸に大きな斬り傷が付けられていたが、傷は塞がっているようだった。


 ーー信じられない。俺は本当に異世界に転生してしまったんだ。しかもコレ、忍者の世界なんじゃないのか? 憧れてたんだよなぁ、こういうの。

 ……なんて悦に入っていたら、天音が緊迫した声をあげた。


「! こちらに接近する足音!! 敵が襲いかかってくるわ!!」


 天音が振りむいたほうを振りむくと、たしかに敵が迫ってきていた!

 敵は一、二、三、四……五人いる。青銅の鎧を装着した、洋風の騎士たちだ。手には身の丈ほどもある長剣を持っている。


「せっかく夜鷹が息を吹きかえしたところだってのに……。くそぉ~~っ!!」


 加茂吉もまた、刀を構えながら騎士たちへと立ち向かっていく。手にもつのは刀身が根元から切っ先に向けて白色から緑色に変わっていく刀。見た目はなかなか強そうな、立派な刀なのだが……。


 なぜだろう。今の俺にはその刀の性能が目に見えるような感覚があった。

 加茂吉が持ってる刀は見た目は強そうなのだが、中身の性能はさほどでもない。というより、ぶっちゃけ弱そうである。見た目は目につくので、(おとり)としてはもってこいだろうが……。


「俺の刃を、受けてみろおおおぉっ!!!」


『かもねぎ刀』!!


 加茂吉の大振りの一撃を、騎士たちはバク転などの軽快な動きを見せながらなんなくかわす。

 しかし、敵が油断した隙を見逃さずに、天音が駆けだしていた。


「夜鷹くん、ここでまだ休んでてね!」


 そして、天音は懐に携えていた笛を口にくわえた。片手に納まるほどの大きさだが、羽根のような装飾がほどこされており、まるで天使の笛のようだった。


天声(てんせい)の笛』!!


「音響忍術、『破笛丸(はてきがん)』!!」


 天音が笛を吹くのと同時に、いくつかの超音波の塊が撃ちだされた!


「ぐはっ!!」

「うぼぁっ!!」


 超音波の塊はものすごい威力で、洋風の騎士たちのうちふたりの鎧を撃ちくだき、一撃で戦闘不能にした。

 ……かっけー! これがほんとうの忍術か~!!

 囮(本人は本気のつもり)になっていた加茂吉も、これには大喜びである。


「さすが天音! 俺たちのエースだぜええぇっ!!」

「うん! でも、まだ……!」


 洋風の騎士たちのうちふたりは仕留めたが、ほかの三人は天音の攻撃を見事にかわしている。

 かなり手練れの騎士たちのようで、彼らは技を発動したのちに隙が生じている天音を狙って、再び襲いかかってきた!

 

「くっ……!」

「危なぁい! 天音えええぇっ!!!」


 騎士たちは天音に向かって剣を振りあげ、そのまま振りおろそうとした。

 ……だが、その前に俺は騎士のひとりの懐に潜りこんでいた。


「なにっ!?」


 騎士はあわてて剣の軌道を修正し、俺へと斬りかかった。

 俺は剣をかわし、側方宙返りをしながら騎士の頭上を飛びこえていき……。


 自分でも、体が勝手に動くことに驚く。飛びこえる途中、鎧と兜のあいだのわずかな隙間から騎士の首筋が覗いているのを見つけた。そして俺は、持っていたクナイで騎士の首を斬った。


 刃を通して伝わる、肉を斬る感触。飛びちった血飛沫が頬にかかる。戦いに身を投じていた男の血潮は、熱かった。頬が焼けつき、火傷してしまいそうなほどに。


 ーー人を殺してしまった。自分がしてしまったことが信じられない。

 ……だが、俺の意識は徐々に『鳴瀬 夜鷹』と統合されていっている。

 人を殺したことは、初めてなんかじゃない。戦乱の世を生きぬくため、命を懸けて守らなければならないものがあるから、人は戦うんだ。


「夜鷹……!?」

「夜鷹くん……!」


 加茂吉と天音が驚きの視線を向けているのを感じる。俺は本能に従って行動しただけだが、『鳴瀬 夜鷹』の力をもってすれば、この程度の敵は雑魚なのではないのか?


「くそっ! コイツは死にかけの雑魚ではなかったのか!?」

「我々も本気を出すぞ!!」


 そう言って、騎士たちはなにやら呪文を唱えはじめた。剣の刀身に片手を添え、なにやら呪文を詠唱しはじめた。その姿はまるで、神にすがる敬虔な信徒のようでもあった。


「厳然たる死と静けさをもたらす冬の精霊よ、我が刀身にその息吹を宿せ。精霊武装、『氷雪(ヘレト)』!!」


 騎士たちの詠唱が終わるのと同時に、彼らの剣には周囲のすべてが凍てつくほどの冷気がまとわりついた!


「氷の魔法剣……!? うわっ、とと!」


 騎士たちが、冷気をまとった剣を振りまわしてきた! 

 俺はあわてて身をかわすが、近づくだけで息が白く凍りつく。こんな危険なものを振りまわされちゃ、うかつに近づくことなんてできやしない!

 やむを得ず後方へとさがり、騎士たちから距離をとる。


 ……ふむ、どうしたものか。冷気の剣を構えながら、じりじりとにじり寄る騎士たちの様子を伺いながら、俺は思案していた。

 と、いつの間にか腕に装着されていた『魂珀の腕輪』から、聞き覚えのある声が聞こえてきた!


『ちょっと、あんた何おじけついてんのよ』

「ひづき!?」


 腕輪につけられた緋色の宝石から宙にモニターのような映像が投影された。映像の向こう側からは、冷めた目でこちらを見ているひづきがいた。


『あんなヤツら、さっさと忍術で倒せばいいじゃない』

「えぇ? でも俺、忍術の使い方なんて知らないぞ!?」

『基礎忍術の印の結び方くらいなら、『鳴瀬夜鷹』の意識に刻みこまれてるでしょ。よぉく思いだしてみなさい』


 忍術の使い方は『鳴瀬 夜鷹』としての意識に刻みこまれている? 転生して彼の意識と統合された今の俺は、忍術の使い方を知っているということか。


 俺は目をつむり、心を静めた。久しぶりに乗る自転車の乗り方を思いだそうとしているかのように、自身の体の感覚を思い起こしていく。


 ……そうだ、俺は()()()を知っている。

 感覚を思い起こした俺は、両手を高速で動かし、印を組んでみせた!

 

「火遁、『炎狸狐(えんりこ)』!!」


 俺が術を発動すると、いくつもの巨大な炎の塊が撃ちだされ、あたりを自由奔放に駆けめぐりはじめた! その動きはまさしく、野を自在に駆けめぐる獣のようだ!


「なにっ!? なんだ、この威力は!!」

「ぐあああぁぁっ!!!」


 炎の塊は四方八方から次々と騎士たちに突撃し、彼らを跡形もなく焼きつくしてしまった。自分で自分が放った技の威力を、恐ろしく思ってしまう。


『そ。そんな調子よ』


 ひづきは俺が無事に術を発動したのを見届けると、ブツンと映像を切ってしまった。

 ……冷たいなぁ。せっかくアドバイスどおりうまくやったんだから、もう少し喜んでくれてもいいのに。

 いっぽう、俺の仲間たちからは熱い視線が向けられていた。


「す、すっげえええ! 夜鷹、どうしちまったんだよ!? まるで別人じゃねぇかっ!!」

「信じられない。基礎忍術なのに、上級忍術並の威力じゃない。夜鷹くんは、術印を組むのが苦手だったはずなのに……!」


 俺は術の発動を終えると、仲間たちのもとへと戻った。直前に襲われて座りこんでいた天音の顔を覗きこんでみる。


「天音、大丈夫だったか?」

「えっ……!」


 すると、彼女は顔を燃えるように真っ赤にして黙りこんでしまった。俺が先ほど放った火遁の術で、火照ってしまったのだろうか?


(え゛えええぇ!! 前から顔はけっこうカッコいいとは思ってたけど、忍としては落ちこぼれだったのに……! ホントに同じ人なのぉ~~!!?)


 真っ赤になって黙りこんでいる天音はさておき、俺はまわりの様子を伺ってみた。

 まわりではまだ、自分らの味方と思われる忍たちが戦っている。

 敵は洋風の騎士たちと……東洋風の甲冑を着た兵士たちだ。それらの騎士たちはまるで出で立ちが異なっており、同じ軍の兵士であるとはとても思えない。


 そして戦場となってるこの建物は、とても広い。

 艶のある材木をふんだんに使った木造の建物だが、城というよりは巨大な寺院の御堂といった雰囲気だ。ここは、いったいどこなんだろう?


「天音、加茂吉。俺は徐々に記憶を取りもどしているが、まだ完璧じゃないみたいなんだ。今の状況を説明してくれないか?」

「……えっ!? あっ、ははは、ハイッ!」

「よし、ここは話し上手の俺に任せてくれッ!!」


 ポーッとしていた天音に代わり、加茂吉が事の経緯をかいつまんで話してくれた。何かにつけて騒がしいヤツだが、たしかに話すのはウマイらしく、要領よく簡潔にまとめて話をしてくれた。


 ーー俺たちが今いる建物は『不壊城(ふえじょう)』という、この国の国宝にあたる城らしい。

 城といっても、見た目はほとんど巨大な要塞なのだそうだ。その名が表すとおり、難攻不落の城として名高い。


 不壊城はこの地方の大名の居城ということになっているが、その正体は巨大な『石像』を守護し、隠匿するための城なのだという。

 そしてその国家機密ともいえる情報が、なぜか外国へと流出してしまった。


 情報を得た世界の二大大国『ドルジェオン』ー洋風の騎士たちの国ーと『創』(そう)ー東洋風の甲冑の兵士たちの国ーは『石像』を奪取すべく合同軍を編成し、この不壊城を襲撃しにきたところだったのだ。

 合同軍は日の入りとともにこの国に上陸し、気配消失の結界を展開して陸路を駆けぬけてきた。


 不壊城はなすすべなく陥落し、『石像』はなんなく奪いとられるはずであった。

 しかし、我が国のほうとしても、情報が流出して合同軍が派遣されたことを速やかに察知し、全国各地から応援の部隊が派遣された。俺たちはまさしく今、その戦いに巻きこまれているところなのである。

 ひととおり加茂吉の話を聞いて、俺は大きくうなずいた。


「なるほどなぁ。その『石像』てのを奪われるのは、よほどヤバいことなのか?」

「夜鷹、お前ほんっとに何も覚えてないんだなぁ! 『石像』を奪われたら各国の力の均衡が崩れて、ヘタすりゃこの国は一瞬で滅びるんだぞおおぉ!?」

「敵対国であるはずの『ドルジェオン』と『創』の二国がためらうことなく手を組んだことを見ても、敵が今回の戦いを重要視していることが伝わってくるわね……!」


 ……そうか、俺はどうやらとんでもない戦いの場面に転生してきてしまったようだな。

 だが、幸いにこの国の戦闘員たち……忍たちは健闘しているらしく、この御堂での戦いはこちらが勝利しつつあるように見える。


「まだ戦っている人たちもいるが、この場は俺たち側の部隊が勝ちそうなんじゃないか?」

「ああ! 敵もかなりの精鋭揃いだが、こっちだってかなりの強者たちが各地から集結してるんだぜ? 負けるわけねぇさ!!」

「……! ちょっと待って!」


 天音は突然、這いつくばって耳に床を当てはじめた。先ほどからそうなのではないかと思っていたが、どうやら天音は聴覚が異常なほど発達しているらしい。


「……ずっと下のほうから、迫ってくる部隊の足音が聞こえてくる。水の跳ねる音。静かに流れる水の音も……」

「! そうか、遠くの地下水路から侵入した部隊がいるんだぁ! 狭い通路のはずだから、少数部隊のはずだぜぇっ!!」

「加茂吉、行こう! 天音、音の反響から地下水路へつながる通路は分かりそうか?」

「うん、任せて!」


 こうして、俺と加茂吉、天音は地下水路へとつながる通路を駆けていったのであったーー。




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