睦綿村の女村長
◇
結局、もう半日ほどかかり、俺たちが『睦綿村』にたどり着いたのは日が沈むころであった。
俺が美鈴と鶉橋センパイを焚きつけて走り続けた甲斐があって、俺たちはクエスト参加者たちのなかでもかなり早く到着した組のようであった。
「はぁっ、はぁっ。もう、足が棒になって動けないよ~!」
「ぜひゅーっ! ぜひゅーっ! 夜鷹! 俺はもうっ……お前とは仕事しない……っ!!」
美鈴とセンパイのくたびれように、思わず苦笑いしてしまう。
でもまぁ、ふたりともよくがんばった。おかげで、こうして早く目的地に到着したのだから。後半は俺が交互に背負って走ってたんだけどね。
さて、『睦綿村』は山間に隠されるように造られた村であるようだが、今は静かに闇に沈んでいる。
だが、村の入り口となる門のあたりではなにやら揉めているようで、闇夜に怒鳴り声が響いている。
どうやら、先にたどり着いたクエスト参加者たちと村人たちが、揉めているようだ。
「せっかくここまで来たっていうのに、いきなり帰れとはどういう了見だ!?」
「こっちは丸1日かけてやってきたんだぞ、納得いかないな。この村長を出せよ、話がしたい」
村人たちと思われる人々を、数人のクエスト参加者たちが囲っているのだが、村人たちの先頭に立っているのは若い女性だ。
若い女性に強く当たったって仕方ないだろう。俺はじゃっかんの怒りを覚えて、揉めごとの現場へ向かおうとした。
……だが、先頭に立っていた女性は物怖じする様子などいっさい見せていなかった。
威風堂々、凛として。彼女は自身の胸に手を当てて、一礼をしてみせた。
「私は綿矢まひわ、この『睦綿村』の村長にございます。私の返答はこの村の総意にございますにて、あしからず」
着物に描かれた綿花は、流れる雲のよう。着物の襟から出る顔はびっくりするほどの小顔だ。
顔の造りも人形のようにきめ細やかで美しい。美しい……が。
妖艶。そう表現するのが、ふさわしいだろう。
そのほほえみはなんとも言えず妖しく、それでいて、飲みこまれてしまうほどに蠱惑的だ。
人間というよりも、髪が伸びる和人形などのような妖に近い存在のように見える。
だが、彼女は間違いなく人間だ。気配は人間のもので、魔物のような邪悪な息づかいは感じられない。
「なっ……! この女が、村長だと……!?」
「だが、『苛戯裏』が複数出現している報告があがっているのは確かだ。早く対処しなければ、村人たちの犠牲が増えて取り返しのつかないことになるぞ!」
「はて? そのような化けものなぞとんと聞きませぬ。村の者も旅に出て不在にしている者はおりますが、今回の件とは関係ございませぬかと。どうぞお帰りくださいませ」
「そんなバカな話があるか……!」
クエスト参加者たちが詰め寄るが、女村長のまひわさんは動じるどころか、彼らをあしらっている節すらある。
いったいどうなってるんだこりゃ……と、俺が頭を抱えた、そのときだった。
「てめぇ、ふざけんな。実際に人が死んでるんだぞ。このまま手ぶらで帰れるわけがねぇだろうが!」
「嘴黒クン!!」
参加者たちに紛れこんでいた嘴黒咲紀仁が前に出て、まひわさんの胸ぐらをつかんだのだ!
「……ギルド登録者が、一般人に手を出すのですか?」
「知ったことかよ。すでに幕府からの要請でクエストは発生してんだ。てめぇのほうこそ国の反逆者なんだよ!」
「平和な村に土足で入りこみ、踏み荒らす者どもなど、私たちからすれば野盗と何も変わりません。国の名を騙って暴れる野蛮な『輩』を、私たちは決して許しませぬ……!」
「ハッ! てめぇらに許しを請う気なんかねぇよ。何が平和だ、間もなくこの村は戦場になるんだよ。死んでバケモノの仲間入りしたくなきゃ、とっとと村を捨てて他所に行きやがれ!」
……そのやり取りを聞いているうちに、俺は自分の奥底から、なんとも言えぬ怒りが湧きあがってくるのを感じていた。
嘴黒クンの言ってることは分かる。口は悪いが、彼は正義を成し、村人たちを救おうとしているのだ。
だが、村人たちの言い分も聞かずして、生まれ育った村から追い出そうとするのはいかがなものか。彼らにも、命に代えても守りぬきたいものがあるのかもしれないのだ。
そして、何より……。非力な女性に手をあげるのは、どんな言い訳をしたって許せない。
「このクソガキめ……! さっきから俺たちの村長になんてことしやがるんだ!」
「めんどくせぇな。てめぇらまとめてぶっ潰して、村に入らせてもらうぜ」
「待て、嘴黒! その手を離せ!!」
「!」
俺は嘴黒の腕をつかみ、まひわさんから手を離させた!
嘴黒はその漆黒の瞳で、腕をつかむ俺をにらみつけている。
「手を離せよ、鳴瀬。てめぇもクエスト参加者だろうが」
「いいや、離さない! 嘴黒、自分が何をしているの分かっているのか!? 相手は一般の方だぞ!!」
「チッ。雑魚の分際で……!」
俺と嘴黒はしばしにらみ合っていたが、やがて、どちらからともなく視線を離した。
その様子を見ていたまひわさんは、急に恭しく頭をさげ始めた。
「こちらこそ、無礼でございました。皆さまも責務があってお越しいただきましたでしょうところ、無下にお断りしてしまったことをお詫びいたします」
「チッ。なんだよ、急に態度を変えやがって」
「まひわさん……」
俺の誠意が通じたのか、村人たちも態度を軟化させてくれたようだ。
親切に接してほしければ、まずは自分が親切にしろとはよく言ったものだ。
「村はちょうど、明日から『幡綿祭り』が始まるところにございます。村の開催期間中に滞在いただき、何も起きないことをご確認いただいてからお帰りいただくというのはいかがでしょうか? 狭い村ですが、旅籠や、村民の屋敷の空き部屋などを開放いたしますゆえ」
このまひわさんの言葉によって、俺たちは村への立ち入りを許されることとなった。
ただし、ギルド登録者の証を見せることと、村の帳票に名前を記すことを条件として。
受付作業を終えて、俺が村のなかへと入ろうとしたところで、誰かに呼びとめられた。
「もし」
「?」
振りかえるとそこには、先ほどの女村長、まひわさんが駆け寄ってきていた。
最初の妖艶な印象と違って、うつむき加減で小走りしてくるのがなんとも言えず可愛いらしい。近づいてみると分かるが、意外と小柄で華奢なようだ。
彼女は密着するほど近づいてきたかと思うと……。なんと、両手で俺の手をにぎり締めてきた!!!
「先ほどは庇ってくれてありがとうございました。じつは堪えていたけど、とっても怖かったんです……。どうぞお連れの方といっしょに、私の屋敷にご宿泊ください」
「えええぇ……いっ、いいんですか?」
「はい、もちろん……♥️」
うるむ瞳に、上気する頬。嘴黒クンがつかんで乱れた胸元にしだれかかる髪の毛が、なんとも言えず色っぽい。
頭がポヤポヤしてきて、何も考えられなくなってしまった。
「村のはずれの一番大きな屋敷が、私の住む屋敷です。先に行って、お待ちしておりますね」
「は、はいいぃ……」
まひわさんは手を小さく振って、先に行ってしまった。
頭がポヤポヤして呆然としてたら、受付作業を済ませた美鈴とセンパイも追いついてきた。
「え? え? え? なになに今の、村長さんからのお誘い? やったー、村長さんのお家に泊まれる!」
「夜鷹、キサマー!! このセンパイを差し置いて、あんなエロい年上女性と仲良くなるだとー!!」
なんか知らんがはしゃいでる美鈴と、俺の首を締めてブンブン揺さぶる鶉橋センパイ。
やれやれ。こんなんじゃあ、先が思いやられるぜ。




