深い深い森の奥
◇
俺と美鈴、鶉橋センパイの3人は家に帰って最低限の身支度だけ整えると、すぐに都を出発した。
『不壊城』での戦いのあととは異なり、今回は馬車での送迎などない。自分たちの足で目的地の『睦綿村』まで向かわなければならないのだ。
目的地はいっしょだし、せっかくの同期なので、嘴黒クンもいっしょに行こうと誘ったのだ。だが。
「フン、てめぇらとつるむつもりなんざねぇよ。俺ひとりでじゅうぶんだ」
と、ツレない返事であった。
ま、ひとりでいたいヤツを無理に誘う理由もあるまい。俺たちと嘴黒クンは、別途に目的地に向かうこととした。
野を駆け、川を渡り、木々の枝を伝っていく。行く手を遮る低級魔物は、余計な体力を使わないよう、適当にあしらいながら進んだ。
事態が悪化しないように急いで進みつつも、到着する前に力尽きては仕方がない。俺は体力を温存することを心がけながら進んだ。の、だけれども。
「ぜひゅーっ! ぜひゅーっ! 夜鷹、ちょっちょ待って……ぶはっ!!」
「夜鷹くん、速すぎるよ~っ!!」
うさぎ飛びでは得られない爽快感。風を切って走るのが気持ちよくて、ついつい無心になって走ってしまった。
気がつけば、美鈴と鶉橋センパイを置いてきてしまっていたようだ。もう少し気づくのが遅かったら、危うくそのままふたりを置いて走り去ってしまうところだった。
俺はその場に立ち止まり、ふたりが追いつくのを待った。
「ぜひゅー! ぜひゅー! っは……ぶはァッ!!」
「はぁっ、はぁっ……! 夜鷹くん、こんなに足速かったっけ?? クラスでもビリのほうじゃなかったっけ???」
「いやぁ、なんだか最近妙に体調がいいみたいで……」
適当にはぐらかしてみたが、ふたりは納得いかない表情をしている。さすがにちょっと説明が適当すぎたかもしれない。
「ひゅー、ひゅー。……よし、分かった! そんなに調子がいいなら、お前は俺と美鈴を背負って走れ!! 背負われてないほうが疲れたら交代な」
「えええぇ、そんな殺生な……」
「わぁ、いいねぇ! 賛成賛成賛成~♪」
なんというパワハラ。さすがに人ひとり背負って走るのはキツイ、と思う。美鈴ちゃんも同調してんじゃないよ。
しかし、こいつらは俺の同意を得る心遣いなどいっさい見せることなく、俺に走らせる気マンマンである。
「じゃー、最初私からねー! エイっ♪」
「ええぇ? うわっ!」
「あぁっ。美鈴、ずるいぞ!」
さっそく、美鈴が俺の背中に飛び乗ってきた!
彼女が俺の背中に覆いかぶさるのと同時に、ふわりとよい香りが鼻をくすぐる。
……どうしたって背中の感覚に全集中してしまう。彼女はとくに意識していなくても、女性特有の柔らかさと暖かみが、背中を通して伝わってくるのだ。
小鳥のようなイメージの美鈴だが、こうして直に接してみると、しっかりと……いや、かなり女性らしい体つきをしているのだということが分かる。思わず前傾姿勢になってしまうのもやむを得ないというもの。
俺は元気全快、ますます勢いよく走りはじめたのだ!!
「うんわ~♥️ 夜鷹くん、すっご~い♥️」
絶好調で風を切りながら走っていると、背中で美鈴がそんな嬉しいことを言ってくれる。
思わず張りきってしまうが、調子に乗って走っているとまた鶉橋センパイを置いてきぼりにしてしまうから、力の加減が重要だ。
それにしても、人ひとり背負っててもぜんぜん余裕でいけるな。
美鈴が軽いせいもあるかもしれないが、アシュナさんの訓練で相当鍛えられていた証拠だろう。がんばった甲斐があるというものである。
走っているうちに、また段々とセンパイとの距離が離れてきた。
「ぜひゅっ! ぜひゅっ! ……よし、そろそろ頃合いだ! 美鈴、俺と替われ!!」
「えぇ~? やだ、もっと夜鷹くんに乗ってたい~」
「うっせぇ、いいから替われ!!」
「仕方ないっすね、センパイ……」
仕方なく俺は歩みを止め、美鈴とセンパイを交代させる。
「……うわー……」
センパイが俺の背中におぶさっている姿を見て、美鈴は引いていた。
そりゃそうだろう。男が男の背中に喜んでしがみついてるのは絵的にも汚い。
美鈴と違ってなんだか硬くてゴツゴツしてるし、全力で走ったあとだから耳元で息遣いが荒い。
ただ1点、センパイの体を支えている腕を介して、服越しにもお尻のスベスベだけが伝わってきていた……。
「よぉし、夜鷹! 俺を乗せてぶっちぎれぇい!!!」
「ヘイ……」
速度は美鈴を乗せていたときの3割程度になってしまったが、センパイはとくに気づく様子もなく、俺たちは再び走りはじめた。
…………。
美鈴とセンパイを交互に乗せてしばらく走っていると、だんだんと交代までの時間が短くなってきていた。
おんぶを挟んでも、ふたりの体力がついてこれなくなってきていたのだ。
ふたりの体力がないわけではない。たしかに実力者ではないかもしれないが、訓練を受けていない一般人よりもはるかに走れるのだ。
元いた世界のマラソン金メダリストよりもさらに速くて、長く走れてると思う。
だが、今の俺の体力が尋常でなさすぎるだけなのだ。
皆の話から察するに、俺が鳴瀬夜鷹に転生した時点で身体能力は飛躍的に向上しているようだが、さらにアシュナさんのアホみたいな訓練を受けて体力がカンストしてしまったようだ。
無論、この世界において上には上がいるのだろうが(分かりやすいとこで言えばアシュナさん)、じゅうぶん通用するだけの体力を身につけたような気がするなぁ。
俺がひとりで感慨に耽っていると、美鈴とセンパイはとうとうその場にへたりこんでしまった。
「はぁっ、はぁっ。もう無理。甘いモノ食べて休まないと走れないよ~」
「ぜひゅー! ぜひゅー! よし、先輩として、お前たちに休憩を取ることを許可する!! ……オエッ!」
俺は苦笑いで、へたれこむふたりを見おろしていた。
……今は全行程のおよそ半分。ふたりを抱えて走ることも可能だが、焦って余計に体力を消耗することもなかろう。
今は、ゆっくりとふたりを休ませることとした。
「俺、周囲に魔物がいないか見回りに行ってきます。非常食になる木の実や、ウサギとかもいるかもしれないですし」
「お前、まだ動けんのかよぉ~」
「夜鷹くん、ヨロシクぅぅ」
俺は自身の言葉のとおり、周囲の見回りに出かけた。
魔物への対策や食糧確保のためはもちろんあるが、1番の理由は、新しく来た土地に興味があったからだ。
俺にとってはまだ新しく来たばかりの世界だ。見たことのない植物、見たことのない獣、見たことのない景色、そして魔物……。
全てが今の俺には新しくて、感動で輝いて見えるんだよ。次は、どんな新しいものに出会えるのか……。
ここまで急いで走って素通りしてきてしまったのが惜しい。次に来るときは、もっとじっくり旅してまわりたいものだな。
そんな敬虔な思いで、俺はあたりを見回しながら歩いた。
あたりは深い森で、紅葉の季節だが、このへんの森の木の葉は黄色く色づくようだ。立ち並ぶ木々の幹は、現実世界で今までに見たどんな木よりも太い。
地面には黄色い落ち葉が敷きつめられており、木漏れ日に照らされて黄金色に輝いている。
落ち葉をカサカサと踏む感触を楽しみながら歩いていた、そのときであった。
ぐにん。
……え? ぐにん、って……。
どう考えても落ち葉を踏む感触ではない。まるで、寝ている人の腹を踏んづけてるような感触だなと思って、足元に目を向けてみると……。
「ヒィッ!!」
バチッ! と、目が合った。
地面の落ち葉の隙間から、ギョロリとひらいたふたつのおめめがこちらを覗いていたからだ。
思わず総毛立ち、全身に鳥肌が立った!
え、何? 誰? 人? 人だとしたら、どうして木の葉に埋もれてるの??
一気に混乱状態におちいったが、反射的に踏んでいた足をどける。すると……。
「ふあああぁぁぁ……!」
「ヒイイイィィィ……!」
ズモモモモ……。
落ち葉のなかに埋もれていた人間が、起きあがってきた!
合戦で亡くなった人間の亡骸が時を経て蘇り、動きだしたとでも言うのだろうか。これじゃまるで、ホラーだ。
だが、起きあがってきたのは生きた人間だった。緑の長髪に、とろんとしたまなこの美丈夫。木皮を思わせる、上品な桑色の着物を着ていた。
彼は、非常ぉ~~~に、ゆぅ~~~っくりと、話しはじめた。ヒーリングのCDみたいで、聞いてるだけで眠くなってくる声だ。
「 い ま 」
「え……?」
「 何 時 ? 」
「知るかっ!」
彼の会話のペースに付き合っていると時間がいくらあっても足りないので、ここからは3倍速でお届けします。
「驚かせてゴメン。ひなたぼっこしてたら気持ちよくて、ついつい居眠りしてしまったなぁ」
「いえ、踏んづけたのはこっちのほうですし。居眠りって、どんだけ寝てたら落ち葉に埋もれるんスか……」
「ん~……? 僕、どれくらいの時間寝てたんだ?」
その質問は、俺に向けられたものではない。男は、周囲に並び立つ木々に話しかけていたのだ。
彼が問いかけると、周囲の木々はさやさやと枝葉を揺らして、答えているように見えた。
「3日だって」
「3日間!?」
居眠りってレベルじゃねぇ。
どうやったらひなたぼっこしてて、そんなに寝こんじまうんだ? スローライフにも程があんだろ!
こんなところで出会ったのも何かの縁なので、俺は彼の身の上について、いろいろ訊ねてみることとした。
なぜこんなところでひなたぼっこをしていたのか。なぜそのまま3日間も眠りこんでしまうのか……。
彼はなんの隠し立てをすることもなく、俺の質問に答えてくれた。
ーー彼の名前は『椋居大樹』。年齢はおよそ25歳。
深い深い森の奥、世を捨てるように住む一族の出身。
彼ら一族は、森の木々と対話する能力を持っているらしい。
人間よりはるかに長い寿命をもつ樹木から、太古の知恵を得ることができるのだ。
彼ら一族は木々の伐採に反対して、幕府と対立したという経緯がある。森林の温存を訴え、今も森深くに隠れ住んでいるのである。
彼は一族の若き族長なのだが、ひなたぼっこしながら眠るのが好きで、気がついたら落ち葉のなかに埋もれてることも珍しくないのだそうだ(どないやねん!)。
……それにしてもホント気持ちよさそうにぼーっとしてるな、この人。光合成でもしてるんじゃないだろうか。鳥も樹と間違えて頭に停まってるし。
本当に人間なのかな? 実際のところ、樹の精霊みたいな存在なのかもね。
俺がそれとな~く椋居さんのことを観察していると、今度は彼のほうから質問してきた。
「夜鷹くん、君のほうこそ、こんなところになんの用があって来たの?」
「ああ、俺はこの先の土地に用があるんです。って言っても、まだまだ西のほうにある、『睦綿村』ってトコですけど」
「睦綿村? 聞いたことないな。その村で、お祭りでもするのかい?」
「いえ、なんでも『苛戯裏』ってバケモノが一度にたくさん現れたらしくて……。それがかなりヤバいことらしいんスよ……」
「苛戯裏……?」
椋居さんが、再び問いかけるように周囲の木々を見上げた。木々の枝も、答えるようにさやさやと枝葉を揺らす。
だが、今度は先ほどよりもかすかにざわついているように感じられる。
木々のささやきを聞きとげた椋居さんは、先ほどまでのぽーっとした表情とはうって代わって、ひき締まった顔つきで俺の顔を見返した。
「それは大変だね。僕も身支度を整えたら、手助けに行くよ」
「! ホントですか! ひとりでも多く人手が欲しいところみたいで……。みんな、大助かりだと思いますよ!」
「うん、1年以内では行くから……」
「いや、もっと急げよっ!」
俺は椋居さんと別れを告げ、美鈴と鶉橋センパイのところへと戻っていったーー。
椋居大樹は、離れてゆく鳴瀬夜鷹の背中を見送っていた。そして、周囲の木々へと再び語りかけた。
「とてつもない危機が迫っているんだね。下手を打てばこのあたり一帯の森……いや、この国そのものが滅亡の危機におちいるかもしれない」
彼を囲む森の木々が、またざわざわと枝葉を揺らした。




