緊急クエスト! 『苛戯裏(かげり)』
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ゴポゴポ、ゴポポポ……。
都からはるか遠く西、深い山峡に造られた村があった。名を、『睦綿村』と呼ぶ。
その村では、人々がひっそりと隠れるように住んでいたのだが……。
ある日突然、その村で異変が起こる。
ゴポゴポ、ゴポポポ……。
村全体が、深い深い霧に包まれた夜のこと。村の見張り衆のふたりが、夜の見回りをしていた。
ふたりは中年の男性で、一般市民ではあるが、Cランク相当の実力をもつ。見張り衆として、ふさわしいだけの戦闘力を持っているのだ。
彼らは提灯を手に提げ、村のはずれのあたりを歩いている。だが、光が霧に散乱して、視界は非常に悪い。
「霧で前がぜんぜん見えねぇな……」
「ああ。こんな霧の深い夜は、魔が忍びよると言われている。気をひきしめていくぞ!」
「もちろん分かってるさ……ん?」
ゴポゴポ、ゴポポポ……。
霧の水気で、しっとりと湿った土。彼らの手前の地面から、なにか液体が湧きあがってくる。提灯に照らされて、赤く、てらてらと光る液体。
「これは……」
「湧きあがってきているのは……血……!?」
地面から湧きあがってきた誰かの血は、またたく間に立ちあがり、人の形を成した。
成人の2倍はあろうかという背丈の高さ。眼窩と思われる窪みには、怪しい光が宿っている。
「なっ……!!」
「血の巨人、だと……!?」
突如として現れた血の巨人は、2体。直感的に危険な存在であることを悟った男たちは、とっさに臨戦態勢に入った!
だが、血の巨人が腕を振ると血飛沫が舞い、血液が男たちに振りかかる。
血液をかけられた男たちは呪いをかけられたかのように、身動きが取れなくなってしまった。
「なんだと……!?」
「体がッ、動かん……!!」
動けなくなっている男たちに、血の巨人は再び腕を振りあげた。今度は狙いすますかのように、ゆっくりと……。
そして血の巨人の腕が伸び、男たちの口のなかへと注ぎこまれていった!!
「「うぼおおおおおぉえ゛っ!!!」」
血液はどんどん男たちの口のなかへと注ぎこまれていき、腹が、胸が、顔が腫れていく!
そして、最後に……。男たちの肉体は弾け、飛散した。
散らばった男たちの肉体は血液に飲まれ、地面へと吸いこまれていく。あとにはただ、しっとりと湿った土が残るばかり。
そうして2体の血の巨人も、霞のなかへと消えていった。闇が、深まっていく……。
◇
「皆さん! 緊急クエストの発生です! 出動可能なギルド登録者はただちに集合してください!!」
「え、なに……?」
「緊急クエストだって……?」
受付のおねいさんの呼びかけに、本部の建物内にいたギルド登録者たちが集まっていく。
緊急クエストだって?
いったい、何事だろうか。おねいさんの切羽詰まった様子を見るに、ただならぬ事態であることだけは伝わってくるが……。
「はるか西方の村、『睦私村』で『苛戯裏』の出現を複数個体確認されました。それらの魔物の討伐依頼です!」
「『苛戯裏』……? 聞いたことがない魔物だな」
「その魔物が出現することが、そんなに大変なことなのか?」
ギルド冒険者たちは皆、口々に疑問を投げかけている。
周囲の人々の反応を見るに、あまりメジャーな魔物ではなさそうである。いったい、どんな魔物なのだろう。
「ホッホッホ。ここからは、ワシらが説明しようぞ」
「あ! ギルド長、いつの間に!」
「副ギルド長の御影ミミズク様もいらっしゃるぞ」
「ギルド長のお顔が拝めるなんて、縁起がいいな~」
いつの間にか受付のおねいさんの隣にフクフクなお爺さんが立っていた。
髪の毛は白髪で真っ白だが、ツヤツヤで豊か。ニコニコ笑顔で福耳。七福神みたいで、見ているだけで縁起がいい。
今も「ホッホッホ」と穏やかに笑っていて、一見なんの害もなさそうな爺さんだが……。
俺は見逃さない。この爺さんがおねいさんの隣に現れるのに、一切の気配を感じさせなかったことに。
さらに、その隣に立っている男もそうだ。俺はアシュナさん家の広いお庭でスズメを探しまわっているうちに、自分でも驚くほどに気配に敏くなっていた。
俺は嘴黒クンのことを訊ねたときのように、再び美鈴に耳打ちしてみた。
「美鈴、あの爺さんはいったい何者なんだ?」
「あのお爺ちゃんは、相福籠喜さま! 幕府の『隠密衆』の元・お頭。ああ見えて、かつては『隠密の神』と呼ばれたほどの凄腕だったらしいよ! もう100歳近くて、さすがに今はただのお爺ちゃんだけどね。ちなみに首の関節が異様に柔らかくて、180度後ろに曲がるんだってさー」
「なるほど。じゃあ、その隣にいる男は?」
「あの人は御影ミミズクさんで、副ギルド長だよ! ギルド長の直弟子で、『隠密衆』の現在の頭。ギルド長ほどの実績はないから地味な印象だけど、隠密としての才能はギルド長を超えてるってウワサだよ」
「ふーん、なるほどねぇ」
……ん? うっかりスルーしちゃったけど、ギルド長の首が180度後ろに曲がるってヤバくない? マジで人間じゃなくない?
まぁ、いいか。それよりも、あの御影ミミズクという男。あの爺さんもスゴいが、隣に立っている副ギルド長もかなりヤバい。
全身は、闇夜に紛れるための深い紺色。絵に描いたような忍装束で、目出し帽からは目元だけを覗かせている。眉毛やまつ毛はミミズクの耳を思わせるように長い。
一見、平凡な忍に見える。だが、平凡すぎるのだ。
並の人間に、相福老人のように気配ゼロで姿を現すなんて芸当ができるわけがない。そして、パッと見隙だらけであるが、その実、一切の隙がないのである。
この会場のなかでその事実に気付いている者が、何人いるだろうか。
「ホゥホゥ。詳しいことに関しては、愛弟子のミミズクのほうから話してもらおうかの。のぅ、ミミズク?」
「ハッ。では、拙者からお話ししましょうーー」
ーー『苛戯裏』。
死んだ人間の血肉に宿る、呪霊系の魔物。骨や血など、宿る部位によってさまざまな形態をとる。
戦でのたれ死んだ人間や、火葬前に安置していた人間の遺体など。遺体が急になくなる事件が起こるのは、この魔物の仕業だと考えられている。
人前には、めったに姿を現さない。現れたとしても、通常は単体で出現し、戦闘力は大したことはない。だがーー。
「苛戯裏が群れで出現するのは、大災厄の前触れと言われています。今回はすでに複数の個体の出現が確認されており、Cランク相当の実力者が殺害されたという報告もあがっております」
「ホゥホゥ。苛戯裏が最後に大量出現を確認されたのは、100年以上も前じゃ。そのときは大都市がひとつ、一夜にして滅んだと言われておる! 苛戯裏の正体は、今もなお不明なままじゃ」
「ハッ。そのとおりでございます、相福さま。つまり、今回の緊急クエストは西方の村・睦綿村へと赴き、『苛戯裏の正体の調査および駆除』を行うこと。推奨ランクはCランク以上です」
副ギルド長のこの言葉に、話を聞いていた者たちはざわついた。
推奨ランクはCランク以上とのことだが、Cランク相当の実力者を殺害する魔物が複数いるのだ。
しかも、相手は得体の知れない化けもので、百年以上前には大都市が丸々ひとつ滅ぼされている。
危険な香りがプンプンして仕方がない。Cランクのギルド登録者が向かって、本当に大丈夫なのだろうか?
「ホッホゥ! 幕府は緊急で討伐部隊を編成し、出動させる準備を始めておる。だが、これ以上事態が大きくなる前に、早く対処したいというのがホンネじゃ。ひとりでも多く人材を集めるべく、推奨をCランク以上としたのじゃよ」
「Bランク以上は重大な任務に当たっていることも多く、出動可能な人数がかなり限られてしまいますからな。無論、当方としても無理は承知。出来高ではありますが、報酬は破格のものとする予定です」
「ホゥホゥ。逆に、危険に飛びこむ覚悟さえあれば、Cランク未満の者でも受注は可能じゃ。未曾有の事態ゆえ、推奨ランクは難易度の推定によって見込みで付けられたものじゃからの」
……フム。つまり、Cランク未満の者は危険だから無理強いはできないが、現地に向かって貢献してくれるならば報酬は弾むつもりであると言ったところか。
Cランクでも危ない可能性はあるが、集団で事に当たればなんとかなると踏んだのだろう。とにかく、現地に向かってくれる人がいなければお話しにならないからな。
ギルド長たちが話を終えたとき、会場は静まりかえっていた。皆、行くべきかどうか判断しかねて、周囲の出方をうかがっている感じだ。
だが、そこで……。
「俺は行くぜ。バケモノ全部、討伐してやる。むしろ、俺ひとりでじゅうぶんだけどな」
嘴黒クンが、一歩前にでた。ものスゴい自信だ。
「ホッホゥ! 嘴黒少年よ、オヌシのめざましい活躍はよく耳にしておるよ。アカデミーを卒業してまだ間もないが、A級に食いこんでくるのも時間の問題じゃろ。単身ではさすがに手に余る任務かもしれぬが、オヌシの参加は心強いのぅ~」
「嘴黒殿、貴殿の参加に感謝いたす。当ギルドとしても、歓迎の意を示したい」
嘴黒クンが、緊急クエスト参加者の第1号となった。彼の参加表明につられて、ちらほらと参加の意を示す者も出てきたようだ。
「嘴黒が行くなら、大丈夫かな。俺も、参加してみるぜ!」
「破格の報酬なんだよな? これは行くしかないよね」
「よし、僕も!」
「私も!!」
次々と参加者が増えていき、ギルド長の顔もますますフクフクである。副ギルド長のほうは、相変わらず表情が読みとれないが。
「嘴黒クンの影響力スゴいっすね。カッコいいなぁ。鶉橋センパイ、俺たちはどうしますか……って、まだケツ出してたんですか!?」
「うっ……うっ……うっ……」
「ずっと気絶してたのー!? センパイ、カッコ悪っ!!!」
俺は鶉橋センパイの、卵のようにすべやかなお尻を見ながら、考えこむ。
危険であることは分かっているが、男として、緊急クエストには非常に心惹かれるものがある。でもなぁ……。
「センパーイ、起きてよー!! 緊急クエストだってよ、どうするのー!!?」
「う~ん……ハッ! なに、緊急クエストだって!? 嘴黒が行くなら、俺らも行くに決まってるだろーが!!」
美鈴に揺さぶられて目を覚ました鶉橋センパイはガバッと起きるなり、そう叫んだ。
どうやら気絶していても、潜在意識下で話を聞いていたものらしい。便利な特技である。
「センパイは決まりだね! ねぇねぇねぇ、夜鷹くんは、どうするのー?」
「俺は行きたいのはやまやまなんだけど、毎日アシュナさんに言いつけられた課題があるし……。急に遠出するっていうのもなぁ」
「え? アシュナさんって、もしかしてあの……?」
俺が考えあぐねていると、ここは建物の内部だというのに、鳥の鳴き声が聞こえてきた。可愛らしく、そして聞き覚えのある鳴き声だ。
「チュンチュン♪」
「ハッ!」
チュン吉だ! いったい、どうしてこんなところへ!?
チュン吉は小さな翼を羽ばたかせ、ギルド本部内にいるこの俺のところまで飛んできていたのだ。
俺が腕を差しだすと、チュン吉は肘のあたりに停まった。
「うわー、こんなところにスズメ! チュンチュン、かんわいー♥️ 夜鷹くん、このコのこと知ってるの!?」
「ああ、知ってるスズメなんだ。でも、どうしてここに……?」
「チュン♪」
「ん、手紙……!?」
チュン吉がドヤ顔で片足を差しだした。よくよく見ると、チュン吉の足には手紙が結わえつけてあった。
俺がその手紙をほどき、カサカサと広げてみると……。
そこにはアシュナさんの手書きで、4文字だけ。こう書いてあった。
『 行 っ て ら 』
……フッ。思わず笑みがこぼれてしまう。
さすがは俺のお師匠さま。昼間は放置してるように思わせてるが、ちゃんと遠くから見守ってて、全部お見通しってわけだ。
可愛い弟子には旅をさせるってことなのだと、勝手に解釈することとした。俺がそう思いたいだけなのだけれどね。
最強で最高な師匠に恵まれて、どんな試練が待ち受けてたって怖くないぜ!!
「鳴瀬夜鷹、鶉橋京助、吉備川美鈴の3名! 緊急クエストに参加します!!」
「後輩のお前が仕切んなっつーの!」
「いいじゃん、行こ行こ行こー♪」
「チューン♪」
こうして、俺たちの緊急クエストの参加が決定したのであった!!
鳴瀬夜鷹が参加を表明したのを見て、『隠密衆』の頭・御影ミミズクは相福籠喜に小声で話しかけていた。
「相福さま。あの少年は、雲雀アシュナ殿が弟子に取ったという……」
「ホッホッホ。嘴黒少年と言いあの少年と言い、若き才能が台頭してくるというのは、いくつになっても心踊るものじゃのう。なぁ、ミミズクよ?」
「ハッ。相福さまのおっしゃる通りでございます」
大災厄の前触れに、若き才能の出現。
それらは運命の歯車がまわりだした兆しであるということを、この相福籠喜という老人は経験的に感じ取っていたのかもしれないーー。




