術の訓練 ーSU ZU MEー
◇
アシュナさんの邸宅に戻り、術の指導が始まった。お庭ももちろん、日本庭園のように広く、美しい。
だが、美しいだけではない。よくよく見ると林や岩地、崖や滝といった訓練地が揃えられている。さまざまな地形で実戦的な訓練ができるようになっているわけだ。
俺とアシュナさんは、今は邸宅の縁側から覗く、石と白砂の敷かれた庭にいた。
腕を組んで仁王立ちする彼女の前に、俺がひざまずく形だ。今から、忍術の基礎に関する指導を賜れることとなっているのだ。
「さて、夜鷹。まずは忍術の基本のおさらいからするよ」
ーー忍術の、基本。それは『精霊』から力を借りること。
この世界には、精霊が存在している。火、水、土、風……あまねく自然のなかに、精霊は宿っているのである。
それらの多くは意思を持たない粒子、『元素』のようなものであるが、なかには結晶化し、意思を持つ『大精霊』へと成長するものもいるという。
ともかく、『精霊』から力を借り、操作して引きだすことが忍術の基本であるのだ。こうした精霊から借りる力のことを、この国では『導』と呼んでいる。
諸外国でも名称は異なるが、忍術と類似の技法が扱われている。
ドルジェオンでは『魔術』と呼ばれ、『精霊波導力』を操る。
創では『陰陽術』と呼ばれ、『導力』を操る。
いずれも呼びかたや細かい作法は異なるが、基本的には同じ技法を指しているらしい。
「『魔術』は外界の精霊に働きかけることが得意、『陰陽術』は肉体と外界との境界をなくして精霊と一体になることが得意、そして『忍術』は体内で精霊の力を練りあげることが得意……。まぁ、あくまでそういう傾向があるってだけだから、参考程度にね」
「なるほど……。それぞれの国の技法は基本的には同じものだけど、じゃっかんのクセの違いはあるってことですね」
「ま、そーゆーことかな♪」
忍術に関して言えば、漫画とかでよく見る、体内でチャクラを練りあげるようなもんだと考えてよさそうだな。
俺も『鳴瀬夜鷹』としてこれらの基礎的な知識はあることにはあったが、記憶が断片的なので、とても良いおさらいとなった。
「アシュナさん、ご教授ありがとうございました。で、俺は今からどんな修行をするんでしょうか? 基本忍術くらいなら、ある程度は習得しておりますが!」
「ンム! お前には今から、コレをやってもらおうと思う!」
「こっ、これは……!」
アシュナさんが印を組むと、そこにはとある生物が出現した。それは彼女が練りこんだ『導』を用いて創造された、10体の擬似生命体なのであった!!
「これは…………スズメ?」
「うん、そー」
「チュン、チュン」
「チチチチ……」
白砂敷きの庭の上には10匹のスズメが現れ、思い思いに地面を突ついたり、ピョコピョコ跳びはねたりしている。じつに可愛らしくてほほえましい。
よくよく見ると1匹1匹体色が違ったり、頭に冠毛が生えてたりして、ますます可愛らしい。思わず頬が緩んでしまう。
「可愛いですねぇ。このスズメたちが、どうかしたんすか?」
「かぁいいだろ? あんたにゃこれから、コイツらを手で捕まえてもらおうと思ってな」
スズメを見てニコニコしてるアシュナさんも可愛いと思ったが、それは口に出さずにおいた。
うっかり怒らせるとあとが怖いからな。可愛いけど。
「このコたちを捕まえるんですか? こんな可愛いのに……。しかも手って……」
「コイツらを捕まえるのは、かなり難しいぞ? あたしの創ったこのスズメたちは『導』の乱れに敏感だから、自身の『導』を制御して隠さなければ、すぐに接近に気づかれる」
「なるほど、自身の体内の『導』を制御する訓練なんですね」
「ただ鎮めるだけじゃダメだ。周囲の『導』の気配を感じとり、完全にマネして紛れこまなきゃならん。もちろん、目で見て姿を認めれば逃げられるし、音にも敏感だ。隠密の訓練にもなって、一石二鳥♪」
「うーん、思ってたより難しそうですね……」
「高度忍術の習得は『導』の制御がうまくなってからだな。まぁ、習うより慣れろだ。まずはやってみれ!」
アシュナさんが片手を振りあげ、スズメたちに号令をかける。
「よし、みんな! 散れー!!」
「「チー!!」」
ばばばば……。
アシュナさんの号令とともに、スズメたちが羽音を鳴らしていっせいに飛びさる。
……と、1羽だけ飛び去らずにポーッとしてるスズメがいる。まわりのスズメがいなくなったことにも気づかずに、気ままに地面を突ついたり、歩いたりしている。
しめしめ、ラッキー。こんなボーッとしてるヤツなら、すぐに捕まえられそうだな。石と白砂の敷かれた地面も、忍者の忍び足なら音を立てずに歩くことは余裕なのだ。
俺は気配……自身の体内の『導』をコントロールしはじめた。
ここは庭のなかでは比較的自然が乏しく、周囲の『導』も少ない場所だ。土の気配、風の気配……。とにかく静かに鎮めるのがコツだ。
俺は自身の『導』を鎮めながら、音を立てずに歩みを進める。スズメは気づかず、こちらに背を向けたままだ。
もらったな……。
そう、わずかに気が緩んだ瞬間だった。俺の『導』の操作もわずかに乱れ、気配を発してしまった。
「チチチチ……チ?」
「ハッ!」
気ままに過ごしていたスズメはこちらを振りむき、バッチリと目が合ってしまった!
スズメは俺が怪しい者なのではないかといぶかしんでいる様子だ。
「チ……!」
「(ゴクリ……!)」
スズメがますます俺への警戒を強めているのが、ありありと伝わってくる。
逃げるつもりか? 逃げたとして、追いかけて捕まえることができるだろうか?
こちらとて、昔の俺ではない。ここ最近の基礎体力訓練で、飛躍的に身体能力は向上しているはずなのだ。
どうせ追いかけることになるのなら、先手を打ってこちらから動きだしたほうが……!
俺とスズメが目に見えない駆け引きを繰りひろげるなか……。
アシュナさんが何かを思いだしたように、ポン、と手を打った。
「あっ、そうそう。言い忘れてたけど、そいつらメチャクチャ強いから」
スズメは静止状態から一気に弾丸を超える速度まで加速し、俺のあばらへと突っこんできた!!
「チューンッ!!!」
スズメのクチバシが俺のあばら骨へと突き刺さり、メキメキとめり込んでいく!!
「ごっっっ……ぱぁッ!!!」
俺は大量の血を吐きだした。内蔵がやられた証だ。
あばら骨に走った亀裂が広がっていき、今にも粉砕されてしまいそう。
……いや、違う! コイツはこのまま俺の胸をぶち抜くつもりだ!!
俺はとっさに刺された箇所の筋肉をひきしぼり、スズメのクチバシを食いとめた! !
「チュウウウウウウ゛ンッ!!!」
「おおああああああ゛ァッ!!!」
……最終的に、俺は胸を貫かれる前に身をよじり、なんとか死を免れた。
だが、あばら骨は砕け、内蔵は破裂している。俺は重傷を負い、そのままその場に倒れこんでしまった!
アシュナさんが屈みこみ、医療忍術で傷の手当をしてくれた。彼女はその気になれば最上級の医療忍術だって使いこなせるのだ。
アシュナさんは傷つき倒れている俺の体を治療しながら、話しかけてくれた。
「これからは毎日うさぎ跳びと川のぼりをこなしてから、スズメ捕りな」
「ふぁい……」
こうして、俺とスズメたちとの戦いが始まった。
うさぎ跳びと川のぼりで疲れきった体で訓練に望むのはツラかったが、このスズメ捕りはそのどちらよりもツラかった。
なにせ、接近に気づかれるとマジで致命的な反撃を食らう可能性があるのである。実際、死ぬほど痛かったし、何度も死にかけた。
最初の1回はアシュナさんが治療してくれたが、あとは医療忍術の得意な使用人さんが治してくれた。どこに隠れているのか、俺が重傷を負うとサッと現れ、サッと治して去っていくのだ。
日々訓練を繰りかえしていくたび、この訓練の奥深さに気がつく。
まず、多彩な地形である。このアシュナさんのお宅のお庭には、個人の庭とは思えぬほどに多彩な地形が揃えられているのである。
林に岩地、崖に滝、温泉が湧きでるところや、油を流して常に炎が燃えさかっているところまである。
これらの場所では、その地形ごとに精霊の気配、すなわち『導』の流れが違う。『導』の流れを正確かつ迅速に読みとり、完璧に模倣しなければならないのである。
これがまた、非常に難しい。かなり高度な『導』の気配を読みとる力と、自身の体内で制御する力が要求された。
そして、もうひとつ。個性豊かなスズメたちのキャラクターだ。
長く追いかけまわしているうちに、スズメたちにはみんな個性があり、それぞれの行動パターンがあることが分かった。
それらの特性を理解して先回りしなければ、彼らを捕まえることなど、とうていできないのである。かなり高度な知的戦略ゲームであることが分かる。
では、俺が自分の足で情報をつかんだ、個性豊かなスズメたちの面々をご紹介しよう。
①チュン吉……赤の体色のリーダー格。炎の『導』を好む。熱血漢すぎて皆からは煙たがれがち。熱いところが好きだが、よく炎の煙でムセこんでいる。チュン子が彼女。
②チュン助……ニヒルでクールな頭脳派。青のネクタイがオシャレ。水の『導』を好む。胃腸が弱くて、よくお腹を壊している。チュン吉を蹴落としてリーダーの座を狙っている。
③チュン子……ピンクの体色にリボンがキュート。みんなのアイドルで、おしゃべりに夢中になりがち。暖かいところが好きで、温泉地でのんびりしているところをナンパされたのがチュン吉との出会い。チュン次と浮気をしている。
④チュン次……アッシュでシャギーな羽根が特徴。よくタバコを吸っている。孤独を愛する一匹狼だが、時折さびしげな横顔を見せる。生き別れの弟がいるらしい。
⑤チュン三郎……チュン次の生き別れの弟。ポッチャリお腹がチャーミングなパワー自慢。黄色の体色で、3度のメシよりカレーが好き。チュン次には実の弟であることを、なぜか隠している。
⑥チュン平太……ウエディングドレスのように純白の体色。いつもボ~っとしている。あまりにボ~っとしすぎていて、周囲が心配になるほど。頭のなかではどうすれば世のなかから犯罪がなくなるかを考えている。最初に俺を殺しかけたのはコイツ。
⑦チュン太夫……スズメ界では有名な芸者の一族の生まれで、ボンボン。金遣いが荒く、女遊びは芸の肥やしだと思っている。よくひとりでギターの弾き語りをしている。飛ぶより走るほうが得意。
⑧チュンリィ……高級感あふれる紫のビロードのような体色。妖艶な笑みで数々のオスを魅了してきた。じつは悪の国際組織の女スパイで、チュン三郎の命を狙っている。チュン三郎がチュン次に弟である事実を隠しているのは、組織との戦いに巻きこまないためである。
⑨チュン美……目に優しい緑の羽根をもつ。口数は少ないが、心優しいメガネっ子。緑が多い地形を好む。チュン三郎にひそかに想いを寄せているが、彼を狙うチュンリィを疑っている。腹話術が得意。
⑩チュン左衛門……片目に眼帯をつけた、隻眼のスズメ。さすらいの剣士であり、凄腕の侍でもある。許可なく間合いに入った者は容赦なく斬り捨てる。じつはスズメじゃなくてヒバリだが、スズメのフリをしている。
……いや、スズメにその複雑な人間模様いる!? 悪の国際組織ってなんだよ! 1匹スズメじゃねーの混じってるし!
そもそも、このスズメたちはアシュナさんが術で生みだした擬似生命である。生い立ちや関係図はアシュナさんの想像であり、いわば創作なのである。
だが、アシュナさんによると、具現化系の術は具現するものを鮮明にイメージできればできるほど強い実在になるのだという。
いっけん無駄とも思えるスズメたちの設定も、全て彼らの存在を強化するために必要なものなのだ。ホントかなぁ。
とは言え、さすがはアシュナさん。このスズメ捕り、訓練としては極めて優秀である。
こちらも命懸けなので、『導』の制御にも自然と身が入るというもの。追う側と追いかける側の駆け引きもあるので、非常に実践的な訓練ができるのだ。
少しずつ『導』の制御が上達し、スズメたちの特徴を把握することによって……俺はこのスズメ捕りを攻略していった!
炎の煙でムセこんでいるチュン吉を確保!!
お腹を壊しているところのチュン助を確保!!
おしゃべりに夢中になっているチュン子を確保!!
タバコを吸ってたそがれているチュン次を確保!!
カレーを食べすぎて動きが鈍くなったチュン三郎を確保!!
やっぱりボ~ッとしているチュン平太を今度こそ確保!!!
ギターの弾き語りで悦に入っているチュン太夫を確保!!
チュン三郎の命を狙っていた隙にチュンリィを確保!!
森のなかでメガネをはずして和んでいるチュン美を確保!!
そして、間合いに入った瞬間の反撃をかわし、チュン左衛門を確保~!!!
こうして俺はついに、陽が沈むまでにスズメ10匹、全てを捕まえることに成功したのだ!!
最後のスズメを捕まえたところで、アシュナさんがやってきた。赤く染まった夕日に照らされて、彼女の姿がまぶしい。
「はぁっ、はぁっ……やりました、アシュナさん!」
「お疲れぇ~い♪ よくやったな、夜鷹。あとは印の組みかたを覚えれば、たいていの忍術は使えるようになるはずだ。これからは実戦経験を積みながら、それぞれの術のコツを教えていってやる」
「ホントですか? やったー!!」
「ああ。だが、その前に……。キソ訓練を終えた褒美だ。いいところに連れてってやる」
「褒美? いいところ、ですか……?」
俺はアシュナさんに言われるままに、彼女の忍獣の背中に乗せられる。
今度乗るのは10メートルはあろうかという大鷲。まるで元いた世界で絶滅したというケツァルコアトルスのようで、少年心をくすぐられる。
大鷲は大きな翼をはためかせ、力強く飛びたった。
大鷲はゆったりとしたテンポで羽ばたきながら、夕焼けに染まった空を行く。
訓練を終えたばかりで体はクタクタだったが、どこまでも続く赤い空を見つめていると、飲みこまれてしまいそうになる。
「アシュナさん、今からどこに向かうんですか……?」
「ん? そうだな……。この星の中心が覗ける場所、かな」
「星の中心が覗ける場所……?」
大鷲は都の上空を越え、鬱蒼と茂った山のほうへと進んでいく。そして、徐々に高度をさげ……。とある洞穴の前で降りたった。
高速道路のトンネルほども大きさのある、天然の洞穴。照明はないはずなのに、内部はうっすらと明るい。
俺とアシュナさんは大鷲の背を降り、洞穴のなかへと進んでいく。
歩きはじめて程なくしたところで……。俺たちは、その場所にたどり着いた。
「すっげぇ……!」
「だろ?♪」
俺たちが進む道の先は途絶え、切りたった崖に……いや、大穴になっていた。
ただし大穴といっても、底のない穴。大穴はそのまま、この星の中心へとつながっていた。
「穴から落ちんなよぉ? このなかに落ちちまったら、さすがのあたしでも助けらんねーかんな」
穴のなかには宇宙のような、広大な闇の空間が広がっていた。
宙には流れ星のよつな、人魂のような……無数の光の玉が漂っている。それらは集まったり、離れたりして、全体として星雲のような光の靄を作りだしている。
そして、さらにその広大な空間の中心には、とてつもなく巨大な光の物体……渦、あるいは円盤が、音もなくクルクルとまわり続けているのである。
「アシュナさん。……あの、中心でまわっているものは何ですか?」
「あれは、『超古代円盤石』。この世界の中枢と言われるものだ。だが、あれが何でできているのか、どんな役割を果たしているかは分からない。この空間に飛びこんた者はすべて消滅し、吸収されてしまうからな」
「なるほど。じゃあ、その正体は誰にも分からないんですね……」
「ああ。だが、この世界に8体存在する『巨像』は、『超古代円盤石』とのつながりを持ち、地表で発現する『接続点』であると言われている。8体の巨像を集めた者が、この世界を支配する力を得ると言われる所以だよ」
……なんとも壮大な話になってきた。つい先ほどまでスズメを追っかけまわしていたのがウソのようだ。
『巨像』をめぐって、各国が躍起になって戦いが起こるわけである。
「この『塒国』には、4体の巨像があるんですよね?」
「あぁ、そーだよ。つまり、『超古代円盤石』の恩恵を、もっとも受けている国っつーわけさ」
「そういうことだったんですね。この国でまた大きな戦いが起こるのも、そう遠くなさそうですね……」
「そのとーり、物分かりがいいじゃないか。その激動を乗り越えるために、慶兆は自らこの国の舵を取ろうとしてるのさ」
激動、戦い、国の存亡……。途方もない話になってきた。
だが、そうした人間の営みは巨大な円盤を動かす歯車にすぎないとでも言うかのように、『超古代円盤石』は静かにまわり続けていたのであったーー。




