国をくつがえす男
◇
『不壊城』からでると、外は真夜中だった。
空には大きな満月、風が吹けばすすきの穂が擦れる音がする。鈴虫の鳴き声も聞こえてきて、少し肌寒い。
季節はどうやら、秋口に差しかかったころのようだ。元いた世界のように、季節がめぐるかどうかは分からないが。
戦いが終わり、戦傷者が次々と『不壊城』から運びだされていく。
重症の者からどんどん近隣の街へと運ばれていくが、行き先が決まらない者や、軽症の者は待機しているしかない。
城外の野原に野営地が設営され、傷ついた者は敷かれた茣蓙に横たわっている。
……それにしても、ひどい死傷者の数だ。城内には明らかに亡くなっている者で、まだまだあふれかえっている。
生きのこった者も重症ばかりで息も絶え絶え、なかには運びだされる途中で息絶える者もいた。
そうした死傷者たちに囲まれて過ごすのは、その場にいるだけで暗澹たる気持ちになる。
俺と加茂吉、天音も焚き火を囲んで、いつまでも黙りこんで座っていた。動いて救助の手伝いをしようにも、体力も気力も尽きはて、動くことすらできないのだ。
時おり薪の爆ぜる音が響くなか、天音がボソリとつぶやいた。
「……人、たくさん死んじゃったね」
天音のこのつぶやきに、加茂吉も堰を切ったように大声で涙を流してわめきはじめた。
「うああああぁっ!! 俺はあんな修羅場初めてだ! 生きのこれたことが今でも信じられないっ!!」
「ああ。俺も何度も死んだと思った。実際、マジで死にかけてたみたいだし……」
「うん。夜鷹くんの息がとまったときは、ホントにもうダメかと思った。そのあと起きあがってからは……とってもカッコよかったけど……」
「「え?」」
「う、ううん! なんでもないっ!!」
天音の顔が真っ赤に染まって見えるのは、焚き火の熱に火照っているからだろうか。でも、あわてた様子でブンブン首を振るのが、なんだか可愛いらしいな。
そんな風に俺らが話しはじめていると、まわりの人々から嬉々とした声が聞こえてきた。
「幕府から派遣された救護団が到着したぞ! 医療班の皆さんだ!!」
見ると、白い忍装束を身にまとった一団がやってきた。
男性の忍もいるが、くのいちのほうが多く、どうやら彼女たちは医療忍術の使い手のようだ。
暖かなサクラ色の光を宿した手をかざすと、どんな深手もみるみる傷が塞がっていく!
彼女たちは死の危機に瀕した者たちを次々と救いだしながら、野営地のなかを進んでいく。
……と、一団のなかからひとりの少女がこちらに向かって駆けてきた。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
「あれっ!! 綾乃じゃないかぁ!?」
「綾乃ちゃん、久しぶりー!」
「?? あやの……?」
駆けてきたのは桃色の髪に、どんぐりまなこのなんともキュートな女の子。派手な髪色とは裏腹に、真面目で優しそうな性格が伝わってくる。
小柄なようで、今は立ちあがって迎えいれた俺たちの顔色を見ようと必死に背伸びをしている。加茂吉たちとの話しぶりを見るに、どうやら俺たちは知り合いであったようだ。
「あっ、みんな! 無事だったんだね、よかったぁ。……あれ、夜鷹くん? なんか雰囲気変わった??」
「え? そ、そうなの?」
「ああ。綾乃、じつはコイツさ、今回の戦いで記憶を失っちまったみたいでなぁ! 夜鷹、このコはなーー」
彼女の名前は、志木原綾乃。
医療忍術の使い手。天音と並ぶ忍術アカデミーの優等生で、卒後はすぐに国の医療班に配属された。
天使のような優しさで、男子からは絶大な人気を誇る優等生タイプ。まわりにいる男子らは思わず(天使かよ!)と思ってしまうとのこと。ちなみに学業のほうも優秀らしい。
「医療忍術、『添撫手』」
綾乃は手際よく俺たちの手当てを行ってくれた。サクラ色の光に包まれた彼女の手は温かく、触れられるとたちまち全身の傷が塞がっていく。
まさしく天使。彼女自身の魅力も相まって、身も心も癒やされてしまった!
「それじゃあ私は、ほかの怪我してる人のところにも行ってきます。ゆっくり休んでね!」
「「はぁ~い!」」
俺たちはほかの怪我人を探して駆けていく綾乃の背中を見送った。
「癒やされたな……」
「綾乃ちゃん、かわいい……」
「天使だっ!!」
綾乃ちゃんの噂に違わぬ天使っぷり。俺らはホクホク顔で和んでいたのだが……。
突如として俺は首根っこをつかまれ、宙にぶらさげられてしまった!
陸雲に頭をつかまれたときはいつ頭をにぎり潰されるかと戦々恐々としていたものだが、今は母犬にくわえられて運ばれる仔犬のような体勢になってしまって、なんだか恥ずかしい。
だが、恥ずかしがっている場合などではなかった。加茂吉と天音は俺の首根っこをつかんでいる人物を振りかえり、驚愕の表情を浮かべていたからだ!
「うああああぁっ!!」
「なんで……。どうしてあなたが……!?」
俺は首を固定されているので振りかえることができなかったが、俺の首根っこをつかんでいる、その人物とは……。
「ちょっとコイツ、借りてくぜぇ~」
「「アシュナさまっ!!?」」
え? え? アシュナさまって、あの最強Sランクのアシュナかよ!? どうしてそんな雲の上の存在のお人が、俺の首根っこを!?
「おっ、俺をどうするつもりですか!?」
「お前を見せたいヤツがいる。だから、ソイツのところに連れていく。今からだ、行くぞ」
俺は、見せ物かなにかですか……?
しかも、彼女は俺らの承諾を得るつもりなどハナからなく、問答無用に連れていくつもりだ。
だが、彼女に命令されて逆らえる者などこの国にはいないだろう。俺は無駄な抵抗をすることなく、素直に連れていかれることとした。
それにしても、このスラリと細長い腕で片手で俺をつかみあげるとか、どんな体の構造してんだこの人……。
「「…………」」
置いていかれた加茂吉と天音は言葉もなく、互いの顔を見合わせることしかできないのであった。
しばらく野営地のなかを歩いたのち、俺はポトリ、と手ばなされて地に落ちた。
目の前には、ひときわ大きな焚き火の前に座り、たたずんでいる男がいた。
「慶兆、連れてきたぞ。このガキだ」
「ほぅ。アシュナ、お前が他人に興味をもつなんて珍しいな」
「アシュナさん。こ、この人は……?」
座っていたのは長い黒髪に、いかにも高級そうな錦の羽織を着た男。生駒さんのようにキリッとした目力の強い男だが、彼とは決定的に違う。
なんというか……生駒さんが正義感の塊だとしたら、この男は清濁併せ呑む懐の大きさが感じられるのだ(生駒さんの度量が小さいというわけではないが)。
国を動かす大人物がいるとしたら、こんな人なのではないだろうか?
男はその強いまなざしで俺を射ぬき、自身の名を名乗った。
「俺かい? 俺は時田慶兆。この国をくつがえす男だ」
く、国をくつがえす? それって、クーデターってこと? そんなこと、明け透けにしゃべって大丈夫なんだろか。
しかも、そんなこと言ってる男が、国内最強の戦力と親しげなご様子。俺もしかして今、とっても危険な集団と関わり合いを持とうとしてるところなんじゃ……?
俺がそんな風に不安を募らせていることなどお構いなく、アシュナさんが俺を座らせた。
彼女も隣にどっかりと座りこむと、俺の頭をクシャクシャと撫でた。
「このガキは今まで見たことのない固有武器を持ってるようだ。あの陸雲に飛びかかるだけの度胸もあるし、機転も利く」
「ほほぉ、なかなか見所のありそうな少年だな。お前がそこまてま言うのだから、間違いはあるまい。ぜひ、俺たちの仲間に入れたいところだ」
「ちょ、ちょっと待って! 国をくつがえすって、もしかして革命を起こすってことですか? 俺に、その手伝いをしろと?」
「……アシュナ、ほかの『八百万』は?」
「アイツらは用が済んだらとっとと帰ったよ。このあたりに気配はないし、あたしらの会話は術でまわりに聞こえないようにしてある。心配はいらんよ」
「フッ。用が済んだらとっとと、か。あいつららしいが、天才とか達人ってのはどいつもこいつも余計な気回しなどしないようだ。アシュナ、お前も含めてな」
「うっせーっちゅ~の。イロモノ軍団みたいな感じでひと括りにすんなや!」
「あっはっは、昔馴染みの仲じゃないか。許せ、アシュナ」
そうやって、口を大きくあけて鷹揚と笑ってるさまはなんとも人懐っこい。
思わず気を許してしまいそうなるが、ふとした瞬間にこちらを見つめる目はギクリとするほど鋭い。
女の人がこんな男に見つめられたら、ドキマギしてたちまち恋に落ちてしまうんじゃないだろうか。
とにかく、この時田慶兆という男はそんなキケンな魅力に満ち満ちているのである!(気がする)
「鳴瀬夜鷹くん、と言ったか。今この国が、薄氷の上に成り立っていることはご存知かな?」
「すみません、俺は今回の戦いで記憶を失ってて……。少しずつ記憶は戻ってきてるんですが……」
「ハハッ! なんだ、お前頭でも打ってたのか? どおりで何するにしてもキョロキョロと挙動不審なわけだ。すべて初めて見るものばかりのヒナ鳥みたいだと思ったわけだよ♪」
素直に話したら、アシュナさんに笑い飛ばされてしまった。
まぁ、『鳴瀬夜鷹』としてのこの世界での記憶はまだ部分的なもので、実際に初めて見るものばかりなのだから挙動不審になるのも仕方がない。頭打ったわけではないんだけどね。
「今回、『創』と『ドルジェオン』に襲われた一件を見れば分かるだろう? 俺が『日輪の巨像』の所在の情報が売買され、合同部隊が派遣されたことに気づいていなければ、巨像は奪われ、この国はそのまま滅びの一途をたどっていたことだろう」
「この城に『八百万』を集結させるように提案したのは、慶兆だ。まぁ、実際に声をかけて呼びあつめたのはあたしだけどね」
なんと! アシュナさんをはじめとした『八百万』の面々が集まったのは偶然などではなく、慶兆さんのおかげだったのか。
それがホントだとしたら、この人はクーデターを企む悪人どころか、国の危機を救った立役者じゃないか!
「肝心の幕府は、この国が滅亡の危機に立たされていたことにすら気づいちゃいない。将軍家とその取り巻きの役人たちは、私腹を肥やすことしか考えちゃいないんだ。この国が滅ぼずに済んでいるのは『巨像』が4体もあること、そして『八百万』を始めとした優秀な忍たちがいるからというだけだ」
「まぁ、あたしゃ政治なんか興味ないけどね。国を牛耳るべきヤツがいるとしたら、慶兆しかいないと思う。デケェするこたぁ嫌いじゃない。どうだ夜鷹、あんたもひと口乗らないかい?」
……デカイことは嫌いじゃないか、って?
そんなカッコいいこと、男なら嫌いなわけないじゃないか!
それに何より、いっしょに戦っていくなかで、アシュナさんのような最強の忍に近づくこともできるかもしれない。迷う理由なんて、ひとつもなかった。
「慶兆さん、アシュナさん、俺を仲間に入れてください。どんなキツイことでもします。だから、いっしょに戦わせてください」
……気がつけば、地面に額をつけて頼みこんでいたのは俺のほうだった。
素直に言えば、ひと目惚れだった。
この時田慶兆という大人物と、雲雀アシュナという華麗な忍に。こういうのは惚れたほう、主導権をにぎられたほうが負けなのだ。
慶兆さんは拳で手を打ち、快く俺のことを迎えていれてくれた。
「よし、それじゃあ決まりだな。だが、これから我々には長く、過酷な戦いが待っているぞ。夜鷹くん、君に素質はあるようだが、今のままではまたたく間に命を落とすことだろう。徹底的に、己を鍛えあげる必要がある。心・技・体、すべてをだ」
「……夜鷹。あんた、家族は?」
アシュナさんにそう聞かれ、俺は頭をひねった。断片的にだが、『鳴瀬夜鷹』としての記憶がなじみつつあった。
……そうだ、俺・鳴瀬夜鷹は戦争で家族を失い、戦をこの国からなくすために戦場に身を置くことを決意したんだった。
「俺は家族を全員戦で失い、ひとりで暮らしています。今は家族がいないんです」
「なるほど、よし」
何がよし、なのかと思っていたら、アシュナさんに肩に腕をまわされ、グイッと引きよせられてしまった!
「コイツは当面、あたしん家で預かる。あたしが直々に指導するつもりだ」
「ええええええぇっ!!」
「ふむ、それはよい考えだな」
「だろ?」
「ええええええぇっ!!?」
ヤベー、すごい良い匂い。おまけに肩にアシュナさんの胸の柔らかな感触が……って、そうじゃなくて!
「お、俺がアシュナさんの家に、泊まりこむってことですか!?」
「ん? イヤか?」
「いっ、イヤじゃないですけども! それどころか、うれしいっていうか……モゴモゴ」
「じゃー、いいじゃん。そのほうがこっちとしても朝から晩まで殺す気でやれるし」
「朝から晩まで殺す気……って、えぇっ!?」
「あっはっは、幸運だなぁ夜鷹くん。アシュナは弟子を取らないことで有名だ。毎年何百何千と弟子入りしようと頭をさげる志願者がいるが、すべてそのまま足で頭を踏みつぶされている。このアシュナに朝から晩まで指導を受けられるというのは、忍の道に生きる者にとって至高の喜びだと思うぞ!(ニッコリ)」
け、慶兆さん、そんななんのてらいもない笑顔で言われても……。
こんな邪気のない笑顔で言われたらなんの言い返しようもない。なんという人たらし。
この人たちときたら、動揺してあわてふためく俺の心の内など気にする素振りすらなく。
アシュナさんは恍惚とした表情を浮かべて、こうのたまった。
「あぁ。こんなオモチャ、欲しかったんだよなぁ……♥️」
おっ、おっ、俺は!!
俺は、オモチャじゃな~~~いっ!!!




