転生 ー大明神 DAIMYOJINー
物語は、恵介の死後から始まります。
◇
ーーあれ? ここどこだ?
俺は目を覚まし、あたりをゆっくりとみまわした。どこまでもいっても、真っ白な空間が広がるばかり。なんにもない。
「……はっ! そういえば俺は校舎裏の崖に行って……。沙耶と風太は!?」
意識を失うまでの記憶がだんだんと戻ってきた。俺は崖崩れに巻きこまれて、それから……? 沙耶と風太は大丈夫だったのか……!?
……どう考えても、俺は死んでしまったのに違いない。痛みや苦しみを感じる暇もないほど一瞬のことだったけど、どう考えてもあの状況から生き残れるわけがない!
自分の状況が見えてくるにつれて、悲しくて仕方がなくなってきた。やりかけのゲーム、あの漫画の結末はどうなるんだろう。
それに、残された俺の家族。突然のことだったから、別れすら告げてない。今ごろ泣きながら校舎裏の土砂をかき分けてるかもしれない。
それに、沙耶と風太は……。
……どれくらい泣いてたか、わからない。時間の感覚がないから、泣いてたのはほんの数分だったかもしれないし、何日間も感傷にひたってたかもしれない。
とにかく、いつまでも泣いてるわけにはいかない。どうすればいいのか考えなきゃな。
……それにしても、俺はいつまでここにいなきゃならないんだ? 今は天国に行くのか地獄に行くのか判決を待っているところなのか? はたまた、永遠にここに留まっていないといけないのか?
「……これが死後の世界ってヤツかぁ。な~んにもねぇなぁ」
寒くはないが、暖かくもない。けれど見えないうすい膜に包まれているかのような不思議な感触があり、居心地は悪くない。
だが、退屈すぎるのは困る。こんなところに永遠にいなきゃいけないなんて、それこそ地獄の仕打ちなんじゃないか?
ふと、今さらながら自分の体を見おろすと、ちゃんと肉体もある。ただし、服も何も着ておらず、裸のままだった。チ○○ンも丸出しじゃないか。
一瞬、恥ずかしい! とも思ったが、誰もいないのだから気にすることなんてないと思いなおした。
むしろ開きなおって、どんと構えてみるのはどうだ。こっちは退屈なんだから誰でもいいからでてきてほしいんだよ。
誰もいないんなら両手を腰に当てて、男らしくどどーんと構えてやるさ! もう、ヤケクソ。
「はぁーっはっはっは! 閻魔さまでも仏さまでも、とっとと顔だせってんだ。それとも俺の大明神に、恐れおののいてるってのか!?」
「……ひとりで何してんの?」
「えっ?」
声がしたから下を見おろしてみると……。知らない女の子がしゃがみこんで、俺の股関をまじまじと見つめているではないかっ!!
「キャーーッ!!!」
「なに女みたいな叫び声あげてんのよ。……アソコは大明神のくせに」
俺はあわてて股間を手で隠して叫び声をあげたが、女の子はまったく気にする素振りはない。彼女はやれやれとため息をつきながら立ちあがると、じっと俺の顔を見つめてきた。
宝石のように綺麗な緋色の髪と瞳。その瞳を見つめていると、そのまま吸いこまれてしまいそうになる。
女の子は白い無地のワンピースを着ているだけだが、彼女に余計な装飾などいっさい要らないように見える。それに……こんな美しい顔立ちの人は、見たことがない。
おっと! 俺は沙耶に一途に生きると決めてたんだった。いかんいかん、目移りしてる場合じゃないぞ。俺、裸だし。
俺は自分の考えを振りはらうようにブンブン頭を横に振ると、彼女に問いかけた。女の子は無表情のまま、抑揚のない調子で話す子だった。
「きっ、君は誰だ? それに、この場所はいったいなんなんだ?」
「私は……そうね、『神の使い』とでも言ったところかしら? あなたが誰でもいいから来てほしいと願ったから、来てあげたのよ」
「『神の使い』って……じゃあ、やっぱり俺は死んでここに連れてこられたのか?」
「ま、そういうことになるわね。ここは『流浄の境』。死んだ魂の行き先が決まるまでのあいだ、待機する場所よ。……そして、おめでとう。あなたの次の行き先が決まったわ」
「俺の、次の行き先……?」
「そう。しかも、あなたは神のお気に入りのようね。とっておきの異世界へと招待されたわ」
「とっておきの異世界だって……!?」
異世界って、もしかしてみんな大好きなアレか……? 俺も、ゲームみたいな世界に転生しちまうっていうのかよ……!?
「感謝することね。ただの高校生がこんな厚待遇を受けることはめったにないわ。おまけに、私の案内付きだしね」
そう言うと、彼女は自分の両手を向かいあわせるようにかざした。するとなんと、何もない宙からひとつの腕輪が生成されたではないか!
数本の蔓を絡みあわせたかのような繊細な造りに、女の子の瞳のような緋色の宝石がひとつ埋めこまれている。これまたあまりの美しさに、目を奪われてしまう。
……すごい。一瞬で腕輪を造りだしてしまうなんて。この子はほんとに『神の使い』なんだ。
俺は女の子に促されるまま、腕輪を左の手首に嵌めた。素敵な腕輪だが、全裸で腕輪というのも変な感じだ……。
「それは『魂珀の腕輪』。なんか分からないことがあれば、その腕輪を通して私が説明してあげるわ。つまりは、トランシーバーってことね」
「そっ、そうなのか! それは心強いな。ところで、君の名前は?」
「私の名前は『緋月』よ」
「ひづきか……。俺の名前は小鳥遊恵介、よろしく!」
「知ってるわ。でも、転生すると異世界の人格と同化して元の記憶がうすれていくから、くれぐれも忘れないようにしておくことね」
異世界の人格と同化……? 転生する先に、もともと別の人格が存在しているということか? 全てが唐突すぎて、何がなんだか分からない。
「ひづき……君はいったい何者なんだ? それに、俺がこれから行くのはどんな世界なんだ?」
「だから、『神の使い』みたいなものだと言ってるでしょ? 習うより慣れろ、異世界にも行って慣れてみたほうが早いと思うわ。そういうことで……ハイっ」
「え……おごぉっ!」
俺は突然に緋月からハイキックをもらい、後ろへと倒れこむ。気づけば背後には暗闇の穴が口を広げており、俺はそのなかに吸いこまれてしまった!
「続きはまた転生した先の世界で……。続きはまたあとでね」
「ぎょえええぇぇ」
光の穴の向こう側で、ひづきが手を振っているのが見えていたが、穴はどんどん遠ざかっていき、やがて閉じてしまった。
「ああああぁぁぁ……!!」
肉体が……魂が、形を失ってドロドロの液体となり、狭い管のなかをジュルルルと流れていくのを感じる。気持ちいいような、悪いような、なんともいえぬ感覚。
そして長い長い管のなかを流れていき、最終的にはシュポン! と器のなかに納まったのを感じる。どうやら、異世界への転生が完了したらしい。
新たな肉体を得て、目を開いたとき……。
「殺せ! ひとりたりとも生きて残すな!!」
「囲まれるな、左右に広く展開するんだ!!」
「ぐわあああぁっ……!」
鬼気迫る怒声に、断末魔の叫び。鋭く刃が交わる金属音。数多の人影が走りぬけるたび、鉄錆のような血の匂いが巻きあげられ、鼻をくすぐった。
「え……」
新たな肉体を得て、目をひらいたとき。そこに広がるのは、戦場だった。
次回から、さっそくバトルが始まっていきます。よろしくお願いします!