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1話 黒い気持ち

 私は姉が嫌いだ。


 3歳離れた姉は、すべてが完璧な人だ。

 キレイで、頭が良くて、運動もできて、性格も良くて、

 たくさんの友達がいて、みんなに頼られて、

 なんでも器用にこなすから、

 いろんな部活から助っ人を頼まれて、

 バイトもこなして……

 姉の良いところを挙げだしたらキリがない。

 

 私は姉の劣化版だ。


 何一つ姉に勝てることはなく、

 周りはいつも姉と比較する。

 母さんも同じで、姉には期待し、私には何も求めない。

 

 私が使っている物のほとんどは、姉からのおさがりだ。

 母さんに文句を言っても「我慢しなさい」って言われるだけ。

 そんな私を見て姉は「ごめんね」って言って、

 母さんはそんな姉をほめるんだ。


 いつでも優しい姉で、

 私には何もなくて、みじめで……



 私は、今年の4月から高校生になった。

 姉が卒業した高校に通っている。

 本当は違う学校に行きたかったけど、

 私の学力で、交通費がかからず通える学校が

 ここしかなかった。

 姉はもっと上の学校に行けたみたいだけど、

 家に負担をかけたくないと自分から言って、

 選んだらしい。


 学校に通い始めて1か月経ったが、

 聞かれるのは姉の事ばかりだ。

 先生や先輩たちから、


「美咲【ミサキ】先輩は、今何やってるの?」


「うちの部活に来ない?

 美咲先輩の妹なら、大歓迎だよ」


「あなたのお姉さんは優秀だったんだ。

 お姉さんを見習って、頑張ってね」


 私はいつも、美咲先輩の妹でしかない。

 

 先生や先輩たちから話しかけられるから、

 同級生とはあまり話せなくて、

 いまだに、1人でお昼ご飯を食べている。


 私の人生には、いつも姉が付きまとう。

 この制服もこのバックも姉のおさがりで、

 よく見ると、何か所か補修されている。

 目の前のお弁当も姉の手作りだ。

 コンビニで買うって言ってるのに、

 朝起きると、用意されている。

 姉に「いらない」って言っても、

「作りすぎちゃったから」と言ってくる。


 イライラしながら食べていると、

 セーラー服の上に、ミートボールを落としてしまった。


 なんなの、もう!!


 私は、洗面所に行って、汚れた部分を洗い始めた。

 汚れは取れたけど、赤いシミが取れない。

 このまま、シミが取れなかったらどうしよう。

 

 シミ……そうだ。


 汚れて着られなくなれば、

 新しい制服を買ってもらえる。

 もう、こんなおさがりを着なくて済むんだ。


 授業が終わると、すぐにアパートに戻り、着替えて、

 脱いだセーラー服と予備のセーラー服をビニール袋に入れて、

 近くの神社に向かった。


 ここは、小学生の頃、まだ父さんが生きていた時、

 姉とよく一緒に来て遊んだ場所だ。

 いつからだろう、姉のことが嫌いになったのは。

 ……今はそんなことどうでもいい。

 確か、神社の裏手にドブ川があったはずだ。


 神社の裏に回ると、ドブ川があり、

 嫌なにおいが充満していた。

 私は迷わず、袋から取り出したセーラー服をドブ川に突っ込んだ。

 そして、近くにあった木の枝で傷をつけた。


 これで、簡単には取れない汚れと補修できないキズを付けることができた。

 母さんには、かなり怒られると思うけど、この汚れた服を見れば、

 新しい制服を買ってもらえると思う。


 汚した制服をビニール袋に入れて、

 アパートに戻った。


 玄関に、母さんの靴があった。

 いつもなら、仕事をしている時間なのに。

 考えても仕方がない。

 ……母さんに報告するんだ。

 大丈夫、怒られる覚悟はできている。


 リビングで母親が電話をしている。

 電話が終わるのを待って、私は話しかけた。


「母さん、あのさ」


「結花【ユイカ】、病院に行くから、すぐに準備をしなさい」


「えっ」


「お姉ちゃんが事故に遭ったの」



 病院に行き、母さんが受付の人に事情を説明すると、

 手術室の前で待つように言われた。

 手術室の前に行くと、母さんの世代より若いと思われる夫婦が、

 落ち着かないように立っていた。

 私たちから近づくと男性が母さんに話しかけてきた。

 

「高階美咲【タカシナ ミサキ】さんのお母さんでしょうか?」


「はい、そうですが」


「申し訳ございませんでした」


 夫婦はそろって、私たちに頭を下げた。


「あ、あの、どういうことですか?」


 夫婦からの説明によると、公園で子どもと遊んでいた時に、

 子どもが道路に飛び出して、姉はその子どもを助けようとして、

 子ども代わりに車にひかれ、夫婦はその後、救急車と警察を呼び、

 現在に至るという話だった。


「私たちが息子の事をもっとしっかり見ていれば、こんなことには……

 申し訳ございませんでした」


 夫婦は何度も、深々と謝罪した。


「……もう大丈夫ですから。

 顔を上げてください」


 母さんは、夫婦を気遣ったが、表情に生気がないように見えた。


 その後、看護師さんから説明があった。


 姉は現在、意識不明の重体で、

 手術もまだ数時間はかかるという話だった。

 姉が死ぬかもしれない……



 姉が死んだら、もう姉と比べられることはない。

 私が苦しまなくてすむ。


 

「あっ」


 私は、気持ち悪くなって、その場に座り込んだ。


「結花⁉」


 母さんが私に駆け寄って、背中をさすってくれている。


「お姉ちゃんがこんなことになって、辛いよね」


 違う。


「お姉ちゃんは、絶対助かる」


 違うんだよ、母さん。


「そうじゃなきゃおかしい。

 いつも人一倍努力して、みんなのために頑張って……」


 私は……


「結花、しんどいなら休んでていいよ。

 横になりたいなら、看護師さんに相談するから」


「大丈夫だよ」


 私は、母さんと離れて、トイレに行った。


「うっ、お、おぇ、おえっ……」


 私は、便器に向けて吐き続けた。


 姉が死んだら苦しまなくて済む?

 こんな状況で、なんてことを考えてるんだ。

 私はどうかしてる。

 


 5時間後、手術が終わった。

 医師の説明によると、一命はとりとめたとのこと。

 しかし、今後どこまで回復するかは不明で、意識も戻っていない。

 以前のように歩けるようになるかも分からないという話だった。


 母さんは、助かったことに涙を流しながら喜んでいた。


「よかった。本当に良かった」


 母さんは、私を強く抱きしめた。


 私は泣くことはなかった。

 泣いてはいけないと思った。


 姉が死んだらと考えてしまった私に、

 泣く資格はないんだ。

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