振川町商店街ヶ艦
ウィーンウィーン
ウィーンウィーン
商店街のスピーカーから、サイレンが鳴り響く。
サイレンに被さって、スピーカーから指示が飛ぶ。
[総員、配置に付け。
繰り返す。
総員、配置に付け。]
店先で談笑していたお客さんと店員は、すぐさまアクションを起こす。
談笑が弾んでいた全店で、すぐさまアクションが起こされる。
お客さんは、素早く店から離れる。
離れて、商店街の敷地外へ移動する。
店員は、店の奥へ引っ込む。
店の外に出ていた店員も、キビキビと店の奥に引っ込む。
アナウンスが、入る。
[八百八さんの前のおばあちゃん、
危ないですから、速やかに移動してください。
綾木玩具店の前の子供達も、
危ないですから、速やかに移動してください。]
その間も、サイレンは鳴り響く。
ウィーンウィーン
ウィーンウィーン
お客さん全員が商店街の敷地外に出たのを確認し、スピーカーはまた、アナウンスを流す。
[隣近所の皆さん、毎度お騒がせします。
出動させていただきます。
危ないですから、近付かないようにお願いします。]
その間も、サイレンは鳴り響く。
ウィーンウィーン
ウィーンウィーン
ズズーーーゥ
ズズーーーゥ
サイレン音に、地面からの音が混じり出す。
商店街の敷地外縁から、せり出す。
地面から、地下から、四角い塔がせり出す。
せり出した塔は、横長長方形型。
敷地外縁に沿って、無数にせり上がり出す。
高さ二メートルと云ったところで、せり上がりは止まる。
塔のせり上がりが止まった頃、家屋が開く。
パカッと、音を立てるかの様に開く。
開いた家屋は空家ばかりで、人は住んでいない。
空家なので、商店街内に虫食い状態に存在する。
その在り様は、不規則、左右非対称、アシンメトリー。
何ら、法則性は無い。
開いた家屋からは、砲座が飛び出す。
外側に向けて、一八〇度回転可能。
真上と真横に向けて、九〇度回転可能。
その砲座があちらこちらにあるから、なんとも不思議に強そうな、雨後の筍カオス状態になっている。
[危ないですから、敷地線の外で、待機して下さい!
危ないですから、敷地線の外で、待機して下さい!]
スピーカーからの声が、大きくなり、音程が高くなる。
ゴオオオオオォォォォォーーーーー
腹に響く音が、響き渡る。
敷地線の内側と外側に、ハッキリと割れ目ができる。
敷地線の内側が、振動する。
敷地線の内側が、商店街が、せり上がる。
商店街が、周りの土地から切り離されて、独立してせり上がる。
[出動します!
出動します!
気を付けて下さい!
気を付けて下さい!]
スピーカーからの声が、更に大きくなり、更に音程を高くする。
スピーカーからは、人の声とは別に、音楽が流れ出す。
何か血沸き肉踊り、やけに爽やかな曲だ。
特撮ヒーローや、合体変形ロボットアニメのテーマ曲のようだ。
商店街は、上昇する。
曲に合わせて、上昇する。
曲に乗って、上昇する。
商店街は、上空三十メートルといったところで、上昇を止める。
そして、進み出す。
パッと見、前後が分からないが、進んでいる方向が船首なのだろう。
それで言うと、大通りから商店街への入り口が、船首に当たることになる。
この辺りの建物は高さ制限されているせいか、上空三十メートルもの高さに上れば、悠々空を進むことができる。
商店街は、進む。
悠々、空を進む。
所々、不規則に設置してある砲座が、日の光に輝る。
後は、これといって、戦闘設備といったものは見当たらない。
艦橋といったものも、パッと見、見当たらない。
おそらく、真ん中ら辺にある四階建ての建物が、艦橋の変わりをしているのだろう。
屋根に、衛星放送受信用みたいなアンテナが幾つか付いているが、それが三六〇度廻っている。
建物の入り口には、看板が掛かっている。
【振川町商店街振興協会センタービル】。
大層な名前になっているが、そこら辺の四階建て店舗ビルと変わりは無い。
いや、全く同じ。
センタービルの最上階(といっても四階だが)では、操舵手(といっても商店街振興協会アルバイト職員だが)が、艦長(といっても協会長(といっても八百八のご隠居さん)だが)から、指示を受けている。
「今日の行く先は、とりあえず西」
「どこですか?」
「歌茂川の算条大橋のところ」
「すぐそこ、ですね」
「そこら辺の河川敷に、お年寄りが集まって、なにやらデモしてるらしい」
「別に、置いといてええんと、ちゃいますか。
ようやってるし」
「それが、届け出てない無許可の集会やねん。
「解散させてくれ」、とのことや」
「あー、それは、あきませんね」
環境には艦長、操舵手の他、レーダー係(といっても協会パート職員だが)、と無線係(同じく)の、計四人のみが詰めている。
これで全員、なんともコンパクトな編成。
いや、もう一人いた。
キイ
カランカラン
玄関のドアが開き、ドアに備え付けられたベルが鳴る。
商店街振興協会室に、艦橋コックピットルームに、人が入って来る。
「すいませんしタ~」
入って来た人は、いつもの机に座っている協会長に、もとい艦長に挨拶する。
「わりい」
丸い木製舵輪を手に取っているアルバイト、もとい操舵手に声を掛ける。
ペコッ
デスクトップパソコン大のレーダー機器に向かっているパート、もといレーダー係に頭を下げる。
ペコッ
ノートパソコン大の通信機器に向かっているパート、もとい通信係に頭を下げる。
自分は、いつもの机に荷物を置くと、テレビゲーム機大の機器の前に、腰を下ろす。
機器には、ジョイスティックが備え付けてある。
ジョイステックの前には、十数個のボタンが並んでいる。
ボタンには、ラベルが貼ってある。
といっても、適度な長さに切った白いビニールテープに、マジックで文字を書いたものだったが。
「ほな、アレッサ。
確認してくれ」
「了解ッス」
艦長に言われ、遅れて来た男 ‥ アレッサは、うなずく。
ボタンを、全て押す。
ボタンにライトが灯り、選択されていることが示される。
ボタン全てにライトが灯っていることを確認すると、ジョイステックを掴む。
左右に、動かす。
ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥
前後に、動かす。
ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥ ジャキン ‥
艦橋の外から、音がする。
多くの物が、同時に動く音がする。
見ると、規則性無く設置されている砲座が、動いている。
右左に、上下に、綺麗にシンクロして、チームのように動いている。
「OKッス」
アレッサが、ジョイスティックを止める。
砲座も一斉に、動きを止める。
砲座は、ジョイスティックに連動している。
と云うことは、アレッサはガンナー。
それも、全ての砲座を担当するガンナー、ということになる。
アレッサは、操作具合を確認すると、ウンウンと満足そうに頷く。
続いて立ち上がると、戸棚のあるコーナーへ行く。
戸棚から、自分用のマグカップを出す。
マグカップにコーヒースティックを注ぎ、ポットから湯を注ぐ。
コーヒーをスプーンでかき混ぜながら、操舵席に近付く。
「なあ、ロベル」
「ん?」
操舵手 ‥ ロベルは、答える。
「今日は、どこ行くん?」
「ああ、近くやで」
「どこ?」
「算条大橋のとこ」
「すぐそこやん」
「うん」
「もう、着くんちゃうか」
「そやな。
もう上空」
丸い舵輪を立って操作しながら、ロベルは言う。
モニターには、算条大橋の辺りが、俯瞰で映し出されている。
算条大橋周辺の、歌茂川の河川敷に、人が集っている。
白色・黒色、肌色・茶色、変な蛍光色が入り混じり、ザワザワザワザワ、声を立てている。
声と呼応して、蠢いてもいる。
その様子は、川に新たに発生した、色とりどりの生きている澱み、を連想させる。
「来たか」
上空から近付いて来る商店街だか艦船だかを見つけ、お爺さん(A)の一人が呟く。
「何や、あれ?」
お爺さんの傍らにいる、もう一人のお爺さん(B)が問い掛ける。
「振川町商店街ヶ艦」
「へっ?」
「この場合の「ヶ」は、賤ヶ岳とか自由ヶ丘とかの「ヶ」やな。
だから、『振川町商店街の艦』ってことやな」
「いや、それはなんとなく分かるんやけど」
お爺さん(B)は、口籠もって問いを発する。
「新聞、読んでへんのかいな?」
お爺さん(A)は、呆れ気味に言う。
「新聞に、載ってたか?」
「むっちゃ大きく、載ってたがな」
「なんて?」
「衰退している商店街の土地、構成員、その他諸々を活用して、
治安維持に国が乗り出す、て」
「ほお」
「国が国策として旗を振って、
実作業は、ハウスメーカーと不動産屋と重工系の企業が、
トリオでタッグ組むんやと」
「ほお」
「で、ウチの辺りで第一号の商店街が、振川町商店街」
「ということは、なにか、ここら辺りの治安を守る為、
振川町商店街の艦がやって来た、と」
「そう」
「わしらは、治安を乱す輩ども、と」
「そういうことやな」
「納得できん」
納得できるできないの個人的感情の前に、届け出さないで、河川敷に多人数が集っていたら、不気味でしょ。
自分目線ばかりじゃなく、他人目線も気にしてよ。
艦長は、河川敷の様子を確認する。
「えらい、集まっとんな」
「ですね」
「ほな、ここらへんでええか」
「はい」
艦長は、ロベルに指示を出し、艦を止めさせる。
「ほな、アレッサ、頼むわ」
「はいっス」
艦長は引き続き、アレッサに指示を出す。
砲座操作席に着いていたアレッサは、ボタンを押す。
ボタンを適当に押し、ランプが点いてるのを確認すると、ジョイスティックを掴む。
ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジョイスティックの動きに合わせて、幾つかの砲座が動く。
「アレッサ、くれぐれも、銃口を人に向けたらあかんで」
「はい、それは重々承知っス」
「動かして、脅すだけでええから」
「了解っす」
もう一度、ジョイスティックを動かす。
ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥
二回目の砲座の動きを受けて、ザワめきがピタッと止まる。
河川敷の群集の、ザワめきがピタッと止まる。
群集の蠢きも、ピタッと止まる。
アレッサは、三たび、ジョイスティックを動かす。
ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥
艦の砲座が二度目に動くと、河川敷のお年寄り群集も、さすがに動きを止める。
一度目は、聞こえていなかったのか無視していたのかは分からねど、二度目は誤魔化せない。
「なんやあれ」
「なんや、撃つやつ動かしよったで」
「俺らをあれで、撃つつもりか?」
「横暴や、横暴」
「お上の、弾圧や弾圧」
「許せるこっちゃないな」
「撃てるもんなら撃ってみい」
砲座の動きに、お年寄り群集は憤る。
最前より、激しくザワつき、激しく蠢く。
そんな行動をあざ笑うかのように、砲座は三たび動く。
ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥
群集は一時の空白の後、前にも増してザワつき出す。
蠢きも、前にも増して激しくなる。
そのザワつき方や蠢き方は、どうやら前とは異なっている。
どうやら、パニック状態に陥っているらしい。
「マジか!」
「マジで撃って来るんか!」
「本気で撃って来るんか!」
「んな、あほな」
「そこまでやるんか、お上」
「あかん、計算外や」
群集はパニック状態に陥り、自分達では収拾がつかなる。
そこに、絶妙のタイミングで、アナウンスが入る。
艦のスピーカーから、艦長のアナウンスが入る。
[あー、本日はお日柄も良く、河川敷に集う皆様に於かれましては、
ご健勝のことと存じます。]
アナウンスのつかみに毒気を抜かれた群集は、ザワつきを止め、アナウンスに集中する。
[多人数の皆さんが、予告も無く、河川敷に集まることで、
近隣住民が警戒し不安になっています。
苦情も、寄せられています。
届け出も出ておりませんので、正規の活動とも認められません。
よって、速やかに解散、撤収 ‥ ]
一斉に、ブーイング。
アナウンスが終わるのも待たず、非難轟々である。
第三者的に見れば、群衆の方に非がありそうだが、盛り上がっている人々は、その非に気付かない。
気付いているのかもしれないが、確信犯的に無視する。
それら、怒号、シュプレヒコール等々が響く。
ジャキン ‥ ジャキン ‥
ジャキン ‥ ジャキン ‥
砲座が動く音が、響く。
群集は、一斉に静まる。
[多人数の皆さんが、予告も無く、河川敷に集まることで、
近隣住民が警戒し不安になっています。
苦情も、寄せられています。
届け出も出ておりませんので、正規の活動とも認められません。
よって、速やかに解散、撤収してください。
お願いします。]
今度は、アナウンスの声は、最後まで流れる。
静まった河川敷は、しばらく動きも止める。
「しゃあないな」
「死んだら、元も子もないしな」
「なんや、ちゃんとした集会やなかったんか」
「どうせ、付き合いで来ただけやし」
「早よ帰って、孫と遊ぼ」
お年寄り群集は、三々五々、散り始める。
誰が先導したわけでもなく、自然解散気味に、別れる。
一部のリーダーっぽいお年寄りが何人か慌てているが、ほとんどのお年寄りは気にも留めない。
なんや、面白そうやから、来てみた。
なんや、暇潰しになりそうやから、来てみた。
付き合いで、来ました。
あの、その、義理で。
といったお年寄りが、多かったのだろう。
河川敷のお年寄り群集は、あっけないくらい簡単に、解散する。
多分、周辺の喫茶店や甘味処や一杯飲み屋に、これから客が増えるだろう。
「解散したな」
「しましたね」
「なんや、拍子抜けするぐらい、あっけなかったな」
「ですね」
艦長は、ロベルと感想を交わす。
ロベルは、続ける。
「法座動かすだけで、ほとんどの人がビビッてくれて、
スゴスゴ退散してくれるんやから、
『日本はどんだけ平和やねん』、ってことですわ」
「平和ボケ、も入ってんな」
「そうとも言えますね」
砲座は、砲座でない。
弾は、出ない。
駆動装置、しかない。
つまり、動くだけで弾はでない砲座の形をしたもの、と云える。
よって、アレッサも、弾は撃たない、撃てない、撃つつもりもない。
そもそも、物理的に不可能。
だから、アレッサは、ガンナーと言うより操機手、だった。
そもそも、振川町商店街ヶ艦は、戦艦の形をしているが戦艦ではない。
戦闘用に見える装置や物は、外観だけ。
その実は、飾りか、あっても駆動装置くらいのもの。
早い話、普段は商店街してるけど、なんかの折に飛行する、戦艦の形したものに過ぎない。
何故、そんなものが存在するのか?
ま、テストパターン、テストパターン。
お上(政府、自治体、商工会議所、その他諸々)のお試し品。
廃れる一方の商店街救済策として、『商店街まるごと、土地・人員等々ひっくるめて、移動可能な治安維持施設にしよう』と、誰かが言い出した。
言いだしっぺは、誰とは明らかになっていないが、一九七〇年代から八〇年代に掛けての、とっぴな変形合体アニメやSF人形劇からヒントを得たらしい。
お上の言うことには、基本唯々諾々の連中は、それを押し進める。
国民、住民、消費者といった人々の呆れ顔をものともせず、政策は推し進められる。
ハウスメーカー、不動産会社、重工系企業がトリオでタッグを組み、それらの下請け・孫請け・ひ孫請け各種等々フル活用する。
そして、第一号が決定される。
第一号(の生け贄)は、振川町商店街に決定する。
商店街の人々にとっては、寝耳に水、寝耳に水、 寝耳に水。
非難轟々、反対の嵐あめアラレだったが、結局は押し切られる。
ズルズルでなあなあで、飴と鞭で押し切られる。
商店街の未来の発展に光が見出せず、補助金も出るということで、商店街の総意と云うことで、振川町商店街は受け入れる。
艦の隊員は、振川町商店街振興協会に勤める人々。
といっても、正社員は協会長(艦長)一人だけ。
後は、アルバイト二人(操舵手、操機手)、パート二人(レーダー係、無線係)の、計五人。
出動依頼の窓口である、市の市長室から依頼され、出動する。
協会長は八百八のご隠居の為、ほぼ一日、協会事務所(艦橋)に詰めている。
よって、協会の事務作業、折衝、その他諸々を一人で行っていることが多い。
勿論、市の市長室からの依頼も、基本的に協会長が受ける。
そして、断ることは無い。
基本的に、イエス、ウェルカム。
出動一回に付き、バカにならない額の、出動費という名の手当てが出る。
維持費、管理費、整備費等々、向こう持ち。
出動しても、人を傷付けることは無い。
出動中の商売はあがったりになるが、そのマイナスを勘案しても、プラスの方が断然勝っている。
そして、ハッタリに過ぎないとは云え、『力に任せて、人に言うことをきかす』ので、なんともカタルシスが得られる。
原始的な権力者の気分が、味わえる。
短い期間限定のかりそめ、虎の衣を借る狐、とは云え。
とは云え、振川町商店街ヶ艦の動向は、全国的に注目される。
市長室や他の機関からの出動情報開示は無いのに、出動する度、テレビのニュースで取り上げられ、新聞の記事になる。
そのおかげか、振川町商店街は、日本で一番有名な商店街となる。
様々なジャンルのマニア、オタクの聖地化し、人が詰め掛けるようになる。
皮肉なことに、閑古鳥が鳴いていた商店街は、艦化したことで活気を取り戻す。
協会長は、「狙い通り」と声明を出したが、偶然の僥倖であることは、火を見るより明らか。
振川町商店街ヶ艦に注目している人々、商店街の住民、商店街利用者、商店街勤め人等のみんなは、悟っている。
でも、表立って、誰も何も言わない。
商店街の今の繁栄が、艦化にあることは明らかで、艦をやめるわけにはいかない。
つまり、協会長に艦長を降りられてしまうと、艦(の組織)を維持することが難しくなる。
協会長(艦長)のあとがまも、おいそれと見つかりそうに無い。
ある程度の歳で(お年寄りで)、金に困らなくて(子供が養ってくれていて)、自由になる時間があって(ブラブラしていて)、そこそこ慕われている人を探すなんて、ハードルが高過ぎる。
しかも、商店街内で、探さなくてはならない。
曰く、現協会長にやめられてしまっては、困る。
苦情を言うどころか、おだてて機嫌良く職務に従事して欲しい。
そして、みんなの思いとは別に、本人は今日も機嫌良く職務に従事する。
パラッ
協会長は、開く。
新聞を、開く。
振川町商店街振興協会事務所に出勤して、朝イチにする仕事(?)だ。
最初にチェックするは、今日の天気予報。
天気予報をチェックして、無線係のパートさん ‥ アビーに、話し掛ける。
「アビーさん、アビーさん」
「はい」
「今日、天気、あかんみたいやな」
「朝から曇ってますけど、昼前くらいから振り出して、
割りと大雨になるらしいですよ」
「ホンマに?」
「はい。
それ聞いて、洗濯もん干さずに来ましたもん」
「そーか」
この時間、協会長とアビーの二人だけである。
比較的二人は、早く出勤する。
協会長は家に居ててもしゃーないので、事務所へ来るのが早い。
アビーは、事務所の掃除やら備品補充やらなんやらかんやらを仕事前に済ませる為、早く来ることが日課になっている。
ちなみにそれらを他の三人(アレッサ、ロベル、ビルギット)は、そういうことはしない。
アビーの仕事、になっている。
アビーの『そういうことをキッチリして、仕事に臨みたい』性質が、なし崩し的に『そういうこと』をアビーの仕事にしている。
教会長とアビーは、コーヒーを啜り、ほっこりする。
二人が雑談を交わしていると、他の三人も、三々五々やって来る。
ビルギット、ロベルの順に来、割と置いて、アレッサが入って来る。
アレッサは、入り口で傘を畳み、服をハンカチで拭いながら、入って来る。
「おはよう御座いまっス」
「「おはよう」」
「「おはよう御座います」」
雨の雫を取りながら、アレッサは言う。
「降って来たっスよ」
「早いな。
予報では、昼前やったんやけど」
協会長は、アビーと顔を見合わせながら、答える。
「目に見えて強くなっているみたいやから、
たいがいの大雨になるんとちゃいまスか」
「そうか」
協会長は、アレッサの言葉を受けて、窓を見る。
アビーも、窓の外を見る。
ロベルとビルギットも、窓の外を見る。
四人の眼に、雨に白く煙る景色が入る。
雨はそのまま、降り続く。
弱まるどころか、徐々に強くなる。
雨音もそれに連れて激しくなり、会話にも支障が出て来る。
今日は、予想外の大雨になりそうだ。
午前の小休憩時、協会長はテレビを点ける。
「うわっ」
眼に飛び込んで来た画面に、思わず呟く。
『何々?』と、他の四人も画面を覗き込む。
「「「「うわっ」」」」
画面は、すぐそこの歌茂川を映し出している。
歌茂川の流れは、すっかり濁流化、泥流化している。
常時人が往来している河川敷は、水の流れに飲み込まれ、姿形も見受けられない。
橋桁も、ほぼ濁流に飲み込まれ、橋のすぐ下まで流れが迫っている。
川沿いの家並みのキワキワまで、水はせり上がっている。
「うわ、これ、川沿いの家、やばいな」
「浸水すんのとちゃうか」
「こっちの方は高くなってるから大丈夫やろうけど、
向こう側やばいやろ」
「向こう側の方が栄えてるから、かなり被害出るんとちゃうか」
「出るやろな」
アレッサとロベルの会話が、状況を物語る。
テレビを見ている数分間でも、心なしか水位が上がっているような気がする。
「まあなんやかんやいうて、
ここまで水位が上がることはようあることやから、
今度も大丈夫なんとちゃうか」
協会長が、まとめる。
休憩時間終了で、テレビを切り上げる為に、まとめる。
「そんなもんですか」
「そうですか」
アレッサは返答し、ロベルは返答しつつテレビを消す。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
時計がチャイムを奏で、午前の仕事終了、昼休憩の開始を告げる。
チャイムが鳴るやいなや、協会長とアレッサとビルギットは、仕事を閉じる。
ロベルとアビーは、仕事を続けている。
多分、一段落つくまで、一区切りつくまでは続けるのだろう。
二人の様子を他所に、三人は昼食の準備をする。
協会長は、机の上に、自家製弁当を出す。
アレッサとビルギットは、スーパーかコンビニに買い出しに行くらしく、昼食のメニューを相談している。
「ロベル、早よせいや」
「もうちょっと、待ってくれ」
アレッサは、三人でいつも買い出しに行っているので、ロベルを急かす。
「いただきます」
協会長は、手を合わせて「いただきます」をして、お弁当を食べ始める。
「ファレッサ、テヘェビつけて」
物を口に入れたまま、協会長は言う。
「はい」
アレッサは、テレビを点ける。
画面が、五人の眼に、飛び込んで来る。
「「「「「うわっ」」」」」
五人、ほとんど同時に、叫び呟く。
画面に映る歌茂川は、広がっていた。
画面いっぱいに、土色の流れを湛えて、広がっている。
建造物群の間を流れ抜け、水面を広げている。
「歌茂川、溢れとるやん」
「家、浸水してますやん」
「どうも状況的に、ここ数十分くらいで、急に来た感じですね」
協会長とアレッサが状況を口にし、ロベルが状況分析する。
「家、大丈夫か?」
協会長が、アビーとビルギットに言う。
「ウチ、こっちの方やないから、大丈夫だと思います」
「ウチも、大丈夫だと思います」
返事をするも、アビーとビルギットの声には不安がある。
ロベルは、ネットで情報を確認する。
「歌茂川周辺以外は、大丈夫ですね。
いつもの大雨のような感じ、です。
あの辺りが、特別ひどいみたいです」
五人が見ている間にも、川は水位を増し、水量を増す。
あれよあれよという間に、建物群の一階部分は、呑み込まれ始める。
「これ、本格的にやばいやん。
完全、洪水災害やろ」
「そやな。
救助の必要あるやろな」
「なんで、救助来えへんねん」
「川溢れてから、そう時間経ってへんのやろ。
だから、救助に駆けつける時間が無いんやろ。
っていうか、上から救助の指令も、まだ出てへんのちゃうか」
アレッサとロベルの会話を聞いて、協会長は電話を取る。
受話器を持ち上げ、ダイヤルを押す。
[はい、市長室です]
[いつもお世話になってます。
振川町商店街のディノです]
[こちらこそ、お世話になっています]
[マッシモさん、お願いしたいんですが]
[はい。
少々、お待ち下さい]
‥‥‥‥
[はい]
[マッシモさんですか]
[はい]
[振川町商店街のディノです]
[いつもお世話になってます]
[こちらこそ、いつもお世話になってます。
実は ‥ ]
協会長は、市長室職員で、振川町商店街担当窓口のマッシモに話す。
歌茂川の現状を、話す。
マッシモも、歌茂川の状況を把握しており、現在の状況について情報が共有される。
[で、なんですけど]
[はい]
[ウチの商店街ヶ艦を、出動させてもらえへんかと思て]
[はい?]
[救助の為に、ウチの商店街ヶ艦を出動させてもらえへんかと思て]
[ああ ‥ そういうことですか]
マッシモは、黙る。
沈思黙考する。
ようようと、口を開く。
[難しい、でしょうね]
[なんでですか?!]
協会長は、即ツッコむ。
このような人道的支援のことで、頭から否定的なことを言われるとは、思ってなかったらしい。
[振川町商店街ヶ艦は、治安維持というか保安の為の機関、ですよね?]
[はあ、そうですね]
[救助活動とか支援の為の機関、ではないですよね?]
[まあ、そうなりますわね]
[つまり、組織内ポジションとか指揮系統が、
そういうのと全然異なるわけです]
[はあ]
[本来とは別の目的で動いてもらおうとすると、
むっちゃややこしくなるわけです]
[はあ]
[だから、上がウンと速やかに言わない、でしょうね]
[はあ]
するってゆうと、なにかい。
業務上ややこしくなるから手間掛かるから、『速やかに、救助指令は出せない』ってことかい。
自分らが『楽してズボラかましたい』ことが最優先で、人命救助は二の次ってか。
なんやそれ!
協会長は、食い下がる。
マッシモは、あれやこれや言を左右して、煮え切らんことを答える。
居会長は、あれやこれやと、打開策を提案する。
マッシモは、のらりくらりとああ言えばこう言うで、提案を却下する。
埒が明かない。
[ああ、もう!]
協会長は、叫んでしまう。
[どうしたら、ええんですか?」
[救助指令が出るまで、待ってもらうしかないですね]
[それは、どのくらいかかるもんですか?]
[この状況では、通常より早く出ると思いますから、
数時間後には出るんやないんですか]
それじゃ、遅いねん!
しかも、なに、その、他人ごと口調!
[ ‥ 尤も ‥ ]
マッシモの口調が、変わる。
声のトーンも、変わる。
受話器の話し口を、手で覆う音がする。
[振川町商店街さんが、人命救助に乗り出して、
それをマスコミとかが報道して、市民の知るところになったら、
人道的な観点から、こっちは文句付けられんでしょうね]
マッシモは、棒読みみたく、言葉を連ねる。
奇妙なアクセントで、発言を締め括る。
[分かりました。
ありがとう御座いました]
協会長は、電話を切る。
協会長は、関西在住。
生まれてこの方、関西育ち。
週末は、お笑い番組や演芸番組で育ったクチ。
そういうのの、阿吽の呼吸や間は、心得ている。
協会長は、マッシモの言葉に、芸人の前振りを見い出す。
マッシモの棒読み口調とアクセントに、芸人の前振りを当て嵌める。
『絶対、すんなよ』の前振りを。
協会長は、ほくそ笑み、再び電話を取る。
[響都新聞社ですか? ‥ ]
[JHK響都支局ですか? ‥ ]
[ケイビイエス響都ですか? ‥ ]
立て続けに、三ヶ所に電話を掛ける。
それぞれに知り合いがいるらしく、慣れた口調で話しを交わす。
三ヶ所目の電話を切り、協会長は一息つく。
ついて、アレッサ、ロベル、アビー、ビルギットを見廻し、にんまり笑う。
そして、言う。
「お待たせした。
出動」
大雨の為か商店街に集う人々はいなく、すんなりと振川町商店街ヶ艦は発進する。
雨の中、上昇し、風の中、突き進む。
まもなく、歌茂川の上空に着く。
直で見た、実際の被害は、テレビよりも進んでいる。
被害地域こそ広がっていないが、家屋の浸水度が増している。
浸水している全家屋のほぼ一〇〇%が、一階部分を水に沈めている。
逃げ遅れた、家屋に閉じ込められた人々は、二階や三階から、はては屋根の上から、手を振っている。
救助を求めて、手を振っている。
商店街ヶ艦が来たことで、みんなの気持ちに望みが出て来たのだろうか。
手を振る速度、アクションが、速く大きくなる。
が、ロベルが、艦を操縦しながら、言う。
「やばいですね」
「何がや?」
協会長 ‥ 改め、艦長が訊く。
「救助する人が、あちこちに散らばっています」
「うん」
「一ヵ所や二ヵ所に艦を降ろすくらいでは、対応できません」
「うん」
「それこそ、二、三家屋につき一回くらい降下しないと、
救助は無理ですね」
「そうか」
「そんなことしてたら、時間喰いますし、
家屋を傷付けずに人に傷を負わせずに、
何回も降下するのは難しいですね」
「そやな」
艦長は、ロベルの言葉に頷く。
目を瞑り、沈思黙考する。
ポクポクポク
木魚を叩くような静寂、が広がる。
ポクポクポク
沈思黙考は、まだ続く。
ポクポクポク
なかなか、思い付かないらしい。
「水の流れ、変えたらええんと、ちゃいますか?」
ビルギットが、ぼっそり呟く。
「「「えっ?」」」
アレッサとロベルとアビーが、訊き直す。
艦長も、思わず目を開ける。
「これ以上、水嵩増えんように流れキツくならんように、
川の水の、流れる方向を変えたらええんと、ちゃいますか?
で、その隙に、ウチに備え付けてある救命小型艇かなんかで、
助けたらええんやないですか?」
ビルギットは声を大きくして、述べる。
尤も、大きくしても、普通の声の大きさだったが。
なるほど。
アレッサとロベルとアビーは、眼を合わせて頷く。
「ビルギットさん、グッアイ。
それ、もらい」
艦長は、ビルギットに言うやいなや、再び電話に向かう。
受話器を取り、番号を押す。
[もしもし、アンジさん宅ですか?]
‥‥‥‥
[ああ、アンジか。
お前んとこの近くに、カラーコーン、放置してあったやろ。
あれ、まだあるか]
‥‥‥‥
[あったら、お前とこより南に車が行かんよう、
革端通りに置いて欲しいんやけど。
【通行止めです。迂回して下さい】とか書いた、紙貼って]
‥‥‥‥
[雨ん中やけど、よろしく頼むわ]
‥‥‥‥
[そう言うなや。
今度、何か奢るから。
ほな頼むで]
引き続き、電話を掛ける。
[もしもし、モレノさん宅ですか?]
その後の会話、[南]が[北]に変更になったぐらいで、ほぼ以下同文。
「というわけで」
艦長は、電話を終えると、四人に向かって改めて言う。
「作戦の手筈は整ったので、実際の実行方法を言います」
四人は、穏やかに、固唾を飲む。
「ビルギットさんの言う通り、川の流れを変えて、救助します。
その方法ですが ‥ 」
『『『『ですが ‥ 』』』』
「この艦を川にブチ込んで水の流れを変えて、
その間に救命小型艇を出して、人々を救助しようと思います」
『うわっ、強引な』
『まあでも、それが一番手っ取り早いな』
『それなら、いけるかも』
『あ、採用された』
「で、変えた川の流れですが ‥ 」
そうそう、そう都合良く、水の流れの変え先あんの?
「革端通の車道にしようと、思っています。
革端通から向こうは、川よりも高台になっているから、
『家屋に被害が出ない』と思います。
水浸被害があるとしても、革端通だけになるでしょう」
なるほど。
「既に、北は円太町通を境にして、南は御条通を境にして、
車に迂回してもらっています。
革端通りには、車は通らなくなっているはずです」
艦長の言う通り、革端通の車の往来は、パタッと止まっている。
無人の大通りに、風と水と雨の音が響く。
「ほな、アビー、川の流れを変えるに一番効果的な、
川の中に艦を据えるべき角度を、計算して」
「はい」
「ロベルは、アビーの計算結果を受けて、その通りに、艦を動かして」
「はい」
「アレッサとビルギットは、小型救命艇をすぐ出せるように、
準備しといて」
「「はい」」
四人はバッと散り、自分の役割に臨む。
アビーは計算を手早く済ませ、結果をロベルに渡す。
ロベルは、家屋を壊さないように人を傷付けないように、艦を川の中にブチ込む。
ブチ込んで、急流の中、艦の角度・向きを調整する。
川の水は、振川町商店街ヶ艦に堰き止められ、向きを変える。
川の中を通っていた水は、革端通を経由するようになる。
それに伴い、浸水家屋への水の流れは治まり、浸水高度も止まる。
穏やかになった川の中へ、艦から小型救命艇が、発進する。
ここだけ凪の川面の中、被災した人々は、次々と助け出される。
小型救命艇が数往復している間、館長とアビーはモニターを見つめる。
川の様子を、じっと見つめる。
「アビーさん」
「はい」
「ヤバいんとちゃいますか?」
「気付かはりました?
私も、ヤバいと思います」
足りない。
艦の長さが、足りない。
艦を堰にすることで、川の流れを変え、ほとんどの人を救助することができた。
でも、艦の長さが足りない為、幾つかの家屋の、残されている人々を救助できない。
変わった川の流れは艦を沿って行くものの、艦を外れてしまうと、川の中に戻ってしまう。
戻ってしまった川の流れの中に、未だ数軒の家屋が残っている。
「このままやったら、アカンでしょ」
「アカンですね」
「なんかいい手、あらへん?」
「う~ん」
艦の体長は、これ以上伸ばせない。
艦に、延長機能は付いていない。
かといって、艦の位置をズラしたり、動かすこともできない。
もし艦を今の位置から動かしてしまえば、川にまた水が戻ってしまう。
そうすると、救助活動に支障が出て、救助できない人が出るかもしれない。
が、このまま手をこまねいていても、残された家屋の倒壊は、時間の問題。
見れば、残された家屋の二階から、人々は手を振っている。
「早よ助けてくれ!」とばかりに、手を振っている。
子供達だけの家屋、もある。
親の外出中に、事態に巻き込まれたらしい。
ブンブン、音がするように、手を振っている。
「とにかく、今の地域の救助活動が済むまで待つか」
「でも、そんな悠長なことしてたら、間に合わないんちゃいますか?」
「でもな ‥ う~ん」
「う~ん」
艦長とアビーの会話は、行き詰まる。
思考も、行き詰まる。
ロベルは、モニターを見つめ、舵を微調整しながら艦の位置をキープしている。
モニターの方を向いたまま、二人に言う。
「上手くいくかどうかわからへんけど、手ならありますよ」
「えっ?」
「ホンマか?」
アビーと艦長は、溺れる者の藁とばかりに、ロベルの発言に飛び付く。
ロベルの案は、『物理的に艦の長さを伸ばせないんなら、機能的に伸ばしてやろう』、というものだった。
『艦の後方にある推進ブースターを点火して、その威力をもって、川の流れが元に戻るのを伸ばす』、というもの。
この案を行うには、『ブースター点火後は、絶えず動く艦のポジションを、一定に保つ』という、高度なテクニックと集中力メンタルが必要とされる。
「ロベル、できんのか?」
艦長は、訊く。
「できるでしょ。
ヤバそうでも、なんとかします」
ロベルは、飄々と言う。
軽い発言だが、重みと頼りがい、が含まれている。
「でも、一点、懸案事項があります」
ロベルが、気掛かりなことを述べる。
「今、艦は、歌茂川と革端通の境の堤防に位置して、
川の流れを変ています」
「そやな」
「艦首は、堤防に接しています」
「そやな」
「ブースター点けるんで、艦は前に進みます」
「そやな」
「というと、艦首は川岸の堤防に突き当って、擦れ合います」
「そうなるやろな」
「ということは、艦と堤防がギチギチ接触し続けるわけで」
「うん」
「つまり、艦と堤防に傷が付くのは必定、になるわけです」
「ああ、そうか」
艦長は、得心する。
『この案を用いることはイコール、艦と堤防を傷付けることになる』、ということを。
艦は、自分らの家や店とは云え、公共物の性格も強い。
現に、多大な補助金等が、お役所から出ている。
また、川の堤防に至っては、国の管理物だ。
お役所に伝手があるとは云え、一市民に権限のあるものではない。
でも、そんなこと言っとる場合か。
「ええやん」
「はい?」
「いってまえ」
「ええんですか?」
「なんやごちゃごちゃ言うて来たら、俺が責任取ったる」
艦長、明確にGO。
ロベルも艦長のまなざしを受け止め、舵輪に向かう。
向かいがてら、背を向けたまま言う。
「いや、そん時は、みんなであやまりましょう」
「ですね」
ロベルの言葉に、アビーも同意する。
ロベルは舵輪を握り、艦を動かす。
丁寧に細やかに、微調整する。
堤防に艦首をくっ付け固定し、艦のポジションを定める。
艦のポジションが定まったところで、ブースターのスイッチを入れる。
ブースターは空気を吹き出し、艦を前へ進める。
進もうとする艦を、堤防がとどめる。
艦と堤防が、せめぎ合う。
艦首堤と堤防が、ギチギチガリガリ、音を立てる。
ブースターは順調に吹き出、川の流れに干渉する。
ブースターのおかげで、艦の長さよりも長く、川の流れを変える。
平穏な水の地域が長く広くなったことで、残された数軒の家屋全てが、川の水の脅威から逃れる。
川の増水が止まり、流れが穏やかになるやいなや、小型救命艇が速やかに動く。
『ここぞ!』とばかりに、素早く動く。
救命艇は、なにはさておき、子供達しかいない家屋へと向かう。
水嵩は増し、二階の床まで来ていた水は、今や子供達の胸の高さにまで達している。
小型救命低は、子供達のいる家屋に、素早く達する。
操縦をAUTOにし、艇のポジションをキープする。
アレッサとビルギットは手分けし、子供達を家屋から救命艇に移す。
子供達を移し終えると、速攻で家屋から離れる。
小型救命艇が離れて数十秒後、家屋はゆっくり崩れ落ちる。
水の中へ、川の流れの中へ、崩れ落ちる。
『ギリやったなー』
アレッサは、思う。
『危ないとこやったなー』
ビルギットも、思う。
そして二人共、同じ感謝をする。
『『家屋、グッジョブ』』
その後、小型救命艇は、次々と残された家屋から人々を救助する。
小型救命艇が、全ての人を救助する。
救命艇が、振川町商店街ヶ艦に戻って来る。
ロベルは、救命艇が収納されたのを確認し、艦を動かす。
商店街ヶ艦は上昇し、川面から離れる。
艦が上がるごとに、川の流れは変化を起こす。
艦が完全に川から離れると、川の流れは元に戻る。
元に戻った流れに晒され、かろうじて建っていた家屋も崩れ落ちる。
川の水の中へと、崩れ落ちる。
艦長、ロベル、アビーは、テレビの画面に映るそれを見つめる。
それは、上空をブンブン飛び回っているヘリコプターからの映像らしい。
JHKの地元局も、地元のテレビ局も、同じような映像を映し出している。
「ほな、戻るか」
艦長は、指示を出す。
「はい」
ロベルが返事し、舵輪を廻す。
アビーは、戸棚に向かう。
戸棚から、マグカップを五つ出す。
それそれに、コーヒースティックを注ぐ。
しばらくすると、アレッサとビルギットが帰って来る。
「「ただいま、です」」
「おかえり。
ご苦労さん」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
艦長、ロベル、アビーが、ねぎらい迎える。
「救助した人は、タオルとかあげて、
ふれあいルームに入ってもらいました」
「ああ、それでええで。
ケガした人とか調子悪い人とか、いはんの?」
「それは見たところ、大丈夫やと思います。
服とかの汚れだけの問題やと思いますけど、
戻ったら念の為、医者に診てもらいましょう」
「そやな。
ほんで、風呂にも入ってもらおうか」
「梅の湯さんに、言っときますわ」
艦長とアレッサの会話が、終わる。
アレッサは、電話を取る。
ロベルは、小刻みに舵輪を動かす。
ビルギットは、いつもの席に着く。
アビーは、五つのマグカップに、湯を注ぐ。
パラッ
協会長が、新聞をめくる。
静かに穏やかに、一日が始まる。
歌茂川氾濫救助活動についてのお咎めは、無かった。
お役所から振川町商店街ヶ艦への処分も、無かった。
新聞、テレビ、ネットにより、振川町商店街ヶ艦の救助活動が、全国的に報道されたことが一因だと思われる。
また、その報道内容が、振川町商店街ヶ艦に好意的だったことも一因だと思われる。
尤も、お役所その他等々からの、皮肉コメントはあったが。
世の中の視線は、優しくなっている。
少なくとも、振川町商店街ヶ艦への視線は、親しみが込められたものになっている。
今後の【商店街艦化計画】にも、悪くはない影響を及ぼすだろう。
商店街ヶ艦が、治安維持だけでなく、救助活動にも貢献できることが明白になっている。
事実、実績を上げている。
最近では、振川町商店街ヶ艦の出動は、治安維持より救助活動の方が多い。
「名前、変えた方がええんちゃうか?」
アレッサが、言う。
「なんで?」
ロベルが、受ける。
「いや、こんだけ救助活動主体になって来ると、「商店街ヶ艦」って名前
いかついし、現状に即してないやん」
「なるほど」
「知らん人を警戒させる、かもしれんし」
「そやな」
ロベルは、返事をして続ける。
「どんなんがええねん?」
「国内救助隊、とか」
「ほお」
「ライトニングバード、とか」
「どっかで、聞いたことあるな~」
ロベルが、振る。
「ビルギットさんは、どう思う?」
「振川町商店街ヶ艦で、ええんやないですか」
ビルギットは、スパッと言う。
振り向きもせずに、一刀の下に言う。
アレッサとロベルは、顔を見合わせる。
アビーが立ち上がり、戸棚に向かう。
コーヒーを入れる為、向かう。
すかさず、協会長が新聞から眼を上げて、声を掛ける。
「ついでに、お願いできるかな」
「はい」
アビーは、協会長の分もコーヒーを入れ、協会長の机に置く。
「協会長は、どう思います?」
アレッサが、言う。
ロベルも、顔を向ける。
協会長は、再び新聞から眼を上げる。
「何が?」
「いや、【振川町商店街ヶ艦】の改名の件」
「ああ、聞いてへんかった」
協会長は悪びれもせず、アレッサに答える。
で、すぐ、新聞に戻る。
アレッサは、『やれやれ』とばかり、肩をすくめる。
ロベルは、首をすくめる。
協会長は、新聞を読み続ける。
{了}