この召喚は失敗です!〜腹黒勇者様は幼なじみを溺愛中〜
ここゼルディアと呼ばれる世界では今、魔王率いる魔族と魔物によって、人間の生存が脅かされていた。
凡そ千年に一度の割合で繰り返される魔王達による一方的な蹂躙に、人間の生き残りを賭けてランタナ国の王は禁忌とされる『勇者召喚』を行うことを決意したのだ。
ーーなぜ、勇者召喚が禁忌とされるのか。
それは誰にも分かってはいないが、ただ黙って魔族に殺されるくらいなら、今出来ることをするのみ。
あらゆる国の最高の魔法師達が集まり、城の奥深くに封印されていた召喚部屋の封を解いてゆく。
勇者召喚を行えるのはこの国の、この城の中にある、この部屋でしか行えないためである。
最後の召喚はいつだったか。
文献には曖昧なものしか残っておらず、勇者について詳しく記載された物は現存していない。
この世界の子ども向けの物語などに出て来る勇者は、誰もが振り返る美しい容姿をしており、心正しく、その何にも負けぬ強さでお姫様を助けるといったものが殆ど。
だからというか、それがそのまま勇者のイメージになっているのだ。
『禁忌』と言うからには、そこに何かしらの理由があるわけで。
けれど、今召喚部屋にいる者達全てが、
『召喚さえ出来れば人間は助かる』
『勇者がこの状況を何とかしてくれる』
と、図々しいほどの他力本願であり、そこに考えが結びつくことがなかった。
物には対価と言うものが必要である。
『異世界より勇者を召喚する』という行為に、その対価がどれ程のものなのか……考えるのも恐ろしいことである。
ランタナ国の第一王女のグレイス・ローズ・ランタナは世界の危機にも関わらず、これから現れるだろう勇者を想い、気持ちは高揚していた。
(どんな素敵な勇者様が現れるのかしら? 物語では勇者様が可憐なお姫様を助けて運命の恋に落ちるのよっ。ああ、私だけの勇者様。ずっとずっと、お待ちしておりましたわ。もう直ぐお会い出来るのね)
勇者が召喚された後は、王女が案内役を担うことになっている。
それ故に、勇者の召喚を今か今かと手ぐすね引いて待っているのだ。
王女の中では、既に勇者と可憐なお姫様である自分が恋に落ちることが決定付けられているようである。
召喚部屋は封印を何重にも重ねられており、今その最後の封を解き、おそらく千年以上開放されなかったであろうその扉を開くと、当たり前だが大量の埃とカビ臭い匂いが充満していた。
眉間に皺を寄せて魔法師の一人が風魔法を用いて綺麗にすると、床には大きな円状の複雑な古代語による魔法陣が描かれている。
余りにも複雑すぎるその魔法陣を解読することは不可能だろう。
勇者召喚がこの部屋でしか出来ない理由は、この魔法陣にあった。
なかなかに広い部屋の中心の魔法陣の外側に、数十人の魔法師達が魔法陣を囲むようにして立ち、そして魔法陣に手を翳していく。
魔法陣へ魔力を送り込んでいるのだ。
どれだけ魔力を送り込んだのか、皆の魔力が枯渇する一歩手前で漸く召喚可能な魔力が貯まったようで、魔法陣が淡く光り出した。
魔法師達は全員同じようなローブを被っており、顔も隠しているため、外からは身長差や細い太いくらいしか違いが分からない。
その中から手の皺具合によってかなり年嵩であることが見て取れる者が、重そうな分厚い本を持ち、一歩前へと出て来た。
魔法師は徐に本を開き、大きく息を吸い込むと、本に書かれているだろう長い長い呪文を淀みなく唱え始める。
魔法陣は淡い光から次第に眩しい光へと変わっていき、魔法師が唱え終えた瞬間、まるで爆発するように目を開けていられないほどの光の渦が空間を支配した。
ーーどれほどの時間が経ったのか。
徐々に光が収束し、目を開けると。
魔法陣の中心には黒髪黒目の、見たこともないような装束を身に纏った、見目麗しい青年が佇んでいた。
誰もが放心状態の中で、真っ先に正気に戻ったのは、グレイス王女だった。
(想像以上に見目麗しいお方だわっっ!)
心中で小躍りしながら、それを表に出すことなくズズズイッと青年の前へとおどり出ると、
「勇者様、わたくしはこの国の第一王女のグレイス・ローズ・ランタナと申します。現在この世界は、魔王率いる魔族や魔物によって危機的状況に陥っております。このままではわたくし達人類が滅亡するのも時間の問題でございましょう……。どうか、どうか勇者様のお力で、この世界をお救い下さいますよう、お願い申し上げます」
第一王女は何度も頭の中でシミュレーションしたように、儚げな、守護欲を掻き立てるようなお姫様宜しく、勇者様へと語りかける。
「お話は分かりましたが、私と一緒に魔法陣? に吸い込まれた者がいたのですが、今ここにその姿が有りません。彼女はどこですか?」
青年、もとい勇者は淡々とした口調で質問した。
文献には召喚される勇者が二人などの記載はない。
勇者のこの質問に答えられる者は、この場にいなかった。
いや、この場以外にもいないのだが……。
少しの沈黙が続き、沈黙の長さに比例して勇者の雰囲気がこう、ピリピリしたものに変化していくさまを、魔力が空になる一歩手前のヘロヘロな魔法師達や騎士達は感じ取った。
が、この国の第一王女であるグレイス王女は、全く気にもとめず、というより気付いていないのか、今迄に見たこともないような最上の笑顔で答える。
「一緒に来られたはずの女性は、これから騎士達に探させますわ。その間に勇者様には泉に入って頂き、力の解放をして頂きます」
あの状態の勇者に笑顔で声を掛けられるこの王女もまた、別の意味で勇者と言えるかもしれない。
「では、行きましょう」
と、王女は勇者の返事も聞かぬうちに部屋から出て行く。
勇者はクルッと背後を振り返り、
「どんなことをしても探し出して下さい。私はこの世界を全く知りませんので、探したくても探しようがありません。もし彼女に傷一つでもついていたら……」
背筋の凍るような冷たい笑みをたたえ、装束の胸の辺りから一枚の紙のような物を取り出し、近くにいた騎士に渡す。
「ここに写っている女性です。いいですね、一刻も早く探し出して、私の元に連れて来て下さいね」
そう言って部屋を後にした。
この世界に『写真』と言うものはない。
画家に描かせた絵が写真がわりであるため、自画像と言うものは大抵本人よりも若干美化して描かれていたりする。
騎士達は勇者より渡された絵ではない写真に驚きながらも、そこに写る笑顔の勇者ととても可愛いらしい女性の姿を目に焼き付けるように見る。
「この少女に傷一つでもついていたら、どうなるのだ?」
今召喚部屋にいる者達の心は一つになっていた。
「絶対にどんなことをしても探し出さねばならない。……無傷で」
先程の勇者は、魔族を前にした時以上に恐ろしく感じたのだ。
振り向いた時の勇者に緊張からか、暑くもないのに汗が止まらず、呼吸も浅いものを繰り返す始末。
勇者は王女に押し付け、とにかく城から、勇者の側から少しでも離れたいと思った。
なぜか本能が勇者を恐れていた。魔王よりも勇者への恐怖が上回っていた。
皆口にこそ出さないが、勇者召喚が禁忌とされた意味が何となくだが理解した気がした。
毒は薬にもなるが、この勇者はとんでもない劇薬であると。
扱いを間違えたら……そんな未来を容易に想像出来る気がして、騎士達は無言で部屋を後にし、出来るだけ多くの騎士達を連れて写真の少女の捜索に全力で走り出したのだった。
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召喚された勇者が腹黒でヤバい人だったら……?
なんて思い付きで書いてみました笑
序章的な感じですが、気が向いたら続きを書くかもしれません。