友達になってくれ!
あの大騒動の後、俺はギルドへと向かった。
薬草採取の依頼をこなした報告をするためだった。
…まぁ、摘んだ薬草の半分以上は吹き飛んだが。
ギルドへと足を踏み入れたが、予想通りてんやわんやしていた。
魔獣が引き起こした混乱の対処などをしているのだろう。
このギルドに入りたての新米の俺には、そういった仕事はふられない。
受付まで行き、受付嬢の女に話しかけた。
「こんにちは。依頼の薬草を持ってきたのですが。」
「今は、見ての通り忙しいです。後にできませんか?」
「時間はかからないと思うが無理だろうか?」
「…わかりました。承ります。」
受付嬢は、少し嫌そうだった。
依頼料を受け取り、外に出ると声をかけられた。
視線を向けると、討伐隊の隊服を着ている男がいた。
「あんた、ここのギルドに所属しているのか?」
「いきなりなんでしょうか?」
「俺は、エンケル・ツヴァイタというものです。あんたの名前は?」
「…カンタです。」
エンケルという男がいくら怪しく見えたとしても、隊服を着ている者にはそれ相応の態度をとった方が無難だと判断して、本名を名乗った。
ここで、ヤマダタロウです。と言える度胸が俺にあればなぁ。
「カンタというのですね?
いやぁ、申し訳ありませんが、部隊長に会って欲しいんです。」
「嫌だが?」
「そうですか…。なら、仕方ありませんね。その代わりに俺と友人になってはくれませんか?」
「…嫌だが?」
何だこいつ、男のくせに男が好きなのか?新手のナンパか?
貞操の危機というやつか?
「え、えぇ…、そ、そうです!好きな趣味は何?何処住み?」
こいつヤバイやつだ…。
確信した。
町は滅茶苦茶で、討伐所属だろうに、男に油売る男とか地球で言う地雷男子というやつだろう。
どう撒こうか考えて、結局剣でしばくことに決めた。
討伐隊所属なら、強さは保証してるし、オートパリィが発動しなければそれでよし。ものは試しだ。
足を踏み出した。
「…もう遅いっすよ。」
「…何?」
警戒を強めた。自分に何かされたのか、全くわからなかった。
相手に敵意はなかったが、慢心した。これは本当に切り殺すか。
「隊長が着きました。」
「は?」
得意気に胸を張ったエンケルを見た。どういうことだ?
「エンケル、おまえ、何を考えている。」
俺の後ろから声が聞こえて、飛びすさった。
そして、俺は振り向いて、頭が真っ白になった。
―そこには、世にも美しい女がいた。
濡れたような黒髪は美しく、腰までもの長さで、風に靡いていた。緑がかった瞳は、女によく似合っていた。
声さえも、凛としている。
とどのつまり、俺は一目惚れしたのだ。
雷に打たれたように動けない俺をチラリと見て女が言葉を続ける。
「緊急要請用の信号を発信したのはお前だな?
ご丁寧に、私を名指しして。
この町中で、この状況下で信号を発信することの意味がわかっているか?
お前を軍法会議にかけてもいいのだけれど。」
「アレク隊長!
自分は、魔獣を後方へと吹き飛ばした男を追ったまでです。
彼は英雄です。
この状況を打破するきっかけになる男です。
何としても、この場で確保したかったため、信号を発信しました。
その結果が、軍法会議ものだとしても構いませんッ!!!」
彼女が俺を見た。
「…貴方が、魔獣リィエジィを城外へと吹き飛ばしたのですか?」
声がでない。
「ぁ…、すっ、好きです! 一目惚れしましたッ!結婚してくださいッ」
彼女が目を見開いた。
ついでにエンケルという男も固まっていた。
「っあっはははははははっ!!!」
彼女が大声で笑った。笑う姿も可愛らしい。
「っ!いいよ!付き合ってあげる!
それで?教えてくれる?」
「自分が吹き飛ばしました!」
「うんうん。私は、討伐隊隊長のアレクサンドラというものでね?
君に討伐隊に入ってほしいんだぁ。
契約書持っててよかったぁ。これに名前書いてくれないかな?」
アレクサンドラさんは、お願いと言い小首を傾げた。その姿も可愛い。自分の美しさをわかっているのだ。そこが良い!
契約書にサインを書く。まるで婚姻届のようにも思えてきた。自分の名前をこんなに速く書いたのは産まれて初めてだ。
エンケルという男が「うわぁ…」という声をあげていたが、そんなことも気にならなかった。
そして、契約書を満足そうに見つめて、アレクサンドラさんはこう言った。
「私はこれから、君の上司になるね。
改めて名乗るね。
私、アレクサンドラじゃなくてアレクサンダーって言うの。
…れっきとした男だから。」
笑顔から真顔に変わったアレクサンダーは怒りを耐えていたのだろう
「…は?」
は?
言われたことが直ぐに理解できなかった。
アレクサンダー…?男?こんなに美しいのに?
エンケルが駄目押しに呟いた。
「アレク隊長は、女装が趣味の男の娘ってやつです。」
…はぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁああああ?
俺の声が辺りへと虚しく響いた。
契約書の破棄を申し出たが、魔法で作られた契約書だからと、簡単に破棄できないものであることもエンケルから教えられた…
エンケルは、うなだれる俺に肩を叩いて励ましてくれた。
「と、討伐隊も悪くないところですよ!えっと飯が旨いです!」
「おまえ、結構良いやつだな…。友達になってくれないか?」
「上官口説く男はちょっと…」
あれは、婚姻届ではなく地獄への切符だったのかもしれない。