忘れられた男 ①
アレク隊長と俺に沈黙がおりた。俺は、1つ息を吐いた。
剣を更に握りしめた。
自分が、パリィに拘った結果死ぬのは、別にいい。
けれど、顔見知りが死ぬのは、まして、飲食を共にしてきた仲間が目の前で死ぬのは嫌だった。
「…隊長。
撤退の準備を。
俺が引きつけます」
老人から視線を外さず、隊長へと指示を仰いだ。
「いや、残るなら私が残る。
今、ここで彼女を見失うわけにはいかない。」
力強い言葉だった。
「…それは、あの魔族の女が隊長の知り合いだから、ですか?」
俺はアレク隊長の個人的な私心かと問うた。
「それもある。
けれど、それしかないわけではない。
彼女、ルーチェ・モンドは、人類が手放すには惜しい存在だからだ。」
「…それは、隊長を失うことよりも優先すべきことですか?」
隊長の命令を呑み込めず、思わず言葉に出てしまった。
時間はない。
そうそうに、どちらが殿を務めるか決めなければならないというのに。
女の方は、手負いで数でかかればなんとかなるだろう。
だが、老人の方は未知数だ。
アレク隊のみんなはまだ近くにいるだろうか。
だとしたら、
「待つのも飽きたんじゃが、死ぬ心持ちはできたかの?
若者たちよ
あぁ!そうじゃった、通りすがりに殺してきた小童どもは、お主たちの仲間じゃったか?」
「っ!?」
「―――なんじゃ、本当に仲間がおるのか。」
「な、何を」
言っているのか。と問おうとする暇もなく、
俺はアレク隊長が起動した魔道具によって守られていた。
魔道具は割れて粉々になった。
少し遅れて気がついた。何かが地面を凄まじい速さで這っていった。
「おっ、見つけたわい。ぞろぞろおるのう。」
老人は杖をどこからか取り出すと、地面についた。
次いで、爆音と閃光に包まれた。
雷が、落ちている。
遠目にみてもわかる。
1つの場所に固まって落ちていた。
自然現象ではない。これらは意図的に落ちている。そして、それは、おそらくアレク隊のみんながいたであろう場所で、
「神の怒り、みたいじゃの。
鎧も着ておろうし、さぞかし熱かろうて、
お主らも不運じゃのう。生き残るってのは辛いものじゃ。うむうむ。」
アレク隊長が、攻撃しようとしたが、
老人が女の腕を掴んでこちらへと問いかける。
「なんじゃなんじゃ、
こいつの腕は要らんのか?」
…白魔法は、魔族に効かない。
つまり、あの魔族の女が腕を切り落とされたら、
「槍を持てぬこいつなどお前たちも要らぬじゃろう?」
―――槍が持てなくなる。
明らかに、隊長の攻撃意欲を的確に削ぐ、脅しだった。
老人は俺たちの先程のやり取りを聞いて狡猾に、そして、愉しげに弄ぶことにしたようだった。
この間にも、落雷は何度も落ちていく。
正直、俺にとっては、女の腕より隊のみんなの方が大事だ。
だが、1人では、おそらく勝てないことはわかっていた。
「っ!!
杖で、杖で殴ってこいよ!」
「面白いことを言う男じゃな、
じゃが、時間稼ぎにもならんな。」
老人の杖がこちらを向いた。
「っ!うおぉぉおぉぉぉおっ!!」
叫び声と共に老人の背に銃弾が撃ち込まれた。
―――それは、エンケルだった。
そこにいる誰もが、予想してない攻撃だった。
魔族は、姿を現さないものが1人いることは把握していた。
しかし、魔族の女はそいつは逃げただろうと思い、
魔族の老人は、己の初撃で死んだと思っていた。
そこにいるはずのないものが、盤上へと躍り出てキングを討ち取る。
この絶好のチャンスは、もっと最適なタイミングで起こすべきだったろう。
少なくとも、そういう風に考え、友人を見捨てる選択肢を選び、確実に魔族へと一打を狙うものが大多数だとして、
しかし、その絶好のチャンスを逃すことを分かっていて、
行動したのが、
カンタの友人であり、ただの平凡な男
―――エンケル・ツヴァイタであった。