2話
あたしがバルサリーニ王国に召喚されてからまず行われたのは神官長や騎士団長、他の各省庁の長官さん達への説明だった。
もちろん、この場にはこの国の主たる陛下――オルキスさんもいる。後で聞いたら飴色の髪のお兄さんは騎士団長を任されているらしい。名前をフレッド・ミラーさんと言うそうだ。
「……陛下。真にそちらが聖女様ですか?」
「ああ。確かに召喚の間にいたのを見たからな」
「神官長もお認めになったのでしょうか」
そう言ったのは銀縁の眼鏡に黒髪青目の中年男性だ。中肉中背で真面目そうだが。横にいたフレッドさんが小声で宰相さんだと教えてくれた。名前はヘルマンさんらしい。神官長はウェインさん。ふむふむと頷きながらトートバッグから出したペンでメモ帳に書きつけた。
「……サキタ様。そのペンは見ない造りですね」
「そうかな。ボールペンとは言いますけど」
「ほう。ぼうるぺんか。後でゆっくりと拝見してもいいでしょうか?」
「……構いませんよ」
「それは良かった。サキタ様の世界は興味深い物がたくさんありそうですね」
そう言いながらフレッドさんはにっこりと笑う。すると咳払いがされて宰相さんがチラチラと目配せをしてくる。要は今はこちらに集中しろと言いたいようだ。
「……ミラー卿。聖女様の護衛はあなたと副団長にお任せしても良いですかな?」
「マクリーン卿。なかなかにおっしゃいますね」
「私めは。あなたのように聖女様に色目は使いませんよ」
マクリーン卿もとい、ヘルマンさんはギッとフレッドさんを睨む。フレッドさんも眉をしかめた。バチバチと火花が散っていそうな光景に冷や汗をかきそうになる。
「……マクリーン宰相。ミラー騎士団長。2人とも大人気ないぞ」
「……失礼を致しました」
「申し訳ありません」
見かねてオルキスさんがヘルマンさんやフレッドさんに注意をした。2人共気まずそうだ。あたしはとりあえずはほっと胸を撫で下ろす。
「宰相。後を任せてよいか?」
「わかりました。聖女様もお疲れでしょうから」
「では。行こう。ミラー団長、聖女殿」
フレッドさんが頷く。あたしも頷いて立ち上がったオルキスさんに付いて行った。フレッドさんも一緒だ。それをヘルマンさんが心配そうに見ていたのは気が付かなかった。
ゆっくりと会議室を出て廊下を歩く。オルキスさんもフレッドさんも無言だ。あたしはどうしたもんやらと考えた。逃げ場はない。これからどうなるのか。
じわじわと不安が湧き上がる。それは黒い渦となって胸中を暴れまわった。自然と俯きがちになる。
「……イツキ。今からそなたを後宮に連れて行く。何か用向きがあったら女官長に言ったら良い」
「な。陛下?」
「そなたは黙っていろ。団長」
オルキスさんは冷たい表情と声でフレッドさんに命令した。渋々フレッドさんは口を閉ざした。
「イツキ。とりあえずはそなたはこれから私の側妃だ。いきなり正妃にはできぬ故。すまぬが」
「……わかりました。オルキス…様がおっしゃるなら」
「うむ。では。案内をする。付いてきなさい」
あたしは仕方なく頷いて付いて行く。フレッドさんは何か言いたげな表情だが。それには気づかないふりをするのだった。
長い廊下を歩き、いくつかの角を曲がる。30分は歩いたろうか。やっと後宮の門らしき物が見えてきた。
「……ここが後宮に続く門だ。入口とも言える。キュリー女官長を呼んできてくれ」
オルキスさんは門を守っていた衛兵さんに声をかける。衛兵さんは慌てて門の中に走っていく。
少し経って女官長とおぼしき中年の女性がやってきた。藍色のタートルネックのシンプルなドレスに眼鏡、髪をきっちりとアップにしている。髪は濃いブラウン、瞳は綺麗なエメラルドグリーンだ。結構上品な感じの美人さんだな。そう思っていたら目が合う。何故か、キッと睨みつけられた。
「……何かございましたか。陛下」
「ああ。聖女が今日に召喚された。私の後ろにいる女人がそうだ。聖女殿、名を言ってくれ」
「……イツキ・サキタと申します」
名前を言うと。女官長さんは笑う。けど口元を上げているだけで目は笑っていない。冷たい態度に鋭く射抜くような眼差し。あたしは歓迎されていないなと直感でわかった。
「……まあ。聖女様でしたか。私はこちらで女官長を務めています。名をシエナ・キュリーと申します。以後お見知りおきを」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「聖女様。私はお仕えする立場です。敬語は使わないでくださいまし」
早速、ぴしりと注意をされた。あたしはため息をつきそうになる。
「では。私はもう行く。後は女官長に聞くように」
「かしこまりました。では。聖女様」
「また夕刻に来る。団長、行くぞ」
フレッドさんはあたしやキュリー女官長に軽くお辞儀をする。そのまま、踵を返したオルキスさんの後を追いかけて行ってしまった。
「……異世界か何かは知りませんが。どこの馬の骨とも知れぬ女人を認めるわけにはいきませぬ。あなたは女官用の部屋に案内します。付いてきなさい」
「え。待ってください!」
キュリー女官長はギロッと睨みながら告げると。さっさと歩き出す。慌てて追いかけたのだった。