16話
あたしが控え室にて待っていたら、オーランド様がやってきた。
ドアを開けて、入ってくると。あたしを見て固まった。
「……あの、イツキ様ですか?」
「はい、そうですけど」
オーランド様は目を見開いたままでこちらを見つめる。淡い蒼の瞳がこぼれんばかりだ。
「いや、見違えましたね。最初、どなたかと思いました」
「はあ、そうですか」
「あ、時間はまだありますが。そろそろ、行きましょうか」
オーランド様はあたしに、腕を差し出した。立ち上がり、片手を添える。いわゆるエスコートをしてくれるらしい。ゆっくりと婚約式の会場に向かった。
婚約式の会場に着くと、大勢の賓客が席についていた。あたしは立ち止まりそうになったが。オーランド様が目線を向けてきた。仕方なく頷いて、足を進める。ちなみに、会場は王宮の敷地内にある教会の礼拝堂の中だ。
「……あれが陛下の側妃様か。本当に、黒髪に黒目だ」
「そうだな、けど。見かけは普通の娘ではないか」
「確かに、陛下が手をつけていないとか聞いたわ。なのに、かのウェイリー公爵様と婚約だなんて」
「まあ、陛下にはれっきとした恋人がいらっしゃるから。白い結婚なのは仕方ないかしらね」
あたしはよく喋るなあと歓心しながら、オーランド様と壇上に進む。既に神官長がいた。
「……それでは、婚約式を始めます」
神官長が言うと、賓客方の視線があたしに集中する。何となく、気配とかで分かった。
まず、ペンを神官長はオーランド様に手渡す。受け取ると、彼は自身の名をサインした。サラサラと書き終えると。あたしに渡り、同じようにサインする。ちなみに日本語ではなく、バルサリーニ語でだが。今までローザさん達に教わっていた事が結実したと思える瞬間だった。
サインの記入が終わると、最後に指輪もとい、エンゲージリングを交換した。
「ふむ、これで婚約式は完了しました。これからのお二人に幸多からむ事を願いましょう!!」
「「おめでとうございます!」」
神官長が大きなよく通る声で宣言した。途端に、礼拝堂に大勢の拍手と歓声が響き渡る。あたしはオーランド様と二人でそれに応えるのだった。
礼拝堂を出たら、近くに馬車が停められている。オーランド様はあたしに言った。
「……イツキ様、乗ってください。これから、ウェイリー公爵邸に向かいますから」
「え、今からですか?」
「はい、後宮にいた方が安全ではありますが。私としてはすぐにでも、あなたには我が家にいてもらいたい」
オーランド様はそう言って、見つめてくる。彼があたしに手を伸ばす。けど、その直前にビュンッと何かがオーランド様とあたしの間を掠める。地面に突き刺さったのは一本の矢だった。しかも、白い矢羽根付きだ。
オーランド様は一気に険しい表情になる。
「……ちっ、邪魔が入ったか」
「あの、オーランド様?!」
あたしが慌てふためいていると、ザリッと地面を踏みしめる足音が聞こえた。ゆっくりとこちらに近づいて来たのは濃い藍色のマント姿の人物だ。フードを目深に被っているから、顔などは分からない。
「……兄上、イツキ様を連れて行ってどうなさるつもりですか」
「マリーローズか、余計な事をするな」
「余計なね、私から言わせると。兄上の方がしているでしょう」
オーランド様はギリッと歯噛みをしながら、マント姿の人物を睨みつけた。あたしは驚きながらも、この人物があのローザさんだと分かった。
「さ、イツキ様。後宮に戻りましょう」
「え、ローザさん?!」
「まだ、兄上と一緒に行くのは時期尚早です。せめて、後一年くらいは待ってください」
あたしはローザさんに手首を掴まれた。オーランド様をその場に置いて、二人で後宮に戻ったのだった。
速足で戻ると、ローザさんはやっと掴んでいた手首を離す。
「先程は、乱暴な事をしてすみません。けど、危ないところでした。あのまま、一緒に行っていたら。確実に兄上はイツキ様を手中にしようとしていたでしょうね」
「そんなにあたし、ヤバい状況だったんだ。けど、オーランド様さ。怒ってたよね?」
「……あの人は放っておいても大丈夫ですよ、まあ。激怒はしているでしょうが」
さらりとローザさんは怖い事をのたまう。うわー、やっぱり怒ってるじゃないの。頭を抱えながらも、自室に戻った。
セットした髪をおろし、お化粧を落とす。ドレスも脱いで楽な部屋着に着替えた。やっと、一息つける。あたしは寝室のカウチに腰掛けた。
「……お疲れ様です、イツキ様」
「うん、お疲れ様。ルーナさん」
「お腹は空いていませんか?」
「うん、空いてるね」
「分かりました、お食事を持って来ます」
あたしが頷くと、ルーナさんは速足で寝室を出て行く。一人になると、深くカウチに凭れ掛かる。お行儀は悪いが、仕方ない。ああ、疲れた。今日は色々と忙しかったからな。もう、夕食を済ませたら。入浴を軽くして、寝てしまおう。ため息をつきながら、決めた。ふう、本当に体のあちこちが痛いし。いつの間にやら、うとうとしていたのだった。




