1話
あたしは大学から自宅まで徒歩で帰宅していた。
空は真夏のため、青く入道雲――積乱雲がモクモクと出ている。ジイワジイワとうるさく蝉も鳴く中、スニーカーで歩く。汗が額や首筋などからじわりじわりと出てきた。
「……あっついなー」
独り言ちながら足は止めない。自宅までは片道で大体15分はかかる。電車賃や諸々を節約したいのもあり近くの大学を選んだが。やはり暑い日も寒い日も歩きというのは正直きついとは思っていた。仕方ないかという気持ちもあるし。あたしはそれでも徒歩での通学をやめるつもりはない。運動になるし何より近くには千年桜と呼ばれる古木があった。春になるとその古木はそれは見事な花を咲かす。ちなみに枝垂れ桜だ。白に近い薄いピンク色で儚げながらも凄く綺麗なんだよね。また、見てみたいな。そんな事を考えていたら千年桜のすぐ前まで来ていた。
「あれ。家はこっちじゃないのに」
またも独り言を言ってしまう。桜の古木の側まで吸い寄せられるように足が勝手に動く。驚きながらも何とか力を入れて抗おうとする。けれどできずに古木にぶつかりそうになった。痛みを想像して身構えたが。一向に木肌の固くゴツゴツした感触や衝撃、痛みはやってこない。瞼を自然と閉じていたが。恐る恐る開けてみる。
あたしは真っ暗闇の空間にぷかぷかと驚くべき事に浮いていた。
「な、何なのよ。一体?!」
大きな声をあげたが。それは空間に木霊して響くばかりだ。あたしは凄まじい速度で底なし沼に落ちていくような感覚で声なき悲鳴をあげながら暗闇の中を突き抜けたのだった。
どれだけの時間、暗闇の中を漂っていたのか。不意に目の前に一筋の光の穴を見つけた。あたしは無我夢中でそれに手を伸ばす。今度は真っ白な眩い光の渦に放り込まれてまた反射で瞼を閉じた。
ぱちりと開けた。そこは広い空間だった。が、足元から眩い光がありふとそちらを見る。
「……何これ?」
上や横などをキョロキョロと見回す。どうやらあたしが立っているのは石床らしい。壁や天井、幾本もある柱にステンドグラス風の窓。ここは教会の中っぽいが。どこなんだろう?
驚くべき事に足元で光る物をよく見たら。それは複雑な幾何学模様で描かれている。余計に頭が混乱した。
ステンドグラスから差し込む日の光のおかげでよく辺りは見えるが。何故か、人の気配がないのだ。あたしは声を出してみようとした。そしたら不意に右側からガチャリと木製のドアが開く音が辺りに響く。
「……あ。すみません!」
「……え。な、何という事だ!!」
目の前に現れたのは黒く丈の長い服に白のスラックスを履いた1人の男性だ。首元には十字架――ロザリオが掛けられている。どうやら牧師さんのようだが。
「あの。ここはどこなんでしょうか?!」
「……珍妙な格好をしているが。もしや」
「……えっと。もうし?」
牧師さんは驚きの表情から考え込む表情に変わる。そしてあたしを無視して踵を返す。再び、ドアを閉めて行ってしまった。あ然とするしかなかったのだった。
あれから、どれくらいの時間が経ったのか。それすらはっきりとわからない。教会の広間らしき場所は暑くもなければ寒くもなかった。白いTシャツに青のジーンズ、グレーのトートバッグ、白のスニーカーという出で立ちだが。髪型は背中につくセミロングの黒髪を後ろに一纏めにしていた。そんな事を考えていたらまた、ガチャリとドアが開けられる。
「……陛下、騎士団長。こちらです!」
「……ついに召喚されたか!」
「はい。間違いないかと」
牧師さんはドアから入ると後からもう2人の人物が続く。1人は青に白のラインが入った上着に鞘に収められた剣らしき物を腰に佩き、白のスラックスに茶色の編み上げのブーツという出で立ちだ。顔を見たらあたしは驚きのあまり、固まった。飴色に輝く柔らかそうな髪に深い翠の瞳、少し日に焼けた肌ではあるが。凄く眉目秀麗な美形のお兄さんだったからだ。隣に佇む男性も見た。
こちらは白のシャツに茶色のジャケット、黒のスラックスに同色の編み上げブーツというシンプルな出で立ちだ。顔や髪型をそっと伺ってみた。はっきり言って飴色のお兄さんよりもっと眉目秀麗がぴったりの美形だ。日の光に柔らかく光る白金の髪に淡い紫の瞳、白い肌が眩しい白皙の青年が佇む。
「……ふむ。ウェイン神官長。この娘が新しく召喚された聖女だな?」
「はい。この国――バルサリーニ王国に必要な聖女様です」
「なら。聖女よ」
あたしは付いていけないながらもここがバルサリーニと呼ばれる国なのは辛うじてわかった。先程に度肝を抜かれた白皙の青年がこちらにゆっくりと近づく。
「名は何というのだ?」
「……あたしは。イツキ。崎田壱月。あなたは何と仰るんですか?」
「私は。このバルサリーニの現国王でオルキス・ウェン・バルサリーニという。オルカと呼べばいい」
青年――オルキスさんはにっこりと優しげな笑みを浮かべた。立ち尽くすあたしに手を差し伸べたのだった。