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第7話 着いて早々

「仕方ない……。こういう魔法は、なるべく使いたくなかったんだけどな……」

 俺は頭の中で呪文を思い浮かべながら、横薙ぎに右腕を振るった。


(【遡行復元(リストア)】)


 一陣の風が吹き抜けると、燃え盛る火炎は瞬時に収まった。

 物置小屋は、何もなかったかのように元の場所に佇んでいる。


「……ふぅ、なんとかなったか」

 けたたましく鳴り響いていたサイレンもひとまず静まった。視界もすでに、元通りだ。


「えっ……ええっ? いきなり、火が消えた……?」

「赤野君がやったんだよね~……? 今のも、魔法なの~?」

「ああ、ちょっと特殊な復元魔法だ。消火しても焼けた建物は直せないから、その周辺だけ時間を巻き戻したんだよ」

「じ、時間魔法ってこと……? そんなの、原作にも出て来ないんじゃ……?」

「別冊の設定資料集に小さく載ってたよ。古代の賢者が使ってた、失われた魔法として」

「ああ……。そういうのでも、設定帖に書いちゃえばOKなんだ?」

「原作の設定を壊すことにはならないの~?」

「まあ、ギリギリだけどな……。こういう時の保険のために、いつもセットしてあるんだ。この世界の住民にバレたら大問題だけど」


 俺は正直に解説したのだが、烏羽は何故かじっとりと睨みつけてきた。

「なんというチートスキル……。おまけに無詠唱だったな? そんな芸当、賢者クラスでないと不可能ではないか? モブのお主に、なぜそんなことができる?」

「どうでもいい。助けてやったんだから文句言うな」

「話が違うぞ。拙者たちにはあれこれと制約を付けておいて、自分だけ――」

「だから、保険だっつってんだろ! 俺一人なら絶対に使わない魔法だ! こんなことさえ起こらなけりゃな……!」

「む……納得いかん。だがまあいい。褒めてつかわす」

「うるさい黙れ。お前は、退場だ」

「何故だ? 誰にも見られずに済んだのだから、今回は見逃せ」

「いいから帰れ! 今からゲートを出すっ!」


 怒りに任せて右手をかざしたのだが、すぐに山吹と白梅がその腕にしがみついてきた。

「待ってよ赤野……。来たばっかりなのに、さすがにかわいそうだよ!」

「そうだよ赤野君! お願い、許してあげて~!」

 絶対に、今すぐ帰らせた方がいい。その判断は正しいはずなのだが――

「……じゃあ、イエローカードだ。次やったら問答無用で退場だからな。お前だけじゃなくて後の二人も連帯責任で帰らせるから、そのつもりで行動しろ。いいな?」

「チッ……」

 温情をかけてやったのに舌打ちしやがった。なんて奴だ。

 ただ、そっぽを向いたということは、多少は反省しているはず……。


「赤野が言ってたの、わかったよ。あのサイレンが鳴り止まなかったらヤバいんだね?」

「そういうことだ。今回はあんなもんで済んだけど、状況次第でもっと凄いことになる」

「わたし、今のでも相当怖かったけどな~……。本当に気をつけなきゃ、だね~」

「わかってくれたらいいんだ。くれぐれも勝手な行動は謹むように。烏羽、お前は特に」

「……今の私はリラ様の従者、ソデコだ。ソデコと呼べ、下郎めが」

「誰が下郎だよ……ったく」


「でもそっか~。わたしたちも、ちゃんとこの世界の名前で呼び合わないとね~」

 その白梅の言葉に、嫌な流れを感じる。

「まあ、ちょっと恥ずかしいけどね。そうしないと街の人たちに怪しまれちゃうし」

 それはその通りなのだが……。そうなると、俺もこの世界でのポルタという名前を、コイツらに教えなくてはいけなくなる。実は、ずっとこのことは気がかりだった。


「ねぇ赤野ー。そういやアンタのことって、なんて呼べばいいの?」

 ……ほら来た。無表情を取り繕って、俺は答えた。

「まあ、その……研究者様、でいいよ」

「えっ? なんで?」

「赤野君にも、この世界での名前があるんだよね~?」

「いや……俺は、その……」


 その時、間が悪いことに――遠くから、この世界での俺の名を呼ぶ声が響いた

「ポルタさまぁー!」

 向こうからこちらに駆けて来る二人の少女。どちらも教会信徒の制服だ。


「あっ、しまった……」

 そういえばここで彼女たちと会うって、設定帖に書いてたんだっけか。前回入った時からその設定を修正していなかったのを、今になって思い出した。


「あれ? あの子たちって……」

「おお、間違いない。ピルムとマルム姉妹だな」

「わあ~! 遠目に見ても、かわいい……かわいい~。想像の百倍愛らしいよ~……!」


 城下町の修道院に暮らす孤児の姉妹。二人とも勇者の友達だが、あくまで脇役だ。つまり、俺とちょっと会話するぐらいではタブーに触れない人々だということになる。

 作中の登場人物たちとは最初から知り合いということにしておかないと面倒なので、俺は『二人から兄のように慕われている』という設定にしてある。もっとも、そんなことを同級生三人に知られたら即座に変態扱いされそうだけど。


「それにしても、本当に作中の登場人物と交流できるとはな……」

「ああぁ……。この調子でアルドル様とも……」

「えへへ~……。ピルムたん、走り方までか~わいい~……」

「あの、みんな……頼むから、妙なことはするなよ。挨拶だけして、すぐに別れるから」

「えっ、そうなの?」

「残念、せっかく会えたのに~……」

「当たり前だろ。波風立てたくないからな……」


「ところで、赤野よ。ポルタ様というのは、お主のことか?」

「うっ」

 烏羽――いやソデコは、じっと俺を見つめている。もはや、ごまかせなさそうだ。


「……そうだよ。俺はこの世界では、ポルタ=リヴェラリスって名乗ってる」

 観念してそう答えると、普段は表情を崩さない彼女が、ぶっと盛大に吹き出した。

「ぽ、ポルタっ……リヴェ、ラリス……っ」

「ほっとけ! プスプス息漏らして笑うな……!」

「そうだよソデコちゃん! ポルタ様に失礼だよ~!」

「ポルタ・リヴェラリスって、ラテン語で『自由の扉』みたいな意味だよね? アンタ、結構いいセンスしてるじゃん」

「…………おう」


 バカにされるのは腹が立つけど、褒められたってリアクションに困る。まったく何が悲しくて、自分の恥部を晒さなきゃいけないのか……。


「もういいよ……。みんな、ここでは俺をポルタ様って呼べ。いいな?」

「は~い、ポルタ様ぁ~!」

「くくく……ポルタ……ポルタ、様……っ」

「ぐっ……」

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