第6話 ソムニア王国
晴れた空。広がる青い麦畑。遠くには長く伸びた城壁と、城の影が見える。
「着いたぞ。ソムニア王国、城下町の外れだ」
俺の愛する世界。無味乾燥な現実の暮らしを支える、癒しの場所――
「こっ、これが、ソムニア王国……っ!」
「く、草が生えてる~……。雲が流れてくぅ~……」
「わかるぞノドカ……当たり前の全てが、尊い……尊い……」
「はいはい、静粛に。約束を忘れるなよ。くれぐれも、目立つ行動は控えてくれ」
彼女たちの心情はよくわかる。俺も初めて本の中に入った時は、逸る気持ちを抑えるのは難しかった。何百回入ったかわからない今でも、毎回胸が高鳴る感覚があるのだから。
ソムニア城下街は、この世界では希望の都と呼ばれる大きな都市だ。ただ、城から少し離れるだけですっかり田園風景に変わるし、森の奥まで行けば魔物も出る。都会と言ってもあくまで中世風ファンタジー基準なので、郊外は和やかで牧歌的な景色が広がっている。
「ね~赤野君~。あそこに見えてるのがお城なんだよね~?」
「ああっ、あっ、あっ! アルドル様が、あちらに……っ?」
「とりあえずは城下町に向かうぞ。まずは安全なモブの人たちと会話してみよう」
「う、うん……!」
俺の言葉に素直に従ってくれる山吹なんて、違和感しかない。とはいえこの様子なら、彼女は心配なさそうだ。
「ところで赤野く~ん、どうしてこんな場所に出たの~? 城下町に行く予定なら、最初から町に直接ゲートを繋げばよかったんじゃ~……?」
「だから、できるだけ誰にも見つかりたくないからだよ。いきなり光のゲートをくぐって現れるモブなんて、いるわけないんだから」
「ああ~。確かにそっか~」
「ここは、俺がよく出入り口に使っている場所の一つだ。町から近い割に人通りが少ない。ゲートを設置するには理想的なところだよ」
建物はほとんどなく、ちょっと離れた場所に水車小屋と、近くに物置小屋があるだけ――
と、その物置小屋の方を、烏羽が何故かじっと見つめている。
かと思うと、唐突にぶつぶつと呟き始めた。
【地獄の業火よ。泥濘んだ安寧を焼き尽くせ――】
これは、詠唱……? なんでコイツ、詠唱なんかしてるんだ?
しかし見る見るうちに、彼女の周囲に邪悪な魔素が集まっていく。コイツ……俺が見てない時に、設定帖に『魔法が使える』とか書いてたのか?
いや、そんなことより、確か、この呪文は――
「【邪獄炎】」
十メートルほどの黒い火柱が立ち上り、物置小屋は一瞬で炎に包まれた。
「なっ……――」
「おお、本当に使えるとは……」
同時に視界が暗くなり、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響く。
「なぁにやってんだぁぁぁあああ……っ!?」
非情にまずい……。世界崩壊の警告音だ。
「なっ、なになに~? すごい音ぉ~……!」
「まさかこれが……赤野が言ってた……?」
山吹と白梅は、慌てた素振りで辺りを見回していた。俺だけじゃなく、やはり彼女たちにも同じ音が聞こえているようだ。
「フ……フフフ……。素晴らしい……これが、魔法か……」
だが烏羽だけはご満悦な表情で、燃え盛る漆黒の炎を見上げていた。完全に悪役の顔だ。彼女にも異変は伝わっているはずなのだが、感動の方が勝っているということか……?
「どうだ見たか、闇と火の合成術だ! 魔族にしか使えない高等魔法だぞ!」
「自信満々に言ってんじゃねぇ! 今のお前は魔族じゃなくて、モブメイドだろうがっ!?」
「むっ……。そういえば、そうだったか」
俺が全力で怒鳴りつけると、不意に我に返ったようだ。物置小屋はすでに倒壊し、闇の炎はどんどん燃え広がっていく――
「うむ……思っていたより、火力が出たな」
「来て早々に何やってくれてんだよ! 尊いとか言いながら火ぃつけんな、バカ!」
「いや、すまん。どうしても試してみたかったのだ……」
「こんな特殊な魔法の痕跡が見つかったら大騒ぎになるぞ! 人が来る前に早く消せっ!」
「ソデコちゃん! 消して消して~っ!」
「ソデコ、光と水の合成魔法だよ! 闇の炎は、普通の水魔法じゃ消せないから……!」
「光の魔法……。そんなもの、使えんぞ」
「ええーっ!?」
「当たり前だろう。私は魔貴族の血を継ぐメイドなのだから……フッ」
こうしている間にも、地獄の業火は凄まじい勢いで燃え広がっていく。炎と呼応するかのように、生理的な嫌悪感を煽る異音はますます強く鳴り響いて――




