第5話 万能な設定帖
「じゃあ……みんなにはまず、今回入る世界での、自分の設定を決めてもらうぞ」
行くと決めた以上は腹を括るしかない。
俺は棚から三人分の設定帖を引き抜いた。
「自分のキャラ設定をこのノートに書いておくんだ。今の自分のままでいいなら何も書かなくていいけど……制服のまんまだと、ソムニア王国では浮くだろ?」
ここまで言うと、烏羽が小さく手を挙げた。
「そのノートに書いたことは、どんな設定でも反映されるのか?」
「まあ、そうだな。顔や体型も自由に変えられる。俺はやったことないけど、年齢や性別まで変えられるはずだ」
「ふむ、すごいな……」
「マジで何でもアリなんだ……」
「得意武器とか所有スキルとか、そういうのも書けば反映されるけど……今回は戦闘する予定もないし、何も書かなくていいぞ」
「何でも反映されるのであれば、『不死の存在』という設定にすれば、安全なのではないか? タブーに触れても死ななくなるのでは?」
「ああ……残念だけど、そういうズルはナシだ。不死っていうのは、設定帖に書けない」
「チッ、そうか。名案だと思ったのだが……」
実は俺も昔やろうとしてできなかったのだが、モジャ曰くそういう決まりらしい。
「後は、そうだな……。なんでも反映されるからって、実際の自分とかけ離れすぎた設定にするのは、おすすめしない。正直、虚しくなってくるからな……」
「あ、わかった。これも経験談でしょ。地味で平凡なアンタがイケメンになってモテすぎたら、自分のことじゃないような気がしちゃったんだよね?」
「まあ……そういう感じかな。肩書とかはともかく、見た目は変えすぎない方がいい。鏡を見ただけで違和感あるし……元の自分に戻った時の反動が半端ないぞ」
「はーい、参考にしまーす!」
「確かに赤野君は~……服装以外はそのままだもんね~」
「うん……。俺はどんな物語の世界に入る時も、必ず自分をモブキャラに設定してるんだ、最近は放浪の魔法研究者ってことにしてるけどな」
「それはやっぱり~、モブの方が、タブーに触れにくいから~?」
「そう、それに……目立つのは、俺の性に合わないんだよ」
「そっか~、なるほど~……」
白梅はすんなり流してくれたけど、山吹と烏羽は揃って茶々を入れてきた。
「モブねぇ……。なーんか、アヤしいなぁ?」
「実際はいつも『モテモテの英雄』という設定で、ハーレムを楽しんでいるのでは?」
「そ、そんなこと、ないって……。俺を、なんだと思ってるんだ……」
内心冷や汗が流れたが、さらりとごまかすことにする。
「俺はな、自分の好きなキャラクターたちと……ぶっちゃけ、同じ空気を吸えるだけで幸せなんだよ。お前たちなら、ある程度わかるだろ?」
「まあ、うん……」
「控えめだな、とは思うがな」
「みんなに俺と同じようにしろとはまで言わない。でも、絶対にあり得ない設定だけはやめてくれ。勇者とか魔王より強いとか、伝説の賢者の生まれ変わりとか、そういうのは却下だ。あくまで一般人、あくまでモブらしい肩書きで、設定を考えてほしい」
「ふむ……。縛りは多いが、とりあえず書くだけ書いてみるか」
「そうしよ~!」
「真剣に頼むぞ。こんなところで時間潰したくないから……」
嫌な予感しかしなかったが、俺は三人にノートとペンを手渡した。ちなみにノートもペンも、俺が念じるだけで出せるものだ。
それから三人は、黙々とペンを走らせていた。
「おい、できたぞ」
――かと思えば、数分と経たないうちに烏羽が手を挙げた。
「やけに早いな……。どんな設定にしたんだ?」
「魔王軍を影で支配する真の黒幕、魔神ソデコ」
俺の予想の遥か斜め上から、知性の欠片もない爆弾が飛んできた。
「だから……そういうのをやめろっつってんだよ!」
「何故だ? 影で支配しているだけで、表向きはモブだぞ?」
「そういう小細工はいいから、もっと普通のモブにしろ! やり直し!」
「チッ……」
烏羽が引っ込むと、入れ替わりで白梅がソワソワと近づいてきた。
「あ、あの~……。こういうのは、どうかな?」
「ん……――」ちらりと見て、即座に「却下」とそのページを摘んでちぎり捨てた。
内容は卑猥な文字列の連続で、とてもではないが言及できない。
「ああ~ん! せっかく書いたのにぃ~……鬼畜すぎる! ありがとうございます~っ!」
「うるさい黙れ、やり直し。……山吹はどうだ? 書けそうか?」
「う、うん……。一応、書いてみたけど……」
「どれどれ――」
地方貴族キーエス家の娘、リラ=キーエス。アルドルを密かに慕っている――
他にも細かい設定まで書いてくれていたが、原作にしっかりと準拠していて、過度に目立つ要素もない。これなら問題なさそうだと素直に思えた。
「ふーん、なるほどな……」
「き、貴族はやっぱやりすぎかな? 普通の村娘とかの方がいい……?」
「いや、これぐらいなら大丈夫そうだ。思ったよりマトモで逆にびっくりした」
「えっ……? ほ、本当に? あたし、変じゃない……?」
「全然変じゃないよ。むしろ、こういうのでいいんだ。これならソムニアサーガの世界観を壊さないし、街にも自然に溶け込めると思う」
すると、横からノートを覗き込んできた白梅が言った。
「ああ~。やっぱり、いつもの史織ちゃんの二次創作の設定だね~」
「そうなのか? よく考えられてるな……」
俺が素朴な感想を漏らすと、烏羽も「そうだな。いつものリラ様だ」と、不敵に笑った。
「や、やめてよ二人とも! そんなの赤野に言わなくていいから……っ!」
山吹は露骨に恥ずかしがっていたが、俺は正直、マトモな奴がいてくれて助かったと思った。
彼女の設定を軸にして後の二人の設定を決めさせれば、無難なモブばかりの一行に仕上がることだろう。
「よし、じゃあこうしよう。今回の旅は、俺がキーエス家の当主に頼まれて、『城下町に遊びに来た娘さんを案内する』って筋書きにする。後の二人も、リラ=キーエスと一緒にいるのが自然なキャラ設定にしてくれ」
「では、拙者たちは『リラ様の従者』で、どうだ?」
「それいいね~! わたしとソデコちゃんは、キーエス家のメイドになるよ~!」
「い、いいの? 二人とも、せっかくソムニア王国に行くのに……」
「拙者はどのみち、すぐには何も思いつかん。今回はお試しということだから、リラ様のメイドになりきってやろう」
「うう、リラ様はやめてよぉ……」
「ところで拙者の名前は、カタカナ表記のソデコでいいか?」
「わたしも、カタカナのノドカでいい~?」
「それでいいから、ノートに書いてくれ。細かい設定まで書き込まなくても、『リラ=キーエスの従者ノドカ』って書くだけで十分だ。書いてないことは適当に補ってくれるから」
「ハアハア、従者っていい響き~……。ね~リラ様ぁ、ちょっとぐらいキツ~い命令してくれてもいいんだよ~?」
「し、しないってば……!」
こうして、とりあえず四人分の設定帖が仕上がった。
ノートを束ねて、ソムニアサーガの単行本と一緒に、宣誓台の上に置く。
すると、女子三人の身体が光で包まれ、一瞬で服装が変わった。
「わあ! リラ様が、リラ様のお姿に~!」
「えっ、えっ? 二人がメイド服に……。あたし、これって……ドレス着てるの……?」
「おお、リラ様の瞳が赤くなっている。こんな設定も反映されるのか……」
「ウソ、マジで! か、鏡っ! 誰か、鏡持ってない!?」
「落ち着けって。このぐらいのことでいちいち騒ぐな……」
俺が宙空に手をかざすと、光のゲートが現れた。
「このゲートの向こうはソムニア王国だ。……行くぞ」
三人は固く手を取り合って、一様に目を輝かせていた。
期待、興奮、緊張――それらが入り混じった熱い眼差しだ。
「はあ~……ドキドキするね~……」
「フフフ、血が騒ぐ……」
「アルドル様……ああ、アルドル様ぁ……っ」
いつもは一人で黙々とやっていることを誰かと一緒にするのは、くすぐったい感じがある。
彼女たちが後からついてくるのを確認しながら、俺は光のゲートをくぐり抜けた。




