第23話 終戦
「……んん?」
何故か突然、ミコが手を止めた。息を切らしたミセリアをじっと見据えているが――
「なんだろう、これ……珍しい魔法を使ってる?」
どうやら彼女特有の魔力の流れが見える目で、ミセリアの体に異変を発見したようだ。
「強化魔法とかじゃなさそうだけど……もしかして、姿を変える魔法かなぁ?」
「なっ、なんのことじゃ……っ!」
「面倒だし解除しとこうか。それっ!」
「あっ……!!」
ミコが剣を横薙ぎにすると、ミセリアはポンッと姿を変えた。
ぽつんと立っていたのは、小さな女の子。さっきまでのミセリアをそのまま子どもにしたような見た目で、九歳のピルムより明らかに幼い。
実はこれが、ミセリアの本当の姿なのだ。
「あーあ、変身魔法を解いちゃったのか……」
彼女は転生魔法を繰り返して何百年も生き永らえているのだが、今はまだ転生したばかりで、肉体は幼女。プライドの高い彼女はそれを恥ずかしがって、普段は妖艶な女性に擬態している――と、設定資料に書いてあった。
「な、なんということを……。おのれぇ、許さんぞぉ!」
「ふーん。許さないって、どうする気?」
「うっ、うぐぐうううぅ……っ!」
原作ではこの姿を見せる前に死んでしまうわけだが、有名な裏設定としてファンの間では知れ渡っている。
特に幼女好きの一部ファンの間では、ミセリアは特殊な人気があって――
「はっ……幼女好き!?」
まずい……この流れは……!!
「わぁ~い! 生幼女ミセリアたんだぁぁぁぁ~~っ!!」
案の定、ノドカが暴走した。他の魔物との戦闘中だったのに、こういうのはすぐ気づくんだな……!
「すごいすごい~! 資料集の文面にしかなかった幼女ミセリアたんが現実に~! ああ~こんなんだったんだ超かわいい~! はあああぁあ~っ、ぺろぺろさせてぇ~~っ!!」
「ダメだよノドカちゃん! 見た目は子どもでも、そいつは――」
ノドカは目の前の魔物との戦いをほっぽり出して、ミセリアめがけて走り出す。ミコの反応をも上回る速度で――
「舐めるな小娘……! 《劫火爆》ッ!!」
「あっ……――」
術の阻害は間に合わなかった。ノドカの全身を丸ごと包み込む、巨大で激しい爆炎が噴き上がる。焼けつくような熱風が周囲に散った。
「ノドカ……!!」
リラの悲鳴に似た叫び。ミセリアは幼い子どもの顔に、邪悪な笑みを浮かべていた。
「ハッ……愚か者めが。この姿を見た者は皆殺しじゃ……」
しかし、間もなく煙が晴れてみると――
「あいたたた~……。ひぎゃっ! わたしの服が~っ!?」
「なっ……なんじゃと!?」
(……やっぱりな)
服が燃え尽き、あられもない姿にはなっていたものの、ドM自身はノーダメージだった。
設定帖の力、おそるべし。装甲車よりタフなんじゃないか。
「す、すごい! こんなすごい防御魔法、初めて見たよ……!」
(魔法抜きでも、世界一の壁役なんだよなぁ……)
ミコは素直に感嘆の声を上げたが、状況によっては疑念の目を向けられていただろう。
俺は怪しまれるのが怖いので、さすがに自分をここまでの超人設定にしたことはない。自分が人間じゃなくなったような気がして、なんか嫌だしな……。
「ミセリアたんのえっち~! なんてことするの~! あ~ん、もうお嫁に行けない~!」
「な、何故、無傷なのじゃ……? わらわは全力で撃ったのに……っ?」
ミセリアはもう、構えすらとっていない。完全に戦意喪失……ってところか。
俺はノドカに駆け寄って、自分の羽織っていた外套を背中から被せる。コイツの自業自得とはいえ、さすがにちょっと目に毒だ。
「お前、どこまでタフなんだよ……」
「え、えへへ~。ポルタ様ったら、意外と紳士~」
「黙れ……っつーか気をつけろ。ロリコンが祟って死ぬなんて、笑い話にもならないぞ?」
「ろ、ロリコンじゃないよ~! ただの無害な幼女好きだも~ん!」
俺の外套じゃ若干長さが足りなくていろいろ隠しきれてないけど……まあ致し方ない。
さっさと戦いを終わらせて、替えの服を出してやるとしよう。
「お、おのれ……なんと面妖な連中じゃ。今一度、エクスプロージョンを――」
「させないよ」
「あっ!?」
今度はミコが先手を取った。ミセリアには二度と魔法を発動させないつもりだ。
「キミ、生かしとくだけで危なそうだね。そろそろ、終わりにしようか」
「ふ……ふ、ふ……っ」
今のミセリアの外見は弱々しい女の子なのに、ミコは一切躊躇する様子もなく、首を取ろうとしていた。恐怖に染まったミセリアは、蛇に睨まれた蛙。一歩も動けずに震えている――
「ふざけるなっ!!」
かと思ったが、その叫びと共に彼女の足元の地面が割れ、何かが飛び出してきた。
「な、なんだ……!?」
「これは……ワイバーンか……!?」
いや、ドラゴンゾンビだ……。ちょっと前にミコが殺してこの辺に落ちてきたワイバーンを、いつの間にかゾンビとして蘇らせていたらしい。戦いの最中に少しずつ、地面を掘り進んで近づいていたのだろう。
地上に現れたドラゴンゾンビはそのままミセリアを背に乗せ、あっという間に急上昇した。
「待て、ミセリア……!」
ミコが大剣を振ったが間に合わなかった。封魔の力の届かない距離まで逃げられた。
「覚えておけ、勇者よ! この屈辱は、必ず晴らすぞ……!」
ミセリアとドラゴンゾンビを、鈍い光が包む。ぱっと光が弾けたかと思うと、姿は消えていた。
「くそ……逃がしちゃったか」
「……そうみたいだな」
ミセリアは無詠唱での転移魔法は使えないはず。おそらく何か、アイテムを使ったんだろう。
「でも……ひとまず、脅威は去ったか」
ミセリアと俺たちとの戦いの裏側で、騎士たちの戦いも終結していた。オークとゴブリンの生き残りは全て逃亡。残っていた魔族兵も、あらかた片付いた。
多くの亡骸が無造作に転がる戦場を直にまじまじ眺めると、さすがに気分が悪くなってくる。
こういうのは、できたら本で読むだけにしたいもんだ。
「……終わったか」
終戦を確信したラピスは剣を納め、親友の元へと駆け寄った。
「ミコ……よくやったな」
「ラピス、ありがとう。君が厳しいことを言ってくれたおかげで、ボク……立ち直れたよ」
「馬鹿を言うな。姉弟子として、当然のことをしたまでだ」
「これからも、一緒に戦ってくれるよね?」
「だから当たり前のことを言うな。私たちは、姉妹同然の仲だろうが……」
それから二人は剣を交差させ、天に掲げ――
声を揃えて、高々と叫んだ。
「勝鬨だ!」
一斉に、騎士たちの歓喜の声が上がる。
ラピスのいなかった原作では決して見られなかったシーンに、俺は不思議な感動を覚えた。
勝利の興奮、感情のるつぼ。痛みや疲労感、汗と体液の臭気、敗者や仲間の死――ネガティブな要素はまとめて飲み込まれていく。ここにある全てが原初的で、やたらと生々しい。
(……これが、戦争か。やっぱ、参加するもんじゃないよなぁ……)
俺はぺたんとその場に腰を下ろした。座ったというより勝手に体が動いた感じだ。




