第4話 本の世界のタブー
「あの、とりあえず、みんな近い……。近いから、ちょっと、離れてほしいんだけど……」
「ん……」「離れたぞ。早く話せ」
「えっと……。俺は確かに、本の中に入れる。だけどそれは、モジャが言うような夢みたいな話じゃないんだ。本の中の世界は――死の危険と、隣合わせなんだよ」
「えっ……なんで?」
「敵との戦闘に巻き込まれて~って、ことかな~?」
「もちろんそういう危険もある。本の中で死んだ場合、現実には生きて戻れないからな。だけどそれだけじゃなくて……もっとヤバいことがあるんだ」
「まるで話が見えんぞ。きちんと説明しろ」
「本の中の世界には、いろいろとタブーがあってな。俺も全部把握しきれてるわけじゃないけど、基本的には『原作の展開を改変したらダメ』なんだ」
「ふーん……?」「原作の改変っていうと~……?」
「たとえば、重要なキャラが途中で死んだりしたら、原作通りの展開にはならなくなるだろ? そういうのは、全部アウトなんだよ」
「それで、タブーを犯したら、具体的に何がどうなるのだ?」
「なんというか、サイレンみたいなのが鳴り始めて……。そのまま放置したら世界が消滅して、俺の存在も消滅する、らしいんだけど……」
ここまで聞いた山吹と烏羽は、「はあ?」と、威圧的に首を傾げてきた。
「適当に言ってるんじゃないんだよ! サイレンが鳴ってる間は現実世界にも戻れないし、鳴り止まなければ俺は死ぬって……だよな、モジャ? お前が昔、俺に教えてくれただろ?」
「まー、うん。残念ながらトビラの言う通りだ。ちなみに世界が消滅する時に、お嬢ちゃんたちが一緒に入ってた場合、全員まとめてお陀仏だぜぇ」
「むぅ……そうなのか」「それなりにリスクはあるんだね~……」
(お前ら、モジャの話はすんなり信じるんだな……)なんて、恨み言を言う気もないが。
「じゃあ……『アルドル様生存ルート』みたいなのは、無理ってことなんだね……」
山吹が気落ちした様子で呟いたのが、耳に残った。彼女もきっと、アルドルが死なずに済んだ未来をさんざん想像してきたんだろう。
「……まあ、そういうことだ。彼を救うことはできない。というか、彼を助けようとするだけでも、タブーに触れるおそれがあるな」
「……そっか」と、山吹は力なく声を落とした。
彼女の心情は察するに余りあるが、今は気にかけてもいられない。
「タブーに触れないようにするのは、思ってるより意外と難しい。何も考えずに過ごしてたら、すぐにサイレンが鳴り出すんだよ……」
経験しないとわからないだろうけど、正直めちゃくちゃ怖い。俺は子どもの頃からそういう恐怖体験を積み重ねたせいで、慎重な性格になっていったんだと思う。それで結局、モブとしてのんびり過ごすのが一番楽しめるって気付いたわけだ。
「あの~……。ところで、誰が~、タブーに触れたかどうかの判定をしてるの~?」
ここで、白梅から鋭い指摘が入った。当然ながら、俺も同じ疑問を抱き続けている。
「それはわからない。モジャに聞いても教えてもらえないしな……」
「神様だよ、神様。ヒヒヒ、そういうことにしとけって」
「な? こんな答えしか返ってこないんだ。胡散臭すぎるだろ? そんな危険な場所に、みんなを連れて行くのは無理だ。わかってくれるよな?」
頼む帰ってくれと念じながらそう言ったが、簡単に引き下がってくれるはずもなく。
「でもさ、赤野は頻繁に、本の中に入ってるんだよね?」
「全くだ。そんな本格的なコスプレまでして……」
「こ、コスプレとか言うな! 俺は地道に調査して、ここまでは安全ってラインを見極めてるだけだ! マジで危ないんだよ……。モジャ、お前からも言ってやってくれよ……?」
「そうだなぁ……。ウダウダ説明するよりか、一回行った方が早ぇよな」
「えっ――」
「さんせーい!」「そうしよ~!」「百聞は一見にしかず!」
「おっ、おいっ!? 何言ってくれてんだよ……!?」
「いいじゃん別に。ちょっと入って色々試しゃ、このコらもすぐ理解するさぁ」
「無責任なこと言うな! 理解する頃に手遅れだったら、どうすんだ……!?」
「そこはトビラがなんとかしろよ。……あ、そうそう。お前以外の人間を本の中に連れ込む時は、人数分の設定帖を作ってその台に置けばいいだけだからよ」
「そ、そんなのも初耳だぞ……?」
「ゲートを開けるのはお前だけだけどな。つーわけで、後はヨロシクぅ」
コイツは一体、俺をどうしたいんだろう。思い返せば、出会った時からずっとそうだった。
ろくに説明してくれなかったせいで、今まで何度死にかけたことか……。
「とりあえず、早く行こうよ! あたし、アルドル様に会えたらそれでいいから!」
「拙者は魔王の城がいい。連れて行け」
「あっ、あっ、わたしも魔王軍の方が――」
これだけ必死に忠告してなお、この三人は好き勝手に、自分の要望だけを口にする。
俺はついに、キレてしまった。
「うるさい……っ!!」
普段の自分からは考えられないような大声が出た。叫んだ本人がびっくりしたぐらいだったが――三人もさすがに、目を白黒させていた。
「いいかお前ら……そんなに本の中に入りたいなら、よく聞け。異世界での俺の命令は絶対だ。指示には必ず、従ってもらうぞ?」
「ふああ~……。赤野君ってそんな鬼畜っぽく話せたんだね。わたし見直しちゃった~」
「いいからちゃんと聞け。俺は真剣だ。まだ死にたくないからな」
「……わかった。あたしは赤野の命令に従う」
「拙者もだ。エロい命令は無視するが」
「エロい命令などしない……。そんで、今回の旅はあくまでテストだからな。連れては行くけど、行ってすぐに戻る。作中の主要人物との接触は極力避ける。目的地は、比較的安全なソムニア城下街。本当に、行って帰ってくるだけだ」
「じゃあ、アルドル様には会えないってこと……?」
そんなの当たり前だ、と切り捨てておくべきだったかもしれない。
だが、山吹の普段とは違う神妙な態度が妙にいじらしく見えて、ついつい甘いことを言ってしまった。
「……まあ、着いてからの行動次第かな。何も問題を起こさないようなら、それぐらいなら検討してもいいけど」
「ホントに……!?」
「でも、命令無視とか勝手な行動を取るようなら、即座に帰還するからな?」
「う、うん! あたし、ちゃんと指示に従うから……!」
「ちょっと待て。拙者は、魔王城に行きたいんだが?」
「バカ言うな。あそこの連中は敏感すぎる。何かの拍子で俺たちが本の外から来たってバレたら収集がつかなくなるぞ」
「チッ、赤野は臆病だな。……まあいい。今回の旅で拙者たちが安全だと判断できれば、次回以降で魔王城に連れて行ってもらえるんだろう?」
「安全だと判断できればな。ダメだと判断したら当然、次はないぞ?」
「ねぇ、赤野……。あ、アルドル様には、今日……本当に、会えるんだよね……?」
「言いつけをちゃんと守ってくれるようなら、検討する。ただし、直接会話ができるかどうかまでは保証できない。その時の状況次第だ」
「う、うん! それでいいよ! なんでも言う通りにしますっ!」
「フッ……よかったな、史織」「おめでと~!」
やっぱり三人とも、あまりに緊張感がない。本当に自分が死ぬかもしれないなんて、一ミリも考えてもいないんだろう。
どのみち、嫌でも思い知るはずだ。
最悪の状況にだけはならないよう、俺は気を抜かないようにしないと……。




