第22話 凶将ミセリア
「は……? なんじゃと? トニトルスが、死んだ?」
その頃――ラピスたちの軍勢と交戦中の指揮官ミセリアは、軍の最後尾で様子を見ながら、魔王城に残る他の四天王と魔法で通信していた。
「まさか……なぜ? あの馬鹿が、本当に死んだのか?」
『まことですぞ、ミセリア殿。あやつは死に申した。映像では詳細はわかりませんでしたが、謎の魔法使いと、アルドルの弟子の手にかかったようで……』
「なんとまあ、無様な奴じゃ。ようやくアルドルを始末したというのに、ただの人間に殺されるとは……」
凶将ミセリア――四天王の紅一点。得意な魔法属性は闇と炎。死霊使いであり、転生術の使い手でもある。豊満艶美な肉体を持つ二十代後半程度の女性に見えるが、自身も転生を繰り返しているため、四天王最年長だ。
「よかろう! わらわがその者たちの首を取ってきてやる!」
ミセリアが威勢よく言い放つと、黙って聞いていたもう一人の四天王が口を開いた。
『待て……今は退くべきだ。敵は、勢いに乗っている……』
「はあ? まさか、わらわまで負けると思うておるのか?」
『態勢を整えるべきだ。寄せ集めの兵たちでは、新たな勇者の相手にはならん』
「新たな勇者……? それは、買いかぶりすぎじゃろう……?」
『いいや。そもそも、こうして迎撃されている現状がおかしいのだ。奴らは、我らの動きを予見していたに違いない』
「それは……まあ、気にはなるが……」
『十分に警戒しろ。トニトルスの二の舞だぞ』
『ミセリア殿、ワタクシも僭越ながら同意見ですぞ。ここは退くのが賢明かと。いつでも倒せると思うのであれば、なおさらのこと……』
「…………」
ミセリアは即答せず、目の前の戦場を一瞥した。
先ほど強めの爆炎魔法を打ち込んでやったので、確実に死者は出ているはず。なのに騎士たちは士気を落とすこともなく抗戦し続けている。数もあまり減らせていないようだ。
そもそも兵数はこちらが圧倒的に優位だった。しかし、せっかく用意したアンデッドの軍隊が、開戦早々に消し去られるという異常事態――
その屈辱を思い出したミセリアは、口端を歪めた。
「トニトルスを殺した魔法使いというのは、わらわの死霊どもを塵にしてくれた術師じゃな?」
『いかにも。しかしそやつも、只者ではないようですぞ。一度はトニトルスが連れ去ったものの、すぐに無傷で戻ってきましたからな』
「では、そやつだけでも始末してから帰還しよう」
『えっ……』
『やめろミセリア。素性の知れない敵だ。迂闊に手を出すな』
「やかましい。トニトルスを殺したのがまぐれでないとしても、わらわが負ける相手ではないわ。トニトルスなど、所詮は四天王最弱の男……」
『ま、まあ、確かに……。あんなのを倒したぐらいで、いい気になられても困りますが』
『……オレは、忠告したぞ。どうなっても知らん』
「結構じゃ。通信を切るぞ。わらわの戦いをよく見ておくがいい……」
大勢の兵たちがぶつかり合う戦場に目を戻したミセリアは、まずラピスに注目した。
(おそらく指揮官はあの紺髪の娘じゃな。若いのに、なかなかの腕前。実に美しい剣技……気に入ったぞ)
明らかに一番多くこちらの兵を殺した戦士。人波の中でも、その活躍ぶりが嫌でも目に入ってくる。
視線はそのまま、オークやゴブリンを素手で蹴散らす黒髪少女へと動く。その傍らで魔法を使ってサポートする茶髪少女と合わせて、ミセリアの気を惹いていた。
(並んで実力のありそうな者は、やはりあの二人か。小娘ばかりが活躍する戦場というのも、なかなかに珍しいが……)
この二人は開戦直後にはいなかった。それが突然現れてからというもの、騎士どもが一気に勢い付いた。一人二人で戦況を変え得る猛者が、こんな辺境に配備されているのは明らかに不自然なことだ。ミセリアも疑問を覚えてはいる。
しかし彼女は、この三人程度なら、自分一人で簡単に灰にできると判断した。
(こやつらは、わらわが手を下すまでもないのう)
ミセリアはより強い相手との戦いを好む。普段は全力を出し切れず、退屈しているからだ。
だからこの三人の少女より、トニトルスを殺した者たちの方へ興味が向いていた。
(ま、アルドルのような化け物はさすがに勘弁じゃがな。さて、一体どんな奴らなのか。じきにここへとやってくるじゃろうが――)
*
「――……ん?」
「えっ」
ラピスたちのいる戦場をイメージしてテレポートした俺は、いきなり赤髪青肌のお姉さんと目が合った。頭部には羊みたいに巻いた角。服とも呼べないような、紐や布を巻き付けただけの衣装。それに装飾品だけっていう、踊り子みたいな恰好で――
(ってコイツ……ミセリアじゃん!?)
「ど、どこから湧いて出た……っ!?」
俺が気付くと同時に、相手も身構えてきた。彼女の周囲に、猛烈な魔素の高まりを感じる。
反射的に、俺の体は動いた。指でピストルの形を作って、間髪入れず大量の水を放射する。
(《水流弾》……!!)
直撃したミセリアは、声を上げる間もなく押し流されていった。
いきなりすぎて加減できなかったけど……まあ仕方がない。
「あっぶね……。こういうことがあるからテレポートは危険なんだよな……」
俺がそうこぼすと、リラは「あはは」と苦笑いしていた。
しかしミコは、目ざとくあることに気付く。
「ポルタ君……今、魔法の詠唱、してた……?」
「えっ!?」
とっさのことだったので、うっかり忘れた。とりあえず、ごまかしとくか……。
「いや、そのー……びっくりしすぎて、なんかよくわかんなかったけど、普通に撃てたな。偶然だけど。はは、ははは……」
「ぐ、偶然なんだ? ポルタ君って、やっぱりすごいなぁ……」
「あ、あはは……」
ミコが覚醒した今となっては、俺たちの本当の強さを隠す必要もないのかもしれない。だけど、無駄にアピールしていいことはないだろう。騎士たちに強さが知れ渡ったら、これからも戦場に駆り出されそうだし……そもそも俺、目立つのは好きじゃないからな。
「あっ……!」
と、気付けば目の前にゴブリンが数匹飛びかかってきていた。
すかさず魔法で撃ち落とそうとしたが――
「危ない!」
まとめてミコが一刀両断。大剣で斬り落としていた。無詠唱魔法より速い斬撃って……。
「まだまだ敵は残ってるね。ボクたちも参戦しないと!」
「そ、そうだな!」
「ポルタ!」
そこに、ラピスが駆け寄ってきた。息は乱れていたが、大きな怪我はしていない様子だ。
「ラピス、無事でよかった」
「ああ、お前の連れに助けられたぞ! それより、トニトルスはどうなった!?」
「さっきミコが倒したよ」
「本当か!?」と、わかりやすく歓喜の顔を向けた後、ラピスはすぐにはっとして、気まずそうに声を落として言った。
「よ、よくやったな、ミコ……。これで、師匠の仇を討てたということに……」
「ううん、まだだよ」
一方ミコは、ミセリアが流されていった方を見据えて、力強く言い切った。
「四天王全員と、魔王を倒さなきゃ。それまでは平和な世界は来ないし、師匠に報告できない」
「ミコ、お前……」
開戦前に分かれた時とは別人のような顔つきに、ラピスは困惑を覚えたようだ。
だけどすぐに、笑顔になった。その目元には涙がにじんでいるように見えた。
「ああ! その通りだ!」
「お、おのれ……。これほどの使い手とは思わんかったぞ……」
間もなく、ずぶ濡れのミセリアが戻ってきた。さっきの水流弾で警戒したのか、周囲をゴブリンやオークにがっちり守らせている。
彼女の魔力量はトニトルスより多い設定だが、耐久力はそう変わらない。爆炎魔法は怖いが、ノドカの防壁があればそこまでの脅威じゃないだろう。
何より俺たちには、覚醒した勇者がついているんだから――
「ミセリアさえ倒せば敵軍は総崩れだ。みんなで力を合わせて、一気に倒すぞ」
「よし……!」
ラピスが剣を掲げて叫ぶ。
「者ども、よく聞け! 敵将トニトルスは、勇者ミコが討ち取ったぞぉ!」
その朗報に、戦闘中の騎士たちは口々に雄たけびを上げた。
「残す指揮官はミセリアのみ! 我が軍の勝利まで、あとひと踏ん張りだ!」
鼓舞された騎士団の勢いは凄まじく、統率を失ったゴブリンやオークの多くは逃走し始めた。
自我を奪われた魔族の兵士は残っていたが、それも次々に斬り捨てられていく。
「えいっ! やあっ!」
リラもかなり活躍していた。自分より背の高いオークの攻撃をやすやすと躱しながら、一撃で葬っていく。普段の彼女からは想像しづらいが、大剣を扱う姿も非常に様になっている。
「でぇい……っ!!」
ただ、大剣使いといえばミコがいるので、どうしても霞んでしまうが。
ミコが一振りするだけで、十体近いモンスターが死体になって宙を舞う。まんま無双系ゲームみたいな光景だ。
魔物の群れに彼女が突っ込めば、そこに道ができる。まさしく勇者の背中。彼女の英姿を目にした騎士たちは皆、感銘の声を漏らしていた。
「おお、すさまじい……。勇者アルドルの再来だ!」
「新しい勇者だ! 俺たちは、勝てるぞ!」
ますます攻勢を強めた騎士団の前に、魔物の群れはなすすべなく壊滅していく。その光景を目の当たりにしたミセリアは怒りに肩を震わせていた。護衛の部下も、残り僅かだ。
「小癪なゴミムシどもめ……。ソムニア王国を壊滅するつもりで温存していたが、どうせ撤退するならもう構わん。全魔力を注ぎ込んで、塵にしてくれるわ……」
膨大な闇と炎の魔素がミセリアに集まっていく。
「させるかぁ!」
その気配を察してミコが剣を振った。かなりの距離があったが――
「はっ……?」
闇の魔法はたちどころに掻き消された。魔法構築の途中で、外部から魔力をぶつけられたことで阻害されたのだ。俺がアルドルに無詠唱魔法を封じられた時と同じように。
「な、何が起きた? 何故、魔法が使えぬのじゃ……?」
「もう使わせないよ。君は一方的に、ボクらに斬られて死ぬんだ」
「これは、まさか……。アルドルと同じ、封魔の力……?」
気付いたところでもう遅い。ミコは大剣を握り締め、無抵抗のミセリアに突進していく。
「こ……こんなっ! こんなこと、あっていいはずが……!!」
彼女は典型的な術士タイプで、体術はトニトルス以下だ。魔法を使えなければ、肉体は並みの魔族レベル。ミコの振り回す剣をかろうじてかわし続けるのが精一杯の様子だった。
「やっ……やめろ! わらわのっ、話を! 聞け……っ!」
「聞かないよ。戦う気がないなら、今すぐ死んで」
「ひぃ……っ」
(気持ちはわかるぞ、ミセリア……。手も足も出ない状況、マジで絶望するよな……)




