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第21話 アルドルの仇

「あの小娘は、お前を助けようとして急に強くなった……。つまりお前が死ねば、元の腰抜けに戻る。……ンン? どうだ、ワシの予想は外れていると思うか?」

「……当たってるかもな」

 確かに、ミコの覚醒の仕方は原作とは違う。俺がここで死んだりしたら、自信を失って元の状態に戻ってしまうかもしれない。それだけは避けないと、絶対にまずい。

 まあ、そんなことに関係なく、そもそも殺されるのはごめんだけどな……。


「ある意味、よかったよ。さらわれたのが俺で」

 リラだったらって想像したら、ぞっとする。

 同時に、あいつが殺されてたかもしれないと思うと、じんわり怒りが込み上げてきた。


「ホッホッホ、仲間想いな奴じゃな。いかにも人間臭い。サブイボが立つわ……」

「そうか。じゃあ、温めてやるよ」

「ん?」

 油断しきっていたトニトルスの顔面に、火の玉が炸裂。

「ぐあっ……!? な、何事じゃ……!?」

「《火焔矢(フレイムアロー)》だ。そんな珍しい魔法じゃないだろ?」


 俺は今、めちゃくちゃムカついてる。

 なのにすごく頭の中が静かで、冷静で……不思議な感覚だ。


「ここにはミコも、他の兵士もいない。おかげで、やっと全力が出せるよ」

 というかミコも覚醒済だし、もうコイツが死なないように手加減する必要もない。

 下手な詠唱をするふりも、しなくていい。

(《フレイムアロー》)

 無詠唱で放たれた火矢は、再び顔面に命中。

 トニトルスは、何が起きたのかわからないって表情で困惑しきっていた。


「お、お前……なぜ、魔法が使える……?」

「なぜって、そりゃ魔法研究者だからな」

「そっ、そういう意味ではない! お前、魔力が尽きていないのか……!?」

「一回尽きかけたけど、もうだいぶ回復したよ。自動回復のスキルがあるもんでな」

「スキル……? わ、わけのわからんことを言うな! それに、お前が無詠唱で使えるのは水魔法だったはず……? 今の火矢は、何がどうなって――」

「うん、お前に説明してやる義理はない」


 右掌を開いて、トニトルスに向ける。

 同時に俺の背後に浮かび上がる、サッカーボール大の炎の玉、氷柱、石つぶて。

(《フレイムアロー》、《アイシクル》、《ストーンランス》)

「ぐあああっ……!?」

 無詠唱での三連撃。低級魔法だけど、弱り切ってるコイツには十分効く。

「なっ、なんじゃと……? 三属性の同時攻撃? こんなことができるのは魔王様だけ――」

(《エアスラッシュ》《ライトウィップ》……《ダークボール》)

 属性を変えて、おかわりの三連撃。

「のっ! がっ! えぶっ……!」


 ちなみにこの世界では、四天王クラスでも同時発動は二属性までが限界だ。

 なお、闇魔法は魔族専用魔法で、光魔法と同時には覚えられないとされている。俺は最初に設定帖に【一通りの魔法が使える】って書いた時から普通に両方使えたので、便利だからそのままにしてあるだけだ。


「あっ……ありえん! お前、どうなってる……!?」

「別に。ただの設定帖の力だよ」

「六属性の魔法を全て使えるなど……この世の者ではないのか!?」

「ああうん、そうそう。ちょっと訳ありでな」


 続けて三連撃を五セットほど叩き込むと、トニトルスはやっと膝を突いた。


「結構タフだな、四天王。どの魔法も、雑魚なら一撃で殺せる威力はあるはずなのに」

「おっ、おっ、お前……。お前は、何者だ……っ?」

「俺は……アルドルの、友達だ」

 不意に原作のシーンが脳裏に蘇って、勝手に口からこんな言葉が零れ出た。

 こんな奴に、アルドルは殺された――


「立てよ……まだ終わりじゃないぞ。これは……アルドルの分だ!」

「おっ!? うっ、おっ、おおっ……!?」

 出力を上げて、さらに三連続魔法。ついに弾き飛ばされたトニトルスは、大木の幹に叩きつけられ、ぐったりとその場に倒れた。

「……なんてな。一回言ってみたかったんだよ、こういうセリフ」

 モブの俺には似合わないにも程がある。これぐらいで自重しておこう。


「トドメはやっぱ、勇者が刺さないとな。つーわけで、戻るぞ。おい、起きろ」

「ひっ……」

 俺が近づくと、トニトルスは猛然と跳ね起きた。

 襲い掛かってくるかと思って身構えたが――


「ど、どうか、命だけはお許しを……っ!!」

 そのまま華麗なるジャンピング土下座。地面に額をこすりつけて、涙ながらに訴える。

「い、いや……。今さらそんなこと言われてもな……」

「ワシらは、魔王様に命じられて否応なく戦っておるのじゃ……。本当は、無益な争いなど望んではおらんかった……っ!」

「…………」

 いや、嘘だろ。コイツ、【人間をいたぶって殺すのが趣味】って設定資料に書いてたし。

 四天王の立場なのに、生き延びるために土下座までするとは……徹底的に腐ってやがる。


 俺は今までトニトルスを、キャラとして嫌いなわけではなかった。性格の悪いクソ野郎だけど敵役にはぴったりだし、むしろこういう作品には必要な悪だって認識していた。

 でもまあ、読者として距離を置いて見るのと、こうして向き合って接するのとでは……ムカつき加減が全然違うみたいだな。

「じゃあ……お前の処遇は勇者に決めさせる。拘束するから、ついてこい」

 俺は無言で《束縛(バインド)》を唱える。魔素でできたロープを出現させ、縛った相手を無力化できる魔法だ。

 しかし、ロープを手に取った瞬間――ほんの一瞬だが、彼から目を離してしまった。


「うわっ……!?」

 何かが突然投げつけられた。小さくて……丸い、瓶?

 中から飛び出してきた黒い液体が、俺の顔や体に付着した。


「ホホホ……かかったな、阿呆が。こういう時のため、切り札を隠し持っていたのじゃ」

「なっ……なんだ、これ……っ?」

「お前が浴びたものは、毒。勇者アルドルの力をも封じた、地上最悪の毒薬じゃあ!」

「あっ……」

 毒……そうか。油断……したな……。


 立ち上がったトニトルスが高笑いを上げる中、今度は俺が、地にひれ伏す。

「お前、人間にしてはよくやった方じゃよ。しかし、頭が悪かった。さっさとワシにトドメを刺すこともできたのになぁ! ホッホッホッホ!」

「…………」

「フン、もう喋れぬか。では、死にながらそのまま聞け。その毒は凶悪な毒息で有名な魔物、ヒュドラの胆汁を濃縮したもの。いかなる治癒魔法も効かぬ、少量で死に至る猛毒よ。採集の過程で、百人近い哀れな下僕が犠牲になったわ……」

 コイツは他人の命なんて、なんとも思っていない。アルドルに毒を浴びせた時だって、大勢の魔族兵に毒袋を背負わせて特攻させたんだから。


 魔法の通じないアルドルを倒すために、毒を使うってのは理解できる。敵側だって必死なんだから、それぐらいやってもおかしいとは思わない。

 だけど、目的達成のために部下の命を使い捨てにするなんて、非道にもほどがある。


「しかし、死んでいった下僕どもも浮かばれるのう。勇者アルドルを殺し、謎の魔法使いを殺し……新たに目覚めかけた勇者の気を挫いた。これでまた、ワシの名が上がるというものよ!」

 そう言って、俺の頭をつま先で小突いてきた。傷だらけのくせに、よく舌が回るもんだ。


「いやはや、素晴らしい! これだから毒薬作りはやめられんのじゃ! 帰ったら早速、次の毒を開発するとしよう! 民に召集を出し、採集役を集めねば――」

「はー……」

「――…………な?」


 俺がすくっと立ち上がると、ようやくうるさい独り言は止まった。

「もういいわ。お前、マジでゴミだな」

「えっ、ちょっ……えっ? なんで、動ける? というか、なんで……生きとるんじゃ?」

「悪いな。俺、毒が効かない設定にしてるんだ」

 食中毒で死んだりしたらバカすぎるからな。どんな本の世界に入る時でも、【毒は一切受け付けない、病気にならない】って書くようにしてきた。不死は無理でも、俺自身が自分らしくないって感じない限界まで、安全を確保させてもらっている。


「い……意味の、わからんことを言うな! ヒュドラの毒が通じぬ生物など、この地上にはおらん! おらんのじゃあっ!」

「うん、そうだな。……あっ、そうだ。危ない危ない、忘れてた」

 そういや毒液をかぶったまんまだった。このまま誰かに触ったらそいつを殺してしまう。

 ヒュドラの毒は、治癒魔法では完全に消し去れないから――水魔法で、強引に洗い流そう。

(《大瀑布(キャタラクト)》)

 頭上から滝のように降り注ぐ水。これでも出力は最弱設定だ。

 ごっそり洗い流したので、とりあえず毒の問題もなくなった。


「ふー、おかげでずぶ濡れだ……。着替え、持ってたっけ? まあ、なんかはあるか」

「ひっ……く、来るな……。化け物ぉ……ワシに、近づくなぁ……っ!」

 混乱したトニトルスは魔法の存在すら忘れたのか、子どものように手足をばたつかせていた。

 俺は真っ直ぐ腕を伸ばし、彼の襟元をがっちり掴む。

「はっ、離せぇ……!」

「あとちょっと待て。せいぜい、五秒ぐらいかな?」

「ごっ――」

(《テレポート》)


 転移先は、ミコとリラのいる峠。

 ――の、遥か上空、数百メートル。


「なっ、何をするんじゃ貴様ぁぁぁぁぁあ……っ!!」

「おおー、朝焼けはすっかりなくなったか。綺麗だなぁ、この辺の空も」


 トニトルスと一緒に落下しながら周囲を見回すと、すぐに彼女たちの姿が見つかった。

「おーい! こっちだーっ!」

「ポルタ様……!!」「よかった、無事だったんだ……!!」


 そして俺は、約束通りトニトルスを解放してやることに。

「じゃあな、クズ。お前とはあの世でも会いたくないな」

「えっ――」

 ぱっと手を放す。なすすべなく落下していくトニトルス。自然と身体が大の字になった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!?」


 俺はすかさず《浮遊魔法》を使って、落下速度を落とす。

「ミコ! 今だ! 師匠の仇を討てぇ……!!」

「…………!!」

 駆け出したミコ、一直線に標的の方へと向かっていく。

 すでにズタボロのトニトルスだったが、最後までベタで見苦しい姿を披露してくれた。


「こっ……こんなところで死ねるかぁ! ワシは四天王、トニトルス様じゃあ……ッ!!」

 ミコが跳ぶ。全身に風と闇の魔素を纏ったトニトルスは、全力で迎撃するつもりだったのだろう。

 だが、彼が魔法を発動する暇はなかった。

「聖煌……十字斬っ!!」

 煌く光の線が、空中に十の文字を刻む。

「ホアッ……――」

 四分割トニー完成。

 一週間遅れになったが……完璧な原作再現だ。


 四つに割られたトニトルスの遺体は、着地と同時に爆裂霧散した。

 その爆風の名残を眺めながら、俺もゆったりと地面に降り立つ。


「ポルタ様!」「ポルタ君!」

 すると、すぐにリラとミコが走り寄ってきた。

 リラは俺の目の前で立ち止まったが――

「ポルタ君っ……!!」「うわっ……!?」

 ミコは、勢いそのままに飛びついてきた。油断していた俺は、地面に押し倒された。


「ポルタ君、ポルタ君ポルタ君……! よかったぁ……よかったよ、死んでなくて……っ」

「お、おい……。俺、今ずぶ濡れだから、君まで濡れちゃうぞ……?」

「ううっ……よかった……。ポルタ君は、守れて……よかった……っ」

 犬みたいに鼻をこすりつけながら、めそめそ泣いている。ついさっき聖煌十時斬を放ったのと同一人物なのか……?


 というか、抱きしめられる力が強すぎて、地味に痛い。

 そして、じっとりと俺を見下す同級生の視線が、痛い。

「……よかったねー、ポルタ様。後でソデコとノドカにも報告するよ」

「ほ、報告って、何を?」

「二人がいない間に、ミコとイチャイチャしてたって」

「えっ!?」と、俺より先にミコが反応して飛びのいた。


「ご、ごめんポルタ君! ボク、無我夢中で……」

「いいんだよ、別に……。リラも、あんまり意地悪言うな」

「だって、ポルタ様が鼻の下のばしてたのがキモかったから」

 ……これは、山吹としての発言だよな。確かにちょっと、ドキッとさせられたのは事実だが。


「あっ、やべ! つーか、早くラピスたちの応援に行かないと!」

「あっ……! そ、そうだね!」

「急ごう! ソデコとノドカも心配だし……!」

 敵はトニトルスだけじゃない。もう一人の四天王、ミセリアも来てるんだ。


 原作ではこの戦いで、ミコがミセリアを打ち倒す。

 そこまで行ければ、原作に追いついたも同然だ。

「二人とも、俺に掴まれ! テレポートで飛ぶぞ!」


「……そうやって、また女の子に抱きつかせるんだ?」

「ポルタ君って、意外と積極的だね……!」

「違うっ! んなこと言ってる場合か……!?」

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