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第19話 雷将トニトルス

「ホホホ……。このワシを倒す、か……。面白い。試してみるとええ」

「うっ、う、ううぅ……っ」

 魔族特有の青い肌。中国の龍みたいな細長い二対の角。くすんだ灰色の髪の毛を逆立てている。

 貴族風の服装に、黒い外套を羽織ったひょろ長い男。当たり前だが、原作通りの容貌だ。


「うあああああああああっ……!!」

 先に仕掛けたのはミコだった。半ばやけくそに斬りかかっていく。

 しかし――傍目にもよくない攻撃だ。ただ力任せに剣を振っているだけで、あまりに直線的すぎる。

「ふむ、こんなものか」

 トニトルスは両手を腰に置いたままの姿勢で、繰り出される連撃をすんなり躱し続ける。さすがに四天王だけあって、魔法だけじゃなく近接戦闘でも相当強い。

「どうしたどうした小娘ぇ? ワシを倒すんじゃろ? いつになったら攻撃が当たるんじゃ?」

「うっ、うあっ、うああっ! うわああああっ……!」


「まずいな……完全に相手のペースだ」

「う、うん。このままじゃまずいよ……」

「ポルタ、助太刀してもかまわんか? かませ犬がいい気になっているのを見るのは、非常に不愉快だ」

「ああ……。でも、くれぐれもやりすぎるなよ。今はミコの成長のチャンスなんだから」

「承知!」

 そう叫んで、ソデコはすぐさま飛び出していった。


「《迸る血潮の炎熱よ、姦邪を喰らう牙となれ》……《灼熱掌(ヒートハンド)》!」

 同時に火属性の付加魔法。両手に濃密な炎の魔素を巻きつけて、トニトルスに殴りかかる。

 というか、凄まじい連撃だ。設定帖に【体術の達人】とでも書いてたのか……?


「ホウ、なかなかの高等術を使うな。しかも今のは省略詠唱か……洗練されとるのう」

 ミコとソデコの攻撃を軽々と躱しながら、トニトルスは言った。高等術の詠唱文は、実際はめちゃくちゃ長い。俺はほとんど覚えてない。

「黒髪の小娘、お前もなかなかじゃのう。ソムニア王国は術師の名産地じゃったか?」

「黙れカス! トニトルスの分際で、拙者に偉そうなことを言うな!」

 ――ってお前、推しに対して辛辣すぎるだろ。

 いきなりディスられたトニトルスは面食らっていた。

「トニトルスの、分際……? ホ、ホホホ……。身の程を知らん小娘が。それとも単に、言葉を知らんだけか……?」

「氏ねザコ! チョビヒゲ! ホウキハゲ!」

「……そうか。そんなに死にたいか……――」


 ここで初めてトニトルスが両腕を動かした。

 彼が掌を閉じて開くだけで、辺りに旋風が巻き起こる。

「《暴雷風(サンダーストーム)》……」


「やばっ……!」

 吹き抜ける突風。それに乗って、無数の電撃が至る方向から襲ってくる。

「うあっ……!」「くっ……!!」

 ミコとソデコは何発か被弾したようだ。ただ、バフのおかげで致命傷には至っていない。


 俺たちの方にも容赦ない攻撃が飛んでくる。回避も防御もしようがない速度で――

「ひいぃぃぃ~っ! 防壁が~、ガシガシ削られるぅ~っ!」

 先頭で両手を広げて魔法を受け止めようとしたノドカには、何発もの雷撃がまともに入っていた。命中するたびに痛々しい閃光が弾け飛ぶ。


「うぐ痛い~……けどちょっと、気持ちイイ~……。ああ~っ、ビリビリするんじゃ~っ!」 

「こんな時にヨガってんじゃねぇ! 気持ちいいわけねぇだろ……!?」

「ノドカ、本当に大丈夫……!?」

「平気だよ~。わたし設定帖に、【防御力最強】、【ありえないほど痛みに強い】って書いておいたから~」

「ハア!?」「な、なんでそんなこと……!?」

「わたしね~、自分がすっごくタフだったらいいなって思ってたの~。豚としてなぶられる幸せを、たっぷり味わいたくて~……」

「そ、そうか……」

 そういえば、マルムを庇ってワイバーンに攻撃を喰らってたはずなのに、服が破れただけで無傷だったもんな。あの時にしっかり気付いて、問い詰めておくべきだった……。


「だから本当に気持ちいいんだよ~。この電撃、肩こりに効きそう~!」

「バカが……勝手なことしやがって。でもナイス!」

 設定帖の力は絶対だ。ノドカは地上最硬の壁役(タンク)になった。

 全く想定外だったが、これは相当なラッキーだ。ノドカを盾にしてる限り俺たちは安全に戦える。……我ながら最低な発想だと思うけど。



「えっ――」その時、遠くで打ち上げ花火みたいな音が響いた。激しい爆音だ。

「い、今のって……」「ラピスたちのいる方だよね~……?」


「拙者の見立てでは……おそらくミセリアの爆炎魔法だな。ラピスたちの予期せぬ奮闘に痺れを切らして、デカいのを撃ってきたのだろう」

「ま、マジかよ……」

「奴までこっちに参戦されてはたまらん。そこの雑魚をさっさと片付けよう」

 ソデコが指差しながらそう言い放つと、トニトリスは露骨に顔をしかめた。

 

「まだそんな生意気な口が利けるか……しぶとい奴らめ。消し炭にしてくれるわ!」

 苛立った様子で、さらなる攻撃魔法を放ってくる。容赦ない無詠唱での連撃だ。


「ひぎぃっ! はう~っ! こ、壊れちゃ~うっ!」

(うん、ノドカはまだ余裕そうだな……)

 戦闘経験豊富なトニトルスでも、これだけ魔法をまともに喰らって生きている人間を見たのは初めてだったに違いない。彼の中では、とっくに俺たちは全滅しているはず。

 なのに一切ダメージを与えられない。その表情は、徐々に曇っていった。


「ど、どうなっとるんじゃ……? 脆弱な人間のくせに、こんなことが……」

 気の迷いからか、ほんの一瞬雷撃が途絶えた。その僅かな隙を、俺の仲間は見逃さなかった。

「もらったぁ! 《火焔矢(フレイムアロー)》!」「ええいっ!」

「ぬっ……!?」

 ソデコとリラはトニトルスの背後へと回り込んでいた。同時に繰り出された火炎魔法と斬撃。

「くっ……!」左手一本で火炎を振り払い、斬撃は右手で捌いて躱した。

 だが、大きな隙が生じている――


「二人とも! 後ろに跳べっ!」

 俺の魔力もそこそこ回復してきた。ここらで一発撃ち込んで、体力を削らせてもらおう。


(最大出力……《水流弾(ウォーターバレット)》!)

 水属性の中級攻撃魔法だが、込める魔力量を増やせば四天王にも通るはず。即死しなさそうな魔法の中で、一番威力の高いやつを選んだつもりだ。

「ホッ……うっ、おおおおおおおぉ……!?」

  ピストルを撃つように構えた俺の指先から、圧縮された水が射出され、あっという間にトニトルスを飲み込んだ。測定したことはないけど、消防車の放水の何倍かの威力はあるだろう。


「よし、命中……。つーか、ちょっとやりすぎたか……?」

 ワイバーンや雷竜の遺体を巻き込んで、濁流は峠の下へと流れ落ちていった。四天王なら、これぐらいの攻撃は耐えてくれるはず……だと、思いたいけど……?

「やったね、ポルタ様!」

「ク、ククク……。無様なり、トニトルス……!」

「さっすが~チートご主人様~!」「うるさい、チート言うな」


「す、すごい……。ポルタ君って、こんなに強かったんだ……」

「ミコ、油断するな。かなりのダメージを与えたはずだが、たぶんまだ生きてるぞ」

「えっ……なんでわかるの?」

 というか、死なれたらマジで困る。

「あいつを倒すのは、勇者の仕事だ。そうだろう?」

「そ、そうだね。師匠の敵を、討たないと……」

(そうそう、いいぞ。君ならやれる。がんばれ、ミコ……)


 ここまで戦ってみてわかったが、この場はもう大丈夫だ。やっぱり四天王といえども、俺たちが全力を出せばなんとかできる相手でしかない。

 俺も魔力の残量に余裕が出てきたし、ふらつきもなくなった。トニトルスが戻ってきたとしても、ミコと俺だけで対応できるだろう。依然として、ミコがトドメを刺せるかどうか、その時に覚醒できるかどうかが問題なだけで。


 そう判断した俺は、仲間たちに指示を飛ばした。

「ノドカ、まだ魔力は残ってるか?」

「まあまあかな~……? 半分以上は使っちゃった気がするけど~」

「十分だ。ラピスたちのサポートを頼む。ソデコ、お前も一緒に行け」

「なんだと? トニトルスを踏み殺すのは拙者の役目だぞ?」

「いや、それは勇者の役目だから……。明らかにあっちの方が苦戦してる。手助けに行ってやってほしい」

 ラピスたちはこのままいけば長く持たずに全滅するだろう。でも、ノドカを送り込むだけでもかなり多くの命を救えるはずだ。

 で、ソデコはここに置いとくと、トニトルスにトドメを刺しかねない。もちろん彼女がいなくなるのは不安だが、今はいられる不安の方が大きい。


「だが、そうなるとこっちが手薄になるのでは?」

「心配ないよ、リラもいるし……何より、光の勇者が付いてるんだ」

 俺が笑顔を向けると、ビクッとミコの肩が跳ねた。たぶん今は、ノドカの規格外のタフさや俺たちの攻撃力に圧倒されてるんだと思う。

 だけど本気を出した彼女は、俺たちなんかより遥かに強い。アルドルと同類の、化け物だ。

 早く本当の姿を俺たちに見せてほしい。俺の生死とは関係なく、原作ファンの願いとして。


「なあ、ミコ。あいつが戻ってきたら、一気に片付けてやれよ」

「……うんっ!」

 ミコが力強く頷くのを見て、ソデコも俺の意図を汲み取ったようだ。

「チッ……仕方がない。トニトルスの無様な最期、この目で見届けたかったが……」

「ラピスちゃんたちにも、生きててもらいたいもんね~!」

「二人とも、気をつけてね……」

「うん! リラ様も気を付けて~!」

 こうして、ソデコとノドカは平原の戦場に向かって駆けていった。

(ひとまずこれで、ラピスたちの方もなんとなるかな……)


 それからほどなくして――

 ビチャリ、ビチャリと、何かが滴る音。

「やってくれたのう、小僧……」

 見ると、濁流に飲まれて崖下に消えていったトニトルスが、全身ずぶ濡れのままでいつの間にか戻ってきていた。たぶん移動魔法を使ったんだろう。


「生まれて初めてじゃ。ここまで、コケにされたのは……」

 激怒の表情。そしてあまりにベタなセリフ。ソデコがいたら指差して笑っていただろう。


「褒美をくれてやる……。ワシの、本気の姿を見せてやろうぞ……」

「ん? 本気の姿……?」

 その言葉に、不意に嫌な予感がした。

 トニトルスは、原作では覚醒したミコの必殺技《聖煌十字斬》一発で即死する。

 ミコの上空、雷竜の背中の上から長々と煽るようなことを言っておいて、竜から飛び降り、大の字になってミコに突進していったところ――十文字斬りで見事に四分割されてしまう。

 その華々しすぎる最期から、一部原作ファンの間では【四分割トニー】などと呼ばれ、ネタキャラ扱いされているのだ。ソデコもおそらくそのクチだろう。


 つまり彼は、全力を出せないうちに葬られてしまうわけだ。

 設定資料集にもこう記載があった。【彼が本気で戦う時は、全長二十メートルを超える雷竜の姿に化ける】と――


「《竜神化(ドラゴナイズ)》……!!」

 トニトルスの叫びと共に、膨大な風の魔素が吹き上がる。

 彼の姿が変わったというよりは、一瞬で巨竜が召喚されたかのようだった。


 遥かに見上げるデカブツ。さっきの雷竜の倍どころじゃない。今のトニトルスと比べたら、あの雷竜は子どもみたいなもんだ。

 それまでとは別人のような圧迫感。身体が大きくなったのだけが理由じゃない。明らかに、魔力が桁違いに増幅している……。


「で、でっか! トニトルスって、こんなんになるんだ……!」

「これは……明らかに、ヤバそうだな……」

「あっ……うう……。ポルタ君……ボクたち、こんなのに勝てるのかな……?」

「……やるしかないだろ」


「ホホホ……この姿になるのは何年ぶりか。さて、焼き殺すか、丸呑みにしてやるか……」

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