第18話 敵軍襲来
「うう、ついに来たかぁ……」「がんばろうね、リラ様~」
「拙者、まだ、眠い……。赤野、あと五分だけ……」
「誰が赤野だ! いいから、早く乗れっ!」
来るとわかっていても、混乱はするものだ。
寝ぼけた三人を叩き起こして、馬車に押し込む。
「ポルタ君、もう出発できる?」
「おう、悪い。待たせたな……」
ミコはさすがにすぐ起き出していた。どんなに自信を失くしていても、これまで場数を踏んできたのはしっかり身になっているようだ。
騎士団の先導で、早朝のまだ薄暗い山道を駆け、辿り着いたのは小高い峠。
そこから見下ろす平原には、見渡す限りの黒い人影が蠢いていた。
「すごいな……。あれが全部、敵兵なのか……」
「最前線はゴブリンやオーク……それと、大量のゾンビと骸骨兵か」
ラピスが強張った顔でそう呟くと、横からソデコがしゃしゃり出てきた。
「ゾンビがいるということは、やはり死霊使いのミセリアも来ているな。後はトニトルスも必ずいるだろうから……敵軍の総勢は四千というところか。とは言え、前衛は使い捨ての雑魚ばかりのようだが」
「雑魚ばかり……って、言ってもな」
「くっ……あまりに数が多すぎる……」
兵力差は一目瞭然。予想通りの状況ではあるが、ラピスや他の騎士たちの顔色に絶望が浮かんでいた。
「特に今、アンデッドはまずい。奴らは斬っても斬っても起き上がってくる。我々だけでは対処が難しい。このままでは、あっという間に押し潰されてしまう……」
アンデッドは火と光の魔法に極端に弱いのだが、物理攻撃には強い。魔法専門職の人数が揃っていれば脅威にはならないが、騎士たちとは相性がよくない敵だ。
魔法専門職といえば、一応俺がそうなのだが。こんな大勢に対して攻撃魔法を使ったことはないし、どこまで通じるかはわからない。
「あの~、ポルタ様~」
そんなことを考えていると、ノドカが指先で背中をつついてきた。
「ポルタ様って、光魔法使えたよね~? 拡散型の《祓魔聖照》は使える~?」
「ああ……。そういや、そんな魔法があったな……」
本来は聖職者専用の魔法だけど、俺は設定帖に【一通りの魔法を使いこなせる】って書いてあったから、一応使えるはずだ。アンデッドを消滅させる特殊な魔法だ。生身の敵にも目眩ましの効果がある。
「わたしが魔力増強バフで上乗せすれば、アンデッドを一掃できたりしないかな~?」
例によって、実際に使ってみたことはないけど――
「……試してみる価値はあるな」
「ポルタ、そんなことができるのか……?」
「一掃まではできないかもしれない。でも、効くのは効くはずだ」
「本当か……!? では、早速頼む!!」
「ちょっと待ってくれ。強い光を出す魔法だから、いきなりやると目立ちすぎる。一発で仕留めそこなった時に、警戒されて面倒なことになるぞ」
「なるほど、もう少し引き付けてからということだな……。我々で誘導するから、なんとしても成功させてくれ。ゴブリンやオークだけになれば、気合いで対処できる!」
「わかった、やってみるよ」
とは言ったものの、完全にぶっつけ本番だ。
それと、もう一つ懸念がある。
「ただ、俺の魔力の消費がすごいことになりそうだから……。しばらく身動きが取れなくなるかもしれないぞ?」
「わかった。貴様は魔法を撃ったらすぐに下がれ。護衛をつけよう」
そう言ってラピスは、ミコの鼻先に指を突きつけた。
「ミコ、お前がポルタを守れ」
「えっ……。あっ、うん……」
「ポルタ、合図の火矢が上がったら、すぐに魔法を撃ってくれ。それまでは身を挺してでも、ギリギリまで引き付けてみせる」
「……ああ。死ぬなよ」
ラピスは兵を引き連れて峠を下っていった。この場に残ったのはミコと俺たちだけだ。
平原を進軍する魔物たちの群れと、騎士団がぶつかっていくのが見える。魔王軍からすれば予想外の急襲なので、多少なりとも混乱しているはずだ。
「ポルタ君……。ラピス、大丈夫かな……?」
「ミコ、彼女をもっと信用しろ。彼女は君を信じて、この場を任せたんだから」
「う……うん……」
固唾を呑んで見守っているうちに――
やがて、火矢が上がった。
「来たよ! ポルタ様!」
「……ノドカ、頼む」
「は~い! 《内なる星の輝きよ。彼の者に加護を与えたまえ――》……《魔力増強》!」
「……っ!」
身体の芯から一気に熱くなってきた。バフ魔法をかけられるのも初めてだけど、独特の感覚だ。効きすぎる栄養ドリンクを飲まされたような感じか。
「よし……じゃあ、やってみるか」
峠から見下ろす平原全体を、閃光で照らす。
そのイメージを脳内に膨らませる。
こんな状況だしミコも俺の声なんて聞いてないだろう。
詠唱は……キャンセルだ。
「《祓魔聖照――拡散閃光》」
発動と同時に、全身からごっそり魔力が引き抜かれるのを感じた。
「ぐっ……」
平原一帯が強烈な閃光に染まる。ほんの数秒間、全てを真っ白に塗り潰した。
俺たちにとってはそれだけのことだったが、光が収まると景色は一変。ほぼ全てのアンデッドが灰になり、崩れ落ちていた。
「やった~! 大成功~!」
「すごいよポルタ様!」「フン、でかしたぞ」
「はは……。自分でも、ちょっとビビったよ……」
「怯んだぞ! 者共、突撃だッ!!」
何も知らないゴブリンやオークが視界を奪われる一方、騎士団は事前の打ち合わせ通り、閃光に備えて目を閉じていた。
数では圧倒的に劣るはずの騎士団が、一気に前進していく。魔物の群れがバッサバッサとなぎ倒されていくのが、上から見下ろしていてもよくわかった。
「よし……。ここまでは、順調だな……っ」
「ポルタ様!」
クラッと来て倒れそうになったのを、両脇からリラとノドカが受け止めてくれた。
「サンキュー……。俺、ちょっと休むわ」
「すごいよポルタ君……。ボクたちが見張っておくから、ゆっくり休んでて!」
「ああ……。後は頼んだぞ」
それまで怯えていたミコだったが、ようやくちょっと前向きな顔つきになっている。
これなら俺もしばらくは、魔力の回復に専念できそうかな……。
その時、ソデコがハッと、何かに気付いた。
「皆の者! 上だ!」
見上げると、上空には十数匹のワイバーン。そして、さらに一回り大きい飛龍が一匹。
「あの大きいのは~……黄色いおなかに、紫の鱗で~……」
「……ってことは、雷竜だよね」
「ククク、間違いない。いきなり大将のお出ましとは……」
ソデコが邪悪な笑みを浮かべる。自称『推し』との対面を喜んでいるんだろう。
巨大な雷竜の首の後ろに人影がある。ここからはよく姿は見えないが――
「ホホウ……今の《聖照》を使ったのはあの小僧か。こんな僻地に、これほどの術師が配備されとるとは思わんかった。何者かは知らんが、先に潰しておいた方が良さそうじゃのう……」
「雷将、トニトルス……」
常に乗り回している雷竜がトレードマーク。そして、使い手の少ない電撃系の攻撃魔法を得意とすることから、雷将という二つ名が付いたという。
四天王は皆、得意属性の魔法を無詠唱で使うことができる。この距離でも、いつ攻撃が飛んできてもおかしくない。
言うまでもなく、ここで殺されたらおしまいだ。本の中での死は、現実での死と同じ。俺たちは誰一人、死ぬわけにはいかない。
「《耐雷防壁》~!!」
すかさずノドカが魔法防壁を張ってくれた。ひとまずこれで、いきなりやられるということはなくなったはずだが――
「あっ……ああ……」
ミコはガタガタと震えていた。目の前でアルドルを殺されたトラウマが蘇ってるんだろう。
「あ、あいつ……師匠を、殺した奴だ……。あいつが、闇の炎で、師匠を……っ」
「…………」
原作でもそうだった。動けなくなったアルドルに、一方的に魔法を放って――
トニトルスは四天王の中でも最も卑劣で、残虐行為を楽しむ下衆野郎だ。ソデコは推しだなんて言ってたけど、あまりのクズっぷりにアンチも多い。人気投票でもひどい順位だった。
「ポルタ様、今は私たちが戦うから!」
「貴様は安心して休んでいろ。計画通りにな」
「無茶はするなよ。それにソデコ、お前は――」
「わかっている、今日は闇魔法は使わん。それと、殺すのは魔物だけだな」
「……うん。頼んだぞ」
とりあえず、同級生三人は心配ないと思う。防御バフもレジストもかかってるし、ワイバーンぐらいになら殺されないだろう。
問題はミコだ。恐怖におののいて、このままだと敵の標的になるだけだ。
しかし、こうなるのはある意味、予定通り。
実は――その場しのぎにしかならないが、ある策を用意しておいた。
「じゃあノドカ、そろそろ、アレを……」
「あ、はい~」
声を押さえて詠唱するノドカ。こっそりミコにバフ魔法を積んでいく。
ミコは怯えきっているせいか、それに全く気付いていない。
いくつもの魔法を連続でかけ終えたノドカは、さすがに疲れてフラフラになっていた。
「お、終わったよ~、ポルタ様~……」
「よし、よくやった!」
満を持して、俺は震えるミコの背中をポンと叩いた。
「ミコ、君ならやれる。頼む、みんなを守ってくれ」
「う、うん……そうだね。ボクが、戦わないと……っ」
震えは収まっていなかったが、彼女は思いつめた表情で大剣を鞘から抜いた。
俺自身、初めて生で見る戦うミコの姿。剣を構えただけでも壮麗で、思わず鳥肌が立った。
「みんな! 来たよ!」
滑空してくるワイバーンの群れ。魔力回復中の俺は、しばらく黙って見ているしかない。
一匹で村を滅ぼすような化け物が、公園の鳩みたいに大量に飛んでくる――全く、シュールな光景だ。
「やっ……やあああああっ!!」
覚悟を決めたのか、ミコは敵に向かっていった。
彼女が大剣を振り回すと、軌道上にいた数匹の飛竜がまるでバターのように斬れた。
絶命したワイバーンは身体を二つに割られながらも、滑空の勢いでそのままミコの背後へ飛んでいき、地面に墜落した。
「す、すごーい……」「さすがは勇者様ぁ~!」
ミコは本来、素の状態でもワイバーンぐらいには全く苦戦しない。バフで能力が上乗せされた今なら、ゴブリンを斬るのと大差ない感覚だったはず。本人は案の定、不思議そうな顔をしていた。
「あれ、なんでだろう……? いつもより、身体が軽いような……?」
「い、いいぞミコ! その調子だ!」
「ポルタ君……。ボク、戦えそうだよ!」
「だから言っただろ! 君ならやれるってな!」
秘密の魔法ドーピングで自信をつけさせる作戦、ひとまずは成功だ。
ミコは次々とワイバーンを斬り落としていく。
この調子で、覚醒まで持っていけたら最高なんだけど……。
「ホウホウ、やりおるのう。この剣士の小僧もなかなかの腕前じゃなぁ」
「はっ……!?」
突如ふわりと風が舞い、雷竜が俺たちの前に降り立ってきた。近くに来ただけで相当な圧迫感だ。
着地しただけで、ズシンと地面が揺れる。体長はワイバーンよりかなり大きい。十メートル近くあるんじゃないか……?
「……むむ? なんじゃお前、よく見たら小娘かぁ?」
「トニトルス……。よ、よくも……師匠を……っ」
「ホホ、そうか。どこぞで見た顔じゃと思うたら、あの惨めなアルドルの弟子ではないか。ちょうどええ。師匠のところへ送ってやるとしよう!」
「……っ」
トニトルスが右手を掲げると、雷竜の口元に魔素が急速に集まっていった。
「ヤバい……吐息が来るっ!」
大型のドラゴンの多くは、それぞれの属性に応じた強力なブレス攻撃を持っている。火竜なら火炎放射。雷竜なら、電気を帯びた突風のような――
「みんな、伏せて!」
ミコが前に飛び出して、斬撃でブレスを受け止める。ノドカの保護魔法の効果ももちろんあったが、タイミングが完璧だった。彼女が手首を返すと、剣が翻るのと同時にブレスは背後に流れていき、空中で爆発した。
「ホウ、なんと器用な奴――」
ここまではトニトルスも予想の範疇だったのだろう。だが、ミコがバフ魔法で超強化されていること――そしてこの時すでに雷竜の懐に潜り込んでいるのは、想定外だったようだ。
「ぬっ……!? は、疾い……!?」
「てぇいっ……!!」
軽トラぐらいはありそうな雷竜の首が、宙を舞う。トニトルスは驚愕の表情で目を見開いていた。
低く鈍い音を立て頭部が地面に着くと、時間差で巨体が崩れ落ちるように倒れた。
「やった……。いいぞミコ! その調子だ!」
巨大な雷竜を一撃で仕留めたことで、俺は少し気が緩んだが――
ミコは厳しい視線を、激しく舞う砂埃の中心部に向けたままだった。
そこには、次に戦わなければいけない相手が、怒りの形相で仁王立ちしていた。
「おのれ……人間風情が。よくもワシの可愛いペットを殺してくれたのう……」
「ト、トニトルス……。お、おお、お前はっ……ボクが、倒す……っ」




