第13話 生き残った者の葛藤
「……ラピス殿、大丈夫か?」
声をかけるべきか迷ったが――結局俺は、姿を現すことにした。
泣き顔を見ておいてこのまま立ち去るのは、さすがに後ろめたかった。
「き、貴様っ……!? 何故ここに――」
慌てて涙を拭ったラピスだったが、額の傷から流れる血はそのままだ。
「いいから、傷を見せろ。血が出てるだろ?」
「こんなもの、ただの掠り傷だ……!」
その傷はそうかもしれないが、他のところも含めたら全身ボロボロだろう。俺は回復魔法を使うことを決めたが、彼女の前で無詠唱はさすがにまずい。
「……《慈愛に満ちたる天光よ。ゴニョゴニョ……》」
正確な呪文なんて覚えてなかったので、雰囲気詠唱でごまかした。
「お、おい! 余計なことは――」
「《ヒールライト》」
ぱっと眩い光がラピスを包む。彼女は自分の身体を確かめながら、目をぱちくりさせていた。
「どうだ? 具合は良くなったか?」
「き……貴様。これほどまでの術者だったとは……」
「あっ……」
ヤバい……ちょっとやりすぎたか? 正規の神官以上に治しすぎたかもしれない。ソデコたちに『実力を見せるな』って言ったばっかりなのに……。
「えーっと……。まあ、その……たまに失敗したりもするけど……」
「……礼は言わん。貴様が勝手にやったことだ」
「ほっ……」
幸い、ラピスは特に気にするそぶりを見せず、すぐに立ち上がった。照れくさくて深く考えられなかったのかもしれない。彼女の持つ【嘘を見抜くスキル】は厄介だと思っていたが、意識的に使おうとしなければ発動しないようだ。
彼女は俺に取り合わず、黙々と仕掛けをセットし直そうとしている。
「あのー……。こんな訓練、いつもやってるのか?」
「……最近は、やっていなかった。たるんでいた証拠だな」
手を止めずにそう答えた彼女は、悲壮感を漂わせていた。最近また訓練を再開したというのは、たぶんアルドルの死がきっかけだろう。
「一人でこんなところでやるより、人のいるところでやった方がいい。さっきみたいに、事故があったら大変だし……」
「余計なお節介だ。私の修行についてこれる者がいるなら、最初からそうしてる」
「でも、ミコなら――」
「あんな奴の名前を出すな。斬るぞ」
「う、うん……」
俺がミコの名前を口にした瞬間だけ、彼女は手を止めて振り返った。よっぽどムカついてるんだろうな……。
「とにかく、その……修行に励むのはいいことだと思うけど。がむしゃらにやるだけっていうのは、やっぱり逆効果だと思うぞ?」
「では、どうしろというのだ? 私は強くならなくてはいけないんだ。強くなる方法を知っているなら、土下座でもなんでもする。教えてくれ」
「う、うーん……」
そう言われても、修行なんてやったことのない俺にわかるはずもない。ただ、今の彼女のような生活を続けていたら、強くなる前に倒れるってことはわかるけど。
そして、それをそのまま伝えたところで、彼女が聞く耳持たないのもわかる。
「私が……強くなるしかないんだ。師匠はもう、いないんだから……」
「ラピス殿……」
彼女はアルドルの死に強いショックを受けた。だけどそれ以上に、責任を感じているんだ。
本来ならみんなを引っ張っていかなくてはいけない勇者があの体たらく。姉弟子である自分がなんとかしなくてはいけない――そう考えて、焦っているに違いない。
原作では、こんなラピスの姿を見ることもなかった。精一杯生きようとしている彼女を犠牲にするなんて……やっぱり、俺にはできない。
(アルドル……。お前が生きてたら、彼女にどんな言葉をかけた……?)
罪滅ぼしにもならないけど、何か彼女の力になりたいと思った。
もし、俺がアルドルなら――
「……なあ、ラピス殿」
「なんだ。もう話すことはないぞ」
俺はあることを閃いた。アルドルならきっと、どんな言葉をかけるでもなく、日が暮れるまで修行に付き合ったはずだ。
「確か君は、口は堅かったよな。これから起こることは、誰にも話さないでくれ」
「なっ……!?」
そっと、首飾りに手を当てる。見る見るうちに本当の姿を現していくペンダントトップ、ラピスは剣を抜き、警戒心剥き出しで身構える。
「なんだ、その禍々しい剣は……!?」
「修行の相手がほしいんだろ? 今から俺が、付き合ってやる」
「なんだと……?」
アルドルの代わりになんて絶対なれないけど、剣の修業になら付き合える。
それで彼女が強くなるなら、俺にとっても必ず助けになるはずだ。
「さあ、勝負だ。遠慮せず全力で打ち込んでこい」
「わ……わけのわからないことを言うな。貴様は、魔法研究者だろう……?」
「安心しろ。俺の方からは手を出さない。一発でも入れたら、君の勝ちだ」
ラピスの頬が、ぴくりと震えた。アルドルの助言で死亡ルートを回避したとはいえ、短気で挑発に弱いのは原作のままらしい。
「きっ……貴様……。本気で死にたいのか……?」
「はっ、がんばっても死ねないよ。君の攻撃なんか――」
鋭い一閃、目の前を刃先が通過。しかし、俺にはオートパリィがある。受け刃をするまでもなく、軽く身を捻るだけでかわすことができた。
「えっ……?」
目を丸くするラピス。初撃で仕留めるつもりだったのだろう。当たってたら死んでたと思うけど――
「ほら。当たらないだろ?」
「うっ、うるさい……っ!!」
ラピスは怒りに任せて猛攻を繰り出した。だが、悪いけど大したことない。圧がない。オートパリィを使っているから当然ではあるが、まるで怖さがないのだ。
アルドルの剣はこんなもんじゃなかった。あの地獄のような猛ラッシュを直に受けた俺にとって、彼女の攻撃はまるで別物。アルドルがジェットコースターなら、彼女は観覧車とかメリーゴーランドみたいなもんだ。それは、単純な速度の差だけが問題じゃないように思えた。
「は……ハア、ハア……ッ」
「お? どうした、もう息が上がったか?」
「き……貴様、何者だ……? 何故、私の……剣が……当たらん……?」
「単に君が未熟だからだよ。アルドルはもっと小刻みにフェイントを入れてた。体重移動が単純すぎるし、目線で狙いがモロバレだ」
「だ、黙れっ……」
「常に冷静であれ。もっと相手の嫌がる攻撃をしろ。アルドルにもそう言われなかったか?」
「っ…………」
剣を握って震えていた腕が、力なくだらりと垂れる。ラピスは自身の体力の限界を受け入れたようだ。
プライドの高い彼女は、それでも負け惜しみのようなセリフを吐いた。
「私は、この国でも有数の剣士だぞ……。それを、貴様は一体……?」
「まあ、うん……俺の正体がなんであれ、君には関係ないよな?」
嘘を見抜かれるのは怖いから、適当な言い回しでお茶を濁す。
なるべくアルドルが言いそうなことを意識して――
「これからは、いつでも俺が相手してやる。強くなれよ、ラピス殿」
「…………」
なるべくアルドルっぽく笑顔を作ってみたが、やっぱり俺には似合わなかったかもしれない。 ラピスはそっぽを向いてしまった。
ただ、すぐに彼女はこう続けた。
「……ラピスでいい」
「えっ?」
「認めよう。貴様は、私よりずっと格上だ……。敬称など付けられたら、かえって見下されているようで腹が立つ。これからは単に、ラピスと呼べ……!」
「お、おう。よろしくな、ラピス」
これは、彼女の信頼を得られたって思っていいんだよな……?
ずっと俺を敵対視するような態度だったわりには、意外とあっさり認めてくれた。アルドル役を演じた効果……なのかな。
「貴様の強さは黙っておいてやる。その代わり、訓練にはとことん付き合ってもらうからな? 貴様こそ、私の修行のことは誰にも言うなよ」
「……ああ、もちろんだよ」
「きゃあああああああっ……!!」
――その時、唐突に女性の叫び声が聞こえた。
木立がざわりと、不吉な音を鳴らす。
「悲鳴……? 今の声は――」
「マルムの声だ……。まさか、魔物が出たのか……!?」
今になって俺の探知スキルに、大型生物の反応が現れた。
おかしい……直前まで全くの無反応だったのに。いくらラピスとの対戦に集中してたからって見落とすなんてあり得ない。一体これはどういうことだ……?
「くっ……!」
「待てラピス! 走れる状態じゃないだろ!」
すぐに走り出そうとした彼女の背中に右手を当て、無言で念じる。
(《ヒールライト》)
ひとまずこれで、戦えるぐらいには回復したはずだ。
ラピスは魔法を使われたのにも気づかない様子で、俺に向き直って叫んだ。
「関係ない! 早く助けにいかねば……!」
「わかってる! 俺も行くから!」
立ち止まらずに走り出した彼女を追って、俺も地面を蹴る。
*
「ポルタ様!」
声のした地点に辿り着くと、俺たちに気づいたリラが声を上げた。
その隣にはソデコが、背後のピルムを隠すように両手を広げて立っている。
反対側、少し離れた場所で、マルムを抱きかかえるようにして地面に膝をつくノドカ。マルムが襲われたのをとっさにかばってくれたのだろう。攻撃を掠めたのか、ノドカの服は胸元が派手に破れていたが――
「みんな、無事か……!?」
「は、はい~! 今のところは~!」
幸い、誰も傷を負っていないようだ。
そして、木々の密集した森の中に、不似合いな巨体の生物が四体。
低い唸り声を上げながら、俺たちを品定めするかのようにジロジロと見つめている。
「こ、コイツらは……――」
「まさか……ワイバーンか……!?」
ワイバーン――小型の有翼ドラゴンの一種。前肢が翼になっている。
小型とは言えドラゴンなので、体長は3メートル近くある。そこら辺の野生の魔物とは比べ物にならないほど強い。小さな村や町なら一匹現れるだけで壊滅させられるほどだ。並の兵士や冒険者じゃ、束になっても一匹も倒せないだろう。
それが四匹も、目の前にいる。
かなり危険な状況だが、それ以上に俺は別のことが気になった。
「なんでこんなデカブツが、狭い森の中に……?」
身体が大きく、翼で羽ばたいて飛ぶドラゴンが、森の中に集まるなんて不自然この上ない。大抵は谷や開けた岩場に棲んでいる。――と、設定資料集にも書いてあった。
そもそも、ソムニア王国の領内に野生のワイバーンの生息域は存在しないはず。
だとすれば、誰かが連れてきたことになりそうだが――




