第11話 軌道修正のために
「じゃあ、まあ……今後の展開がソデコの予想通りになるとして、俺たちが何をしないといけないかっていうと……」
「別に拙者の予想が外れようと同じだ。何にせよ、まずはミコに覚醒してもらうしかない」
「逆に言えば~、敵がいつ攻めて来ても、ミコが覚醒してさえいれば~……」
「……確かに、どうにでもなるか。勇者の覚醒を知れば、魔王軍は警戒する。それだけでも今後の展開は、原作の流れにかなり近づくはずだ」
結局のところ、勇者が魔王を倒さないと物語は終わらないわけだ。
最優先はミコを勇者として覚醒させることで、間違いない。
「そうなると……俺たちも結局、戦場に出るしかなさそうだな。少なくとも、ミコが覚醒するまでは一緒にいないと、彼女が殺されたりしたらおしまいだし……」
「フッ、そうだろうな。腕が鳴るわ。魔族どもを闇の炎で蹂躙してやろう」
ソデコはまだ実感がないのか、軽々しいことを言っていた。
でも俺は【戦場に出る】という意味を考えると、どうしても気分が沈んでしまう。
「あの……一つ言っておきたいんだけどさ。みんな、本当に……魔族を、その手で殺せるか?」
「む……」
ソデコもさすがに言葉を詰まらせた。後の二人も、固く口を結んでいる。
この世界の魔族は、モンスターではなくて別の人種のようなものだ。
言葉も通じるし、ほんの十数年前まではソムニア王国とも交流のあった人々だ。
当然だけど、普通の高校生である俺たちは、人を殺したことなんてない。
「蹂躙ったって、ゲームじゃないんだからな。全員、目の前で死んでいくんだぞ?」
「それは……わかっているとも。だがソムニアサーガの設定上、戦場に出てくる魔族は、魔王の呪いで自我を奪われている。死ぬまで戦い続ける操り人形だ。どのみち救うことなどできん」
「だからって、命を弄ぶような真似をしていいわけないだろ?」
「相手は何も考えずに殺しに来るんだぞ? だったら、正当防衛では?」
「正当防衛なら仕方ないけど、お前は絶対やりすぎるだろ。腕相撲の時だって手加減してなかったしな」
「むっ……。そ、それは……」
「魔法が使えて楽しいのはわかるけど、相手だって生きてるんだ。無闇矢鱈に、必要以上に殺すなんて……俺は見たくない。そんなことするために、設定帖の力を利用しないでほしい」
俺のために危険を承知でついて来てくれた奴に対して、身勝手なことを言ってるとは思う。でもここで釘を差し置いておかないと、コイツはいつか本当に闇堕ちしそうだからな……。
「チッ……甘いことばかり言う奴め。まあ、わかった。言う通りにしてやる」
「頼んだぞ。殺生は、必要最低限で」
意外とすんなり受け入れてくれた。ソデコもノリで言っていただけなのかもしれない。
「あたしもポルタ様の方針に従うよ。魔族だって、みんな生きてるもんね」
「わたしも従います~。ポルタ様って、鬼畜なのに時々優しいよね~!」
「おい。俺のどこが鬼畜だよ」
「理不尽に、石化してくるところとか~?」
「それはお前が悪いんだろ。むしろ喜んでるくせに……」
「きゃ~! よくわかっていらっしゃる~!」
「ただし、ポルタよ。抜き差しならない状況になれば、拙者の判断で行動させてもらうぞ?」
「それはもちろん。みんな、自分の命を優先してくれていい。だけど、魔法を試す目的だけで人を殺したりするのは――」
「あーはいはい、わかったわかった。お主はしつこい」
本当にわかってくれてるんだろうな……。俺をナメきった態度がモジャとダブって見える。
ただ、ある意味ではソデコは心配ないとも言える。
戦場に出る上では、むしろあとの二人の方がずっと不安がある。
この二人に、魔族が殺せるのか? 危険が迫っても躊躇するかもしれない。
そうなったら俺が……やるしかないかなとは、思っているけど。
「はあ……」
思わず、重い溜め息が漏れた。
「ミコが覚醒してくれるだけで、大半の不安はなくなるんだけどな。しかしまあ、どうしたもんか……」
「どうにかして、ミコに覚醒してもらうしかないよね……」
「たぶん~、ちょっとしたきっかけだけで覚醒するとは思うんだけど~」
「俺もそう思うよ。問題は、何をすりゃいいのかってことだけど……」
「うーん……」「んん~……」
短い沈黙が挟まったが、ソデコがぽつりと怖いことを言った。
「かわいそうだが原作通り、ラピスに死んでもらうか?」
「なっ……。お前、何言い出すんだよ……?」
「ぶっちゃけ、それが手っ取り早くないか? ラピスが死んでミコが覚醒すれば、概ね原作に合流するぞ?」
「いや、でも……さすがにそれは……」
実のところ、俺も最初に思いついた案ではある。でも、せっかく生き延びた彼女をわざわざ死なせるなんて、さすがに残酷すぎるというか……。
「でも本来~、ラピスちゃんはとっくに死んでるはずだもんね~……」
「そうだろう? 本人は何も知らないだけで、ラピスが死ななかったせいで歯車が狂ったのだ」
「確かにあたしも、これからの展開を考えると……あの子が生きてるだけで、これからずっといろんなことに影響し続けるとは思うけど……」
「まあ……それは、そうだよな……」
ラピスを死なせると言っても、もちろん俺たちが直接手を下す必要はない。彼女が戦いの中で敵に殺されるのを、黙って見ていればいいだけのことだ。
とはいえ、やっぱり抵抗があるし、やったところでそう上手くいくとも思えなかった。
「でもさ、ミコを見ただろ? あんな状態なのに、今さらラピスが死んだだけで覚醒すると思うか?」
「う~ん……。もしかして、余計に塞ぎ込んじゃうかも~……?」
「そうだよね。あたしは、ラピスを死なせるっていうのはやめてほしいかな……。あの子が生き延びちゃったのは、そもそもあたしのせいだし……」
「リラが悪いわけじゃないけどな。ただ、みんなもラピスが必死に頑張ってるのを見ただろ? 師匠が死んでつらいだろうに、気持ちを押し殺して前を向いてた。アルドルの遺志を継いで戦おうとしてるんだ。それを、死なせるなんて……俺にはできないよ」
「うん……あたしにも、できない」
「そ、そうだよね~……」
「……チッ」
後の二人は神妙な表情だったが、ソデコだけは辛辣に舌を打った。
「だが、ミコが覚醒しなければ魔王は倒せんぞ? つまり、ポルタは死ぬ。それでもいいのか?」
「いや、だけど……もし、失敗したら? ミコが完全に心を塞いだりしたら、それこそ詰むぞ?」
「四の五の言わず、やってから考えればいい。ミコがどんなにヘタレでも、尻に火がつけば変われるはずだ。腐っても主人公なんだからな」
「う、うーん……」
ソデコは自信満々に言い切ったけど……そんなやり方で無理やり持っていったエンディングが、あるべきハッピーエンドだなんて思えないんだが。
「拙者としては、ラピスとお主のどちらを取るかといえば、迷わずお主を選ぶぞ」
「……えっ?」
「ラピスが死のうが、魔族を何人殺すことになろうが、拙者はお主を守る。拙者にとって一番大切なのは、お主なのだから」
真っ直ぐ目を見ながらそう言われて、思わずのけぞった。
するとソデコは、ニヤリと不敵に笑う。
「お主の能力が失われるのは惜しすぎる。オルタナ問題を解決したら、魔王城に連れて行ってもらわねばならんからな」
「……やっぱり、そういう動機だよな」
「フフフ、色ボケめ。何を期待していたのだ? 拙者の靴でも舐めるか? ん?」
「…………」
「それで、ポルタ様。ラピスは、どうするの……?」
話が途切れたところで、リラが確認を求めてきた。どうするも何も、俺としては死なせたくはないのだが。
「……とりあえず、他の方法を考えるよ」
「で、具体的には?」と、すぐにソデコが手厳しくつっこんでくる。
「まあ……ひたすら、ミコを説得するとか……」
「フン、くだらん。口先だけで人を動かせると思うか? 拙者は『真面目に勉強しろ』と言われて、そうしたことなど一度もないぞ?」
「もちろん、難しいのはわかってるけどさ……」
「あ~。ねえねえ、ポルタ様~」
と、ここまでの重々しい空気を無視するかのように、ノドカが甘ったるい声を上げた。
「……どうした?」
「あそこにね~、ミコちゃんいるよ~?」
「えっ!? マジで……!?」
ノドカが指さしたのは、街角の仕立て屋。貴族向けの服屋だ。
ミコはそこに確かにいた。軒先に展示された見本用のドレスをじっと見つめている。
その姿から彼女の心境が透けて見える気がして、不意に胸が痛んだ。原作でも描かれていたことだが、彼女は普通の女の子として生きることへの未練と憧れがあるのだ。
どうにも、話しかけづらい。かと言って、声をかけないわけにもいかないし……
意を決して、そっと歩み寄っていく。驚かせないよう、なるべく優しく呼びかけた。
「あの、ミコ――」
「っ……!!」
が、ミコは激しく肩を跳ねさせ、怯えきった顔を俺に向けた。
「ど、どうしたんだよ……」
「ご、ごめん……ボクに構わないで。今は、一人にして……っ!!」
「お、おい……!?」
すごい速さで駆け出して、あっという間に見えなくなってしまった。取り付く島もないとは、まさにこのことだ。
「あちゃー、逃げちゃった……」
「ポルタ様、まだ何も言ってないのにね~……」
「見たか、やはり説得は不可能だ。死にたくないなら、お前も腹をくくれ」
「……まいったなぁ」




